53話 ちちまみれの死闘
猫対おっぱいの世紀の対決が繰り広げられる中、その時間は十分を過ぎようとしていた。
倒しても、倒しても、おっぱいスライムがわらわらと集まってくる。
「わっ!」
足元のミルクに足を取られて尻餅をつく。
床はおっぱいスライムから出たミルクで水浸しになっていた。
尻餅をついたわたしにチャンスとばかりに、一体のおっぱいスライムが襲い掛かる。
「しまっ……」
とっさにフライパンでガードするが間に合わない。
「えーいっ!」
おっぱいスライムの体当たりがわたしの体に当たる前に、ショコラの孫の手がおっぱいスライムを弾き飛ばした。飛ばされたおっぱいスライムは床に落ちて破裂する。
「大丈夫ですか?」
「ありがと、助けられちゃった」
ショコラの差し出した手を握るとにゃははと笑い立ち上がる。
「なんだか、フラフラしてますけど。顔色もよくないし、具合悪いんですか?」
眉を八の字にして心配そうにショコラが覗き込んでくる。
「今、彼女魔力切れなの」
鞭でスライムをはたき割りながら、チグリスは目線だけをこちらに向けて答える。
「魔力切れ?」
ショコラが飛び掛ってきたおっぱいスライムに、孫の手を振り下ろし縦に裂く。
「ちょっと色々あってね。まあ、貧血みたいなもんかな……っと」
わたしも飛び掛ってきたおっぱいスライムをフライパンで地面に叩きつける。
叩きつけられたおっぱいスライムは地面でバウンドすると、天井に当たりパシャンと弾けた。
「あんまり無理すると、また倒れるわよ」
「わかってる。無理はしてないから」
「ならいいけど」
チグリスは向かってきたおっぱいスライムを叩き落とすと、そう言って眉根を寄せた。
ちょっと、頭はクラクラするけど、このくらいなら大丈夫。
それにしても……。
「これだけいっぱい居ると、おっぱいの有難みも薄れるわね。物を数える単位がおっぱいになりそうな勢いだわ」
「スライムは一匹見つけたら、十匹はいるって言われてますからね」
「ほんと一匹、一匹倒してたら、キリがないって感じ」
ショコラと背中を合わせながら、飛んできたスライムを叩き落す。
「なら、魔法で一網打尽にしましょうか?」
そこにチグリスも背中を合わせてくるとそう提案した。
「ルナちゃんの体力的な問題もあるし、私にも責任の一端があるしね。ここは私に任せて。とりあえず魔法の待機時間〈ウェイトタイム〉が終わるまで私を守ってほしいのと、牧羊犬みたいにおっぱいスライムを一箇所にまとめてほしいんだけど、出来る?」
「おっけ、ショコラはチグリスを守ってあげて、犬の真似事は嫌だけど、牧羊犬の役目はわたしがやる」
「大体三分くらいかかると思うから、それを目安にお願いっ」
「うんっ」
わたし達はアイコンタクトをとると、花が開くように離散し飛び出す。
分散してすぐに、チグリスがニャルラトフォンの画面を操作し、魔法の発動準備に入る。
その前にはショコラが孫の手を正眼に構え、仁王立ちで立ちふさがっていた。
わたしはその事を、流し目で確認するとブンブンとフライパンを振り回しながら、おっぱいスライムを部屋の角へと追い込んでいく。
それを繰り返した結果、おっぱいスライムを部屋の角に集める事に成功した。
まだか、まだかとチラチラとチグリスの様子を伺いながら、牧羊犬よろしく囲いから抜け出そうとするおっぱいスライムを右往左往して叩き潰して回る。
「はぁ、はぁ……」
やば、ちょっと、気持ち悪いかも。
はぁはぁと息が上がり始める。
というかもしかして、これは負担軽減じゃなくて、むしろ負担増なのでは……、なんて事をわたしが考え始めた時だった。
「ルナちゃんどいて!」
