89話 白猫の侍
「それじゃ、オレは避難所に避難する事にするニャ」
「一人で大丈夫?」
「猫の身体能力を甘く見てもらっちゃ困るニャ」
わたしが心配するように声を掛ける。すると、ヤマネコは一度大きく尻尾を振ると、一気に脇の店の壁を駆け上る。
そして、入り口の雨よけの屋根の上に乗ると、そこから覗き込むようにわたし達を見下ろした。
「ヤマネコ式キャットパルクール免許皆伝のオレを誰も捕まえる事は出来ないニャ」
ヤマネコがドヤ顔をする。
それって自分で流派作って、自分で免許皆伝しただけの自作自演なんじゃ……。
「……」
とはいえ、意外とヤマネコさんは思ったより運動神経が良さそう。
まあ、猫ならパルクールくらい普通にできるだろうから自慢するような事じゃないと思うけど。
わたしがそんな事を考えながら苦笑していると、ヤマネコは体を立ち上がらせて、一つ伸びをした。
「こっちの心配はいいから、ルナ達はルナ達のするべきことをするニャ。では、さらばニャ!」
そう言い残すと、しゅわっちとヤマネコは隣の建物の屋根に飛び移り、そこから更に建物の屋上まで駆け上がると、まるで忍者のように建物の屋根から屋根へと飛び移って去って行ってしまった。
「行っちゃった……」
わたしはそんな小さな黒猫の影を見つめながら呟く。程なくしてヤマネコの姿は見えなくなってしまった。
「大丈夫かな?」
「大丈夫だろ。あの様子なら仮にMTTBに出くわしても逃げ切れる。体も小さいからどこにでも隠れられるだろうしな」
「うん、そうだね」
ミケの言葉に頷くと、視線を引き戻した。
「じゃあ、わたし達も行こっか」
わたしはミケとショコラの二人を見回して言った。
「確か、そのダガーでダウジングをするんですよね」
ショコラが確認するように言うのに、わたしを縦に振ると、
「そう、このダガーワームが、わたし達を狂猫の所まで導いてくれるはずよ」
わたしは突き出すように、ダガーワームの切っ先を前方に向けると、時計の針のように体をゆっくりと回転させる。
そして、それがある一点を指した時、ブルブルと振動した。
「こっち」
わたし達は、ダガーワームが示した方に向かって駆け出した。
しばらく「こっち」「あっち」という具合にダウジングを頼りに進んでいると、一際被害が大きそうな通りへと出た。
建物は所々崩れ落ち、煙を上げている。
道路は抉れ、砕かれた石レンガがあちらこちらに散らばっている。
それは、この場所でかなり激しい戦闘があった事を示すものだった。
そして、廃墟と化した通りの真ん中に立ち尽くすように、一人の男が立っていた。
「ねぇ、あなた大丈夫ー?」
何かあったのだろうか? わたしは崩れた足元を気にしながら手でメガホンを作って声を掛けると、男はゆっくりとこちらに顔を向けた。
白い髪に猫耳、長い髪を後ろで太い三つ編みにしている。
そして、何より特徴的なのはワイシャツの上に着物に袴という侍の格好している事だ。
「……見つけたぞ」
「え……」
男は口元を三日月のように歪めると、手に持った刀を揺らしながらゆっくりとした足取りでこちらに向かってくる。
「ルナさん……、なんかこの猫……」
ショコラがわたしの袖を掴み怯えた声を上げる。
明らかに男の目には据わっている。
左右色の違う赤と青のオッドアイの瞳には怪しい光が揺らめき、尋常ではない雰囲気を纏っていた。
ショコラが怖がるのも無理はない。
「落ち着いてショコラ」
そう声を掛けるものの、ここまで異常な雰囲気を醸し出されたら、さすがにわたしもこの猫が普通じゃないんじゃないかなと思ってしまう。
「きっと、戦闘終わりで気が立ってるだけだよ」
ショコラを落ち着かせる為に言った言葉だが、実際の所わたしもそんな所なんじゃないかなと思っていた。
「あのぅ……」
わたしが男に声を掛ける為にさらに近づこうした時だった。
「待てルナ」
ミケがわたしを手で制して一歩前に出た。
「ミケ……」
わたしが見上げるのに、ミケは険しい目を返すと、
「不用意に近づくな。とりあえずは、俺にまかせろ」
そう言って、男へと歩み寄っていく。
「おい、お前止まれ」
「……」
ミケが言うと、男は足を止めた。
「お前、なんなんだ?」
「お前には用はない。用があるのはそっちの女だ」
そう言うと、侍の格好した猫は刀の先でわたしを示す。
え、わたし?
