49話 幽霊の正体
「どう、落ち着いた?」
「はい、大分」
カップに入った暖かいマタタビ茶を啜ると、ショコラはほぅっと息を吐く。
「でも猫なのに、マタタビのお茶なんて飲んで大丈夫なんでしょうか?」
ショコラが素朴な疑問を口にする。あ、それ、わたしもちょっと思ったんだよね。と心の中で頷きながら、目の前のマタタビ茶の入ったコップをストローでクルクル回して、中の氷をカラカラと鳴らす。飲んでから言うのもどうかと思って言ってなかったけど。
「少量のマタタビには、リラックス効果があるのよ。マタタビ茶はニャルハラでは割とメジャーな飲み物だから大丈夫。それに普通のマタタビじゃ、下界の時のように酩酊状態まで行くという事はないわ」
器用に針と糸を操り、ショコラのローブのボタンを縫いつけながら、チグリスが説明してくれる。
「もし、酔いたいならお酒を飲んだ方が早いわよ。持ってくる?」
「いえ、別に酔いたくないですから」
慌ててショコラは否定すると、罰が悪そうにカップに口をつける。チグリスはくすくすと笑うと、今度はわたしを見た。どうやら、今度はわたしに訊いているらしい。
「いや、わたし達未成年だし。未成年はお酒飲んじゃいけないんだよ」
そう飼い主さまも言ってたし。
わたしが言うと、チグリスはポカンとしながら、
「そうなの?」
「そうなの」
「それは人間の話でしょう? もしかして、ルナちゃんって人間に飼われているの?」
チグリスは、ボタンの根元にグルグルと糸を巻きつけながら言った。
「もしかしても何も。わたしも、ショコラもあっちにいるミケもみんな家猫だけど?」
「ああ、そうだったのね」
納得したという風に頷くと、チグリスは睫を伏せる。
「でもあまり言って回らない方がいいかも。ほら、私達は気にしないけど、野良猫の中には飼われている猫の事をよく思っていない猫もいるから」
「それは、もう知ってるよ。でも、わたし達は気にしてないから。むしろ地位向上を目指してるくらい。だってわたし達のパーティの名前、家猫同盟だもん」
チグリスははっとした顔を作った後、さっと目を逃がした。
「ごめんなさい」
「なんで、謝るのよ」
「余計な事を言ってしまったから」
あまりに申し訳なそうにチグリスがするものだから、わたしは慌てて、いいのいいのと取り繕う。
しばらく沈黙が流れた。
「よし、出来たわっ」
ボタンから余った糸をはさみで切り取ると、チグリスはショコラのローブを掲げると、満足そうに頷く。
ショコラのローブには弾け飛んでいたボタンがしっかりと元通りに付けられていた。
「へぇ、うまいもんねー。こんなに裁縫の出来る猫なんてなかなかいないんじゃない?」
「そんな事ないって、このくらい練習すれば誰でも出来るから」
なんて事を言いながらも、チグリスは嬉しそうに照れている。
「はい、どうぞ」
そして、ボタンを付け終わったローブをショコラに手渡す。
「ありがとうございます」
ショコラはローブを受け取ると、ぎゅっと胸元で抱きしめて目を瞑った。
「いくつか補修した跡があったけど、解れていたからそこも一緒に直しておいたわね」
「あ……、はい」
「随分大切に使っているのね」
チグリスが微笑みかけると、ショコラは抱きしめたローブをマジマジとみてから、顔を上げて、
「このローブは、ショコラがニャルハラに来たばかりの時に暴漢に襲われそうになっていた所を助けてくれたアリエルが被せてくれたものなんです」
懐かしむように目を細めながら、ショコラが言った。
あのアリエルでも人助けをする事があるのか。まったく情景が想像できないんだけど。
「アリエル?」
「あ、えっと」
「暴走族のレディース総長みたいな、性格の悪いギャル女よ」
「すごいひどい言われよう……」
ハテナを浮かべるチグリスに、説明しようとするショコラを遮って素っ気無く言うわたしにショコラは苦笑いを浮かべていた。
「それで、ショコラそろそろ話を聞かせてもらってもいいかな?」
