その戦士、猛牛につき
ミノタウロスは小手調べと言わんばかりに斧を大振りに振り下ろす。
ナダルがこれを回避し、戦斧の射程圏外かつ威風の射程範囲内の間合いを取ると、ミノタウロスもそれを察知、威風の射程範囲外までバックステップで下がって行く。
(身のこなしが軽い、鎌鼬の射程圏内ではあるが・・・多分避けてくるな)
ここで何を思ったのか、ミノタウロスは斧の石づきを地面に突き立て、あのワーウルフと同じように喋り始めた。
「貴様は・・・他の者とは違う・・・」
「また喋るモンスターかよ、まあいい好都合だ。お前、トバラまで攻めてきた目的はなんだ!」
ミノタウロスは無表情でナダルの質問に答える。その顔にハッキリとした感情は伺えないが、僅かに怒りが籠っているように見えた。
「住処を追われた我々の新たなる住処をこの地と定めた・・・貴様ら人間には、滅びて貰うぞ・・・」
言い切ると同時に戦斧を持ち上げ、弧を描く起動で走りながら距離を詰め斬りかかる。これを回避し威風を叩き込もうとした瞬間、ミノタウロスの左拳がナダルに直撃。
「あぐぁ・・・!」
体が中に浮き、地面に転がる。ミノタウロスは既に戦斧を担ぎ、斬り刻もうと走り出していた。
「威風!」
威風の衝撃波がミノタウロスを退け、その間に立ち上がったナダルに立ちくらみが起こる。
(消費する血の量が多い・・・!?)
シルフと契約により魔法の威力は跳ね上がっている。それに伴い、代償となる血の量も跳ね上がっていた。魔法は使えてもあと3〜4発ほどだろう。
「やはり・・・貴様は戦闘に慣れている・・・間合いも動きも・・・他の人間共とは比較にならぬほどに洗練されて・・・」
「ありがとよ。お礼にその鬱陶しい喋り方ができねえようにしてやるよ!」
「来るがいい、人間・・・!」
戦闘において魔法の使用可能数が少ない事は圧倒的な不利になる。敵がモンスターならばほぼ無限に魔法を放ってくるためなおさらだ。
「火箭・・・!」
大量の火魔法でできた矢がミノタウロスの周囲に浮かぶ。その全てがナダルを狙い、次々に発射されていく。
火箭の軌道は鎌鼬と似ている。少し頑張れば足場にできそうではあるが、風魔法ではなく火魔法であるため踏めるのかという不安さに駆られ、回避に専念する。
(サナなら掴んで投げ返すんだろうな、よっと)
ミノタウロスは全て回避された事には特に驚きを見せない。最後の1発を放った直後、戦斧に炎を纏う。炎の熱で戦斧は赤く焼け、ミノタウロスが素振りをするたび道に焼け跡を付ける。
「貴様に・・・この一撃は受けれるか・・・?」
ミノタウロスは戦斧を横に大きく薙ぎ払う。火が円上に燃え広がり、炎に囲まれたフィールドを形成された。喉が焼けるような熱さと酸素不足がナダルの思考力を奪う。
少しの体力回復を狙い、ミノタウロスに向かって声をかける。
「元の土地で何があったんだ。東北の方にある深霧の森がタウロスの住処だろ」
「・・・多種との縄張り争い負けた私は・・・同胞たちを安息の地に導きたかった・・・」
ミノタウロスはタウロスの大群を見る。仲間を見るその目は、慈愛に満ち溢れた目をしている。
「優しいんだな、でも、人間の住処を襲うのは間違いだ。この地を去って他を当たりな」
「ならぬ・・・南の山はハーピィ、東の森は旧狼王に譲った。安息はこの地のみだ・・・」
ミノタウロスは戦斧を担ぎ直し、ナダルに連撃を加える。想いを語ったミノタウロスの一撃は重みを増していた。避けていたナダルもついに一撃を躱しそこね、バランスを崩す。
「しまっ!」
「星火燎原・・・!!」
ミノタウロスが戦斧を大きく振り下ろす。地面が爆裂し周囲を吹き飛ばした。ナダルも宙に浮き、次の一撃を避ける場所が無くなる。
「うわあああぁっ!!」
「終わりだ・・・!」
トドメを刺そうと走り出したミノタウロス。咄嗟にポケットに入っていた物を掴み、ソレを投げつけた。
ミノタウロスは身構え、投げつけられた物を一瞬観察する。
