45話 魔法を使ってみよう~ネイティブマジック編
「さて、それじゃあ。魔法体験教室を開くとしましょうか」
作業も一段落つき休憩時間となると、チグリスが指の関節を鳴らしながら丸テーブルについているわたしの隣の席に座った。え、ちょっと怖いんだけど。
「ねえ、ショコラも一緒にやらない?」
わたしは向かいに立っているショコラに声を掛ける。ショコラは困ったような顔をすると、申し訳なさそうに言った。
「あの、ショコラは……すみません。ちょっと気になる事があるので、建物の中を探検してみたいんです」
「あ、そう……」
「はい。ルナさんも、がんばってくださいね」
そう言うと、パタパタと駆け足で奥の階段を上がっていってしまった。
「なら、僕が案内……」
「もう行っちゃったみたいよ。ユーフラテス」
ユーフラテスが声を掛けた時には、すでにショコラの姿はなくなっていた。
揶揄するような目をチグリスがユーフラテスに向ける。
姉の視線のせいなのかは知らないが、ユーフラテスは目を逃がすと上げかけた腰を再び椅子に戻した。
そういえば、あの二人って、ずっと同じ机で作業してたけど、ちょっとは仲良くなったのかな。あんまり話してるようには見えなかったけど。
「ミケは……って、聞くまでもなさそう」
バーカウンターに座り、コーヒーを飲むその背中にははっきり我関せずと達筆な文字で書かれていた。
みんなに袖にされてしまった。
わたしのパーティって意外と協調性ない?
いやいや、偶然だよ。偶然。
みんなばらばらでも、心で繋がってるんだから。多分。
「じゃあ、チグリスお願い」
「じゃあ、始めるわね」
「うん」
「まずは魔法の簡単な成り立ちから説明するわね。魔法は魔力によって発動するの。だから魔力のない者には魔法を使う事は出来ない。もっとも一般市民が使う生活インフラに代表されるような魔力も一緒にパッケージとして送られてきているような魔法は魔力のない猫でも使えるけど、それはあくまでも例外なの。ニャルラトフォンを使った一般的な魔法も送られてくるのは式だけで、魔力は自分のものを使って発動させているはずよ。ルナちゃんは魔法を使った事は?」
「一応、今も呪い耐性の魔法を使ってると思う。あ、あと一回、回復魔法使った」
「なら、魔力は問題ないわね」
チグリスは頷くと、
「それじゃあ、まずは自分の魔力を認識する所から始めましょ」
「認識って言われても……」
「目を閉じて、深く息を吐いて。自分の中の魔力の流れを掴むの」
「……」
わたしは目を閉じると、言われた通りに深く息を吐く。
暗闇の中で、魔力の流れとやらを探る。
「駄目……、わからない」
「大丈夫、人差し指と中指を手首に当てて自分の脈を計ってみて」
「……」
言われた通りにすると、ドクンドクンと血液が流れているのがわかる。
「とりあえずは、それで代用しましょう。次は何か式を思い浮かべて」
「式?」
「適当に数式でいいわ」
「急に言われても……」
何も思いつかない。
「じゃあ、九九にしましょう。九九を暗算してみて」
わたしは目を瞑ったまま無言で頷くと、九九を暗算する。
いんいちがいち、いんにがに、いんさんがさん……――。
五の段まで来たとき、チグリスが声を上げた。
「うん、いいよ。次は脈を数えながら、暗算を続けるの」
「ええ、そんなの無理っ」
「大丈夫大丈夫、出来るわ、がんばって」
すごい軽く言ってくれるけど、これ、すごく難しい。
なんとか苦労しながら何とか九の段まで辿りつくと、体中がぱっと白い光の粒子に包まれた。
「わっ、何!?」
「おっ、いい感じ。魔力が活性化してる。またの名を魔力駄々漏れ状態ともいうけど」
「魔力駄々漏れは普通に状態異常じゃねぇか」
ミケがチグリスの言葉に、ポツリと突っ込む。
その呟きを目ざとく拾い上げたチグリスが眉を寄せて反論する。
「いいのよ。初心者にはこの状態の方がやりやすいの。どうせコントロールなんて出来ないんだから駄々漏れでいいの!」
あの、大丈夫なんだよね? わたし。なんか思いっきりわたしの中から抜け出て行ってるんですが……。
「大丈夫、そんな顔しないで。魔力が尽きても回復するまで魔法が使えなくなるだけだから問題なし! ……あ、でも、ちょっと疲れちゃうかもしれないけど」
「え……」
今、何か最後に付け加えなかった?