チグリスから受け取ったローブを着込んでいるショコラに、わたしはそう言って切り出した。
どうしてこんな事になったのか、ショコラには訊かなければならなかった。
それに、ショコラも何か話したい事があるらしい。女の子だけで話したい事があると主張したのはショコラで、だからわたし達は女三人でテーブルを囲んでいるのだから。
「何があったのか知りたいの」
わたしが言うと、ショコラは一瞬躊躇ったような顔をしてから、ゆっくりと話し始めた。
「ショコラが部屋で探し物をしていたらユーフラテス君が部屋に入ってきて、部屋の鍵を閉めて、ショコラの事をベッドに押し倒して、それで無理やり……」
「ユーフラテスはそんな事をする子じゃないのに」
チグリスが目を伏せながら呟くように言った。
「でも、あの……」
その呟きを聞きとめたショコラが目を泳がせながらしどろもどろになる。
「まあまあ、チグリス。とにかく最後まで聞こうよ」
「……」
チグリスが無言を返してくる。その顔には焦燥と微かに不満の色が現れていた。わたしはチラリと少し離れた席に集まっている男性陣に目を向ける。
そこには、まだ目を覚まさずにいくつか椅子を連結した簡易のベッドに寝かされているユーフラテスの姿もある。
チグリスにとっては大事な弟なわけだし、多少過敏になってしまうのはしょうがないのかもしれない。わたしにも弟がいるから気持ちはちょっと分かるかな。
「それで?」
わたしは努めて、落ち着いた声で先を促す。
「それでローブを剥がされて、ワンピースを掴まれて、もう駄目だって思ったんですけど。あるものを見て、事前にホーリーピストルを発動させていた事を思い出したんです」
「ホーリーピストル。ホーリーニャンクルス社製の神聖下位魔法ね。弟はそれで撃たれたのね」
「すみません」
チグリスの淡々とした口調に、思わずショコラが謝る。リグリスははぁと大きく息をつくと、
「いいの。身を守るためだもの。本来ならホーリーグレネードランチャークラスでぶっ飛ばされても文句は言えないわ」
そう言うと、眉を寄せ「でも、どうして」と自問する。
そんなチグリスを見て、意を決したようにショコラが口を開いた。
「あの。多分、弟さんは魅了〈チャーム〉で操られていたんじゃないかと思うんです」
「それって、どういうこと?」
ショコラの言葉にチグリスが顔を上げる。
「待って、ショコラ。その前に、ショコラが見たあるものって何なの?」
わたしが思わず割って入ると、ショコラはわたし達二人を見回して、
「それも含めて、今からお話しします。実はショコラが女の子だけで話したい事というのはその事なんです」
そう言うと、ショコラは頬を赤く染めた。え、なぜにそこで赤面?
そんなわたしの疑問は置いておいて、ショコラは一呼吸置くと再び口を開いた。
「ショコラ、幽霊の正体がわかったんです」
「幽霊?」
わたしはポカンと聞き返した。突然の話の転換に思わず面を喰らってしまったのだ。
「それが、ショコラが見たあるものなの?」
「そうです。実は、とある魔物なんじゃないかと当たりをつけて建物の中を探してたんです。ホーリーピストルを事前に発動させていたのも、その魔物に会ってしまった時の為で……」
ショコラは落ち着きなさそうに続ける。
「それで、やっとショコラはソレを見たんです。あれは幽霊なんかじゃありません。幽霊なんてちゃちなものじゃあないんです。ヤツです。ヤツが出ました」
「まあまあ、落ち着いて」
興奮気味に話すショコラに、わたしはどぅどぅと手のひらを向けると、とりあえずお茶飲んで。と勧める。
ショコラはカップをぐいっとあおると、ほぅと息をついた。
「それで、ショコラが見た魔物〈モンスター〉ってなんなの?」
「えっと、それは……」
ショコラは顔を朱色に染めながら、躊躇するように太腿をもモゾモゾと擦り合わせる。
「おっぱいスライム……です」




