表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

瘴気領域 ホラー小説まとめ

実録ルポ動画「くねくね保護の里」

 こんばんは。はじめましての方ははじめまして。

 世界都市伝説チャンネルへようこそ。


 当チャンネルではかつて都市伝説とされていた実在の生き物たちをテーマに、現代の状況をなるべく詳しく、正確にお伝えしていくことを目的としています。動画を見て、「面白い」「参考になった」と感じたら、高評価、チャンネル登録をしていただけると幸いです。


 さて、みなさんは「くねくね」という都市伝説をご存知でしょうか?

 最強の都市伝説……などと言われることもあり、ご存じの方も多いと思います。

 簡単にどんな都市伝説なのかをご説明すると、田んぼや畑に現れる、関節のないぐにゃぐにゃした白い人型の何かです。目撃した人間は正気を失い、廃人になってしまうという恐ろしい存在ですね。


 このくねくね、実は近年では絶滅が危惧されています。

 最強の都市伝説がなぜ絶滅の危機に……と疑問を抱くでしょうが、その理由はこの動画を最後までご覧いただければ理解できると思います。


 Y県には町をあげてくねくねを保護している通称「くねくね保護の里」という場所があり、今回はそこへ取材へ行ってきました。それでは、取材VTRに切り替えますね。


 * * *


 くねくねの保護を行っているNPO、特定非営利活動法人「くねくねを守る会」に連絡をすると、快く取材依頼を了承してくれた。


 くねくね保護の里の最寄りの駅につくと、迎えの軽トラックに乗って現地へと向かう。

 駅前は低層の商業ビルがぽつぽつと建っていたが、10分とたたずに田畑と雑木林ばかりの景色となった。


 運転をしてくれるのは、守る会の代表を務めるNさんだ。

 道すがら、インタビューを兼ねてNさんに色々尋ねてみる。


――どうしてくねくねの保護をしようと思ったんですか?

「んなして言われてもなあ。ガキバラん頃からくねくねゆうたら身近な存在じゃったし、親しみもあったですけ。でぇら好いとうわけじゃないですが、いのうなったらさびしうなると思ったですけ」


――くねくねは危険な都市伝説なんですよね? いなくなった方がよくありませんか?

「町のもんが考えなしに近づくけ、あぶねいーあぶねいー言われとりますけど、村んもんからかしたら猪みたいなもんですけ。あぶねいことはあぶねいですけど、畑に悪さしないぶん、猪よりもマシなくらいですけ」


 恐ろしげに語られることばかりのくねくねだが、地元の人間からするとそれほどの脅威ではなかったらしい。まず、その意識の違いに驚かされた。


――でも、見るだけで頭がおかしくなってしまうなんて、やっぱり危ないと思うんですけど?

「目ぇばこらして見るからですけ。目ん端に入ったら、目ぇそらすなり、つぶるなりすれば目が回るくらいで済みますけ」


――畑仕事の最中に出てこられたりしたら面倒では?

「ああ、それは……おおと、すまんですけ。電話ば失礼しますけ」


 Nさんはハンズフリーでどこかからかかってきた電話を取った。

 どうやらどこかの畑にくねくねが出たらしい。


――くねくねが出たんですか?

「ああ、○○さんちの畑に降りてきたそうですけ。近いですけ、このまま行ってもええですかいね?」


 野生のくねくねに出会えるチャンスだ。断る道理などない。


「それじゃば、この眼鏡ぇかけてもらえますかいね?」


 Nさんがダッシュボードから取り出したのは、何の変哲もない黒縁の眼鏡だった。

 かけてみると度のない伊達で、レンズが青みがかっている。


――どうしてこの眼鏡を?

