84話 ネコソギシティの騒乱
女性の悲鳴が響き、遠くから群発的に爆発音のようなものが聞こえてくる。
大通りに戻ると、少し前までとは街の様相が一変していた。
大勢の猫達が混乱しながら大挙して、街の中心地から外周へと逃げ惑うように波のように移動している。
その様子はまるで戦場に迷い込んでしまったかのようだ。
「一体、なんでしょうか?」
「うーん、避難訓練とか?」
わたしとショコラが事態を飲み込めずにキョトンとしていると、ガテン系のお兄さん猫がわたし達に声をかけてきた。
「おい、アンタ達何ボケっとしてるんだっ。早く逃げた方がいいぞ」
「え、一体どういう――」
訊き返そうとすると、一際大きな爆発音が街の中心部の方から聞こえてきた。
「くっ、じゃあな!」
そう言い残すとガテン系猫は猫波に乗って早足で駆けていってしまった。
「な、なんなのよ……」
呆然と立ち尽くしていると、トゥルルルという携帯電話の着信音が鳴った。
わたしのニャルラトフォンだった。
また、勧誘の電話かと思わず身構えてしまう。
いや、ニャルラトフォンを手にしていらい勧誘の電話くらいしかかかってこなかったからなんだけど。
ディスプレイを見ると、ミケの名前が表示されていた。
わたしは着信のボタンを押すと携帯を耳に当てる。
「もしもし、ミケ? どうしたの?」
『ルナ、大丈夫か?』
ざわざわと周りが騒がしくて聞き取りづらいが、ミケの声をトーンはかなり真剣なものだった。
どうやら、単純にお喋りをする為にかけてきたというわけではなさそうだった。
「うん、大丈夫。っていうか何かあったの?」
『緊急クエスト見てないのか?』
「緊急クエスト?」
『変な音が携帯で鳴っただろ?』
変な音? なんかあったっけ? と少し考えて、雑貨屋さんにいた時に鳴った不協和音の事だと思い出した。
「ああ、うん。それが、どうしたの?」
『とにかく、ニャルラトフォンのクエストの欄を見てみろ』
「ちょっと待って、ショコラに頼んでみるから」
そう言うと、わたしはショコラにニャルラトフォンを取り出して、クエストの欄を開いて欲しいとお願いする。ショコラもよく意味がわかっていないようで、首を捻りながらニャルラトフォンを操作していた。
クエストの欄を開くと、受けた覚えのないクエストが表示されていた。表題には緊急クエストの文字が書かれていた。
「これね」
「いつ、こんなの来てたんでしょう?」
「ほら、雑貨屋さんでニャルラトフォンから変な音が鳴ったでしょ。あの時だって」
「変な音? なんか鳴りましたっけ?」
ショコラはキョトンと首を傾げる。ああ、そっか。ショコラはあの時あんな状態だったから聴いてないんだ。
「とにかく、開いてみて」
わたしが促すと、ショコラはクエストの表題の部分を押して、本文を表示させる。
そこにはこう書かれていた。
『ネコソギシティに大量出現したMTTBを倒せ。
今、ネコソギシティ市街地において、MTTBが大量出現するという異常事態が起こっているニャ。そのクラスはおよそA級。腕に覚えがある使い魔〈サーヴァント〉はただちにネコソギシティ市街地へと赴き、これを討伐してもらいたいニャ。
なお、クエスト報酬として一体討伐につき百万のボーナスが報奨金に上乗せされるニャ。
にゃ、にゃんだって~。これはお得すぎる! すぐ戦わなきゃ!
とにかく手当たり次第に狩って狩って狩りまくってほしいニャ。
諸君らの迅速な行動に期待するニャ。
頑張るニャ~。
※ なお、クエストボーナスにおきましては通常の討伐報奨と同じ扱いになります。
パーティでの撃破の際におきましては通常の報奨金比率分配方式が適用されます。
当クエストにおける、クエスト受注報告および完了報告は無用です』
わたしは全文を流し読んで、
「随分、ふざけた文章ね」
半月のように目を細めながら、わたしが言う。
「まるで通販番組のノリですね」
「にゃ、にゃんだって~。だって、ノリ突っ込みじゃないこれ。書いたのきっとヤマネコさんだよね」
「そうですね」
ショコラは苦笑しながら頷くと、
「でも、書いてある事は本当なんでしょうか?」
不安そうな顔をする。
「うーん……」
周囲の混乱ぶりを見るに、おそらくここに書いてある事は本当なんだろう。
ネコソギシティに大量のMTTBが出現し暴れているのだ。
あの、鯨のMTTBもこれに関係しているのかな?
