90話 ルナ対雪之丞
雪之丞は一足飛びにわたしの懐まで踏み込むと、上段から一気に刀を振り下ろしてきた。
わたしは一歩引いて冷静にその一閃をかわすと、猫村正を上から被せるように斬り返す。
「はっ!」
ギィンという金属同士がぶつかる音、わたしの斬撃は雪之丞の切り上げてきた刀によって阻まれた。
一秒にも満たないつばぜり合いの後、わたしが距離を取ると追い討ちをかけるように、雪之丞の刃が猛獣の牙となって襲い掛かってくる。
わたしはその鋭い剣の一閃を、自身の刀でいなすように受け止めると、そのまま受け流し反撃に転ずる。
しかし、その攻撃も受け止められ相手の体には届かない。
刀の打ち合い。
鉄のぶつかり合う音が、輪唱し火花を散らしている。
頻繁に場所を入れ替えながら、隙をついては斬撃を繰り出す。しかし、ただの一閃として相手の体に届く事はなく受け止められる。
次第に、互いの剣速は増していき。まるで銀の蛇が絡まりあうように剣閃が交錯する。
「――っ」
この猫強い……でも。
一見拮抗しているように見えるが、実際にわたしが感じていたのは、もう少し違う感触だった。
高速で飛び交う剣戟の中で、段々とわたしは自分が優位である事を自覚していた。
確かに強い。前に試し切りの時に戦った時もこのぐらい強かったのかな。ぶっちゃけ、あの時はテンションがおかしかったから、あんまり覚えてないんだよね。
「ふっ」
わたしは一歩後ろに下がると剣閃の編みを解き、猫村正を地面に水平に保ち姿勢を低くする。
そして、足に力を込めるとそのまま一直線に相手の胸へと剣を突き出した。
刃が突き刺さるという所で、雪之丞の姿がふっと消える。
上に飛んだのだ。
雪之丞は体を翻すように捻りながらジャンプすると、わたしの背後へと着地した。
そして突きを繰り出した体勢のまま、がら空きとなっていたわたしの背中に向けて、刀の切っ先を突き出す。
「くっ」
わたしは体をクルリと反転させると、これをかわして、回転した勢いのまま突きの体勢でがら空きになっている雪之丞の側面に突きをくり出す。
雪之丞はこのわたしの突きを体を反転させてかわす。
そして、突きの体勢のままがら空きになっている、わたしの側面に向けて回転の勢いのまま突きを出す。
そして、わたしはそれを体を反転させてかわすと、雪之丞に突きを繰り出した。
高速で繰り広げられる突きの応酬。
まるで舞踏を踊っているかのような場所を入れ替えながらの突き合いが続く中、雪之丞が口を開いた。
「勝負を焦ったな」
「……」
回転し突きを繰り出すその僅かな視線の邂逅の中で、勝ちを確信した光を宿した雪之丞の瞳が鈍く光る。
舞踏のリズムに微かに乱れが生じ始めた。
微かに、わたしの方が遅れ始めたのだ。
「お前の方が最初から刹那遅い!」
雪之丞が突きを繰り出す、わたしは体を反転させ回避するが、その切っ先が僅かにわたしの袖を捕らえた。
わたしの方も猫村正を突き出すが、雪之丞の体に掠ることもなく切っ先が通り過ぎていく。
除々に切り返す度に突きの速さが釣り上がり、舞踏はより高速なものへとなっていた。
そして、この突きの応酬を始めた最初からわたしの方に少し隙があったのだ、それが速くなっていった事で顕在化し始めた。
雪之丞はその事を言っているのだ。
そして、その事はわたし自身も気づいていた。このまま突きの舞踏会を続けていれば、いずれ雪之丞の刃がわたしを貫くだろう。
このまま続けば……だけどね。
「二重・纏〈まとい〉っ」
さらに速度が上がり、次の一連の流れの中で雪之丞の刀がわたしを捉えるだろうというタイミングで、わたしはそう言いながら突き出した。
「……っ!」
当然、わたしが刀を突き出した先に雪之丞の姿はない。もはや、明確に目に見える形で差が現れているからだ。しかし――。
ガィンっ!
