69話 狂猫
「MTTBの……養殖だと?」
「おっと、まだ残ってる奴が居たのか。こりゃ失敗したかな」
ミケの声を聞きとめて、狂猫と呼ばれる男はおどけてみせる。
「平気ニャ。ミケは口が固い男ニャ」
「ほう、ミケ。ミケね。思い出しだぜ。ニャルハラ平原の戦いの時に英雄とか呼ばれてた奴だ。確か死んだんじゃなかったか? なんでここにいるのかねぇ」
「死んでないからだろ。それ以外に理由があるか?」
「悪を滅するために地獄の淵から戻ってきたのニャ。正義感のある男ニャ~」
いや、それは言いすぎ。戻ってきたのは単にルナの付き添いなだけだし。今となっては正義感などもっとも自分に遠い言葉に感じる。
「それよりも、MTTBの養殖というのはどういう事だ?」
ミケは壁に寄りかかるのをやめると、ヤマネコに歩み寄り詰問する。
「にゃあ、にゃ?」
「いや、今更猫のフリされても」
「世の中には奇特な猫もいるって事さ。全猫の脅威であるMTTBを養殖してみようなんて奴がな。だが、ただの酔狂ってわけじゃないぜ。ちゃんと金になる。MTTBが落とすあるものを目当てに養殖してんだよ」
「結晶化マタタビ。MTTBから取れる高級マタタビが目当てか」
ミケが呟くと「ご名答」と狂猫がニヤリと笑みを作った。
「モンスターのドロップアイテム目当てに、モンスターを養殖し始めるなんてまったく頭が沸いてるぜ。狂ってやがる」
狂猫はクククッと含み笑いを浮かべる。
狂猫をして、狂ってると言わせるとは、確かに狂ってるな。
しかもヤマネコの話によればそれはこのネコソギシティにあるという話なのだから、笑い事ではすまないだろう。
しかも、そこから逃げ出したと思わしき強力なMTTBがネコソギシティ近郊に出現している以上、そのMTTBの養殖とやらもうまくいっているとも思えない。
「お前、なんでそこまで知ってるニャ?」
ヤマネコが目を細めて狂猫を見つめる。
「この事は、極秘にされてるはずニャ。憲兵団の一部の猫とオレしか知らないはずニャ。なんで知ってるニャ。不思議だニャ」
ヤマネコの値踏みするような視線に、狂猫は手に持ったダガーを撫でながらフッと息を吐いた。
「簡単な事だぜぇ。俺はある所から依頼を受けてずっと調べていたんだよ。あんたらが知るよりも前にな。そして、もう当たりはつけてある。三日といわず今日中に見つけ出して破壊してきてやるよ。で、ものは相談なんだが――」
狂猫はテーブルに手をつくとヤマネコに迫る。
「俺一人にこのクエストを受けさせろ。帰っていった奴らの分の褒賞金も全部上乗せにしてな。いいだろ?」
「にゃあ?」
ヤマネコが聞こえなーいという風に、首を傾げる。
「おいおい、声を掛けてきたのはアンタだせ?」
「にゃあ?」
また猫の真似してるな。いや、実際猫なんだから別にいいんだけど。
とはいえ、なんで表の依頼から手を引いていた狂猫がここに来たのかも大体想像がついたな。元々の依頼主とやらに褒賞金を受け取るついでに、内容が被っているこっちのクエストも受けといて報奨金を上乗せしようという腹なわけだ。
いわゆる一石二鳥というやつだな。
「ちっ、舐められたもんだぜ」
そう言うと、狂猫は手に持ったダガーをヤマネコにつきつけた。
「ハイかイエスで答えな。じゃねぇと――」
狂猫はパチンと指を鳴らす。するとダガーの形状がグニャリと歪み、ボタボタと雫となってテーブルに落ちる。テーブルに落ちた雫はウネウネと動きながら、ヤマネコの周りを取り囲んだ。
「こいつらが拷問しちゃうかもしれないぜぇ」
