62話 街へ行こうよ
床に置かれた猫村正を手に取ると、腰のベルトに装備してチグリスの部屋を出る。
眠い目を擦りながら一階のバーに下りると、チグリスが苦笑いを浮かべながらわたしを迎えてくれた。
「もう、十時過ぎてるのに。あんまり寝てばかりだと、眠り猫になっちゃうわよ」
「猫は寝るのが仕事なんだよ……」
わたしが言い訳になっていない言い訳を言うと、チグリスはくすくすと可笑しそうに笑う。
「それもそうかもね。ところで朝食食べる? シリアルしかないけど」
「食べる!」
もちろん食べますとも。
わたしがぱっと顔を明るくして頷くと、チグリスがキッチンの奥へと消えていった。
わたしが席について待っていると、程なくしてチグリスは底が深い大きめのお皿に、シリアルの入っている紙箱、それにミルクの入っている壜を持って戻ってくる。
お皿を目の前に置くと、そこにさらさらと、とうもろこしの粒を平たく伸ばしたシリアルを紙箱から注いでいく。とうもろこしを平たく伸ばした粒の他にも、乾燥させたカラフルなフルーツが混ざっており、彩りに華を添えていた。
そして、最後に壜からミルクをその上にシリアル浸るくらいに注いで完成である。
「いただきます」
わたしはスプーンを手に取ると、シリアルをミルクと共に掬い取ると口に運ぶ。
その瞬間口の中に、甘さがいっぱいに広がった。
シリアルには砂糖がまぶしてあり、それがミルクと調和して、程よい甘さになっている。ミルクに浸り適度に柔らかくなっている食感が楽しい。
「あんまり凝ったものじゃないけど……」
チグリスが申し訳なさそうに言うのに、わたしは首を振ると、
「ううん、美味しいよ。カリカリみたいで」
シリアルは人間が食べるカリカリだって、もっぱらの噂だしね。
「カリカリ……」
チグリスは苦笑いすると、
「カリカリは一応こっちにもいろいろ再現されて売っているけど、あんまり食べる猫はいないのよね」
頬に手を当ててそう言った。
「売ってるんだ……」
って事は、これまで食べさせてもらえなかったアレとかコレとか添加物ましましのジャンクなカリカリとかも食べれてしまうのか。
あのCMの猫がまっしぐらしてるやつとか。
今までカリカリは科学で体重落とす感じの名前のやつしか食べたことないから、ちょっと興味があるけど。
そこまで考えて苦笑する。
でも、猫耳があるだけで基本的には人間の姿だからなぁ。
こちらの猫があまりカリカリを食べない気持ちはちょっとわかるかも。わたしもこっちではあんまりカリカリを食べたいという気持ちにはならないし。
「でもまあ、それならよかったわ。ゆっくり食べてね」
そういい残すと、チグリスは室内の飾りつけ作業に戻っていった。
チグリス達はキヌちゃんという彼女たちのパーティのメンバーが戻ってくるという事で歓迎パーティの準備をしているのだ。
昨日みた風景と同じように、チグリスとユーフラテスが椅子を高く積み上げて、その上に登り、せっせと天井に飾りをつけている。椅子がグラグラと揺れていて相変わらず危なっかしい。
わたしはそんな二人の様子を見ながらシリアルを食べていたが、ふと気がついて手前に座っているショコラに声を掛けた。
「ねぇ、ミケは?」
辺りを見回しても、ミケの姿が見えない。
ナイルが居ないのはともかくとしてミケの姿がないのはちょっとおかしいような。
「ああ、ミケさんなら。ヤマネコさんの所に行きましたよ。ルナさんが寝てる間に」
最後の寝てる間にという部分を強調されたような気がする。
「ふーん、何しに行ったんだろ?」
「それはちょっと。電話が掛かってきたんです。話しぶりからすると、新規のクエストのお話みたいですけど」
「なら、起こしてくれればよかったのに……」
ちょっと不満そうな顔をしてむくれながら、スプーンを口に運ぶ。
「それは、ルナさんがあまりにも気持ちよさそうに眠っていたから……それに今日は――」
ショコラは伺うようにわたしの顔を覗き込むと、
「ショコラと一緒に服を買いにいってくれる予定ですし」
「えっ」
「え?」
「あっ、えっと、その……」
確かに、昨日そんな約束ショコラにしたかも。
いや、もちろん覚えてたよ。ちょっと寝ぼけてただけで。
「もぅ、忘れてたんですね」
「覚えてたって、ショコラとデートするんだよね?」
「デートとは違うと思いますけどね……」
わたしが取り繕うように言うと、ショコラは苦笑いを浮かべる。
「とにかく中々起きないから心配しちゃいました。ほっといたら一日中寝ちゃうんじゃないかって」
「猫は一日十四時間睡眠だからね。子猫なんて二十時間も寝るらしいよ」
「そうなんですか? そう言えばショコラもこちらに来る前はそのくらい寝ていたかも。でも、こっちに来てからはそんなに長く寝なくても平気になっちゃいましたけどね。ルナさんがお寝坊さんなだけですよ。もう少しすればこっちの生活リズムにも慣れると思いますけど」
「そうあってほしいけどね。ふぁぁ……」
わたしは欠伸をすると目を擦る。
確かに他の猫はこんなに寝起きで困ってる感じがないんだよね。ショコラの言うようにいつかは寝起きがよくなったりするんだろうか。全然そんな気しないんだけど。
とはいえやる事も決まったし、いつまでもまどろみの中にいるってわけにもいかない。
わたしは急いでシリアルを口の中にかきこむと、キッチンの流しでお皿を洗い身支度を整えると、ショコラと共にアパルトマンの入り口へと向かう。
「じゃ、行こっか」
「はいっ」
ショコラの返事を待って建物の外へと出る。
