7 フィオナとの出会い
アレックス・ミューラーは伯爵家の6番目の子として生まれた。
兄が3人、姉が2人。兄弟仲も良く、両親は全員に愛情をもって育ててくれた。
爵位は長男が継ぐと決まっていたので、アレックスは早くから騎士を目指して剣術に力を入れていた。
ちなみに2番目の兄は医師に、3番目の兄は王立学院の教師になっている。二人の姉は幸せな結婚をして近くに嫁いでいる。
アレックスが5歳の時、流行り病で兄弟姉妹が揃って寝込んだことがある。かかりつけ医と、もう一人応援の医師が呼ばれて、家は大変だったそうだ。アレックスの症状が特に重症で、先に全快した兄や姉が心配そうにベッドの側へ来ては、アレックスの好きなお菓子やメッセージカードをおいて行ってくれたのを覚えている。
あれは熱がなかなか下がらないで夜になっても寝られずにいた時のことである。母と父と、主治医が3人でベッドの側で話していた内容だ。
母は泣いていた。
「それでは、もう子供ができないのですか。」
「その可能性が高いでしょうね。」これは主治医の声だ。
「なんてこと。アレックス・・・望んで・・・のに。」
自分の名前と「子供ができない」という言葉が印象に残っていた。
後で調べたところ、自分の罹った病気は重症化すると子ができなくなることがあるようだ。
医師の兄に確認すると、その情報は間違っていないという。
自分は貴族の家に産まれたが四男で、後継も必要ない立場だから、それでもいいか、と納得していたのだ。フィオナに会う前までは。
フィオナに初めて会ったのは仕事で福祉課へ行った時だった。
「どうしましたか。」
にっこりと微笑む姿は、女神かと思われた。
栗色の髪も、金色に近いハニーブラウンの眼も、可愛らしい声も全部好みだった。一目惚れだった。
呆けているアレックスの手元にある書類を見て、フィオナは申請方法の説明を始める。
全然頭に入って来なかった。
話を聞かず、自分を凝視するアレックスに、フィオナは困ったような顔をして
「それでは、ここへ上司の方のサインを頂いて、またいらして下さいね。」
そう言うと、アレックスは生き返ったように言った。
「また来ます!あの! いつならいいでしょうか。」
「朝8時から、夕方5時までですが・・・?」
「わかりました!」
そう叫んで事務所を飛び出す。後に残されたフィオナは混乱して「変な人」と一言呟いていた。
アレックスはその後書類をもって、再び福祉課へ行き、フィオナに交際を申し込んだ。もちろん始めは断られたのだが、諦めずに毎週告白し続けた結果、とうとう7回目の申し込みにフィオナが頷いてくれたのだ。あの時はあまりにも嬉しくて、気がついたらフィオナが真っ赤になるのも構わずに街の往来でぎゅうっと抱きしめていた。
フィオナは見た目も女神だが、人柄はそれ以上に素晴らしい女性だ。
弟のために働いたお金をほとんど家へ送っているという。なんて父親だと思ったが、交際の申込みのために訪問すると、人が良くて騙されやすいだけの人物とみえた。
弟のエリオットにも会うと実にいい青年で、卒業したら姉へ恩返しをしたいと言う。
すぐにでも援助したいと申し出るが、フィオナからも、男爵からもやんわりと断られてしまった。思うようにならないものだ。
来年の春にはエリオットも卒業して、フィオナの気持ちも楽になるだろう。俺との結婚も考えてくれるだろうかー そんな風に思っていた。
この国では毎年10月に収穫祭があり、皆着飾って街に繰り出す。
恋人同士が仲良く出掛ける機会でもあり、アレックスはもちろんフィオナと出掛けた。
この時フィオナはこのために新しく買ったという水色と青の細かいチェックのドレスを着ていた。
「アレックスの、眼の色でしょう?」
頬を染めてそう言うフィオナは、真実、天使そのものだった。いつも俺が好きだと言うばかりだったが、あの時には確実に思い合っていたと誓える。
調子に乗った俺は、つい自分の部屋へフィオナを誘っていた。
フィオナもいつもより多めに飲んだワインに酔っていたのかもしれない。女神に潤んだ目で見つめられて、我慢は限界だった。
翌朝、恥ずかしがって顔を上げないフィオナへ、俺は誓った
「フィオナ、一生大切にする。君だけを愛すると誓うよ。」
これほど愛しいと思える相手がいるなんて、奇跡だ。
フィオナに手を出してしまったのは、迂闊だったかもしれない。それでも結婚するならフィオナしか考えられなかった。フィオナの心配事は全て取り除いてやらないと。
ひとまずエリオットに騎士団の会計の仕事に空きがあることを伝える。エリオットは大抵俺とフィオナの関係を好意的に見てくれていた。結婚を申し込むつもりでいることをエリオットに相談すると、とても喜んでくれた。
自分の瞳と同じ色の指輪を用意して、プロポーズに相応しいタイミングを待つ。幸せだった。
フィオナは、子供ができないと聞いても、受け入れてくれるだろうか。たったひとつ、心配はこれだけだった。