80話 不協和音
「えっと、あ、あったあった」
大通りを南に進み路地に入った所に、目的のお店はあった。
手元のチグリスから貰ったメモ紙に、再度目を落としながら確認する。
目的の雑貨屋さんは、入り口がガラス張りになっていて中の様子がよく見える。
店の中はアンティーク調な小物が所狭しと置かれており、ごっちゃりとしているのが逆に好奇心をかきたてるようで、ちょっとワクワクする。
大きなガラスが嵌め込まれた扉を開け中に入ると、レジ前に座り眠そうに手元の新聞に目を落とす、多分店主と思われるおじいさんが顔を上げる。
わたし達が会釈すると、おじいさんはわたし達を一瞥し、再び手元の新聞に目を落とした。
愛想が皆無に近い。真面目に商売する気あるのかな。
まあ、アパレルショップみたいに付きっきりでついて来られてもそれはそれで困るけど。
わたしは苦笑すると、そんな事を考えながら、メモに書かれたアイテムを探すことにした。
「あ、こっちじゃないですか?」
わたしが店内をキョロキョロと見て回っていると、ショコラが手招きする。その前には色とりどりのペーパーナプキンが置かれていた。
メモにはペーパーナプキン数種と、リボン数種、ついでに針金を買ってきて欲しいと書かれていた。
しかも結構な量である。
「こんなの何に使うんだろう?」
わたしがいくつか手に取りながら首を捻っていると、ショコラが口元に手を当てながら、
「多分リースを作るつもりなんじゃないですか? ペーパーナプキンでお花を作ってペパナプリースにするんじゃないですかね」
「へー」
詳しい。リースっていうのは確か、パーティとかで飾る円状の飾りの事だよね。
クリスマスの時に家にあったのを見た事がある。
それをペーパーナプキンで作ったものの事をペパナプリーフというらしい。
だったら、沢山色があった方がいいよね。
わたしはお店の入り口にあった麻で編まれた買い物かごを持ってくると、適当な色を見繕いながら、どんどん籠の中に入れていく。
がさがさと籠に突っ込んでいくわたしに、ショコラが遠慮がちに口を開いた。
「あの、ルナさん……」
「え、何?」
その妙に神妙な面持ちに、わたしは少し身構えてしまう。
「ショコラ、ふと思ったんですけど……」
「うん」
「ミケさんって、攻めと受けどっちだと思いますか?」
「へっ?」
思わずキョトンとしてしまう。
深刻そうに眉を八の字にしたショコラがわたしを見つめていた。
「あの、えっと。ショコラの飼い主さまが言ってたんです。この世界の男の人には二種類しかいないって。それは攻めと受けだって。なんだか、ふとその事を思い出してしまって……」
そんな事、ふと今思い出さんでも……。
「ええっと……」
わたしは思わずペーパーナプキンを籠に入れる手を止めると、口ごもる。
そんな事訊かれても、考えたこともなかったから分からないよ。
そう思った所で、ふと同じような質問を聞いたことがあったような気がしたのを思い出した。
そう、あれは飼い主さまのお友達がわたしの家に遊びに来た時の事だ。
飼い主さまのお友達が飼い主さまに同じような事を言っていたような気がする。
その時、飼い主さまはなんて答えてたんだっけ?
記憶の糸を辿る。ええっと、確か。
「基本的に釣り目の方が攻めでたれ目の方が受けよ。でも片方が眼鏡をかけてる場合はかけてる方が攻めなの。華奢と筋肉質だったら華奢の方が攻めで、年下と年上だったら年下の方が攻めね。ってわたしの飼い主さまが言ってたわ」
「つまり?」
「え、つまり?」
つまり、その理屈でいくとどうなるんだろう。
「つまり……、ミケは攻めなんじゃないかなぁ」
わたしが首を傾げながら答えると、
「えー」
ショコラが不満そうな声を上げる。
「うっ、じゃあ受け……かなぁ」
「やっぱりそう思いますよねっ」
ショコラの顔がパッと明るくなる。
「よかったです。ルナさんと違ったらどうしようかなって。やっぱりパーティですから基本的価値観の共有は大切ですよね」
「うっ、うん」
とりあえず頷く。えっと、一体わたし達は何の話をしているんだろう。
店主のおじいさんが怪しげなものを見るような目でこっちを見てる。
まあ、ショコラが嬉しそうだから、まいっか。
わたし達はペーパーナプキンを粗方入れ終わると、今度はリボンの売り場に移る。
そして、最後に針金を入れてレジに持っていった。
わたしはニャルラトフォンを取り出すと、支払い用の端末へと押し当てる。
そうして支払いを終えると店主のおじいさんが仏頂面ながらも丁寧に品物を紙袋へと詰めてくれた。
「ありがとう」
わたしは礼を言って、それを受け取ると早速シュレディンガーの革袋の魔法を起動し、その中へと買った品物を預けた。
よくよく見ると、すでに倉庫魔法の容量の六十パーセントくらいが埋まっていた。
容量埋まるのはやっ。
さすがにチコの所で服を買いすぎたかも。
まあ、一番安い倉庫の魔法なのでこんなもんなのかもしれないけど。
わたしがニャルラトフォンの画面を見つめながら、そんな事を考えていると、
ピロリンピロリン――!
