52話 ポッキーゲームをしようよ
「はっ?」
わたしとチグリスがポカンとすると、ショコラが取り繕いながら話を先に進める。
「あの、ルナさんはポッキーゲームって知ってますか? ポッキーゲームっていうのは、二人でポッキーの両端を食べていって最終的にキスをするという遊びなんですけど」
チョコレートでコーティングされた長細いクッキーの両端を持って、シーソーのように揺らしながら、ショコラが説明をする。
残念ながら、全くしらないんだけど。
そんなわたしのリアクションも無視してショコラはさらに話を進める。
「おっぱいスライム学会による論文発表によれば、おっぱいスライムはこのポッキーゲームがすごく好きで思わず引き寄せられちゃうそうなんですっ」
そうなんですっ。って言われても。
わたしは、気乗りしない感じでショコラを見た。
「それで、わたしとショコラでそれを……やるの?」
「はい。おっぱいスライムをこれでおびき出します」
自信満々に言うショコラにわたしは伺うような目を向ける。
「で、でもさ。こういうのって男女でやる遊びでしょ。女の子同士でもおびき寄せられるのかな?」
「その点はご心配なくです。スライムみたいな両性具有の生き物に男女の違いなんて分かりっこないんですから。大丈夫です。いけます」
ショコラはそう言うと、わたしを安心させるように拳をぐっと握り締めた。
「なんだか面白そうね」
チグリスが愉快そうに口を挟む。
ちょっと黙っててと、わたしはチグリスにジトッとした牽制の視線を飛ばした。
「それとも、ショコラとポッキーゲームするの、嫌……ですか?」
そう言うと、ショコラが上目遣いで見てくる。
「……っ」
わたしはショコラの視線から逃げるように目を泳がせながら、
「別に、嫌なわけじゃないけど……」
ゴニョゴニョと口ごもった後、わたしは人差し指で口元に触れる。
「でも、わたしキスなんて飼い主さまとしかした事ないから、うまく出来るかわからないよ」
「大丈夫です。ショコラも飼い主さまとしかキスした事ないですから」
ショコラがあっけらかんとした口調で言った。
それでよく、そんなにノリノリで提案できたよね。とわたしは心の中で思わずショコラに突っ込まずにはいられない。
「っていうか。飼い主さまとなら、頭から食べられて、写真撮られて、ブログにアップされた事もありますけど」
ショコラが苦笑する。
「うわ、ショコラってマミタスされちゃってるんだ」
「そうなんです。マミタスされちゃってるんです」
「大変ねー。マミタスされちゃうのは。うちの飼い主さまはマミタスはしないなー」
「別に、マミタスされるのが嫌なわけじゃないんですけどね」
ふふっと二人で笑いあう。
ちなみにマミタスとは、猫が飼い主に食べられる事を現す、家猫間で通じる隠語のようなものである。
「まみたす?」
よくわかっていないチグリスが、頭上にハテナマークを点灯させていた。
正直この言葉の語源は説明するのがめんどくさいので、無視させてもらったけど。
「まあ、ここまで話してなんなんですけど、計算通りなら唇が触れる前に現れるはずなんです。だからキスの心配はしなくていいんですけどね」
「ああ……」
妙にショコラに余裕があったのは、そういう理由だったんだ。
「何はともあれ作戦は決まったみたいね」
チグリスが纏めるように言うのに、わたし達は頷くと準備を始める。
わたしとショコラは床にペタンと膝を折って座ると向かい合った。
「いいですか?」
「うん」
わたしが頷くのを確認すると、ショコラは長細いクッキーの片方を咥えて、顔を突き出してくる。
えっと、もう一方を咥えればいいんだよね。
わたしは突き出されるポッキーの先端にそっと唇で挟んだ。
ショコラの唇とわたしの唇にポッキーの橋が掛かったようになる。
「うわぁ」
チグリスがまるで見ちゃいけないものを見てしまったかのように、頬に手を当てると顔を紅潮させる。いや、違うから。あくまでも、おっぱいスライムをおびき出す為にやってるんであって、他意はないから。ほんとだから。
