94話 肉を切らせて骨を断つ、防がれたならそれも断つ
ふっと体を捻り最小限の動きで、振り下ろされた斬撃をかわす。
刀によって起こされた凄まじい風圧が、わたしの髪をはたはたとはためかせる。
地面には斬撃の衝撃によって生み出された深くて大きな切り傷のような穴がぽっかりと空き、その威力の凄まじさを無言で伝えていた。
「くっ……」
なんとか、相手のスピードにはギリギリ付いていけるようになってきたけど、相変わらず力の面で格差がありすぎる。
一撃の重さは減るどころか、増すばかりで、今でも気を抜けば体がふわりと浮いて、吹き飛ばされそうになってしまう。
あたりには、外れた剣閃による深い傷跡があちらこちらに生まれていた。
そこら中を駆け回り、剣をぶつけ合っていく中で周囲の難を逃れていた建物も次々と倒壊し、崩れた積み木のように無残な姿となっていく。
この戦闘空間だけでも、雪之丞の攻撃の凄まじさを物語っていた。
まともに、当たったら、ただじゃすまない。すぐさま猫ミンチにされてニャンバーガーになっちゃう。
わたしはそんな重たい攻撃を、斬撃の束〈たばね〉の技術を用いて三重に束ね攻撃力を増し増しにした猫村正で、受け流すように相手の猫紫電の一閃を弾く事で、なんとか致命的な状態だけは避ける事が出来ていた。
「はあっ!」
ブンとカウンターのタイミングで、猫村正を大振りする。
速さ的な溝が多少埋まってきた為に、少ない手数ながらも攻撃に転じる事が出来るようになっていた。
もちろん、それが雪之丞にすんなりと当たるわけではない。
何しろ若干速さに慣れてきた感があるとはいえ、それでも驚異的な速さなのだ。
わたしの斬撃は、雪之丞の尋常ではない身のこなしによって即座に回避され、刃は空しく宙を斬ってしまう。
それでも、気にせずわたしは猫村正を振り返す。
元々当たればもっけもんだけど、当てるために振っているわけではないのだ。
標的としているのは、空中に置かれた雪之丞の置き斬撃。
それを潰すために振っている。
わたしが猫村正を大振りする度に、猫村正の一閃とは別に同時に二つの斬撃が発生し、その二つの斬撃が宙に浮き景色の歪みとなっていた、置かれた斬撃を切り裂いていく。
「……っ」
頭がフラっとした。
目の焦点が一瞬ぼける。
限界が近い……。雪之丞が立ち上がってから、わたしが振るってきた斬撃は、その全てが斬撃増やしの技を使った重ね斬り。その負担はかなりのものがあり、わたしの精神力をガリガリと削られていくのが自分でもわかる。
しかし、使わないわけにはいかない。やめたらその瞬間に死ぬ。
少し離れた位置で、雪之丞が猫紫電を振るうのが見えた。
斬撃を置いているのだ。
このままじゃ……。
ぼぅっとした頭で一生懸命思考を巡らす。
このまま、この戦い方を続けていても先に参ってしまうのはどうやらわたしのようだ。
いずれ追い詰められてしまうのは明白。
「……ふぅ」
わたしは一度深く息を吐くと、一つの覚悟を決めた。
手に握り締めた猫村正を鞘へと納める。
雪之丞が、そんなわたしの行動を見て眉を顰めた。
「どういうつもりだ? 先ほどの技を使うつもりなら自殺行為だぞ。確かに一瞬百斬の剣は見事だが、あの技に長い溜めがいるんじゃないか? 大体、一秒一閃で百秒と見た。一秒の間で幾つもの斬撃が飛び交うこの剣戟において、百秒無防備になる事が、どれほど無謀な行為か、わからないお前じゃあるまいに」
「……」
次第に雪之丞の声音が嘲笑めいたものへと変わっていく。
わたしはむっと睨むと頬っぺたを膨らませた。
