96話 魔王軍の少年
青年は倒れている雪之丞とわたしを見比べると、
「まさか、雪之丞さんを倒してしまうなんて驚きました」
そう言うと、にっこりと柔らかい微笑みをわたしに向けた。
その雰囲気はどこか無邪気で、青年というよりは青年と少年の中間ぐらいの印象を受ける。
太陽のように明るい髪色に着ている黒のスーツは、細めで皺一つなくピンとしていた。
「あなたは?」
「はい、僕はエータと言います。そこの雪之丞さんとはちょっとした知り合いでして。所で、あなたのお名前もお聞きしてもいいですか、愛らしいお嬢さん?」
「あの、ルナだけど」
「ルナ……。月の女神の名前ですね。なるほど可愛らしい女神さまだ。以後お見知りおきを」
そう言うとエータと名乗った少年っぽい雰囲気を残した青年は、わたしの前まで来て膝をつくと、手を取り手の甲に唇をつけた。
「えっと、あの……」
「ほんの挨拶ですよ」
わたしが突然の事にどぎまぎしていると、エータはそう言うと、わたしを見上げて微笑んだ。
「えらい欧米スタイルな猫ですね……」
ショコラが顔を赤くしながら呟いたかと思うと、
「おいこら」
ブンとミケがエータ目掛けて剣を振り下ろした。
「おっと」
エータは素早くわたしの手を離すと、その剣閃から逃れて距離を取る。
「ちょっと、ミケ!」
わたしが驚いて批難の目をミケに向ける。
ミケは細めた目でエータを見てから、そんなわたしに視線を移した。
「借りてきた猫みたいになってんじゃねぇよ」
「だ、誰が借りてきた猫なのよ」
わたしは手を擦りながら、むぅとミケを見つめ返す。
ミケは、目を鋭くすると、
「ルナ、あんまりあいつに近づくな。あいつは悪い猫だぞ」
「え?」
「やだなぁ。僕は悪い猫じゃないですよ。変な印象与えるのやめてくださいよ。ミケ先輩」
そう言うとエータは困ったように、にへらにへらと笑みを作るとヒラヒラと手を振った。
「ミケの知り合いなの?」
わたしが訊ねると、ミケは苦虫を噛み潰したような顔をすると、
「昔、ちょっと面倒を見てやった事があるだけだ」
吐き捨てるようにそう言った。
「ちょっと面倒を、ですか。久しぶりの再会なのに冷たいんですね。ミケ先輩とコジローが魔王軍から突然抜けていってしまって、残された僕は寂しかったんですよ?」
「ふん、生きる為に居ただけだ。あんなスラムでお山の大将してるような組織に、いつまでも居られるか」
「スラムでお山の大将とは、随分な言い方ですね。控えめに言っても裏社会のドンでしょう? それに、ハイダラケシティも慣れれば結構住みいいですよ」
「お前は、今でも魔王軍に居るのか?」
「ええ、今は幹部なんてやってます」
そこまで言うと、エータは思い出したように、
「ところでミケ先輩死んだって聞いてましたけど、生きてたんですね」
「ああ、死に戻ってきた。ひとえに神の慈悲ってやつだな」
「へぇ、確かにミケ先輩は、勇者まで登りつめた猫ですもんね。そういうこともあるんだなぁ。所で勇者で思い出したんですけど、コジローにはもう会いましたか? あいつ、今勇者とか呼ばれて調子に乗ってるのか、僕らの事めっちゃ目の敵にしてくるんですよ。まったく勇者が魔王を倒すのは童話の中だけにしてもらいたいですよ。ミケ先輩の方からも一発ガツンと言っといてくれませんかね?」
「いや俺も目の敵にされてるから無理だぞ。それはいいんだがエータ」
ミケは嬉々とした様子で話すエータの話をぶった切ると、
「これをやったのはお前達なのか?」
険しい声でそう訊ねた。これというのは、今ネコソギシティで起こっているこのMTTBの騒ぎの事を言っているのだ。
それに対してエータはにっこりと微笑むと、
「いいえ」
否定する。
「なら、なんで幹部のお前がここにいる?」
ミケがさらに声先を鋭くすると、エータは困ったように眉尻を下げた。
「本当ですって、信じてくださいよ。僕らはむしろこの事態を引き起こした猫の方に用があるんですから」
「見当はついてるのか?」
「それは秘密です」
