74話 ハンバーガーを食べよう
しまねこバーガーは、市庁舎からすぐ近くの広場にある。
広場にはそれ以外にも食べ物の屋台が軒を連ね、食事が出来るテーブルと椅子が並べられ、野外のフードコートになっている。
丁度お昼時という事もあり、どこのお店も長い行列を作っていた。
「うわぁ、混んでる」
「今の時間は、しょうがないですよね」
わたし達はハンバーガーセットの無料券を手に握り締めながら、仕方なく蛇のように長い列の最後尾へとつける。牛歩のようにゆっくりと列が進んでいき、暫くすると、やっとわたしの番になった。
「じゃあ、ショコラお先に。注文終わったら席とって待ってるね」
未だ行列に並んでいるショコラに、一声かけると注文カウンターへと進む。
「いらっしゃいませ!」
ツインテールの可愛らしい女性が、にっこりと笑顔を作って出迎えてくれる。
「当店をご利用ですか?」
「はい」
こんだけ並んだんだから、言われるまでもないけど。
「ご注文の言語は、いかがなさいますか?」
「えっと、今話してるので」
「かしこまりました。では口頭と指差し、どちらでご注文なさいますか?」
「口頭でいいです」
「当店はニャンバーガーショップとなっておりますが、本当にご利用なさいますか?」
「ニャンバーガー?」
「あ、違った。ハンバーガーだった。これは、失礼致しちゃいましたぁ」
受付のお姉さんがコツンと頭を叩いて、てへっと舌を出す。
なんでこんなに行列になってたのか段々わかってきた気がする。
「では、ご注文をお願いしまぁす」
「えっと、これで」
わたしは、先ほどエミリーから貰ったハンバーガーの無料券を彼女に手渡す。
「しまねこバーガーセットのクーポン券ですね。お預かりいたします」
恭しく受け取ると、券の表裏を入念に調べた後、太陽に透かして目を細めながら見る。
「ふぇぇ、本物かなぁ、これ。わかんないよぉ。ま、いっか」
そう言うと、券についているバーコードにバーコードリーダーを当てる。ピッという音が鳴って注文が入力される。
「あ、後。これも」
思い出したように、ナゲットの無料券も手渡す。
「ええ、またぁ。うぅ、これも本物なの?」
再び、表と裏を確認すると、再び太陽に透かし見てから、バーコードに読み取りの機械を当てる。
「サイドメニューはいかがなさいますか? ポテトとナゲットとサラダからお選びいただけます」
「ポテトがいいな」
「ポテトですね。かしこまりました。お塩加減はいかがなさいますか?」
「普通でいいかな」
「では、次にお飲み物はいかがなさいますか?」
「えっと、何があるの?」
「とってもおいしいお飲み物がありますよ」
にこにこと店員さんが満面の笑顔で見つめてくる。
いや、種類……。
「えっと、じゃあ、これで」
わたしはカウンターに置かれたメニューを指差す。
「すみません。まことに申し訳ないのですが。先ほど、口頭でとおっしゃられたので、口頭でお願いいたしますぅ」
「あ、えっと、オレンジジュースで」
「かしこまりましたぁ」
元気よくそう言うと、あ、と思い出したように宙を仰ぐと、
「そうでした。私ったら、大切な事聞いてなかったよぅ」
コツンと頭を叩くと、てへっと舌を出す。
「それでは、こちらでお召し上がりになりますか? それともお持ち帰りになられますか? それとも、わ、た、し? きゃっ、恥ずかしいっ」
頬に手を当てると、ぴょんぴょんと跳ねている。
わたしはジト目を彼女に向けると、
「仮にわたしって応えるとどうなるの?」
「私があなたのパーティに加入しちゃいます」
「えっと、ここでお召し上がりになります」
「そんな、ここでなんて、私、心の準備が――」
きゃー、と彼女が一人で盛り上がっていると、一人の男性が彼女の背後から現れツンツンと肩を叩く。
「しらたまちゃん、しらたまちゃん。列、詰まってるから……」
「はっ、店長。そうですよね。今はかき入れ時。もっとバリバリ回さなきゃですよね。私頑張ります!」
ぐっ、と胸元で拳を握り締める。
「ふぅ、それではお会計になります」
「あの、さっき券渡したよ」
「ふぇ……、ああ! すみません、すみません。今、すぐに準備いたしますっ」
ペコペコと頭を下げると、厨房からトレイを受け取って戻ってくる。
