絶望の底まで
「先手必勝だ!」
ナダルが再び鎌鼬を浴びせる。
ワーウルフは大きく跳んで躱すと、ナダルに体当たりを仕掛けた。
こちらも回避はできたが、ナダルが168cmに対してワーウルフは5m。かなりの体格差であり、まともに当たれば即死だ。
「ちょこまかと動きおって!」
ワーウルフの周囲の風が渦を巻く。鎌鼬だ。鎌鼬は数を増し、発生のみで周囲の木々を薙ぎ倒した。
破壊力を増していくソレを、ナダルはしっかりと見定めた。
「鎌鼬ィッ!!」
「それを待ってたんだよ!」
ナダルの作戦は魔法の誘発とカウンター。リゼリアの時と同じように狙いをつけると、今度は足場にするのではなく蹴り返した。
「何だと!?」
驚きからかワーウルフの動きが一瞬固まり、鎌鼬がワーウルフの右足を傷付けた。
怯んだワーウルフに畳み掛けるように、ナダルに飛んできた鎌鼬を次々と蹴り返す。
「グオオオオ!!!」
鎌鼬が止んだ時、ワーウルフの銀色の毛並みは所々赤に染まっていた。
魔法が当たっている分、ナダルの足にもダメージはある。だが損傷度はワーウルフの方が上だ。
(コイツ、強い・・・!身体能力も魔法の威力も、今まで殺してきた人間より明らかに上・・・!)
「ちょっと血の量がキツイな、次で決めるっ!」
ナダルが杖を構え、上級魔法の準備を始めた。
攻撃魔法には下級魔法と上級魔法の2つが存在する。上級魔法は血の消費量が多いので、集団戦か不利な状況下でなければあまり使われない。
しかし上級の名の通り、下級とは比較にならない強さを誇り、一撃で戦況をひっくり返すほどの威力を秘めている。
「疾風怒濤ォ!」
巨大な竜巻がワーウルフを襲う。
怪我を負ったワーウルフに避ける暇も無く直撃し、叫び声が響いた。
竜巻が収まった後、そこに獣はしっかりと立っていた。
「ハアっ・・・ハアっ・・・」
「まだ生きてんのかよ、しぶとい野郎だな」
全身傷だらけのワーウルフは不気味に笑う。
ナダルは警戒し杖を構えた。これ以上血を消費すると失血多量で気絶しかねないため。もう魔法は使えない。
できる事はカウンターか物理攻撃のみだ。
「貴様の後ろ・・・もう1人いるな?」
「!!」
ナダルの後ろには女の子がいる。
ワーウルフは足に力を込め、高く飛んだ。
目線の先はナダルではなく木、ワーウルフは木を薙ぎ倒して女の子ごと殺すつもりだ。
「逃げろ!!」
「え?は、はい!」
「もう遅いわ!!疾風迅雷ィッ!」
ワーウルフは空を蹴り、木に突撃した。
目にも止まらぬ速度で突撃する巨体に木は轟音を立てて折れ、女の子は吹き飛んだ。
「・・・!あ、あれ?」
吹き飛んだはずだった、それなのに自分が致命傷を追っていない事に気づく。
それもその筈、ナダルが間一髪で抱き締め、致命傷になるはずだったそのダメージのほとんどを受けたからだった。
「あぁ・・・いやああああああ!!」
自分を守っていた冒険者の姿は悲惨なものだった。
四肢の骨は折れ曲がって皮膚を突き破り、地面とのり傷で外見はボロボロ。徐々に広がる血の池に横たわるその姿は既に骸にも見え、僅かに息があるがもう間もなく死ぬだろう。
「嫌、嫌ぁ!!目を覚ましてよ!冒険者さん!!」
「死んだか・・・小娘、貴様もいたぶった後に食い殺してやるぞ」
ナダルの意識がゆっくり遠くなる。死がもう目の前に迫り、短い人生の思い出が巡っていた。
(俺は・・・女の子1人守れずに、死ぬんだな・・・)
(ねえ死にかけのキミ、助けて欲しい?)
頭の中に男とも女とも取れない声が響く。ナダルが誰か聞く前に、声は続けて喋った。
(今なら回復と犬っころの処理もサービスするよ、どうどう?この機会に是非ボクと契約しようよ!)
(契約・・・お前精霊か、元の精霊はどこだ?)