突然、ニャルラトフォンからけたたましい不協和音が鳴り響いた。
「え、なに?!」
ピロリンピロリンというわざと音を外したような音で、まるでわざと不安を煽っているかのようだった。
しかも、それはわたしのニャルラトフォンだけでなく、ショコラのニャルラトフォンからも鳴っている。
それぞれかなりの音量なので、店内はこの音が反響し騒がしく鳴り響いていた。
わたしは突然の事に意味が分からず、混乱しながら無駄に不安を煽る音色で鳴り響く端末を見つめていたが、ふと我に返ってショコラに声を掛けた。
「ねぇ、ショコラ。これって……。ショコラ?」
「……」
わたしはショコラを見てぎょっとする。
「ショコラってば!」
思わずわたしは声を荒げるが、ショコラはぼぅっと前を見つめるだけで返事が返ってこない。
その目は瞳孔が開ききっていて、まるで死んだ魚の目のようだった。
「あの……」
今度は店主のおじいさんに声を掛けてみるが、おじいさんもショコラと同じように死んだ魚の目をして、わたしを見つめてくるだけだった。
ピロリンピロリンと不協和音が今も鳴り響いていた。
一体なんなの?
ドクンドクンと鼓動が早くなっていく。
わたしはショコラの肩を掴むと、大きく揺さぶった。
「ねぇ、ショコラ返事してよ! ねぇってば!」
わたしが大きく揺さぶる度に、ショコラの体が力なくグラングランと揺れる。
「にゃあ、にゃあ」
やっと口を開いたかと思えば、ショコラはまるで猫の鳴き声のような言葉を口にする。いや、猫なんだけど。
「何、にゃあにゃあ言ってるの。猫だからって、そんなギャグいらないって」
「にゃあ、にゃあ」
「ショコラ! ふざけないで。にゃあしか言えなくなっちゃったの?!」
わたしが怒鳴りつけると、ショコラは虚ろな目のまま、ぼんやりとわたしの顔を見つめると、
「にゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあ――――」
ただひたすら壊れたラジオのようににゃあにゃあと猫の鳴き声を繰り返した。
「うぅっ!」
なんなの、一体。
わたしはそんなショコラの肩から手を離すと、店主のおじいさんの方を見る。
「にゃあ、にゃあ」
こっちも駄目か。
店主のおじいさんもまた、ショコラと同じように、にゃあにゃあと猫の鳴き声のような事しか言わない。
まさか突然空前の猫ブームがやってきたとでもいうんだろうか。
わたしは唇を噛みながら、ふと外を見て思わず目を見張った。
「魚が泳いでる……」
店の入り口周辺はガラス張りになっており、そこから外の様子を見る事が出来る。
そして、そのガラスの先にはまるで街の中を泳ぐように黒い魚が群を作って泳いでいた。
いや、おかしい。街の中を魚が泳いでるなんて普通じゃない。
「あ……」
外を注視していると、帽子を被ったスーツ姿の紳士風のおじさん猫がにこやかな表情で魚群に手を伸ばす。
「――っ!?」
わたしは思わず口元を手で押さえ目を見張った。
手を伸ばした猫の指先に一匹の魚がやってきたと思ったら、指を食べ始めたのだ。
それを皮切りに、次々と魚が猫に群がり、瞬く間にその猫の体は虫食い状態になっていく。
驚く事に体のあちこちに穴が開き、抉れた状態であっても猫は平然としていた。
そして、嫌がる事も恐怖する事もなく、ただ恍惚とした表情を浮かべ魚の餌となる自分にほんの少しの疑問すらも抱いていないかのように誇らしげに笑みを浮かべていたのだ。
やがて、その猫の姿を全て覆い隠してしまう程に無数の魚が群がったかと思うと、魚群が散会すると共にそのおじさん猫は、元々そこにはいなかったかのように姿形も消え去っていた。
「っ……」
目の前のあまりの出来事に、わたしは言葉を失う。
あのおじさんは死んじゃったの……?
あの魚達に食べられてしまったのだろうか。
不思議と現実感が湧かない。
でも実際目の前で起こった事はそうとしか言えなかった。
とにかく確かめなきゃっ。
最後に残ったそれだけの衝動で、わたしはガラスのはめ込まれた扉を開けると外に出た。




