64話 黒猫の女の子
「は?」
「私、今免停くらうわけにはいかないんです。人身事故を起こしたなんて会社に知られたらクビになっちゃうんです。だからお願いします憲兵には言わないで。示談にしてください」
「え、いや……そんな事言われても」
わたしが困っていると、少女がクスクスと子悪魔的な笑みと共に猫じゃらしを弄びながら割り込んで言った。
「じゃあ、十万でいいよ」
「ちょっと」
わたしは少女を一瞥し、牽制を飛ばす。
「十万ですか……。わかりました」
今にも泣きそうな顔で女性は財布を取り出すと、ボタンを開けてお札を取り出す仕草を始めた。
「待って待って、お金なんて要らないから」
「え、じゃあやっぱり憲兵に言うつもりなんですね。私が会社クビになっちゃってもいいんですね。まだポンペイウスちゃんのローンも残ってるのに。免停になったらポンペイウスちゃんにも乗れなくなっちゃって、なんで私車買ったん状態になっちゃってもいいっていうんですね」
いや、そんな込み入った事情までは訊いてないけど。
「落ち着いて、お金はいらないし憲兵とかいうのにも言わないから」
「……え」
「わたしがポンペイウスちゃんとじゃれてただけだから、そういう事にしましょ」
「ほんとですか……」
「ほんとほんと」
「絶対ですか?」
「うん」
「後で、訴えてきたりしませんか?」
「訴えないって」
「後で嘘ぴょーん。絶対に訴えてやるぜプギャー。みたいな事はありませんか?」
いい加減くどくなってきた。
「ないから安心して」
わたしがそこまで言うと、女性はやっと安心したのか一礼し、ネコカーのポンペイウスちゃんに乗り込むと、そのまま走り去っていった。
わたしはそれを見送ると、ため息をつく。
なんだかどっと疲れた。えっとなんでこんな事になったんだっけ?
そんな事を考えていると、いたずらっぽく猫じゃらしを振りながら少女が残念そうな声音をあげる。
「お姉さんバカなんじゃないの? 貰っとけばいいのに。あたしとお姉さんで五万ずつ手に入ったのに」
「ちょっと!」
わたしはその少女にキッと目を向ける。
よく見れば人間にした所で五歳くらいの背格好で黒髪をボブカットにしていた。
猫耳も黒い。黒猫だ。
「元はといえばあんたが、ネコカーにいたずらしたからこうなったんでしょ!」
「あんたじゃなくてチコね。あたしチコって言うの」
「え、あ、わたしはルナだよ」
「よろしくね。ルナお姉ちゃん」
「うん、よろしくね――って」
相手に飲まれてる場合じゃない。思わず天使みたいな笑顔で名乗ってくるから名乗り返してしまったじゃないか。
「とにかく、チコがネコカーに猫じゃらしなんて使うからあんな事になったんでしょ」
「でも、あれ違法駐車だよ?」
「え、そうなの?」
「うん、だから悪いのはあの女だって。はっきりわかんだね」
え、そう? そうなの?
「いやいや、違法駐車でも停まってる車にいたずらしちゃ駄目でしょ」
「うーん、でも、下界では違法駐車している車を見つけたら十円玉で一周ぐるりと傷をつけるいたずらをして成敗するものなんでしょ。前に使い魔〈サーヴァント〉の猫が言ってたよ」
そんな事言われても、わたし家猫だしよくわからない。というか、それも多分駄目でしょ。
「下界の話はいいの。まったくもう、一歩間違えてたらチコ轢かれて死んじゃってたかもしれないんだよ? わかってるの?」
わたしが少し怒りながら言うと、チコはチロっと舌を出す。
「あれはちょっと失敗。退くタイミングを間違えちゃって。ルナお姉ちゃんが助けてくれたのは感謝してる。ありがとね」
そう言うと、チコはちょっと落ち込んだようだった。
「まあわかってるならいいけど、あんまり黒猫の評判を落とすような事はやめてね」
「黒猫は縁起が悪いってやつ。あれひどいよねー」
そう言うと、チコは「あはは」と声を上げて笑っている。
まったく反省してないな……。
「ルナさん、大丈夫でしたか?」
わたしがチコにジト目を向けていると、ショコラが駆け寄ってきた。
「うん、大丈夫」
「そうですか」
ショコラはほっと息を吐くと、
「気づいたらルナさんが、道端のネコカーと熱い抱擁を交わしていたからびっくりしました。なんだか猫だかりも出来ていて、なかなか話しかけられなくて……」
