さくらひとひら
ポカポカと暖かい昼下がりだった。
庭に2人で出ると桜の花びらがチラチラと舞っていた。
「さあ、ゆっくり歩いて行こう。」
そう言ってエリック様は腕を差し出した。
私が腕に手を絡ませるとゆっくり歩き出す。
たまに目の前を花びらが舞う。
なんて穏やかな日だろう。
朝は本を読みながら眠ってしまった。
起きるとエリック様に体を預けて眠っていた事に気付き飛び起きたが、彼も眠っていたので少し笑った。
重くなかったのだろうかと心配になったのだけれど、気にしなくても良さそうだ。
そうしてティータイムは庭で。
贅沢ね。
そんなことを思っているうちにガゼボに到着した。
腕から手を離したその時だった。
ヒヤリと首に冷たいものが当たった。
思わず首をすくめた。
「んっ!冷たい!」
「悪い……」
見るとエリック様がバツが悪そうな顔をしていた。
今日は髪の毛をまとめて前に流していたため首が出ている。
「首についていたみたいだったから……」
手には花びらがひとひら。
私はその手をきゅっと掴んだ。
「随分冷たい手ですね!やはり暖かいとは言え少し薄着では?」
「まぁだ言ってる。」
快活に笑うと掴んだ手を反対に掴まれ、準備の整ったガゼボのテーブルへ歩き出そうとする。
庭に出る前にも私が「少し薄着では?」と言ったのだ。
その事を言っているのだろう。
そしてその時聞き流されたようにまたサラリと流された。
私はため息をつこうとして、おやと思う。
ひらりとエリック様の髪の毛にも花びらが。
前髪の落ちるのか落ちないのか微妙なところだ。
思わず立ち止まり手を伸ばす。
エリック様が私の様子に気付き笑顔のまま「ん?」と聞いてくる。
「エリック様にも花びらが。」
あ、あら?
手が……私の手が、とてもじゃないけれど頭になんて届きそうもない。
困惑しているとエリック様はああと言う顔になり、ヒョイと頭を下げて私に差し出した。
凍りついたような手で花びらを払う。
「取れたか?」
「ええ……」
「なんだ?その顔は……」
おそらく私は唖然とした間抜け顔をしているのだろう。
エリック様が怪訝そうに見ている。
「いえ……私の手がエリック様の頭に届かないなど思いもよらなかったもので……」
私がそう言うと、エリック様はムッとしたような顔になり
「言ってくれるじゃないか。」
と言ったかと思うとグイっと体を引っ張られた。
あっという間に抱き上げられる。
「10歳の俺ならともかく、今は君の弟君より背は高い。」
「ええ?!」
そんなに高くなっていたの?!
「言っておくが俺が18歳ならアドニス殿は20歳だからな?」
驚く私にエリック様は憮然と念押しする。
いいえ、そんな事に驚いたわけでもなく、単純に背の高さに驚いたのよ……
いつの間にそんな事になっていたのか。
言われてみればエリック様と私が横に並ぶ機会など王城の夜会などで数えるほどだった。
その少ない機会ですらエリック様は早々にご友人のところに行ってしまわれる。
私が気付かないのも仕方ないのじゃないかしら。
彼の不機嫌に少しばかりの理不尽を感じているとドカとエリック様は椅子に座る。
話しながらちゃんと目的のガゼボに到着していたのだ。
もちろん私は膝の上。
紅茶を注ぐ柔らかい音がすると芳しい香りが鼻をくすぐる。
使用人が用意をしてくれたのだ。
「なんだ。諦めたのか。」
エリック様は満足そうに言いながらパクリと私の手からクッキーを頬張る。
促しもしていないのに条件反射的にクッキーを彼の口元に持って行ったからだろう。
たしかに今まで促されてやっと、それでも呆れ気味に彼の口に運んでいた。
今はそんな事は気にならない位私の思考はひとつの事にとらわれていた。
(本当だわ。膝の上だというのに、まだエリック様の方が高い……)
私が小柄というのもあるだろうけど、アドニスも十分背が高いと思っていたのに。
それよりも大きいなんて……
ごくりと満足そうにクッキーを飲み込むエリック様の喉は私の目の前にある。
思わず彼の喉元を撫でた。
「ぐっ……おい!食べてる時に仕返しするなんて子供かよ。」
いや、15歳は子供か……?
少し嬉しそうにそう言った後、自分に疑問を投げかけている。
先ほど首に触って私を驚かせた仕返しをしたと思ったらしい。
でも違う。
(喉仏が動いてたわ……)
気になった。
でも急に喉仏が現れるわけはない。
鍛え上げられた体に見合った響く様な低い声も、急に低くなったわけではない。
彼が婚約者の義務として毎月のお茶会や誕生日をして、一方では年下の恋人に夢中になった気持ちがわかった気がした。
背が伸びている事にすら気付かない年上婚約者なんかに心を砕けるわけないわね……。
むしろ義務を果たしてくれていただけでも立派だわ。
そんなことを思いながら彼の顔を見上げた。
端正なお顔……
今更ながら思う。
なによ、他派閥のくせに出しゃばっちゃって!
年増令嬢のくせに恥ずかしくないの!
学園生の御令嬢にそう言われたのは院何年生の頃だったか。
エリック様の真実の愛の邪魔者なのよ!
あの時初めて伯爵令嬢の恋人がいる事を知ったのだ。
その時は一緒に院に進学した私の幼馴染のライマンが彼女達を宥めて帰した。
それを見かけていたらしいアドニスが激怒して彼女達の家にグリーンバートから抗議の手紙を送ったのを後から知った。
こう言うことはたまにあり、そのたびライマンが宥めて帰してくれていた。
ただ恋人に言及されたのはその時が初めてだったので驚いた。
その事に関しては私自身、まあエリック様は学園の御令嬢に人気があるのね位にしか思っていなかった。
もちろん恋人の存在も気にしなかった。
アドニスの行動は大袈裟に思っていた。
そうして今、ふと思う。
そういえばリリー嬢の事はどうするつもりだったのかしら……と。
勝手に私が思いを巡らせていたが、エリック様はどうしたいのか全く知らない。
じいと見つめていることに気付いたのか間近にある顔がこちらを向いた。
「ん?」オニキスの目が私に問いかける。
思わずパッと顔を逸らしてしまった。
何故か失敗したと思う。
私の様子にエリック様はふ…と笑う。
「こんなことくらいで俺が怒るわけないだろ。」
私がエリック様を怒らせたと顔色を窺っていたように見えたのだろう。
彼の勘違いにどうしてだかホッとした。
エリック様は揶揄う様に言ったかと思うとぎゅっと私の腰を引き寄せた。
そしていつものようにかわいいなと呟き、ちゅと耳に口付けを落とした。
私が頭を打ってからというもの、この調子で何度もこうされていたはずだ。
なのに耳元に感じる彼の息遣いが妙に気になって落ち着かなかった。