(ボクが強制契約解除したからキミは今無契約状態だよ。というかはやく契約しないとキミは死ぬし今犬っころに痛めつけられてる女の子が殺されちゃうよ?いいの?)
(・・・分かった、契約する)
そう返答した瞬間、ナダルの怪我が完治した。はやく戦う準備しろと頭の中で叫ぶ声。あまりにもうるさいため頭を抑えながら立ち上がると、女の子を踏み潰して遊ぶワーウルフの方を向き手をかざした。
(威風)
声がそう発した途端、ナダルの周囲に爆風が巻き起こされワーウルフの胴体を削り取った。胴体からは血が吹き出し、辺りに潤いをもたらす。
周囲の木々をも薙ぎ倒す威風はナダルの疾風怒濤の威力を遥かに上回っており、間近で見たナダルは唖然としてしまった。
(討伐完了っと、ボクはシルフ。これからよろしくね!)
「・・・」
(おい!聞いてるのかー!?)
ナダルはハッと我に返ると、全身傷だらけの女の子と荷物を抱えその場を離れる。
少し落ち着けそうなあたりで女の子を寝かせ様子を見る。何ヶ所か骨が砕けたり折れたりしているようで、呼吸も浅くなっていた。
「シルフ、だったか?回復使えるか?」
(無理、これを回復させる血の量だとキミが死ぬ)
「そうか・・・そういや、リアンさんに回復薬貰ったんだ」
荷物から回復薬を取り出す。
リアンへの想いと取っておきたいという気持ちから少し使う事を躊躇ったが、ナダルは躊躇った自分を叱り女の子に全て飲ませた。
効果は素晴らしいもので、外傷は完治し呼吸も元通りになる。しかし起きているだけの体力は無かったのか眠っていた。
(とりあえずこれで解決だね。さてと、まずはキミの事を教えてくれる?)
ナダルは自己紹介とこれまでの経緯をシルフに伝える。シルフはウンウンと返事をしながら、勇者パーティについて言及した。
(千年前の勇者ってやつは強かったねぇ。というかアレは人じゃない、バケモノだった。で、今の勇者は強い?)
「ああ、凄く強い。人類最強だ」
(ひぇ〜。容赦ないなあ)
シルフと話しているうちに夜が明ける。
女の子は目を覚まし、目を擦りながら起き上がった。
「おはよう。早速で悪いけど、君のお父さんとお母さんは?」
女の子はその言葉にピクっと反応して下を向く。嫌な思い出を思い出すかのように、ゆっくりと喋り始めた。
「ちょっと前にね、おうちをモンスターが襲って、お父様もお母様も、村の人たちもみんな死んじゃって・・・」
「あー待った待った。ごめんね、嫌な事聞いて。質問を変えよっか、君の名前は?」
「ユイレ・・・」
ユイレと名乗った少女は、意を決したように立ち上がりナダルの前に立つと、ナダルの目をしっかりと見つめた。
吸い込まれそうな翠色の瞳がナダルの意識を引き込んで行く。
「お願い冒険者さん、私も一緒に連れて行って」
「そうは言ってもなぁ。金もないし、行く末は魔王討伐だ、死ぬかもしれないぞ」
「いいの。私にはもう帰る場所も、私を待っている人もいないもの。でも、1人は嫌。最期まで一緒にいる人が欲しい」
ナダルは自身の過去を思い出していた。シエラとまったく同じ境遇で、家族と村を失った時からただ1人、無名の冒険者として生きていた。
そんな絶望の底から救い出してくれたのがアレスとリアンであり、ナダルにしてみれば2人は希望の光だった。
自身も、あの2人のように、絶望の底にいるこの子の希望の光になるべきでは無いだろうか、と考える。
再びユイレの方を向く、その瞳には希望が見えていた。
「よし、分かった。一緒に行こう」
その言葉にユイレの表情が晴れる。ナダルの自己紹介の後、その日は太陽が傾くまで森をひたすらに歩き続け、トバラへの道を急いだ。
ワーウルフが暴れ回った影響なのかモンスターの数が明らかに少なく、安全な旅路であった。
しかし疑問が残る。あのワーウルフは間違いなく狼王であり、群れが存在するはずなのだ。
しかしあのワーウルフは1頭のみであり、ワーウルフの大群など影も形も無い。他のモンスターに襲われ壊滅したのか、はたまた他の理由か。思考を巡らせながらナダルは野営の準備を開始した。
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