65話 チコショップに行こう
チコの後について、裏路地を縫うように抜けていく。
「あーあ、あたしも使い魔〈サーヴァント〉になりたかったなー」
先頭を歩くチコは、後ろ手に組むとクルリと体を反転させて愚痴っぽく言った。
「使い魔になって、凶悪なモンスターをばったばったとなぎ倒すんだ。生まれたのが下界だったら、トラックに轢かれて猫乙女〈ニャルキリー〉さまに導かれて使い魔〈サーヴァント〉になれたのになぁ。モンスターを倒すと、お金が沢山貰えるんでしょっ。楽して豪遊できるじゃん。いいなー、羨ましいなー」
そう言うとチコは自身の妄想に酔いしれているのか楽しそうに体を揺すった。
「チコちゃんが思ってるほどいいものじゃないですよ」
そんなチコにショコラが苦笑しながら、
「たとえ使い魔〈サーヴァント〉でも、魔物を簡単に倒せる猫ばかりじゃないんですから。そんな簡単に稼げると思ったら大間違いです。とても豪遊なんて無理です」
ピシャリと言った。
「わかってるよ」
チコがぽりぽりと頬を掻く。
「あたしのパパが使い魔〈サーヴァント〉だもん。パパは冒険者としては、もう駄目駄目。弱いのなんのって。多分MTTB相手なんてC級にも手も足も出ないと思う。だから使い魔〈サーヴァント〉向けの装備ショップなんてやってるんだけど――」
でもさ、と続ける。
「あたしは違うと思うんだ。きっと神様からチート的能力をもらって無双できるはずだからっ」
そういうと、ぐっと拳を握り締めた。
「なんとも、都合のよすぎる妄想ですね……」
ショコラは目を逸らすとポツリと漏らす。
それを聴きとめたチコがムッとショコラを睨みつけた。
「なんでよ!」
「そのままトラックに轢かれてあの世逝きがオチです」
ショコラが至極冷静な口調で言うと、チコがむぅと目を細めてさらに睨みつける。
「まあまあ、そんなに睨み付けないで。ほら、ショコラも子供の言うことじゃない。そんな真面目に考えなくてもいいんだよ」
間に入って二人を宥める。
ショコラがこんなに不機嫌になるなんて珍しいな。
使い魔になって魔物を倒して豪遊したいというチコの発言がそんなに気に障ったのだろうか。
別に、そんなに怒るような事でもないとわたしは思うんだけど。
「というか、使い魔〈サーヴァント〉じゃない猫はモンスターと戦ったりしないの? 別にモンスターを倒してお金稼ぎなら使い魔〈サーヴァント〉じゃなくても出来るんでしょ?」
素朴な疑問。それにチコはハァ? という顔を作った。
「勝てるわけないじゃん。バカなの?」
「ば……」
またバカって言った。
「市民レベルで倒せるのなんてせいぜいスライム一匹くらいだよ。スライムなんて大した金にもなんないし、倒す意味ないじゃん。あたしはチート能力で楽々強い魔物を倒して、がっぽがっぽお金を稼いで豪遊したいって言ったの。楽に倒したいの。ら・く・に。ここが重要なの。わかる? わかんないかなぁ。ルナお姉ちゃんのおバカな頭じゃねぇ」
そういうとクスクスとチコは笑った。
ブチッと頭の中で音がした気がした。
「くだらない妄想してんじゃないわよ。あと、バカってゆーなっ。バカって言った方がバカなんだから。飼い主さまに言いつけてやるんだからっ」
「ルナさん。子供の言うことですよ」
ショコラにこにこと微笑んでぽんとわたしの肩に手を置いた。ちょっと嬉しそう。
「はっ」
わたしまで取り乱してどうする。もっと大人な対応をしなきゃ。
「そうだよ。ルナお姉ちゃん」
チコがそれに同調する。ショコラは、チコにジト目を向けると、
「もぅ、チコちゃんは、もう少し言葉遣いを柔らかくした方がいいですよ。お姉さん達からの忠告です」
そう言って表情を緩めた。
「はーい」
チコが元気に返事をする。でも返事だけだからなぁ。
わたしがチコを睨みつけていると、チコは意に介した様子もなく続けた。
「そもそもね、ニャルハラ憲章第九条に『ニャルハラ市民は武力を以って、これを紛争解決の手段としてはならない』って定められてるんだから、市民はモンスターと積極的に戦おうなんてしないんだよね」
「ニャルハラ憲章なんてあるんですか?」
ショコラが首を傾げると、
「まぁ、使い魔〈サーヴァント〉には関係ないものだから、知らなくても――」
チコは言いかけると、クルリと体を反転させて前を向くとタタタっと先行して駆けていく。そして、ある建物の前で立ち止まるとわたし達に振り返って手を振った。
「着いたよ。ここっ」
わたし達が追いつくと、チコはお店の入り口を指差して言った。
ガラスのはめ込まれた扉から覗ける店内には、確かに剣などが展示されていて、いかにも武器屋っぽい雰囲気である。
扉の上に掲げられている看板には〈チコショップ〉という店名が流暢なアルファベットで書かれていた。
自分の娘の名前を店名にしてるのか。かなり子煩悩なパパさんらしい。いや、いいことだと思うけどね。個人的には覚えやすくて助かるし。
「ささ、入って入って」
チコは扉を開くと手招きする。
わたし達は彼女に促されるままに、建物の中に入っていった。
薄暗い店内には雑多に物が置かれている。
外から見えたように剣などの武器や鎧などの防具の他にも服や、その他用途のよくわからない小物などが陳列されており、中の雰囲気は前にミケに連れて行ってもらったディンゴのお店の雰囲気によく似ていた。
まあ、同系統のお店なのだろうし似ていても不思議はない。
でも、若い女の子が連れ添ってくるような雰囲気ではないかもと笑ってしまう。
表通りの高級ブティックよりも抵抗なく入れてしまっている、わたしの女子力の方もどうなってしまっているのかちょっと心配になるけど。
「パパ! お客さんを連れてきたよ!」
弾けるような声で言うと、店の奥でモゾモゾと何やら巨大な物体が動いた。
え、熊?
そう思うのも無理はないくらいの巨体。
それは立ち上がると、のそのそとやって来た。
太い腕に毛むくじゃらの顔、おまけに厳つい顔の男がわたし達を見下ろしていた。
「あ、あの……」
「パパ、ただいま!」
わたし達が萎縮して恐る恐る声を掛けようとするのを遮って、弾けるような声と共にチコがその大男に抱きついた。
大男はそのでかい手でチコの頭をぐわんぐわんと撫でていた。
わたしは唖然としながらその光景を見つめる。
「もしかして、チコのお父さん?」
「うん、もしかしなくてもそうだよ」
に、似てないっ。
まるで巨大熊と戯れる幼女だよ。
前に飼い主さまが見ていたアニメにあったとなりのアレみたい。
いや、あそこまでは大きくないけど
なんか睨みつけられてる気もするし、もしかして怖い猫なんじゃ……。
「パパ、お客さんだよ。服を探してるんだって」
「やぁ、いらっしゃい。店主のコクリコです。娘のチコが世話になりまして、ゆっくり見ていってください」
コクリコと名乗ったチコのパパは頭に手を当てるとペコリと頭を下げた。
あ、前言撤回。ものすごくいい人そうな猫だった。




