争いの行く末
2人は微動だにせず、ただ向き合う。
魔法の性質上、互いに攻撃可能範囲には入っているため警戒しているのだ。
その不動を先に破ったのはナダルだ。
「鎌鼬」
ナダルの周囲が渦を巻き、刃と成った風はリゼリアへ向かい弧を描きながら発射された。
リゼリアは冷静に鎌鼬を見極め防御を取る。
「魔法強化、魔法反射、腕力強化」
鎌鼬はリゼリアの目の前で反射され、今度はナダルに向けて放たれた。
「補助魔法・・・?しかも3つも・・・」
弾速は遅い。
リゼリアの行動を分析しつつ反射された鎌鼬を避ける。ナダルは攻撃を辞め、様子見に徹する事とした。
そもそもの話となるが、魔法は魔力を属性エネルギーに変換し、体外へ放出へする事で発動する物。
そのため魔法発動には魔力が必要不可欠だ。
しかし、生まれながらにして魔力を保有するモンスターと違い、人間を含む原生生物は魔力を持たなかった。
そこで目を付けられたのがモンスターの1種である精霊だった、精霊と契約し代償となる血を支払うことで、奉納分の魔力が体内に発生する。
「来ないならこっちから攻撃させて貰うわ。狐火!」
ここで問題になるのが、代償が血であるという点。捧げすぎれば死に至るのは自明の理だ。
そのためリアンとナダルのように、補助役と攻撃役は別になっている事は基本。単独で両方をこなすなど自殺行為であり、人類がこの役割分担に辿り着く事は必然と言えば必然だった。
しかしリゼリアは今、その補助魔法と攻撃魔法を並行して使っている。
「威風ッ!」
ゆらゆらと漂って距離感を狂わせ、回避を困難にする狐火。対策として選んだ物は、威風により周囲を狐火もろとも吹き飛ばす事だった。
「へぇ、いい判断力してるじゃない。流石現勇者パーティ所属って所かしら」
「そりゃどうも。こちとら馬鹿みたいに補助魔法にリソース割けないもんでね」
リゼリアの目は、戦っているという緊張感のあるものではなく、まるで大道芸でも見ているかのような、楽しさと余裕に溢れた目をしていた。
「心配してくれるの?ありがと、お詫びに叩き潰してあげるわ、鎌鼬ッ!!」
今度はリゼリアの周りを渦巻き、刃がナダルへと飛んでくる。鎌鼬はナダルだけの技ではなく、風属性の魔法使いならば誰にでも扱える技であるためリゼリアが使ったとしても不思議では無い。
だがしかし、とある1つの事例がこの鎌鼬を不思議へと押し上げていた。
「さっき狐火使ったよな・・・なんで鎌鼬も使えるんだ!?」
精霊には火精霊、水精霊、風精霊、土精霊の4種類が存在し、何精霊と契約するかにより契約者の使用可能属性も決まる。契約できる数は1人1匹であり、2匹以上との契約事例は過去類を見ないものだ。
それ即ち2属性以上の行使は不可能を意味し、リゼリアの行使した火属性、風属性と2種類の攻撃は本来有り得ない。
更に言えば魔法反射を含む大半の補助魔法は水属性に分類される魔法であり、既に3属性を使っていると言える。
「さっきから謎の現象ばっか起こしやがって、ちったぁブツリホーソクに従え!」
「物理法則が何か勉強してから言いなさいよ!さぁ、この鎌鼬をどうするか見物ね」
「あらよっと」
ナダルは鎌鼬の位置を把握すると、1番先頭の鎌鼬を踏みつけ跳んだ。
「は?何それ、アタシ知らないんだけどその魔法」
「魔法じゃねえ!武術だ!」
そのまま鎌鼬を乗り継ぎ、リゼリアと距離を詰め余裕の表示をしていたリゼリアの顔が驚愕に切り替わる。
「威風ッ!!」
硬直するリゼリアに威風が直撃する。
モロに食らったリゼリアは勢いよく後方へ吹き飛び、地面へと転がった。
「げっほ・・・あぁ、血を流すなんて何年ぶりかしら。というか初めてよアタシに攻撃を当てた人なんて」
リゼリアは立ち上がり、付着した土埃を払う。再び対面したリゼリアの表情は楽しさや余裕に溢れたものではなく、完全にナダルを敵と認めたものだった。
「なーにが物理法則に従えよ!何したら魔法を足場にできんのよ、アンタのがよっぽど物理法則無視してるじゃない!」
「現にできてんだから従っとるやろがい!」