「チグリスは、ひゃんとみひゃってて」
ポッキーを口に咥えたまま、チグリスに流し目を向ける。
彼女には、おっぱいスライムが現れたら知らせるという重要な役割があるんだから、こっちにばかり意識を集中されては困る。
「わかってるわよ」
ちょっと不満そうに頬を膨らませると、チグリスは扉の方に視線を向けた。
ああもう、チグリスのせいで変に意識しちゃったじゃないか。
「ルナさん?」
「ううん、なんでもないよ」
「ふふ、顔が赤いですよ」
からかうようなショコラの笑み、そういうショコラの顔も林檎みたいに赤い。
「ショコラだって真っ赤じゃない」
「なんていうか……、意外と意識しひゃうもんですね」
「うん」
お互い苦笑しあう。女の子同士で、別にほんとにキスするわけでもなくフリなのにね。
「そろそろはじめまひょうか?」
「うん」
わたしが返事を返すと、ポッキーゲームがスタートした。
シャクシャクという音と共に、ショコラの唇がゆっくりと近づいてくる。
わたしも負けずとクッキー生地を食べ進めていく。
そして、丁度三分の二くらいが過ぎた時だった。
「出たわよ!」
チグリスの声が飛ぶ。
「シャクシャクシャクシャクシャク――ちゅっ」
わたしは食べる速度を急加速させて、自分の唇をショコラの唇に触れさせると立ち上がった。
「さあ、敵はどこっ! わたしが全部倒してあげるわ!」
「ちょっとルナさん!」
ショコラが困惑顔でわたしを見上げる。
「最後加速しましたよね、加速しましたよねっ?!」
「にゃはは、なんとなく」
わたしは頭を掻くと、えへっと笑う。だって、なんだかキスしたくなっちゃったんだもん。
「なんとなくじゃないですよっ。ショコラのファーストキス……」
いや、それ言ったら、わたしもファーストキスなんですが。
「女の子同士はノーカンだって、欧米の猫は挨拶代わりにキスするっていうじゃん」
「ここ欧米じゃないのに……まあ、いいですけど」
ショコラは唇に触れると、目を逸らしてごにょごにょと口を動かしている。
「二人共、何しているの? 早く来て」
チグリスの急かす声。
「あ、はーい。ほら、ショコラ早く行こ」
「はい」
わたしの差し出した手に掴まると、ショコラは立ち上がり頷いた。
そして、すぐにチグリスの元へと向かう。
「ごめん、どんな感じ?」
「こんな感じ」
視界をエスコートされた先には、部屋の入り口から列をなして沢山のスライムが集まっていた。
その数、数十を下らない。
大きさは三十センチくらいなので、そこまでの圧迫感はないが多い。
「あれが、おっぱいスライムなのね」
形はお饅頭型、色素の薄い薄橙色の体の頭部にはピンク色の乳首がついている。
質感はつるんとしていて、まるでプリンのようだった。
まさしくおっぱいスライムの名に恥じない、おっぱいっぷりである。
彼ら(?)はわたし達を見つけると、そのつぶらな瞳をキラキラと輝かせて、「はわわ、はわわ」と頬を紅潮させながらぴょんぴょんと跳ねていた。
「ちょっと、かわいい……かも」
「えっ!?」
わたしがおっぱいスライムを見つめながら呟くと、ショコラがぎょっとした表情でこっちを見る。
いや、そんなに驚かなくてもいいのに。
「ルナさん。見た目はあんなですけど、れっきとした魔物〈モンスター〉なんですよ。しっかりしてください」
「わかってるって」
でも、あんな小動物的反応をされたら、ちょっと母性を擽られてしまうのも無理はない。
わたしがおもむろに近寄ろうとすると、興奮したおっぱいスライムの内の一体が先端の乳首からぴゅっぴゅっと白くてドロドロとした液体を発射した。
「気をつけてください!」
ショコラが鋭い警鐘を鳴らす。
「え、危険なの?」
後ろに下がりながら、ショコラに目を向ける。
もしかして、あの白い液体は強酸性の液体とかなのだろうか。
「いえ、服が汚れます」
ショコラが淡々というのに、わたしはガクッと脱力する。
「あれ、ミルクですから。興奮したり、威嚇する時に乳首から発射するんですよ」
だたのミルクだったのか、その割りには、妙にとろみがあるような気がするけど。両性具有だからなのかな。
