3 父と弟
フィオナの実家は王都から乗り合い馬車で2時間ほどの郊外にあった。本当に貴族の家か疑わしいほど小さな、古い、とても古い小邸宅だが、家の中は質素ながらも温かみのある雰囲気に整えられていた。
早くに亡くなった母が好きだった焦茶色の木材とクリーム色の壁紙に馴染んだいつもの家具がフィオナを優しく出迎えてくれる。
「フィオナ! お帰り。今日は帰って来るって聞いたから、フィオナの好物ばかり用意したよ。 さあ、ゆっくり休んで、お茶が入ったら呼ぶからね。」
父のトールセン男爵が出迎える。
見た目と口ぶりが若干オカンなのは、母を亡くした子供達のために母の代わりをしようと、努力をした結果なのだが、そんな父をフィオナもエリオットも愛していた。
愛しい妻を亡くして落ち込んだ男爵だが、妻によく似た子供たちを愛情を持って育ててくれた。裕福ではなかったが、食事はいつも家族揃って取り、週末には近くの丘でピクニックをするのが恒例だった。
嵐が怖いと言うと、弟とフィオナを父の部屋へ入れてくれ、朝まで抱きしめて寝てくれたこともあった。
そんな父に愛情の籠った目を向けてフィオナは、妊娠した事を父に告げるべきかまだ悩んでいた。
「お父様、只今帰りました。王都のお菓子を買って来たのよ。一緒に頂きましょう。エリオットは?」
「姉さん!」
父の後ろからエリオットが出て来た。
「帰ってたのね。会えて嬉しいわ。」
かわいい弟の頭を撫でようとするが、ずいぶん背が高くなっている。
「また背が伸びたの? 食事は足りてる?」
心配してみせると、不貞腐れたようにエリオットが言い返す。
「いつまでも子供じゃないよ。来春には卒業するんだから。もう仕事も見つけてある。」
成績優秀者は卒業前に就職の斡旋が受けられるのだ。エリオットは人一倍努力をした結果、成績上位10位以内から外れることはなかった。エリオットを教える教師からもいつも良い評価の手紙が来ており、フィオナも鼻が高かった。
「すごいじゃない。何のお仕事?」
「第一騎士団の会計だよ。」
エリオットは意味ありげに告げた。
第一騎士団。それは有事の際、真っ先に王家を守るために出動する精鋭部隊だ。この50年、何の争いも起きていない平和な王都では、その役目は名ばかりのものになってきているが、精鋭が集められることに変わりはなく、重要な式典や王族が外遊する際などは護衛騎士の役目もあり、彼らの勇ましい姿は、貴族の次男以下の青年たちにとって憧れの対象であった。
いつも訓練を怠らない第一騎士団の精鋭たちを一目見ようと、貴族や平民の年頃の娘たちが騎士団の事務所前でうろうろする姿もよく見かける。
なぜならば、その騎士団の事務所は大通りを挟んでフィオナの務める役所の前にあり、フィオナの悩みの種であるアレックスこそ、第一騎士団の副団長をしているからだ。
「第一騎士団?」
フィオナが呆気に取られていると、エリオットはいたずらが成功した時のように破顔した。
「ああー 黙っているのが大変だったよ。父上には決まった時に報告したんだけど、姉さんには直接言いたくて。僕は剣の腕は大して良くないけど、数字には強いだろう?ミューラー様が仕事を紹介してくださったんだ。」
「アレックスが、、、、。」
知らなかった。私が気を遣うと思って、何も言わなかったのだろう。アレックスはそういう人だ。弟の就職を心配しているのを知って、気を回したのだろうか。
「あ、でもコネじゃないよ?ちゃんと試験受けたんだからね。ほら、試験は得意だからさ、僕」
エリオットは誰に似たのか、数学にかけては右に出る者がいなかった。確かに、弟なら実力で騎士団の試験に通るだろう。アレックスは募集の内容と試験の日程を教えてくれたのだそうだ。
「そうよね。あなたならできるわよね。おめでとう、エリオット。」
微笑んだフィオナを見て安心したのか、エリオットは騎士団への就職がどんなに素晴らしいか語り出した。
父がお茶を淹れて持って来るまでそれは続き、フィオナは自分の話をする機会を失った。