「あの、ちょっと待って」
外に出た所で、わたし達は扉を開けて追いかけてきたチグリスに呼び止められた。
「買い物に行くならついでにこれも買ってきてくれない?」
そう言うと、わたしに一枚のメモを渡してきた。
いくつかの品物が書かれた買い物メモだ。そこには飾りつけ用の装飾の小物の名前がいくつか書かれていた。ついでに、お店までの簡単な地図も。
「うん、いいよ。どうせついでだし」
「ありがとう」
チグリスは礼を言うと、
「後、この先多分手荷物が増えていくと思うし、ルナちゃんも倉庫の魔法を持った方がいいと思うのだけど」
「ああ……」
昨日、チグリスやナイルが使っていたアレね。
確かにあったら便利そうだよね。生もの入れられないから微妙とかあの時は思っちゃったけど。
「欲しいけど。わたしあんまり魔法の事よくわからないし……」
正直今から魔法の契約なんて始めてしまったら、いつ終わるか分からないし日が暮れてしまう。冗談抜きで。
「大丈夫、私がやってあげるから、ルナちゃんのニャルラトフォンを貸してくれる?」
「う、うん」
なんとなく携帯みたいなプライベートな端末を他人に渡すのは抵抗があるんだけど、背に腹は変えられないので、わたしはニャルラトフォンを取り出すとチグリスに渡した。
チグリスはわたしからニャルラトフォンを受け取ると、ピコピコと画面を操作する。
「一番安い〈シュレディンガーの革袋〉でいいわよね?」
「うん、それでいいよ」
完全おまかせモードになっていた、わたしはうんうんと首振りこけしのように頷く。
ぶっちゃけ詳しく言われてもよくわからないし。
「それじゃあ、これで。…――うん、出来たわ」
チグリスは満足気に言うと、ニャルラトフォンをわたしに返した。
「使い方は分かる? 倉庫魔法は受動的〈パッシブ〉魔法の扱いになるからね。魔法のページを選んで、パッシブ魔法の項目を選択するの。そうすると受動的〈パッシブ〉魔法のオンオフの切り替え画面が出たでしょ。ここで、シュレディンガーの革袋のアイコンをタッチしてオンにすると異次元の裂け目が出現するから、そこに預けたいものを放り込めば大丈夫。逆に取り出したい時はアイコンを長押しして預けているリストを表示させた後に、そのまま画面に指をつけたままスライドさせて、取り出したいものの名前が書かれている所で指を離すと、そのアイテムが裂け目から吐き出されるからね」
わたしが手に持っているニャルラトフォンを、チグリスが横から手を伸ばして次々に操作していく。
すると、昨日見たような次元の裂け目のようなものが出現したり消えたりする。
ショコラはなるほどという顔をしてその様子を見ていたが、わたしの方は完全に置いてけぼりを食らっていた。
「なんだか、難しそうなんですが……」
「使っていれば慣れるわ。もしも、わからなくなってしまったらミケ君にでもやってもらって。彼ならこの手のことに詳しいと思うし」
「うん、そうする」
悔しいけど、やっぱり魔法に関してはミケは頼りになるし。
「ありがとね。チグリス」
わたしが礼を言うと、チグリスが嬉しそうにはにかみながら「どういたしまして」と言った。そして、思い出したように、
「あ、そうだ」
「まだ、何かあるの?」
わたしが訊ねると、チグリスは首を振り、
「ううん、気をつけてね。最近物騒だから」
「物騒?」
わたしが首を傾げるのに、チグリスは頷く。
「最近、この街で辻斬りが出るって噂があるの」
「辻斬り?」
「辻斬りって、試し斬りとか言いながらいきなり通行人を斬りつけたりするやつですよね。恐いです。そんな事する猫が本当にいるんですか……」
ショコラが顔を曇らせながら、怯えたように体を小さくする。
「確かにちょっと恐いよね。にゃはは……」
わたしが頬を掻きながら目を逸らすのをショコラとチグリスの二人が怪訝な目で見つめてくる。
この雰囲気では言えない。
限りなくそれに近いことをした事があるなんて……。
「なんでもその辻斬りは黒髪の女の子を標的にしているって話なの。ほら、二人とも黒髪でしょう? だからもしかしたら出るかも――」
「お、脅かさないでくださいっ」
目を細めてチグリスが低い声で言うのに、ショコラが両手で猫耳を折って耳を塞いだ。
「うふふ、ごめんなさい。まあ、所詮、噂は噂だから」
「そうかもしれないですけど……」
口元に手を当てて微笑むチグリスに、ショコラは恨めしそうな目を向ける。
その顔には知らぬが仏という言葉もあるんですよ。という怨念めいた言葉が貼り付けられていた。
「こんな事話してると、本当にフラグが立っちゃうかもね。そうなったらチグリスは妖怪フラグ立て女だね」
「妖怪フラグ立て女って……」
わたしが暢気に言うと、チグリスがジト目をわたしに向ける。
わたしはそれを無視すると、ショコラの肩にポンと手を乗せた。
「大丈夫だって、もし辻斬りが出ても、わたしが返り討ちにしてあげるわ。血祭りにあげて襲い掛かってきたことを後悔させてやるんだから」
そう言って、安心させるようににっこりと笑いかける。
「まあ、血祭りにあげるかどうかは兎も角として……」
チグリスはこほんっと小さく咳払いをすると、
「とにかく二人とも気をつけて行ってらっしゃい」
そう言うと、チグリスは手を上げた。
「うん。それじゃ、行ってくるね」
それに応えるように、わたし達はチグリスに手を振ると、お店が多くある街の中心部へと足を向けた。
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