金属同士のぶつかり合う音。
わたしの側面から出現したもう一つの突きによって、おそらく必殺を込めたであろう雪之丞の突きは弾かれた。
全霊を込めたであろう命を仕留める為の突きを弾かれ、雪之丞が体勢を崩す。
突いた際に、僅かに隙を残したのはこれを見越しての事だった。
前方に斬撃を重ねるのに比べて、自分を中心に纏うように斬撃を増やすのはちょっと難しいので、今は二重が限度だけど、それでも一回不意を突く分には十分だ。
「……っ!?」
わたしは体の回転を止める。ザザザっと足元に土煙が舞った。
そして、体勢を崩している雪之丞に猫村正を構えると、一気に踏み込む。
雪之丞が体勢を崩しながら、刀で受け止めようとする。
「はぁ!」
わたしはそれに構わず刀を振り下ろした。
リィィンという透き通った音。
猫村正から生み出された三つの斬撃が、綺麗に雪之丞の刀身を四分割する。
勢いに吹き飛ばされ、地面に膝を突いた雪之丞にわたしは猫村正を突きつけた。
「これで、勝負ありね」
わたしはにっこりと微笑むと、
「あからさまな隙には気をつけなきゃね。大口叩いてた割りには大した事ないんだから。ビッグマウスはカピバラさんだけで十分なのよ」
そう言って、ふふんと鼻を鳴らす。
雪之丞は立ち上がり、切断された刀の断面を見つめると、地面に放り投げた。
「斬撃増やしとは、なかなか面白い技を使うじゃないか」
「わたしもあの時より強くなってるしね」
わたしが自慢げに言うと、雪之丞は目を細める。
「もう勝った気でいるのか? この程度想定の範囲内だ」
「むっ……」
負け押しみを。と思ったが、雪之丞の悠然とした余裕のある態度に思わず気圧される。
「小手調べはこんなものだな。元々こんななまくら刀でお前を斬れるとは思っていない。俺も愛刀を使わせてもらうぞ」
そう言うと、雪之丞は懐からニャルラトフォンを取り出し画面を操作する。
すると、程なくして雪之丞の前に空間の裂け目が出現した。
倉庫の魔法だ。魔法は使わないって言っていたような気もするけど、倉庫はノーカウントなんだ。
わたしがそんな事を考えていると、雪之丞はその空間の裂け目に手を入れると、ズズッとゆっくりと引き抜く。
空間の裂け目からバチッと青白い光が弾けた。
さらに引き抜くと刀の柄が現れ、バチバチという音が激しくなり、青白い光が花火のように破裂していた。
そして、空間の裂け目からその刀の刀身が姿を現した時、落雷のような耳を劈く音が響き、刀身の回りを青白い稲妻が奔った。
そして、雪之丞はそこから一気に引き抜く。
瞬間を閃光が満たす。
それが治まった時、彼の手には雷を纏った一本の刀が握られていた。
「分水嶺猫紫電〈ぶんすいれいねこしでん〉。俺の愛刀の名だ。普段は静電気がうざいから使わないけどな」
雪之丞は猫紫電を一度慣らすように大きく振った。
するとブンと音が鳴り、残像のように青い稲妻が斬撃をなぞるようについていく。
バチバチと稲妻が奔り、刀身はおろか雪之丞自身も青白く発光させていた。
「……」
確かに静電気がすごそう。普段使わないというのも、なんとなくわかる気がした。
猫にとって静電気は大敵なのだ。
わたしも飼い主さまが毛糸のセーターを着てるような時は、抱っこされるのを思わず身構えてしまうし。
「さあ、迅雷の如く逝け」
ふっと姿が消えたかと思うと、雷光のような青白い一撃が頭上から降ってきた。