「ニャ、ニャにこれ!?」
ヤマネコが慌てる。
「ダガーワームか。また珍しいものを飼ってるな」
「へぇ、知ってんのかい?」
感心するように狂猫がミケを見る。
「別に……」
ダガーワームはかつて、ハイダラケシティで主に武器屋や宝箱を中心に猛威を振るった擬態型モンスターである。その正体は刀剣類に擬態する吸血ヒルで、店で買った剣や宝箱から拾った剣がダガーワームだと知らずに持ち歩いていると、いつのまにかヒルが全身に這い上がり、ありとあらゆる所から出血し最悪の場合死に至る。
最初に発見された時の形状がダガーだった事からダガーワームと呼ばれる。
このダガーワームによって街は大混乱に陥った。
現在は大規模な害虫駆除作戦によって見かけることは滅多になくなっているはずである。
「確か塩に弱いんだったな」
ミケは食塩の入った小瓶を取り出すと、テーブルに一振りする。
するとダガーワーム達は慌ててテーブルから飛び降りると、飼い主である狂猫の足から這い上がり手の平へと集まると、いじめられちゃったんですぅと言わんばかりに助けを求めるように男の顔を覗きあげていた。
なるほど、よく懐いてるな。
まさかダガーワームをペット化してる奴がいるとは世の中には確かに常人には理解出来ない奇特な猫が多いらしい。
「てめぇ、なんで塩なんて持ってんだよ」
「なんでも何も、昔はヒル対策に塩を持ち歩くのは普通だっただろ」
あの当時は、まだ完全に駆除されてはいなかった。
俺の装備はあの時のままだからな。
ミケが苦笑する。
「それよりも、だ。今のは本気で飛び掛らせるつもりだっただろう。どういうつもりだ? 名目上の主である英雄猫を傷つけるのは使い魔にとって禁忌のはずだ」
「攻撃するつもりはねぇよ。ただ這わせるだけさ」
「お前のペットだが知らんが、吸血生物だぞ」
「こいつらには、俺の血の味をしっかり覚えさせてある。魔力的な繋がりが出来るほどにな。だから、他の奴の血を吸う事はねぇんだよ。じゃなきゃ自治体からの飼育許可がおりねぇだろ」
そう言うと、ミケに丸められた紙を手渡す。
ミケはそれを広げるとマジマジと見た。
「マジで飼育許可貰ってやがる……」
「わかったか? いちゃもんつけるんじゃねぇ」
狂猫は勝ち誇ったように言うと、飼育許可証をミケから取り上げる。
「おお、よしよし、かわいそうでちゅね~」
甘ったるい口調でそう言うと、狂猫は人差指を手のひらのダガーワームの集まりに差し出す。すると、ダガーワームはちゅうちゅうと動物の赤ちゃんが母親の乳を吸うように、男の人差し指に群がると血を吸い始めた。
なんとも、心温まる光景である。……ってそんなわけあるかっ。
そう言えば、最初に見た時ダガーワームが擬態していたダガーを舐めてなかったか? 二つ名の割に案外普通だな。とか思ってしまっていたが、やはり狂猫という二つ名で呼ばれるだけの事はあった。
「あ、危なかったニャ。まったく英雄たるオレを攻撃するニャんて、他の奴らは帰っちゃうし、この街には碌な使い魔〈サーヴァント〉がいないニャ。中間管理職は辛いニャ~。でも、誰もこの辛さを理解してくれないニャ~。漢は黙って便所飯! 社畜のグルメ~便所飯編はっじまっるよ~! ニャっ」
ヤマネコはヤマネコでなんか言っている。
元々はヤマネコの人選がおかしいからこんな事になってるんだと思うが。
「で? どうするんですか? ヤマネコさん。いつまでもはぐらかしてるわけにはいかないでしょう?」
「ニャ? そうニャねぇ。ミケはどう思うニャ。ミケに決めて欲しいニャ」