チグリスは誤魔化すように、頭を掻くと、
「それじゃあ、早速魔法を使ってみましょう。って言ってもよくわからないわよね。私が実践して見せるから見ていて」
そう言って、チグリスは席を立つと、ふぅと深く呼吸を整えた。
そして、目をトロンとさせると、ゆっくりと口を開いた。
「我が前に漂いし、数多なる火の子よ、
今、和をもって親を結び、ひとつの火球とならん、
その艶やかなる炎をもって、目の前の敵を焼き払え、
いでよ! ファイアーボール!!」
掛け声と共にチグリスが両手を前に突き出すと、直径十センチくらいの火球が一直線に飛んでいき、壁に当たると大きく爆ぜた。
「こんな感じなんだけど、どう?」
「すっごーい。かっこいい!」
「そ、そうかしら。えへへ」
わたしが、胸元で拳を握り締めながら瞳を輝かせていると、チグリスはまんざらでもなさそうに、笑みを浮かべながら頭を掻いた。
「チグリス。建物を傷つけるのはやめてください」
バーカウンターの中で、ミケのコーヒーのおかわりをドリップしていたナイルが釘を刺すと、チグリスは「うっ」と固まった。
「さっ、今度はルナちゃんの番よ。っていってもルナちゃんって神聖型かぁ……」
マジマジとわたしから漏れ出す光を見つめると、チグリスは眉を寄せた。
「何か問題があるの?」
「いや、猫にはそれぞれ魔力型っていうのがあってね。神聖型と自然型と暗黒型の三つなんだけど、魔力型によって魔法の習得効率に影響があるの。
神聖型は神聖魔法を習得しやすく、自然魔法はそこそこ、暗黒魔法は習得しづらい。
暗黒型は暗黒魔法を習得しやすく、自然魔法はそこそこ、神聖魔法は習得しづらい。
自然型は自然魔法を習得しやすく、神聖魔法はそこそこ、暗黒魔法はそこそこ。
って感じにね。現在はあんまり重要視されなくなっちゃった概念だけど」
「だろうな、俺自分の魔法型なんて知らないけど、困った事ないし」
ミケが付け加えるように言う。
わたしはミケを冷めた流し目を向けると、
「どうせ暗黒型でしょ。腹黒そーだし」
「お前は能天気だから神聖型なんだろうな」
「なによ!」
「なんだよ!」
むぅと睨みあう。
「まあまあ、二人ともケンカしないで。とにかく話を戻すけど、私自然型だから神聖型の魔法ってよく知らないのよね」
「ええ。じゃあ、どうするの?」
「待ってて、今ネットで検索するから」
そう言うとチグリスはニャルラトフォンを取り出し、画面を操作し始めた。
「えっと、自力魔法〈ネイティブマジック〉、神聖型、初級……と」
慌しく指を動かしながら、ブツブツと呟いている。
っていうかググったらもうそれ自力じゃないんじゃ……、突っ込んだらいけない所なのかな。
「あ、あったあった」
声を弾ませると、チグリスは手に持った携帯の画面をわたしに見せる。
そこに表示されていた画像は、単純な図形の組み合わさったものだった。
「これが魔術式と呼ばれるものよ。ありていに言えば魔法陣ってやつね。一般的には図形と文字列の組み合わせだけど、とりあえず図形だけのやつでやりましょ。まずは、これを覚えて」
わたしはチグリスからニャルラトフォンを受け取ると、ディスプレイに映し出された魔法陣をじっと見つめる。
「覚えた?」
「うん」
頷く。
「じゃあ、頭の中に思い描いて」
言われた通りに、先程の画像を頭の中に思い浮かべる。
「っ!?」