口ごもりながら言うと、ショコラはチラリとチコを一瞥してから、わたしを見た。
「あの、こちらの子は?」
「チコよ。ネコカーにいたずらして轢かれそうになってた所をわたしが助けたの」
「ルナお姉ちゃんの知り合い?」
今度はチコがショコラを見て、わたしに訊ねる。
「仲間のショコラよ」
わたしが紹介すると、ショコラとチコがお互いに会釈する。
そして、チコは値踏みするようにわたし達を交互に見ると、
「ところでさぁ、もしかしてお姉さん達って使い魔〈サーヴァント〉じゃない?」
「そうだけど」
「やっぱりっ」
わたしが答えると、チコの顔がパッと明るくなる。
「どうして?」
「だって、車に轢かれて無傷なんて普通の猫じゃないもの。それにショコラお姉ちゃんが持ってるそれ」
チコはショコラの手に握られているニャルラトフォンを指差した。
「使い魔用のフルスペックニャルラトフォンでしょ。そんなの持ってるのは使い魔〈サーヴァント〉か物好きだけだよ」
「わかるんですか?」
ショコラが驚いたように訊ねると、チコが「まーね」と鼻を高くする。
「フルスペックとダウングレードを簡単に見分ける方法があるんだよ。ダウングレード版は魔法が使えなかったり、一部サイトにアクセス出来なかったり、フルスペック版との違いは色々あるんだけど、一番わかりやすい違いは充電ソケットがあるかどうかなんだ」
そう言うと、チコは自分のニャルラトフォンを取り出して側面をわたし達に見せた。
一見した所、わたし達のニャルラトフォンと特別違いがあるようには見えない。デザイン的にも画面がついた板みたいなもんだし。
「ここだよ。ここっ」
そう思っていると、チコは自分のニャルラトフォンの側面に付けられた蓋を開いて、中の差込口を露出させた。
言われてみると、自分のニャルラトフォンにはついていない。
「魔力駆動の使い魔用のニャルラトフォンと違って、市民用のニャルラトフォンは電池駆動で定期的に充電しなきゃいけないから、充電器を差し込むためのソケットがついてるんだよ。見た目そっくりでも見る猫が見ればわかるわけ。さらに、フルスペックのニャルラトフォンは魔力がない一般市民にとっては宝の持ち腐れだから、使ってるのはおのずと使い魔〈サーヴァント〉に限られてくるってわけ」
「ふぅん」
っていうか魔力駆動だったのかニャルラトフォン。そういえば一回も充電とかしてないけど、電源が切れた事ないかも。
「随分、詳しいのね」
「そりゃね。あたしの家、使い魔〈サーヴァント〉向けの装備ショップだから」
「装備ショップ?」
「そっ、武器とか防具とか沢山売ってるよ」
「……っ!」
わたしはショコラを見る。ショコラも同じ事を考えたらしく目が合った。
それから、わたしはチコに視線を戻す。
「服も売ってるかな? 冒険者用の」
「もちろん。普通の服から、鎖帷子、甲冑にセーラー服にナース服。魔法少女にシスターに水着から着ぐるみまで色々揃ってるよ」
「ほんとっ」
これこそ求めていた店だ。
「ね、ショコラ。この子のお店に行ってみようよ」
わたしがショコラに言うと、ショコラも「そうですね」と頷いた。わたしはそれを確認するとチコに訊ねる。
「ね、チコ。あなたのお店はどこにあるの?」
「あたしのお店に来てくれるのっ」
声を弾ませると、チコはその場で嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「やっぱねー。あたしの勘が告げてたんだよねー。お姉さん達お客さんだって。ささ、どうぞ、案内するからついて来てっ」
そう言うとチコは弓矢のように飛び出し、「はやくはやく」とわたし達を手招いた。
「急にノリノリになっちゃって」
「ふふ、お客さんが来るのが嬉しいんですよ。子供って素直でかわいいです」
ショコラが飛び跳ねるチコを見て、顔を綻ばせていた。
いや、むしろ金蔓を捕まえて喜んでいるのでは。
そう思ったが口には出さない。
わたし達は駆け足でチコに追いつくと、彼女の案内に従って使い魔〈サーヴァント〉用の装備ショップを目指すことにした。
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