チグリスの声が飛ぶ。
「っ!?」
わたしは思いっきり横に飛んだ。
「極光と共に逝きなさい。極彩災禍のレインボウアローレイン!」
チグリスの掛け声ともに、わたしが立っていた所を無数の虹色の矢が通り過ぎ、矢の雨となって壁に追い詰められ団子になっているおっぱいスライムの頭上に降り注いだ。
キラキラと眩しい七色のフラッシュに耐え切れずに、次々とおっぱいスライムが破裂し、白いミルクを飛散させる。
虹色の矢が降り止んだ後、一帯には巨大なミルク溜りを残すのみになっていた。
わたしは、ぽかんとしてその様子を見つめる。
「終わったの?」
そう口に出した時、白いミルク溜りから一匹のおっぱいスライムが飛び出してくる。
撃ち漏らしだ。
とっさに攻撃しようとするが、体がうまく動かない。
おっぱいスライムはぴょんぴょんと勢いよく跳ねながら、全速力で部屋の扉へと駆け抜けていく。
駄目、逃げちゃう。
「大丈夫、逃がさないから」
チグリスは脇目もふらずに部屋の入り口へと向かうおっぱいスライムの生き残りに、冷静にニャルラトフォンを向ける。
「聖滅光〈せいめつこう〉」
ニャルラトフォンのディスプレイが発光すると、おっぱいスライムの体が光に包まれパンと音を立てて破裂した。
今度こそ本当に、おっぱいスライムを全部倒した。
「ふぅ……」
わたし達は、水浸しならぬミルク浸しになった部屋の真ん中で一息ついた。
結構手こずってしまったと、部屋中の床という床、壁という壁に飛び散ったミルクを眺めながら思う。というか、ナイルは部屋が傷つくのを気にしてたけど、ぶっちゃけこれ資産価値暴落不可避なんじゃ。
わたしが苦笑していると、ショコラが心配そうな顔でチグリスに声を掛けた。
「あの、よかったんですか。スライム相手にあんな強力な魔法を使ったら、大赤字なんじゃ……」
深刻そうに眉を寄せる。そんなショコラにチグリスはにっこりと微笑んで、
「いいの、いいの。気にしないで。最近、株でちょっとお小遣いが入ったから大丈夫なの」
そう言うと、手をひらひらと振った。
「株……ですか?」
「そう、株。ショコラちゃんも余裕が出来たらやってみたら? 今度、教えましょうか?」
「いいですっ。いいですっ。株なんてショコラには無理ですからっ」
わたわたと慌てながら、ショコラが首を振る。
蕪かぁ。チグリスって蕪の栽培してるんだ。当たり前だけど食べたことないんだよねぇ。わたしが食べた事ある野菜ってせいぜいレモングラスくらいだからなぁ。どんな味がするんだろう。
わたしが口の中を唾液でいっぱいにしていると、チグリスが首を傾けながら、
「そう? 気が変わったらいつでも言ってね。魔法会社に投資している魔法使いは多いの。ただ、敵を倒す事だけが、魔法使いの強くなる道じゃないんだからね」
「はい、ありがとうございます」
ショコラが目を細めて礼を言う。
わたしは一つ大きな伸びをすると、
「そろそろ下に戻らない? なんだかポトフが食べたくなっちゃった」
「はっ?」
「どっからポトフが沸いて出てきたんですか?」
チグリスがジト目を、ショコラが苦笑をわたしに向ける。え、わたし何か変なこと言った?
「だって、蕪の話してたじゃん」
「いや、株の話はしていたけど……」
「もしかして、野菜の方の蕪と勘違いしてるんじゃないですか」
「ああ……」
チグリスは、遠い目をすると、
「アホの子か……」
「え、何?」
「ううん、じゃあ、今夜作ってあげるわね。蕪いっぱい入ったやつ」
「ほんとっ。やったぁ」
わたし達が、わいわいと部屋から出ようとした時だった。
ドンッと大きな音が響き渡り、建物全体が大きく揺れた。




