43話 アパルトマンの猫たち
「わお、すっごい飾りつけだね」
先程はあまりよく見てなかったが、バーの至るところが華やかな装飾が施されていた。
どうやら何かのパーティの準備をしているようだ。
「もしかして、わたし達の為に?」
「残念ながら違うわ」
わたしが室内を見回していると、椅子を三段重ねにして天井に紙の飾りをつけようとしていた少女の冷淡な声が頭に降りかかってきた。
見上げると、小生意気そうな少女の淡い色の瞳と目が合う。
「あなたは?」
「……」
わたしが訊ねると、少女は無視して無言で作業を進める。
「ねえ、ちょっと――」
わたしが何か言おうとする前に、ナイルが割って入ってきた。
「彼女達は、今日からこのアパルトマンに入居してくださる方達です。挨拶くらいしたらどうですか?」
「……」
再び、少女はわたし達に流し目を向けると、
「わかったわ。降りるからちょっと待ってて」
そう言うと、少女はバランスを取りながら緩慢な動作でのそのそと椅子に座り込み、ちょっとずつ体を下ろしてくる。
見ているとなんともまどろっこしい。
猫は登るのは得意だけど、降りるのは苦手っていうけどねぇ。
そんな事を思っていると、積み重なった椅子が不意にバランスを崩す。
「え……、ってきゃっ!」
椅子のタワーがグラグラとゆれて、ガラガラと崩れる。
放り出された少女がドスンと尻餅をついた。
きっとさっきもこんな感じだったんだろうな。
わたしは目を細めて、へたり込む少女を見つめた。
「あいたたた……」
「大丈夫?」
お尻を擦っている少女に、手を差し出す。
少女は一瞬逡巡を見せたが、わたしの手を掴むと立ち上がった。
「猫とは思えないくらい鈍くさいな」
こらこら、はっきり言わない。角が立って小指が骨折するでしょ。
わたしはミケに牽制の視線を送ると、改めて少女を見た。
栗色のふわふわとした髪を二つにまとめている少女はどこか西洋人形然とした雰囲気がある。背はわたしよりちょっと低いくらいで、ショコラと一緒くらいだ。
「大丈夫、チグリス?」
そして、もう一人少女とよく似た少年が駈け寄ってきた。
「すみません。姉が迷惑をかけたみたいで」
「ううん、全然」
「そうですよ。迷惑なんて」
わたし達がその駈け寄ってきた少年と話していると、少女が繋いだままだったわたしの手を切るように離すと、埃を払うように膨らんだスカートをポンポンと叩いた。
「どうやら見苦しいところを見せてしまったみたい」
少女は不敵にふふっと笑うと、
「私たちも、このアパルトマンに住んでいるのよ。いわば貴女たちの先輩ね。私の名前はチグリス。こっちは弟のユーフラテスよ。私たち双子なの」
そう言うと、チグリスと名乗った少女は胸を張った。
もう一人のユーフラテスと紹介された少年は、恐縮したように縮こまっている。
双子と説明されただけあって、背格好はおろか顔立ちもよく似ていた。
「わたしはルナ、こっちはミケで、こっちはショコラよ」
わたしは手振りを交えながら、自分とミケとショコラの紹介をする。
チグリスは、ふぅんと値踏みするように目を細めながらなめ見ると、
「ルナちゃんとショコラちゃんと、ミケ君ね」
ちゃん付けはなんだかむずむずする。いや、別にいいんだけど。
「よろしくね。チグリス、それにユーフラテスも」
わたしが手を差し出すと、チグリスがためらいながらも手を伸ばすと握手をする。
お互いの自己紹介も終わった所で、わたしは改めて周囲を見渡す。
そして、先程から気になっていたことを、チグリスに訊ねた。
「ところでさぁ。なんで飾りつけなんてしてるの? やっぱりわたし達を歓迎する為なんじゃないのー?」
わたしがによによとしていると、ミケが冷水のような言葉を被せてきた。
「俺たちがここに入居することが決まったのは今日の今日だぞ。普通にないだろ」
「うっ……」
言葉に詰まる。
一階のバーには煌びやかな装飾が施されている。
その中には中々手が込んでいるような飾りもあり、一朝一夕に飾り付けられたものではなさそうだった。
確かに、今日聞いて今日始めたという感じではなかった。
「それは……」
チグリスはユーフラテスとアイコンタクトを取ると、
「実は、私たちのパーティにはもう一人いるの。今はちょっと用事があって、ネゴロポリスの方に行っているんだけど、近々帰ってくるって連絡があったから。それで」
「お帰り会をしようって事? それにしては大げさなんじゃ」
わたしが言うと、チグリスは嬉しさと寂しさが同居したような表情を浮かべた。
「ううん、就職祝いなの。彼女……キヌちゃんって言うんだけど、ずっと魔法会社のインターンに行っていてね。それで今回正式に大手の魔法会社に社員登用が決まったらしいの。もともと私達のパーティはキヌちゃんが中心になって作ったものだから、キヌちゃんがいないならパーティも解散。といっても、キヌちゃんが就職するって決めた時に、みんな抜けてしまったから、もう私とユーフラテスしか残っていないんだけどね。だから最後に盛大にパーティしようって決めたの」
「そ、そうなんだ」
やばい、意外と重たい理由だ。これは聞かないほうがよかったかも。
「中核メンバーが就職して、パーティが離散っていうのは魔法主体のパーティではありがちな事だな」
「そうなの?」
「普通に魔法会社からスカウトくるからな」
へー、そうなのか。わたしはミケの顔を見つめた。
「ミケにも来た?」
「来たけど断った。俺は魔法を使いまくってたけど、あくまで課金して使ってただけで魔法に精通してるわけじゃないし、作るのにも興味なかったし」
「そっか」
ほっと胸を撫で下ろす。
って、なんでほっとしてるんだ。わたしは。
わたしは、雑念を振り払うように首を振ると、
「ねえ、チグリス。わたし達も飾りつけ手伝うよ」
わたしが言うと、チグリスがぱっと顔をあけた。
「いいのルナちゃん? そりゃ私達は助かるけど」
「いいのいいの。ね、二人共いいよね?」
そう言うと、後ろを振り返る。
「俺はパス。勝手にどうぞ」
「えー」
不満顔で睨みつけるが、ミケは目を合わせようともしない。
「まあまあ、ルナさん。ショコラは大丈夫ですから」
ショコラに肩を叩かれながら、なおも睨みつけるがのれんに腕押し。
「ありがとう、ショコラ」
やっぱりショコラはいいこだよ~。それに比べて……。
ショコラに微笑みかけてから、
「べー。だ」
ミケに舌を出す。
「じゃあ、早速手伝ってもらおうかしら」
「え?」
そう言うと、チグリスは鎖状にされた紙の飾りの塊を持ってくると、わたしに覆い被せるように渡した。
「え、ちょっと……」
多くないですか。
「じゃあ、よろしくね」
わたしが動揺していると、渡し終えたチグリスがパチリとわたしに向かって片目を瞑ってみせた。