一度見せただけなのに、完全にばれてる。
しかも、言っている事が、この技を見せた時にミケに言われた事とまるきり一緒なのが、さらに腹が立つ。
確かに彼が言った通り、この技は瞬時に百の斬撃を生み出しているわけじゃなくて、あくまでも斬撃の前借りをしているだけなのだ。
一秒一斬のペースで斬撃を積み上げ、抜刀と共に一気に解放する。それがこの百夜という技。
結果として、斬撃が溜まるまでは相手の剣を受ける事も出来ずに無防備になってしまう。
少なくとも、わたしは秒速で三回くらいは剣を振る事が出来るので収支としてマイナスになってしまう。
まあ、実践向きの技ではないのは、確かにその通りなのかも知れない。
しかし、それでも今はこの技に頼るしかない。
かなりリスクのある選択なのはわかってるけど、どっちみち精神力が尽きたら相手の刀をいなす事は不可能なんだし、なら無刀でも大差なし。リスクの前借りみたいなものだ。
それに、何よりも次に雷火の檻を形成されたらそれで詰みになってしまう。
おそらく、先ほどのように悠長に百夜を溜めさせてはくれない。
あの雷を落とす魔法のようなもので確実に妨害してくるはず。
そうなれば、わたしに対抗する手段はない。
わたしは挑発するような光を瞳に揺らしながら、雪之丞を見た。
「この百秒でわたしを斬れたらあなたの勝ち。斬れなかったらわたしの勝ち。どう? シンプルな勝負でしょ?」
「ふっ、面白い……」
雪之丞は目を細めると姿勢を低くする。
「いいだろう。乗ってやる!」
そう言ったかと思うと、瞬く間に距離を詰めわたしに猫紫電を振り下ろしてきた。
「……ぐっ」
辛うじて横にステップしてかわす。
しかし、まるで蛇が食いついてくるかのように雪之丞の返し刃が追随してくる。
「しまっ……」
そう思った時には、太腿が切り裂かれていた。
「あ……ぅ」
痛みと熱さで一瞬頭がショートしかけるのを必死に繋ぎとめると、相手の剣先を見つめて、次の回避行動を取る。
致命傷だけは、致命傷だけは避けなきゃ。
頭の中で、その言葉だけをリフレインさせる。
致命傷を避けるだけの、必要最低限の動作だけをする。
わき腹や、腕や、足をなます切りのように斬られていくのも厭わず、とにかく細かく相手の斬撃をかわす。
死なないで、とにかく一発撃てればいいんだからっ。
もはや考えているのはそれだけだった。
痛みと疲労で飛んでしまいそうな意識を、辛うじて保ちながら必死に我慢する。
たった百秒がえらい長く感じられる。
その時、ふっと雪之丞が距離を取った。
「……?」
思わず混乱。そして、しばらくしてから百秒経ったのだと気がついた。
体中が傷つき、血がだらだらと流れている。
「……っ」
動かす度に、節々が痛い。頭をガンガンと殴られているみたい。
でも、生きてる。辛うじて動かせる。
「はぁ、はぁ……っ」
わたしは荒い息を吐きながら、自分の体の状態を確認すると、雪之丞を見た。
距離を取り自身の刀である猫紫電を構えている。
彼が距離を取った理由は明白だ。
先手不利になったから。
百夜が溜まりきった事で、先に仕掛ける方が不利になる。
なので、戦いが動から静へと移り変わってしまった。
「ぐっ……」
わたしは猫村正の柄に手をかけると、前屈みに体を低くする。
「おいおい、仕掛けてくるつもりなのか。お前のその技は後の先の返し技として使ってこそ意味がある。先に仕掛けたらただの百連撃と変わらないんだが?」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら、雪之丞が言う。
