98話 地下研究所の隠し部屋
どのくらい階段を下っただろうか。
通路には一応等間隔で灯りが設置されており、一応の視界は確保されている。
しかし、代わり映えのない殺風景な石の通路に、薄暗さも相まって距離感覚が段々と分からなくなってくる。
もう、結構潜ってきたような気もするし、実の所はそれほどでもないんじゃないかという気もする。
慎重かつ大胆に階段を下り進めていくと、やがて周囲の雰囲気が変化した。
階段を下りきった通路までくると、通路を照らす灯りの量も増え、それまでとは比べ物にならない程に明るくなった。
それと共に、それまでの遺跡然とした雰囲気は抑え気味になり、生活観のようなものが出てきた。
「業務用の電魔器〈電気魔法受信器〉に魔法ルーター……。さしずめ発電ルームといった所か。意外としっかりインフラを整備してあるな」
通路にはいくつかの扉があり、その中の部屋の一つを覗き込んでミケがポツリと漏らした。
わたしも開いたドアから中を覗く。
そこには、ツルツルとした四角い箱が大小二つ置かれており、その表面には幾何学模様のような青白い光の線で出来た模様が、光を強くしたり、弱くしたりしながら点滅していた。
ミケに聞くところによると、表面に浮き出ている模様は魔法式で送られた電気魔法が浮き出ているものらしく、大きい箱の方が電気魔法を受け取る為の電魔器と呼ばれるもので、もう一つの小さな箱は魔法ルーターと呼ばれるものなのだという。
電魔器は各家庭に一つずつ置かれるもので、電魔器によって受け取った電気魔法を魔法ルーターによって各家電製品に無線で飛ばすのだ。
ミケ曰く、ここに置いてある電魔器は業務用の大きなものらしい。
確かに普通の家にこんなモノリスみたいなでかいのが置いてあったらびっくりするかもしれない。
「ねえ、あっちは?」
とはいえ、わたしとしてはそんな発電の仕組みには、あんまり興味なかったので、ツルツルの箱とは別に、室内に置かれたもう一つのものに興味を惹かれてしまう。
「水槽?」
無骨な箱の隣には青く発光する水槽が置かれていた。水槽からは何本かケーブルが伸びている。わたしは部屋の中に入ると、その水槽の中を覗き込んだ。
「きゅぅ……ぴりり」
中には猫耳をつけた長細い魚が泳いでいた。
「猫電気うなぎだな」
わたしがその子を見つめていると、ミケが隣に来て言う。
「猫電気うなぎ?」
「電気を生み出す猫うなぎだ。魔力発電が普及する前は、こいつをそれぞれの家で飼育して電力を賄っていた時代があったらしい。今でも地方によっては、まだ猫電気うなぎ発電の所もあるって話だが、実際に見るのは初めてだな。多分停電に備えての予備電源なんだろう」
「ふぅん」
水槽の中の猫電気うなぎは、水槽の底を這うように泳き、弱々しく発光している。
「なんだが、元気ないですね」
ショコラも隣に来て、心配そうに水槽を覗き込む。
「お腹が空いてるんじゃないかな?」
わたしは餌があるんじゃないかと、水槽の周りを物色する。
「おい、急ぐんじゃなかったのかよ?」
「まあまあ、いいじゃない。あ、あったっ」
ミケが呆れたように言うのに、わたしは適当にいなすと顆粒状の餌が入った袋を開けると、パラパラと水槽の中に振りかけた。
すると、はらはらと落ちていく餌を猫電気うなぎが器用に水槽の中を泳いでパクパクと口の中に納めていく。
「あ、食べてますね」
「やっぱり、お腹が空いてたんだよ」
ショコラと二人で水槽の中を覗き込んでいると、瞬く間に猫電気うなぎは餌を食べ切ってしまった。
「ぴりりん、ぴりりん。ぴかぴかっ」
猫電気うなぎが、嬉しそうにピカピカと発光している。どうやら満足してくれたようだ。
「お礼を言ってるみたいです」
「ふふ、光ってる。かわいいっ。食べたらおいしいのかな?」
電気うなぎでも、うなぎはうなぎ。きっと立派なうな重になるに違いない。
「ぴりりっ?! ぴりぴりぃ……」
わたしと目が合うと、猫電気うなぎは慌てて目を逸らした。
「ルナさん。猫電気うなぎさんが怖がってますよ。水族館でマグロみておいしそうって言う人じゃないんですから」
ショコラが眉を顰めながら言うのに、わたしはにゃはは。と繕い笑いを作ると、
「冗談だって、わたしだって観賞用と食用の違いくらい分かるよ」
「……」
本当ですか、と疑っている目だ。
ショコラのジト目が痛い。
「ちなみに、猫電気うなぎは食用には向かないらしいぞ」
ミケが補足する。
「そうなんだ、残念」
わたしは肩を竦めると、猫電気うなぎにバイバイをして部屋を後にする。
通路には、この発電室の他にもいくつも部屋がある。
「結構、分かれ道が多いな。二人ともはぐれるなよ」
「うん」
「はい」
ミケが言うのに、わたしとショコラが返事をする。
生活観がある以上、おそらくはもうこの辺りからMTTB養殖プラントと呼ばれる施設の中に入っているはずだ。
もしかしたら有用な発見があるかも知れないと、わたし達は一応部屋の中を確認しながら慎重に進むが、多くの部屋はガランとした殺風景な部屋ばかりだった。
中には、誰かが住んでいて研究をしていたという名残であるベッドや机が置かれた部屋や、フラスコやビーカーの置かれた研究室のようなものもあったが、とはいえ、特筆するほどのものは部屋からは発見する事は出来なかった。
そんな風に、部屋を確認しながら通路を進んでいると、ふと、わたしは足を止めた。
「……?」
手元を見る。
わたしの手には、ダガーワームが握られている。ブルブルとした震えを感じて視線を落とすと、かつてない程の勢いで刀身が波打っていた。
なんだろう……?
わたしは周囲にダガーワームを翳してみる。
上下横といろんな方向にダガーワームの切っ先を向ける。
すると、丁度真横の壁に持ってきた時に、特にダガーワームが反応しているという事がわかった。壁に何かあるのかも知れない。
そう思いペタペタと壁の石レンガを触っていくと、ズッと音を立てて石レンガの一つが奥へと引っ込んで取っ手が姿を現した。
「扉……?」
わたしはその取っ手に手をかけると、手前に引いてみる。
すると、巧妙に石レンガの壁に擬態されていた扉が重たい音と共に手前と動き、中から隠し部屋が姿を現した。
「開いた……」
ダガーワームのざわつきが一層大きくなる。
「入れって言ってるの……?」
ダガーワームが要求するままに、隠し部屋の中に入る。
そして、部屋の中に一歩踏み入れた時だった。
ピチャリ……。
足元から、水溜りに足を踏み入れたかのような水の跳ねる音がした。
水漏れでもしてるんだろうか。そう思って足元を見た瞬間、
「……っ」
思わず息を飲む。
わたしが足を踏み入れたのは、水溜まりではなくて血溜まりだった。部屋の入り口付近を中心に大量の真っ赤な血が溜まっていたのだ。
そして、それは赤い蛇が伸びるように、壁際へと伸びている。
それを視線で追っていくと、壁に寄りかかるようにソレがあった。
胸を突き刺されたのか大きな穴が空いている、下半身はすり潰されたように原型を留めていない。この血溜まりは、そこから流れ出て出来たもの。
一人の惨殺された猫の死体が、そこにあった。




