58話 妖刀の狂気
「えっと、ユーフラテスだよね」
確認するように声を掛ける。
「はい」
そう返事をすると、ユーフラテスは恐縮するようにもう一度会釈をする。
「ルナさんですよね」
「うん、そう」
あんまり話してないのに、ちゃんとわたしの名前覚えてるんだね。
わたしは実はちょっとうろ覚えだったとか言えない。
改めてよく見ると、ウェーブのかかった栗毛の短髪に、中世的な顔立ちをしている男の子だった。
チグリスと双子というだけあって、顔立ちも彼女とよく似ている。
「あの、何か用ですか?」
「別に用はないんだけど、ちょっとお話ししようかなって思って。ほら、まだちゃんと話したことないでしょ」
わたしはテーブルに肘をついて手のひらを合わせながら見つめる。
ユーフラテスは目を逸らすと、
「正直、避けられてるんだと思ってました」
自虐的に言った。
「いやいや別に避けてないって、ただちょっと機会がなかっただけで」
今日一日バタバタしてたから、ユーフラテスと話す機会を入れられなかっただけで、いわゆる大人の事情ってやつ?
双子といっても、性格はチグリスとかなり違うようだった。なんというか、かなりネガティブな猫である。
「でも、あんなことがあったし……」
「ああ」
ショコラの事を言ってるのか。確かにあんなことがあったら気まずいよね。っていうか。
「ショコラにはちゃんと謝ったの?」
「はい……」
「許してもらえた?」
「一応……」
「なら、よかったじゃん。だったらいつまでもウジウジしないの」
わたしはピッとユーフラテスに人差し指を突きつける。
「全部、お……、こほん。アイツ等が悪いんだから。わかった?」
「はい……」
「ならよしっ」
そう言うと、わたしはニコリと笑みを返した。
いつまでも、その事を気にしてウジウジされていたら、こっちとしてもやり難いからね。
ショコラが許してるなら、わたしがあえて何かを言う必要も無いだろうし。
ユーフラテスは、ふぅと大きく一息つくと、
「ありがとうございます。気持ちが楽になりました。なんだか、ルナさんってお姉さんみたいですよね」
「チグリスみたいって事? 大分違うと思うけど」
「いや、チグリスの事じゃなくて、もっと一般的なお姉さんです」
チグリスは一般的なお姉さんではないのか。いや、それはともかくとして、
「ほんと、ちょっと嬉しいな。わたし子供扱いされることの方が多いから。ふふん、困ったらお姉さんにどんどん相談したまえ」
「えぇ……」
すごく引かれた。
言ってて途中で気づいたけど、ユーフラテスとチグリスって双子なんだよね。という事は、見た目はわたしよりも年下でも実際はわたしよりも年上という事で。あれ、結局、わたしは子ども扱いされているのでは。
あんまり考えるのはよそう。
「ところで、ユーフラテスもネイティブマジック同好会なんだよね?」
「はい」
「ってことは、やっぱり魔法を使うの?」
「いや、僕は……」
ユーフラテスは言い淀むと、テーブルに立てかけられた剣を引き寄せる。
「僕は一応剣士だから、魔法はあんまり」
「そうなんだ。なら、わたしと一緒だね。わたしも剣士なの」
剣を立てかけてるからそうなのかなと思ってたけど、やっぱりそうだったのか。
ちょっとテンションが上がる。
見せてと催促すると、ユーフラテスから剣を受け取り鞘から刀身を引き出す。
鋼にランプの光がキラキラと反射している。
「うわぁ、かっこいい」
「普通に店売りの剣ですけど」
「ううん、やっぱり猫の武器といったら剣よね。フライパンじゃやっぱりちょっとね」
うんうん、と勝手に納得して剣をユーフラテスに返すと、今度は猫村正を腰から外してユーフラテスに渡した。
「わたしの剣はこれよ」
「刀なんですか……あれ?」
ユーフラテスは鞘から猫村正の刀身を引き抜こうと力を込めるが、一向に抜ける気配がない。
「抜けない……?」
「あ、そうだ。それわたしにしか抜けないんだった。かして」
わたしはユーフラテスから猫村正を返してもらうと、鞘から刀身を抜き放つ。
ランプの光に照らされて刀身がぬらぬらと妖しく光っている。
「なんかこの刀、持ち主を選ぶらしいんだよね。よくわかんないんだけど」
わたしは、はいどうぞっと抜き身の猫村正をユーフラテスに差し出す。
「え、持ち主を選ぶ刀なんて、僕が持っても大丈夫なんですか?」
「んー、いいんじゃない?」
ほらほらと促す。
その時。
――いいわけないでしょっ――。
「っ……?」
キョロキョロと見回す。空耳だろうか。
「どうかしたんですか?」
「あ、ううん。なんでもない。どうぞ」
わたしはユーフラテスに猫村正を渡した。
――もっと私の事大切にして――。
「っぅ……」
なんだか、頭痛がする。やっぱりまだ本調子じゃないのかな。
むー、と頭を押さえていると、頭上から刃が降ってきた。
「んにゃ?」
わたしは咄嗟に、人差し指と中指で白刃取りのように挟んで刃を受け止めた。
見ればいつの間にか席を立っていたユーフラテスが、猫村正をわたしに振り下ろしていたのだ。
「あの、なに?」
「え……」
目をぱちくりさせるとユーフラテスはパッと猫村正の柄から手を離した。
わたしは白刃取りした人差し指と中指に力を込めると、手首のスナップを利かせて刀を半回転させると柄を自分の方に持ってきて握りなおした。
それから、口元に手をあてて苦笑する。
「いきなり斬りかかってくるんだもん。びっくりしちゃったよ」
猫村正の刀身をゆらゆらと揺らす。微かに赤みがかった刀身の反射光を見つめながら、
「じゃれてくるにしてもこれはちょっとだめだぞ……」
眉を八の字にしながら困ったような笑みを浮かべる。
「そんなつもりは……、ただその刀を握ったら目の前が真っ赤になって何かをすごい斬りたい気分になって……」
「刀のせいにしないの。わたしずっと使ってるけど、そんな事になったことないもん。もぅ、遊びたいなら遊びたいって素直に言えばいいのに。どうする? 殺しあう? わたしも今のでちょっとスイッチ入っちゃった。ユーフラテスとバトルしてみたいな」
わたしは席を立つと頬を上気させてキラキラと目を輝かせながら、ユーフラテスに詰め寄る。
「え、いや僕は弱いから……」
「大丈夫大丈夫。お姉さんが手加減してあげるから、ね、殺しあおっ」
今日ずっとフライパンだったから、刀で斬りたい気分なんだとねぇ。
「いや、あの……ミケさんたすけてください」
最初は申し訳なさそうだったユーフラテスが困った顔に変わる。
そして助けを求めるようにミケを見た。
ミケはちらりと素っ気なくこちらを見ると、
「おいルナ。足元にゴキブリがいるぞ!」