「しまねこバーガーセットのチキンナゲット添えになります」
「ありがと」
わたしは礼を言ってトレイを受け取る。
「ありがとうございましたぁ」
きゃぴきゃぴとした声を背中に受けながら、どっと脱力した。
「はぁ……」
ハンバーガーを注文するだけで、こんなに大変だなんて知らなかった。
「えっと、ショコラは?」
キョロキョロと見渡していると、近くのテーブル席で手を振っているショコラの姿を見つける事が出来た。わたしの方が先に注文に入ったはずだが、どうやら、ショコラの方が大分早くに終わっていたらしい。
わたしが席まで行くと、先に席を押さえていてくれたショコラが怪訝な顔で出迎えた。
「なんだか、随分時間が掛かりましたね」
「店員さんがなんだか回りくどくて」
わたしはショコラの向かいの席に腰を下ろすと、自嘲気味な笑みを浮かべる。
「じゃ、食べよっか」
もう、お腹がぺこぺこ。
ハンバーガーの包み紙を解くと、顔を出したハンバーガーに噛み付く。
ふわふわとしたバンズの後に、シャキシャキとしたレタスの食感が続く。
そして、最後にジュワっと挟まれたお肉の肉汁が口の中に広がる。それが口の中で甘辛なソースと交じり合って、なんともいえない風味を生み出していた。
「おいしい。待ったかいがあったよぉ。はむはむ」
お腹が空いていたという事もあって、二人して一心不乱に食べ進める。
半分くらい食べた所で、わたしは口の中のハンバーガーをオレンジジュースで流し込むと、ポテトに手を出す。細長い形だが、思いのほか中はホクホクとしていて、口の中でほろほろと解けていく。割と適当に選んだにしては塩加減も丁度いい。
次に、チキンナゲットに手を出す。
あまじょっぱいバーベキューソースをたっぷりとつけて、口の中に放り込む。
淡白な鶏肉が、濃厚なバーベキューソースを引き立てていて、お互い主張しあわずに絶妙の調和を見せている。塩コショウで味付けされた鶏肉の風味が時折ピリリと効いていてとってもおいしい。
「……あれは」
ハンバーガーを食べ切って、ちょこちょこポテトを摘んでいると、ずかずかと大股で大人しめのエプロンドレスを身につけた女性が、わたし達の脇を通り過ぎて行った。
あれは確か、期日前投票所で見た怖そうなお姉さんでは?
わたしは何となく、目で追ってしまう。
お姉さんは人混みをかき分けてしまねこバーガーの注文カウンターまで大股でやってくると大声を上げた。
「しらたま! しらたまはいるか!」
「は、はひ!」
すると先ほどわたしの注文を取ってくれたしまねこバーガーの店員の女の子がビクンと体を震わせて直立不動になる。
「いたな」
「あ、アグリアスお姉さま。な、なんでここに……?」
「仕事だ。早く支度して、一緒に来い!」
「えぇ……」
「奴の所在の手がかりを掴んだ。飛んで火に入る鼠を吐かせてな。あの黒猫もたまには役に立つ」
ニヤリと笑みを浮かべる強気な女性とは対照的に、注文カウンターの中の女の子はおどおどと落ち着かない様子だ。
「あの……、お姉さま。駄目なんです」
「ああ?」
「今、わたしアルバイト中で。だから抜けられません」
右へ左へと目を泳がせながら、しどろもどろに受け答えを返している。
「貴様もか、どいつもどいつもバイトバイトと、よもや我らの帯びた使命を忘れたわけではあるまいな!」
「忘れてないですけど……、でも駄目なんですぅ。明日まではかき入れ時で抜けられないんですぅ。明後日、明後日なら平気なのでぇ」
「貴様、ふざけているのかっ!」
エプロンドレスの女性が、カウンター越しに女の子の制服の胸倉を掴んで無理やり引き寄せる。
「ふぇーん。すみませぇーん」
女の子が涙眼になる。
ここに来て、さすがに辺りがざわざわとざわつき出した。
「あいつ……」
「あ、ルナさん」
ショコラの慌てた声を振り切って、わたしは席を立つと、しまねこバーガーの注文カウンターまで進む。そして、女の子の胸倉を掴んでいる女性に声を掛けた。
「ちょっと、あんた。その子泣いちゃってるじゃない。離しなさいよ」
「なんだ貴様は?」
「わたしはルナよ」
彼女の胸倉を掴んだまま顔だけをこちらに向け、鋭い目をこちらに向けてくる。
わたしは腰に手を当てると、えっへんと胸を張った。