そんな疑問を覚えた所で、次の瞬間には、その思考をかき消していた。
文面にはA級と書いてある。
あの鯨のMTTB、死鯨はアステル曰くSS級だと言っていた。
それに死鯨は普通なら認識できないMTTBだとも。
それなら、こんな風にクエストとして送られてくるわけがないし。という事は、あの鯨のMTTBとこの案件は関係がないという事なのかな……。
『見たか?』
「あ、うん。見たよ」
受話器から聞こえてくるミケの声に、わたしは思考を中断した。
「ねぇ、ここに書いてある事って……」
『ああ、本当だ。俺のいた英雄ショップにも現れたからな』
「だ、大丈夫だったの? 死にかけたりしなかった?」
わたしが心配そうに声を掛けると、軽く一蹴された。
『お前に心配されるほど、俺は落ちぶれてねぇよ』
「なっ、なによぉ。人がせっかく……」
わたしは携帯を耳に当てながら、頬を膨らませる。
『せいぜい、ヤマネコさんが飲みすぎて酔拳を披露したら、戦闘中にリバースしたくらいだ』
それは一体どういう状況なの?
『それは、まあいいとして――』
軽く流されてしまった。
『ルナ、今どこにいる?』
「えっと、何処といわれましても……」
大通りなのは間違いないけど、具体的に説明するのは難しい。
「ルナさんっ!?」
わたしが口ごもっていると、ショコラが声を上げた。
顔を上げると、目の前の通りで動きがあった。
ドリルのような先端が石レンガが敷き詰められた道路から顔を出したかと思ったら、次の瞬間突き破り土煙と共に巨大なイカかタコのような風貌のMTTBが姿を現した。
「あれって……」
一目見てどこかで見覚えがあると思った。
そう思ってすぐに気がついた。
赤黒い生物めいたぬらぬらとした樹木の皮膚の下に筋繊維のような無数の蔓が蠢いており、そしてその胴体から無数の触手のような軟性の枝がイカやタコの足のようにウネウネと生えている。
あの足を絡めてドリルのように地中を掘り進んできたに違いない。
あれと同じものを、ニャルハラ〈ここ〉に来たばかりの時に見た。
わたしが始めて戦ったMTTBだ。
「――っ!」
声とも似つかぬ、ノイズのような咆哮を出現したMTTBをあげる。
その声によって、この場は一瞬にして混乱の渦の中へと叩き落された。
悲鳴と怒号が飛び交い、誰もが我先にと他の猫を押しのけて逃げ惑っている。
その時、大柄の猫に押し飛ばされて一人の少女が転んだの見えた。
黒髪をボブカットにしたワンピースを着た女の子。
それは、わたしの知っている女の子だった。
「チコっ」
転んだチコにMTTBの触手が伸びていく。そして足首を掴んだ。
恐怖に引きつった顔のチコは、この世の終わりとばかりに目を瞑る。
「ごめん、ミケ。ちょっと野暮用。ショコラに代わるね」
『あ、おい――』
ミケの返答を待たずに、わたしは耳に当てていたニャルラトフォンをショコラに押し付けた。
「え、えっ。ショコラはどうしたら?」
無理やりわたしのニャルラトフォンを手の中に入れられて、パニックになっているショコラを落ち着けるように、わたしはショコラの目を見つめる。
「ショコラはミケにこの場所の事を教えてあげて。彼が来れるようにね」
「ルナさんは?!」
「わたしは、ちょっとあれを片付けてくるわ」
ショコラが言うが早いか、わたしは脱兎のごとく駆け出した。