「念のためですけ。くねくねの害はブルーライトのせいですけ。ブルーライトカットの眼鏡をかけておけば、じぃっと見てもなんともならんのですけ」


 かつて、くねくねの害については「見るなの禁」の一種などと言われていたが、実際にはもっと現実的で物理的なものだったらしい。


「ありゃあ。ちんまいくねくねじゃのう。親とはぐれたか。かわいそうにのう。ああ、お客さん、右の葱畑の奥の方ですけ」


 Nさんが示した方にカメラを振ると、そこには青々とした葱畑の奥でくねくねと身をよじらせる白い人形があった。輪郭はぼんやりしており、目鼻や口とおぼしきものはない。まさしく、「くねくね」としか呼びようのない生物だ。


――1メートルくらいありそうですけど、あれでまだ子どもなんですか?

「そうじゃなあ、大人だとあの倍に足らないくらいですけ。まだ生まれて7、8年の子どもだと思いますけ」


 くねくねは人類に次いで2番めに子育てが長い生物だと言われている。

 生まれたくねくねは12年~13年程度、親と一緒に過ごし、それから独り立ちするのだ。


「たぶん、親は死んじまったですけ、ちぃと捕まえてきますけ」


 Nさんは大きな虫取り網のようなものを持って車を降りると、鮮やかな手際でくねくねの子どもを捕まえてきた。くねくねは、大きな網の中で身体をひねっているが、それほど激しい抵抗はしていない。

 Nさんはそれを軽トラックの荷台に積んでいた檻に入れ、運転席に戻ってくる。


――捕まえるときに、危ないことはないんですか?

「牙も爪もないですけ、あぶねいことは別にないですなあ」


――どうして、あのくねくねの親は死んでしまったんですかね?

「わからんですが、たぶんカンカンダラにやられたんだと思いますけ」


 カンカンダラ、これも都市伝説だ。

 漢字では姦姦蛇螺と書き、下半身は複数の尾を持つ蛇、上半身は人間の女性の姿をしている。雑食だが肉食性が強く、自分より小さい動物や昆虫をなんでも食べてしまう。「陸のブラックバス」と呼ぶ人もいる悪食だ。


 M県の禁足地にのみ生息する都市伝説だったが、30年ほど前に人工繁殖に成功した業者が現れ、一時期はペットとして大流行した。

 しかし、最大で体長4メートルにもなるカンカンダラを飼いきれずに山林に捨てるケースが多発し、各地の生態系を壊していると問題になっている。


――このあたり、カンカンダラは多いんですか?

「多いですなあ。山狩りして減らしてやりたいんじゃけど、役場の許可がなかなか下りんですけ」


 カンカンダラは愛好家が多いことと、人に似た容姿のために駆除許可が下りづらいのだ。

 不合理なことだとは思うが、そもそも人間が養殖などしなければ、いまでもM県の山奥でひっそり暮らしていただけなのだろう。


 人間の都合で増やされ、人間の都合で駆除される。

 そんな運命を思えば同情的になってしまうのも理解はできてしまう。


「さ、着きましたですけ。ようこそ、くねくねの保護の里へ」


 物思いに耽るうちに、軽トラックはコンクリートの壁に囲まれた施設の前で停まっていた。


 * * *


――よくこんな立派な建物が用意できましたね。

「もとは廃業した動物園で、わしが地主じゃったからそこをそのまま使いまわしただけですけ」


 あちこちに檻が設けられ、サル山のような場所もある。

 なるほど、言われてみれば動物園そのものだ。


――でも、これだけの施設だと維持が大変ではないですか?

「大変ですなあ。ボランティアのみなさんがおらなんだら、とっくにパンクしてますけ。ボランティアも、怖がって集まりが悪いですけの」


――「最強の都市伝説」の噂が足を引っ張っていると?

「そうじゃあ思うですけの。見ただけでどうこうなるんちゅうんは、防ぎようがないと思ってしまうらしいですけ。いまはきちんと治せるんですけどのう」


 Nさんの話によれば、くねくねを見て発狂してしまったとしても、清酒で頭を洗い、生米を詰めた枕をして療養していれば、数日から数週間ほどで正気を取り戻すらしい。

 くねくねが有名になった例の都市伝説では不治の病として扱われているが、それも今や昔の話なのだそうだ。現在では、視覚感染性認知汚染脳症という病名もつけられている。


――それにしても、くねくねはどうしてそんな人間だけを害するような進化をしてしまったのでしょうか?

