3:現実恋愛『パンの比較』
購買も食堂も、昼休みが大盛況かつ大混雑なのは毎日のこと。
彼女との貴重な時間を無駄にしたくない俺は、朝、学校に行く途中でコンビニに寄った。
彼女の大好きなメロンパンに、惣菜系も必要だろうとハム卵サンド。飲み物は彼女の定番になってきている紫の野菜ジュース200mlパック。
金曜の約束を覚えてくれていれば、基本は弁当持参の彼女も昼食は持って来ないはずだ。
さて、自分には……まあ、適当に。
4時限目の終わりを告げるチャイムが鳴った。
カッカッキュッキュというチョークの板書音と、子守唄に等しいおじいちゃん先生の話し声がやっと止んだ。
静けさの波紋が広がる教室の雰囲気は一変し、ざわざわガタガタわーきゃーと、まるで教室ごと異世界転移したみたいに騒がしくなる。
俺は隣のクラスに彼女を迎えに行く。
入口付近の生徒に声を掛けて呼んでもらうなんてことはせず、正々堂々彼女の席まで迎えに行く。
彼氏ですよ、俺が彼氏ですよ、と、彼女のクラスの男どもに牽制の意味を込めて。
「行こう」
彼女のすぐ側まで行って声を掛ける。
まだノートとにらめっこをしていた顔を上げ、ぱっと花火みたいな笑顔を咲かせるこの彼女こそが俺の彼女。
そこいらの男子生徒諸君、この可愛い表情は俺だけに向けられたものだと思い知れ、というドヤな気分で彼女の手を取り教室を出る。
2人きりでいられる場所を求めて、彼女を連れて、愛の逃避行。
校内の端っこ、竹林のすぐ手前に位置する旧体育館、略して旧体。
外階段に腰掛けて、昼食の時間を一緒に過ごす。
「お弁当でも良かったんじゃない?」
「いや、今日は2人でピクニックしたい気分だったから」
弁当だといつもと変わらない感じでただの昼食になってしまう。
今日はちょっとだけでも雰囲気を変えたくて、彼女の昼ご飯は俺が選んだ。
別に、俺が彼女に貢ぐ男とかっていう訳ではなく、今日という日に特別感を持たせる小道具とする為に。
「ふふ、メロンパンだね」
半透明のコンビニのビニール袋を受け取って、中を見た彼女の頬が緩んでいく。
その彼女の横顔を見て、自分の頬がだらしなく緩むのを感じる。
袋を開けて食べ始めた彼女はとても嬉しそうだ。
「美味しい?」
「うん、美味しいよ。食べる?」
彼女のかじりかけのメロンパン。
遠慮無く、まさにかじってあるその部分を狙って俺もかじりつく。
俺の腹が多幸感で満ち満ちる。
「俺さ、将来パン屋になるから」
「え? パンを焼いたことあるの?」
さすが俺の彼女、鋭い。
「無いよ。これから焼くの。」
そう、パンを焼く勉強はこれから。
今日は宣言だけ。
口に出して、大事な人に聞いてもらう。それで俺の中に一本、ピシッとした、ぶっとい覚悟の柱が通る。
「ふふ、じゃあ、私にも焼いてくれるの?」
「うん、だからさ、今日のコンビニのパンの味を覚えておいて。余裕で超えてみせるから」
そのためのメロンパン。
「ふふ、知ってる? コンビニのメロンパンもレベル高いんだよ?」
「知ってるよ。でも余裕で超える」
「まだ焼いたこと無いのに?」
「うん、焼いたこと無くても超えるの」
彼女の楽しそうな声を聞き、嬉しそうな表情を見て、俺の中に流し込んだばかりのコンクリートの決意が一気に固る。
「ふふ、楽しみだね」
「ちゃんと修行して一人前になって、自分のお店を持てたらさ、お店の奥さんしてくれる?」
ドキドキドキドキ。
「うーん、まずは普通の奥さんになりたい、してくれる? で、お店はその後かな」
自営業そのものや、開業すること自体に、金銭面で結構なリスクがある。
下手をして夜逃げ、そんな話もよく耳にする。
実家が小さな事務所を営む彼女は、そういった世界の厳しさを俺以上によく知っている。
それでも俺との将来を思い浮かべ、キラキラした瞳で笑ってくれている。
「俺の奥さんになってください。んで、その後、お店の奥さんにもなってください」
「ふふ、プロポーズだね」
「うん、プロポーズ。でも、ちゃんと結婚の前にはもう一回プロポーズするから」
「うん、楽しみにしてるね」
「うん、楽しみにしてて」
愛しい彼女にキスを贈る。
彼女のふわりとした唇に、ふわりとした頬に、そして、二度目のプロポーズ以降はずっと俺からの指輪がはまるだろう彼女の薬指に。
自分でもキザだなぁとの自覚があるから、彼女と目が合うと余計に照れくさい。
近付き過ぎると目の焦点は合わなくなるから、可能な限り顔を寄せ、顔の火照りが落ち着くまで、おでこを合わせ、また唇を重ねた。
顔の火照り、おさまらないけどな。