「なんで、俺が……」
「なんかあった時は、ミケがやったことにするニャ」
カラカラとヤマネコが笑う。いや、面と向かって言う事じゃないだろそれ。
ゴロゴロと喉を鳴らしながら、期待を込めた目を向けてくる。
完全に丸投げする気満々のようだ。
ミケはため息を吐くと、
「いいんじゃないですか、彼に頼めば。俺たち以上にMTTB養殖プラントとやらの事を知っているようだし、情報拡散のリスクは皆無です。口も固いでしょう。しかも、もう解決の筋道も見えているというのだから彼に頼むのが一番確実です」
「ミケはそれでいいのニャ?」
「俺もこのクエスト受ける気ないんで」
本当は他の使い魔達と一緒に帰ってもよかったのだが、こうして残っているのは単に帰るタイミングを逃してしまったからに過ぎない。
「酷いニャっ」
ヤマネコがショックを受けて、ハンマーで殴れたように落ち込む。
「さすが、勇者さまだぜ。いや、元だったか。まあ、いいさ。なかなかの人物評だ。え、ヤマネコさんよ。こいつの言うとおりだぜ。俺に任せな」
ニタリと口元を歪めながら狂猫はミケを一瞥すると、ヤマネコに迫る。
ヤマネコは少し考えると、ぱっと顔色を明るくした。
「んニャ~。他の依頼主に頼まれてるなら、ここでオレが依頼しなくても狂猫が勝手に解決するって事じゃニャいか? そこに気づくニャんてオレってば天才かニャ」
「おいおい……」
狂猫が困惑する。
まあ、あまりにも話しすぎたんだろうな。確かにほっといても自分で解決すると自分で言っていたようなものだ。
眉根を寄せている狂猫をチラリと見る。
それから「コストカット、コストカット」と浮かれているヤマネコに目を移した。
いやいや、コストカットとか言ってる場合じゃないだろう。
クエストには依頼主がいるはずだ。その依頼主をどうやって説得する。近々勝手に問題が解決するのでほっといても大丈夫です。などと言っても相手は納得しないだろう。
「誰にも依頼しないなんて選択肢があるんですか?」
「うぐっ、ないニャ。というかよく考えたらクエストの褒賞金はオレの財布から出てるわけじゃニャいし、ケチる必要もなかったニャ。わかったニャ。狂猫に依頼することにするニャ。配分する予定だった褒賞金も全部持っていくといいニャ」
若干投げやりに感じるのは気のせいだろうか。
「交渉成立だなぁ」
狂猫はニャルラトフォンを取り出すと、テーブルの上に置かれたクエスト受注用の端末にかざす。しばらくすると、「にゃおん」というクエストの受注が完了した事を表す音が鳴った。
そして、パチンと再び指を鳴らすと手のひらのダガーワームが再びダガーの姿に擬態をする。狂猫はそれを鞘にしまうとミケに声を掛けた。
「よお、助かったぜ。また、どっかで会えるといいなぁ。おっとあの世はなしだぜ。クククッ」
「……」
ポンとミケの肩を叩くと、狂猫は部屋を出て行った。
「うにゃ~。これでよかったのかにゃぁ?」
ヤマネコは目を閉じると首を捻っている。どうも、あまりヤマネコは釈然とはしていないようだ。
「さあ?」
「さあって酷いニャ。無責任ニャ!」
ヤマネコはミケに向かってガリガリと引っかくような仕草をする。
そう言われても、他に特に感想がないのだから困る。ヤマネコは髭をピクピクと震わせると、
「もう飲むニャ! ミケも付き合うニャ!」
そう言うと、テーブルからスルリと滑るように降りると扉まで歩き催促するように首だけ振り返る。
「やれやれ」
ミケは首を振ると、ヤマネコの後に付いて行った。