エータがばっさりと言う。取り付く島もないという感じだ。
「そういうミケ先輩こそ、こんな所で何をしてるんです?」
「俺は……、いや、それはリーダーに訊いてくれ」
そう言うと、ミケはポンとわたしの肩に手を置いた。
え、わたし? いきなりバトンが飛んできた事にびっくりしながら、ミケを見るが、もはや我関せずという態度が明確に体全体から滲み出ている。
「ああ、リーダーってミケ先輩じゃないんだ。ルナさんなんですね」
「うん。一応……」
「ならルナさん、あなたはここで何を?」
エータが訊ねる。
柔和な表情だけど、なんだか目が笑ってないんですけど。
わたしはわたわたとしながら、説明する。
「あの、あのね。えっと、わたし達MTTBなんとか……」
「MTTB養殖プラントですか?」
「そう、それっ。それを破壊して欲しいって依頼を受けたの」
わたしが思わず指を指して言うと、エータが「ああ」と頷き。
「それなら、そこの瓦礫をどかした地下にあるカタコンベの一番奥にある石棺をどかすと出てくる隠し階段を下りた先の地下通路をいった所にありますよ」
「へー、そうなんだ。……って」
倒壊して瓦礫となっている奥の建物を指差すとエータが言う。普通に道案内をするみたいに話すから思わずそのまま流しそうになってしまった。
「ほんとなの?」
「ええ、ほんとですよ。マジです。まじおりはべりいまそかりです」
エータがにっこりと微笑む。
何言ってるか、よくわかんないけど、とりあえずほんとっぽい。
「どうして、あなたがそんな事を知ってるの?」
「実は、僕らも斥候を使ってネコソギシティのMTTB養殖プラントを探させてたんですよ。それでこの場所だとやっとわかりましてね。ルナさん達はここだとわかって来たんですか?」
「ううん全然、偶然だよ」
というか、ダガーワームでダウジングしながら進んできただけなんだけど。
「偶然ですか。超自然的に偶々起こった出来事を偶然と呼ぶなら、ルナさんは実に運がいいですね」
エータは倒れている雪之丞を一瞥すると、
「どうやら、僕らは利害が一致しているみたいです。MTTB養殖プラントの破壊は僕らとしても望んでいる所ですからね。雪之丞さんの事は僕が面倒みますから、ルナさん達は早く行って目的を果たしてください」
「そう、それは助かるけど」
「ええ、ではこちらへ……」
そう言うと、手のひらを上にして水平に動かす。
その指し示す先はエータが先ほど瓦礫に埋もれているといった地下への入り口だった。
正確には瓦礫に埋もれていた、だ。
今は瓦礫は姿を消し、地下への階段が露出している。
その入り口の周りには、瓦礫を砕いたと思われる細かい砂の山が出来ていた。
「いつの間に……」
多分話している間に、エータがやったんだろうけど、まったく気づかなかった。
どうやってやったんだろう……。わたしが怪訝そうに見つめていると、
「さ、ルナさん」
エータに促されて、入り口へと案内される。
ま、いっか。
「二人共行こう」
二人に声を掛けると、その地面にぽっかりと空いた入り口へと向かう。
促されるままに、地下への階段へとわたしが足をかけた時、
「あ、そうだ。ミケ先輩」
思い出したように、エータが一番後ろを付いて来ていたミケの背中に声を掛けて引き止める。
「よかったら魔王城に遊びに来てくださいよ。ドンネコさんもミケ先輩の顔を見たら喜びますよ」
「やだね。大体あの化け猫ペルシャは俺のことなんて覚えてねぇだろ」
「そんな事ないと思うけどなぁ。素直じゃないんだから……」
「じゃあな」
素っ気無く手を振り苦笑いを浮かべるエータを振り切ると、ミケはわたしを追い抜いて階段を下っていってしまう。
「いいの?」
わたしが追いかけて声を掛けると、ミケはチラリとわたしを見て、
「いいんだよ。あんまり関わらない方がいいと言っただろ。ほら、行くぞ」
そう言うと、ズンズンと階段を下っていってしまう。
わたしはショコラと顔を見合わせると、追いかけるように急いで階段を下っていった。