すると、わたしの体から漏れ出していた光の粒子が、荒れ狂うように暴れはじめ、先程とは比べ物にならない速度で体から抜けていく。
なんかものすごくやばい感じなんだけど……。
不安を灯した目でチグリスを見ると、彼女は「大丈夫大丈夫」という風に笑っていた。
「変に魔力をコントロールしようとしないで、駄々漏れに任せるの。その方がうまくいく。ほら、水晶玉に手をかざすみたいに形を作って、もうちょっとこっちかな。うんいいわ」
前に持ってきた両手を、チグリスが微調整する。
しばらくわたしの手を掴みながら、小刻みに移動させていたが、やがて位置が決まったのか、よしと手を離した。
「ついに最終段階よ。魔法の詠唱をするわ。私が紡ぐ言葉に続いて、ルナちゃんも詠唱して」
そう言うと、チグリスは目を瞑る。わたしもそれに倣うように目を瞑った。
そして、チグリスはゆっくりと口を開く。わたしもそれに続いた。
「希望の轍を歩むものよ」
「希望の轍を歩むものよ」
「汝、臆することなかれ」
「汝、臆することなかれ」
「強き意志は光となりて、汝の進むべき道を照らすだろう」
「強き意志は光となりて、汝の進むべき道を照らすだろう」
「暗き闇を払う力を、今、汝が手に抱かん」
「暗き闇を払う力を、今、汝が手に抱かん」
「照らせ、ホーリーライト!!」
「照らせ、ホーリーライト!!」
言い終わった瞬間、強い光が瞬いた。
そして、次にはかざした手の先に、眩い光を放つ小さな光の玉が浮かんでいた。
「わっ、もしかして魔法出た? 魔法出たの?」
「ええ、おめでとう。ルナちゃん」
チグリスを伺うと、そう言うと微笑んだ。
「やったぁ。魔法出たー」
わたしは席から立ち上がるとぴょんぴょんと飛び跳ねながら、カウンターに座っているミケの所まで行くと、自慢するように手の先に浮かんでいる光球を見せびらかす。
「ほらミケー。見て見て。魔法だよ魔法っ。魔法出たのー」
「お、おう」
「?」
「あ、いや、よかったな」
「うん!」
わたしは大きく頷くと、嬉しさを抑えきれずに、部屋の中を練り歩く。
「魔法だ、魔法だー。やったー。これでわたしも魔法少女だねっ」
部屋の中を飛び跳ねているわたしを眺めながら、ミケが目を細める。
「確か、ホーリーライトって五百コネだろ。たかだか五百コネの魔法であそこまではしゃげるとは、無知とは恐ろしいものだな」
「そうかしら? 貴方って浪漫のない猫なのね。こういうのは自分の手でやるから感動があるのに」
「そういうもんなのか?」
ミケが隣の椅子に座ってきたチグリスをちらりと見る。
「そういうものよ。だから魔法道なんてものが出来たのだしね」
チグリスはカウンターに肘をつくと、手を組みミケの顔を覗き込みながら言った。
「あいにく、俺は道としての魔法には興味が持てそうにないけどな」
ミケが苦笑すると、チグリスが「それは残念ねー」と、唇を尖らせた。
わいわいとはしゃいでいたわたしだったが、程なくするとまるで線香花火が終わってしまうように、手の中にあった光の玉はふっと消えてしまった。
「あれ消えちゃった?」
気がつけば、あれだけわたしの体から噴き出していた光の粒子も、まるで蛇口を絞ったかのように勢いをなくしていた。
そして、最後の光の粒子が体から流れ出ると、
「あれ……、わたしいっ……た……い?」
目の前が真っ暗になって崩れ落ちるように倒れた。