驚いているのはリゼリアだけではない。野次馬も教会関係者も、果ては勇者パーティ達も驚いていた。ただ1人、小さな武闘家を除いて。
「今のってサナちゃんの技よね!?アレスにも再現できなかったっていうあの・・・」
「そうです!!私の魔走法です!!前からナダル様に武術を教える代わりに魔法を教わってたんですよ!!ちゃんと役立ちましたね!!」
「でかしたぞサナ!!この流れならナダルにも勝機はあるっ!!」
「回復」
言葉と同時にリゼリアの傷が完治する。回復魔法は怪我の深度に応じて必要な行使時間が変わるのだが、あの程度の傷ならリゼリアは一瞬で完治できるようだ。
回復は風属性と水属性の2つに存在する魔法であり、ナダルも使用者は多く見てきた。しかしここまで高度な回復ができる人間はリアン以外見た事が無く、軽い恐怖すら覚え始めた。
「ま、面白い物も見れたしそろそろ終わりにしましょっか。飛翔」
「魔法使いすぎだろ、そろそろ血が尽きるんじゃねーか?」
補助魔法は攻撃魔法より必要魔力が少ないとはいえ、使い過ぎれば総消費量は攻撃魔法を超える。
リゼリアの体格から考えればそろそろ目眩が起きる筈だ。
「血の心配はいらないのよ、ま、アンタには関係ないけど。そんな事よりしっかりガードしておきなさい」
リゼリアは太陽を背に、空中で杖を掲げる。
周囲に水、火、風、土の属性エネルギーが発生し、ゆっくりと混ざり合いながらそのサイズを増していく。
薄く虹色に光る魔法の塊は、さながら第2の太陽のように顕現した。
「何よあれ・・・あんなの1人の人間に使えていい魔法じゃない・・・」
リアンは絶滅的な表情を浮かべる。属性の混合魔法自体は昔から存在した、ただしその実現には高水準で魔法を会得した人間が複数人必要であり、1人の人間での再現は絶対的に不可能である。
しかし、今目の前で敵が再現している現象はその不可能。魔法への理解が深いリアンが絶望するのは当然だった。
「うん、じゃあこれでおしまい。君、中々強かったわよ」
リゼリアの姿が消える。アレスはこれから起きる攻撃を直感的に予知した。
「不味い、リアン!防壁を貼ってくれ!観衆全員にだ!!」
「ッ!!」
リゼリアはナダルの目の前に出現し周囲には聞こえない、しかしナダルにだけははっきり聞こえる声で囁いた。
「───。」
「はぁ・・・?」
ナダルが理解できない表情を浮かべたのも一瞬の事。リゼリアの制御から解放された魔法の塊は自らに詰め込まれたエネルギーを解放すべく大爆発を引き起こす。
大気はうねりを上げ、大地は揺り動く。凄まじいエネルギーは大地を削り取り、爆発跡には巨大なクレーターが形成された。
「止んだ・・・ナダル様は!?」
サナが真っ先にクレーターに飛び降りる。続けてアレスとリアンも下って行った。
クレーターの中央部分に少年は倒れている。サナは近くにいたリゼリアに脇目も振らずナダルに呼びかけた。
「ナダル様!!目を覚ましてください!!ナダル様ぁ!」
「半日寝かせてあげなさい。気絶してるだけよ、命に別状は無いわ」
リゼリアはそう告げると姿を消しその場を去る。
決闘が終わり、野次馬達はリゼリアを褒め称えながら日常生活に戻って行った。
「さっすがリゼリア様だぜ、あんな魔法使いよりリゼリア様のが数百倍強え!」
「カッコイイわぁ・・・勇者もパーティにリゼリア様を入れていけばいいのに、なんであんな魔法使いを入れてるのかしら」
勇者達はナダルを担いでクレーターから上がると、ハーバーが待ち構えていた。
「我々の勝ちだな勇者殿。約束通りリゼリアは頼むぞ、くれぐれも手は出さぬように・・・まぁ勇者よりもリゼリアのが強いがな、おっと失礼、ハッハッハ」
この言葉でアレスの怒りが頂点に達する。
クレーターから出る時に引っ張っていたサナの手を握っていた事すら忘れ、怒りを押さえ込んだ。
「アレス様、痛いです・・・」
「っ!すまない、不注意だった」
アレスはサナの手を離すと地面に座り込み歯を噛み締める。
口の中に僅かに血が滲み出し、その血の味はアレスの無力感と虚しさを大きくして行った。
ご読了ありがとうございます。
もしよろしければ評価や感想などいただければ励みになります。