こいつ、わかってる癖に。
このまま対峙したままでは、わたしの方が出血多量で倒れてしまう。
だから、こちらから仕掛けるしか選択肢はない。
その事を知りながら、おちょくっているのだ。なんて嫌な奴っ。
「勝負っ」
わたしはキッと雪之丞を睨みつけると、彼に向けて一直線に駆け出した。
「どんな大層な技をもっていようが、使い手が馬鹿なら意味はない。悪いがお前の負けだよ」
雪之丞は手前に横一線に刀を振った。
「っ!?」
雪之丞まで後一歩という所で、目の前に突然置かれた斬撃が現れる。
これじゃ、十分に踏み込めない。
「くっ……」
置かれた斬撃が喉元に迫るギリギリまで雪之丞に近づくと、わたしは猫村正を鞘から引き抜き、百夜を解放した。
その瞬間、無数の斬撃が雪之丞に襲い掛かる。
「意味はないと言っただろう」
しかし、雪之丞が軽く後ろに下がるとその無数の斬撃は全て空を斬った。
雪之丞が目の前に置いた斬撃によって、十分に懐まで踏み込む事が出来なかったからだ。その為、斬撃は浅くなり後ろに下がるだけで容易く刀の届く間合いから逃げられてしまう。
振り終わった反動で膠着しているわたしを、見下したような目で見下ろした。
「この程度の展開も読めんとはな。少し買い被り過ぎたようだ。愚者は散るが運命〈さだめ〉。せめて雷速の一閃を以って、その水火の苦しみから解放してやろう」
そして、わたしに向かって猫紫電を振り下ろした。
「――――っ!?」
しかし、その刀がわたしに届く事はなかった。
雪之丞の胸元を一筋の斬撃が切り裂く。
「ぐっ……」
そのまま雪之丞は血しぶきを巻き上げながら仰向けに倒れた。
時間差で現れた斬撃が、今まさにわたしに刀を振り下ろさんとする雪之丞の体を捉えたのだ。
「馬鹿で悪かったわね。さっきの九十九の斬撃はあなたを誘い込む為のフェイントよ。本命は時間差で現れる最後の一閃。後の先を取るとはこういう事よ」
わたしは体を起こすと、倒れた雪之丞に見つめながら声を掛ける。
「っ……」
そして、そのままその場にへたり込んだ。
薄氷を踏み進めるかのような駆け引きが終わり、どっと力が抜ける。
なんとか、勝てた……。
「ルナさん! 大丈夫ですかっ」
座り込むわたしの元にショコラが駆け寄ってくる。
ショコラは心配そうに、わたしの顔を覗き込むと安堵したようにほぅっ息を吐く。
「にゃはは、ぶい」
わたしが力の無い笑みを浮かべながらブイサインを向けると、ショコラはキョトンとした顔をしてから、母親が叱るかのような顔をして「もう」とわたしを見た。
「本当に心配したんですよ。今、回復魔法をかけますね」
そう言うと、ショコラは自分のニャルラトフォンを取り出して操作をしてから、わたしにそっと触れた。すると、体中が温かい光に包まれ、傷がゆっくりと塞がっていく。
「よう、お疲れ」
「ミケ……」
ショコラに遅れて、ミケが歩きながらやってきて声を掛けてきた。
わたしは、伺うような目を向けると、
「傷はもう平気なの?」
「ああ、そっちこそ平気なのかよ」
「うん。なんとか……」
まだ全身痛いんだけど、ショコラの回復魔法によってかなり痛みが軽減されてきた。
今はそれよりも、頭がぼんやりしてフワフワしている事の方が辛いかもしれない。
その内収まるだろうけど。
「お前が倒されたら、俺がとっておきの魔法で倒すつもりだったのに残念だな」
「そーゆーこと言う……」
わたしはミケにジト目を向けると、唇を尖らせた。
「……おい」
「――っ」
「っ!?」
その時、仰向けに倒れたままで雪之丞がわたし達に声を掛けてきた。