「どうして……? どうして言われてものう。たまたまじゃあ思いますけのう」


 科学の徒として恥ずかしい質問をしてしまった。

 生物進化に目的はない。たまたま環境に適応した性質を持つ生き物が残るだけなのだ。

 どうも、人間の都合に振り回される都市伝説たちに感情移入してしまったようだ。


 話題を変えたくなって、周辺にカメラを振ると、真新しい建屋が目に入った。

 白いコンクリートで正方形に塗り固められており、窓も見当たらない。


――あちらの建物はなんでしょうか?

「ああ……あそこですかいの……」


 今回の取材ではじめて、Nさんが逡巡するような態度を見せた。


――何か問題でも?

「ああ……いや、ええ機会ですけの。見てもらいますけの」


 早足で歩きはじめたNさんを追う。

 分厚いスチールの扉を引き開けると、そこには無数のくねくねがいた。


――このくねくね、水色……?

「色付き、呼んどります。ここ数年で出てきよりました」


――なぜここに閉じ込めているんですか?

「こいつらだけは……あぶねい」


――何が危ないんですか?

「こいつらは、伝染(うつ)るんだ」


――伝染(うつ)る……?

「見たもんが、くねくねさなる」


――伝染(うつ)ったものが、くねくねになる……?

「そこの水色も、2人はボランティアの子だったですけ」


――でも、治療法はあると……。

「色付きは治んねんだ! 清酒も、生米も、清めの塩も、お神楽舞もなーんもきがね!」


――どうして黙ってたんですか……?

「こんなごと知れたら、くねくねが駆除されちまう……」


――なるほど……。

「わしゃ、もうどうしたらいいかわからんですけ……」


 なんと答えるべきか、言葉を探しても何も見つからなかった。

 Nさんの迷いに、共感してしまう自分がいたのだ。

 檻の中で躍る水色のくねくねを見ていると、かけがえもなく愛しいものに見えてしまうのだ。


 * * *


 さて、いかがだったでしょうか?

 これが今回の取材で明らかになったくねくねの真実です。


 くねくねは、野生化したカンカンダラによって本来の生息地を追われ、人里に姿を表すことが増えました。はたしてその影響なのか、新たに進化したくねくねが生まれてしまっていたのです。


 見た人をくねくねに変えるくねくね。たしかに危険なものですが、人間自身の自業自得によって生まれたものとも考えられます。

 これを駆除しろ、というのはあまりにも人間の勝手ではないか、と。


 Nさんが、私が、どうすべきだったのか……。

 私にはもうわかりません。視聴者のみなさんの判断に委ねたく思います。ご意見、ご感想はコメント欄にお寄せください。


 それでは本日の動画ここまで。


 あっ、ところで、ブルーライト対策は大丈夫ですか?

 警告が遅くなりましたが、当動画のご視聴の際は、ブルーライトカットのフィルムや眼鏡の使用を忘れないようご注意ください。


(了)

 作品がお気に召しましたら、画面下部の評価(☆☆☆☆☆)やブックマークで応援いただけると幸いです。

 また、このような短編を発作的にアップしますので、作者のお気に入り登録をしていただけると新作の通知がマイページ上に表示されて便利であります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] そのうちブルーライトではない何かで影響を及ぼいてくる個体も現れそうですね。
[一言] なんだくねくねかわいいじゃん、と思わせてかーらーのー! 犠牲者が出てもなおNさんが保護を続けるのは、彼らを愛しているからなのでしょうか。 そして最後の落ち笑 面白かったです。
[一言] そもそも警告が一番最後だと最後まで視聴できた人居ない気がするんだが(汗 後、水色のくねくね、眼鏡貫通して精神汚染してない? どうもルポライターもそうですが、保護者Nも変な庇護欲植え付けられて…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