「はわわーん。きまちたわー」
相変わらず、おっぱいスライム達ははわわ、はわわしながら盛り上がっている。
「ねえ、ショコラちゃん。ここからどうするの? うかつに手を出したら逃げられちゃわないかしら?」
チグリスがおっぱいスライムの群れを凝視したまま、ショコラに訊ねる。
おっぱいスライムの群れはわたし達がちょっと近づくと、ささっと後ろに下がってしまうのだ。
その度にわたしがスカートをたくし上げて、パンチラさせて引き止めているが、いかんせん付け焼刃で、もう限界だった。
「大丈夫です」
ショコラはにっこりと微笑むと、
「おっぱいスライムは案外、仲間意識が高い魔物なんですよ。だから、二、三匹見せしめに殺してあげればいいんです」
ショコラがそう言うと、部屋の扉の向こう。
丁度おっぱいスライムの群れの後方にカバーアクションをしながら、こちらを伺っている拳銃を持ったキューピットの姿が見えた。
「そうすれば、仲間を守るために戦わざるを得なくなるはずですから」
ショコラがおっとりとした声音で言った瞬間、バンと銃声が轟いた。
それと同時に、おっぱいスライムの一体がパンと破裂し、まるで水風船が破けたみたいに、白い液体をぶちまける。
続けて、バンバンと銃声が続き、更に二体のおっぱいスライムの体が破裂した。
あたりに濃厚なミルクの匂いが充満する。
「――――っ!!」
すると、先ほどまでのはわわな雰囲気は一転し、おっぱいスライム達の表情からは笑顔が消え、あたりは憎悪と殺気に包まれた。
「うっわー。すっごい怒ってるね」
きっと目を吊り上げたおっぱいスライムが、前列でわたし達を睨みつける一方、後列では先ほどおっぱいスライムを撃ったキューピットが袋叩きにあって魔力の粒子となって霧散していた。
でも、まだ近づいたら逃げてしまいそうな気がする。
その気にさせるには、あともう一押しって感じなんだけど。
わたしがそう思っていると、チグリスがニャルラトフォンを片手に持ち、前に手をかざした。
「極彩虹〈ごくさいこう〉」
そう呟いたかと思うと、手をかざした先に七色に光る矢が出現し、虹の軌跡を残しながら、まっすぐに一体のおっぱいスライムへと向かっていく。
虹の魔法? っていうか、ネイティブマジック同好会なのに普通にニャルラトフォンで魔法使う事もあるんだ。
そんな事を考えながら、軌道の先を見つめていると、おっぱいスライムに矢が当たる直前、隣にいたおっぱいスライムが体当たりをして弾き飛ばした。
「あっ」
代わりに、体当たりをした側のおっぱいスライムが矢の直撃を受けパンと破裂した。
「ねぇねぇ見た? あのスライム仲間をかばったよ。かわいい。スラ美さん危ない。どーん。うぅ、スラ美さんが無事でよかった……ガクッ。スラ太郎くーん。みたいな感じなのかな?」
「アホみたいな妄想してないで、来るわよ」
「両性具有ですよ。ルナさん」
わいわいと話しかけるわたしに、チグリスは冷めた流し目を向け、ショコラは苦笑しながら訂正する。
そんなフルボッコにしなくてもいいのに。と膨れつつ前を見る。
確かにチグリスの言うとおり、おっぱいスライムが一体、無鉄砲とも言えるような特攻でわたしに突っ込んできていた。スラ美(仮称)だ。
「えいっ!」
わたしは飛び掛ってきたスラ美(仮称)をフライパンの底で思いっきり叩きつけた。
スラ美(仮称)は凄まじい勢いで飛んでいき、壁に当たると白い染みとなって飛散した。
それが開戦の合図となった。
それまで、殺気を出しながらも様子を見ていたおっぱいスライムの群れが一斉に動き出し、わたし達に襲い掛かってきたのだ。
「やっとバトル開始ね。二人とも準備はいい?」
「はいっ」
「ええ」
わたしはフライパンを構えなおすと二人を見る。同じく、ショコラは孫の手を、チグリスは短い枝状の鞭であるケインを手に持ち頷く。
「さあ、おっぱい大虐殺大作戦を開始するわよ!」
お互い心の準備が決まったことを確認すると、わたし達はおっぱいスライムの群れへと突撃した。