「骨・・・?」
「スペアリブだ!熱風!」
薪に着火した時のように、骨に熱風を集中砲火する。骨に付着していた獣脂が発火し、周囲の炎と熱風の熱エネルギーが加え続けられた結果、小爆発を巻き起こした。
「グッ・・・!」
目の前で爆発が起きたミノタウロスは一瞬怯み、その場に硬直する。その隙を見逃さず、強力な一撃叩き込む。
「疾風怒濤ォ!!」
着地したナダルは疾風怒濤を叩き込み、爆風が発生。燃えていた炎もろともミノタウロスの上半身を消し飛ばした。
その威力は凄まじく、ナダルも反動が押さえられず後方に吹き飛ばされる。地面に横たわりながら、失血と酸欠により遠くなりそうな意識を保っていると、フッと顔の上に人の影が落ちる、ユイレが除きこんできた。
「ナダル、大丈夫?」
「大丈夫・・・だ」
頬にユイレの手が触れる。温もりが伝わり、安心感が増えていく。このまま寝てしまいそうな感覚に陥り、身を起こそうとして力が入らず失敗する。
「起きるの手伝ってくれないか?血を使いすぎて上手く動かないや・・・」
「やっぱり大丈夫じゃない、嘘はだめ」
ユイレは頬を膨らませながらナダルの上半身を起こす。ナダルが謝っていると、トバラの冒険者達がタウロスの群れの殲滅と消火活動を終え戻ってくる。下半身のみで倒れているミノタウロスの遺体を見ると、冒険者達は勝利の雄叫びを上げた。
「英雄の手によりトバラは守られた!俺たち人間の勝利だあああ!」
「ナダルさぁん!!俺はなぁ!俺はああ!!」
「ウワー!むさ苦しいわ!やめろー!」
夜も深くなり、冒険者や避難していた人達は各々自分の家へ戻って行く。家が焼かれた者や崩れた者で宿が埋まる前にナダルは宿を取り、一足先に寝床を手に入れたのだった。
「はぁ・・・疲れた・・・」
「いや〜お疲れ様。どう?ボクの魔力は、前の精霊とはひと味違うでしょ」
「そうだな、ただ血の消費が激しいのがキツい」
ナダルがベッドに横になりながらシルフと話していると、ユイレがベッドに上がり込み両手をナダルにかざす。そのまま魔法を発動させるように呟いた。
「回復」
ユイレの手からぼうっと光が飛び出し、ナダルの体がゆっくり回復していく。回復速度自体は遅いが、軽く休むには十分だった。
「回復魔法?助かるけど血がもったいないぞ」
「私ね、産まれた時から回復魔法だけ使えるの。精霊さんと契約してないのに」
シルフがユイレ回復魔法を観察し、魔力を感じないと話し始める。ユイレの回復魔法は普通の魔法とは違う物のようだった。
回復を続けていたユイレのお腹から、ぐぅぅ〜と音が鳴る。
「お腹空いたのか?飯食ったばっかなのに」
「聞かないでっ!」
ユイレの顔が赤くなっていく。血を使わないユイレの回復魔法のデメリットは2つ。通常の回復より効果が小さい事と、使い続けると空腹になっていく事。
ナダルはアラウルネの蜜を採っていた事を思い出し、ユイレと一緒に少し食べる。
「もうちょっと回復魔法使ってあげるから、そしたら寝る」
回復を使ってもらいながら、明日の計画を振り返る。南の鉱山へミラル鉱石の採掘。その足でエレイフルへの道を進めるが大まかな計画だ。身支度と装備を整え、一日が終わる。
日が上り、また一日が始まる。2人と1精霊は鉱山まで歩いて来ていた。
「ミノタウロスが南の山はハーピィとか言ってたから、多分ハーピィがいる。気をつけろ」
ハーピィは美しい女の顔と胴体に鳥の翼と足が付いたモンスターだ。1匹1匹はそこまで強くは無いが、ハーピィクインと呼ばれる女王個体によって統制されていると圧倒的なチームワークと高い立体機動力発揮し襲ってくる、本来ならば深霧の森に生息するはずのモンスターだ。
草木に隠れながら山肌に空いた坑道の入口を見る。桃井の毛をしたハーピィが2匹、門番かのように周囲を見張っていた。
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