全然思い当たる節ないけど。自分で自分を指指しながら困惑する。
ミケはちらりと、わたしを一瞥すると、
「こっちに用はないようだがな。で? 用ってなんだ?」
「斬り殺す」
そう言うと、男はニヤリと口角を上げた。
「なるほど……」
ミケは頭をガシガシと掻いた。
「やれやれ、どうやら言葉の通じる相手じゃなさそうだな」
そう言うと、ミケは剣を引き抜き相手の喉下に突きつけた。
「悪いが、俺達は急いでるんでね。さっさとそこをどいてもらうぞ。自主的にどくならよし、さもなければ――」
「邪魔だ」
「――っ!?」
刹那、男が沈み込んだかと思ったら、次の瞬間ミケの胸元から斜めに切り裂かれ鮮血が噴出した。
「なん……だと……」
そして、そのまま前のめりに崩れ落ちる。
「木偶がでしゃばるなよ」
男が独り言のように呟いた。
「ミケっ!?」
わたしは飛び出すと、崩れ落ちたミケを抱え起こした。
胸の辺りが一閃に切り裂かれ、ぱっくりと開いている。
そこから血がドクドクと流れて出ていた。
服にどんどん紅い染みが広がっていく。
わたしは焦りながら、ミケに声を掛けた。
「ミケ、大丈夫っ!」
「う……」
微かに聞こえる呻き声、よかったそこまで傷は深くないみたい。
わたしはほっと息を漏らすと、キッと男を睨みつける。
「何するのよ。無抵抗の猫をいきなり斬りつけるなんて、あんた絶対に許さないんだから!」
わたしの言葉に男は「フッ」と鼻で笑うと、
「許さないというのは具体的にどうするんだ?」
口元に笑みを湛えて男が言う。
わたしは、むすっとした顔を作り男を見ると、
「あなたを殺すわ」
「ほぅ、いいじゃないか。お前の怒り、恨み、嫌悪、軽蔑、殺意の全てに至るまで、まるで戦〈そよ〉ぐ風のようにとても心地いいぞ。俺はお前と戦いたいんだ。さあ、俺と一緒に殺戮の輪舞〈ロンド〉を踊ってくれ」
「うっさいな、ポエム侍。ポエムはブログにでも書いてろ」
なんか知らないけど、わたしと戦いたいらしい。わたしだって、仲間を傷付けられて黙ってなんかいられない。望むところなんだから。
「ルナさんっ」
ショコラが駆け寄ってくる。
「ショコラ、お願い。ミケを回復してあげて。後、これも持っててくれる」
わたしは隣にやってきたショコラに、ミケの体を預けると、手に持っていたダガーワームもショコラの手の中に入れた。
「ルナさんは?」
「わたしはこいつの相手をする」
わたしは立ち上がり男に向き直ると、猫村正を鞘から一気に引き抜いてきっと睨みつける。
「さあ、覚悟しなさい。斬り殺してあげるわ」
男はくくくっと笑い声を上げると、
「森でお前にやられたあの瞬間から、この時を待ちわびたぞ」
「わたしにやられたですって?」
「よもや覚えてないとか言うんじゃあるまいな」
いや、覚えてないんですが。
「森で決闘を申し込んできただろう?」
「森……決闘……」
あれ、ちょっと思い出してきた。
森で白猫と決闘。なんかそんな事があったような。確かあれはディンゴのお店で猫村正を貰った直後……。
「あー、思い出した。試し切りの猫だ! あの時はありがとね。どうもお世話になりました」
ちょこんと頭を下げる。
「どうやら思い出したようだな」
そう言うと男はふっと息を吐く。
「むぅ……」
っていうか何かキャラ変わってるような。前あった時はこんな感じじゃなかったような気がするんだけど、気のせいだろうか。
わたしがそんな事を考えていると、男は露を払うように刀を振った。
「決闘の前には名乗るのが武士の礼儀。俺の名は雪之丞〈ゆきのじょう〉。どうせ忘れてるだろうからな」
「雪之丞ね。わたしはルナよ。そっちこそ覚えてないでしょ」
わたしは不敵に返すと、んーと伸びをしてから猫村正を構えた。
それに呼応するように雪之丞も刀を構える。
そして目を細めると、付け加えるように言った。
「決闘とはいえルールは無用だ。使いたいなら魔法でも何でも使っていいぞ」
「そっちこそ魔法でも何でも使ったらいいんじゃない? わたしはこの猫村正しか使わないけどね」
「剣士としての矜持という奴か。剣戟こそ戦場を飾るに相応しい咲き誇る華だとそう言いたいわけだな。なるほど、伊達に女武者はやっていないという事か。やはり俺の見込んだ女なだけはある」
「え、いや……」
単純に契約してないから使えないだけなんだけど。っていうか、いつからわたしが女武者に。
「いいだろう。俺も剣しか使わない。剣対剣の真剣勝負は俺の臨むところだ」
「うん、わかった。じゃ、やろっか」
わたしは口元を緩めながら、腰を低くする。
「ふっ、余裕でいられるのも最初だけだ。すぐにその顔恐怖に染め上げてやろう」
にやりと口元を歪めたかと思うと、刀を握る手にグッと力が籠もったのがわかった。雪之丞から感じる圧力が増す。
来る……。
雪之丞の剣が、静かに揺らめいた。
「あの時は油断したが為に敗れたが、西表山猫流剣術奥義ニャンクルナイ斬、その真なる秘奥以って今度こそ貴様をズタズタにしてくれる!」




