37話 家猫に拍手を
会場が水を打ったようにシンと静まり返る。
不思議な事に、男の声には皆を黙らせるだけの力があった。
酷く震えた、怯えたような声だったからかもしれない。
言葉を発した男は、ネコエルフが張った看護用のテントから出てきたばかりらしく、入り口が風ではためくテントの前に立っていた。
その脇には「まだ、安静にしていた方が……」とネコエルフの男性が、その男の体を気遣うように立っている。
しかし、男はそのネコエルフの男性を振り切ると、たどたどしい足取りで、中央へと歩みを進めてきた。
「あれって、確か」
その男の姿に、わたしは引っ掛かるものを覚えた。
なんか、どこかで見たことがあるような気がする。
どこだっただろうか。そんな事を思いながら男を目で追っていると、男は丁度中央で歩を止めた。
その場にいる全員の注目が、男に注がれている。
もちろん、わたしも男を見つめていた。
何かから逃げ隠れるような、不自然な猫背姿勢。
そして男の瞳には恐慌の残滓がはっきりと映っていた。
あの目――。
そこで、わたしは彼をどこで見たのかを思い出した。
あの時は顔をペイントしていたから、はっきりと顔を見たわけじゃないけど間違いない。
彼はMTTBがはやにえにされていた森で、その様子を隠れて見つめていた男の人だ。
そして多分、罠に掛けようとして逆に罠に掛けられて、全滅してしまったパーティの生き残り。
あの時、枝に胸を貫かれて晒されていた猫達の仲間。
好奇と懐疑の中心で、男は聴衆の真ん中で震える声を上げた。
「俺は見たぞ。この猫達は本当にありえないような大群を全部倒したんだ!」
男が言うと、会場が息を飲む。
男の狂気と嗚咽の混じった声が、反論やささやき声の一切を拒絶していたからだ。
男は気が狂っていた。
それは誰の目からも明らかだ。
しかし、だからこそ無視することが出来なかった。
そんな男が振り絞る声で何を話すのか、みんな注目せざるを得なかった。
わたしも刀を鞘に納めると彼を見つめた。
「俺たちのパーティは罠を張って、MTTBを一気に狩るつもりだった。MTTBをわざと半死の生贄にして、それに釣られた敵を一気に殲滅する手はずだった。俺たちの作戦はうまくいっていた。あいつが来るまでは。他の奴らとは比較にならないとても巨大なMTTBだった」
ううぅと男から嗚咽が漏れる。
「俺たちはそれまで通り、生贄にに釣られてやってきたMTTBに攻撃を仕掛けた。そいつの存在に気づいていたのは俺だけだった。だから、俺は飛び込まなかった。だから、俺は助かった。でも、他の奴らは――、恐ろしいほどの数のMTTBに襲われて為す術なく蹂躙された。MTTB達の長が大群を引き連れて、俺たちを逆に罠にはめやがったんだ。そして、奴らは見せしめのように仲間を生きたまま枝にさして磔にしていった。なんで、そんな事したのか? 俺を呼び込もうとしたんだ。あいつら俺の存在に気づいてた。気づいていながら、襲い掛かるでもなく俺が仲間を助けに来るのを待ったんだ。助けを求める仲間の助けを求める声が、怨嗟のように森に響いてたよ。でも、俺はそれでも飛び込めなかった。助けにはいけなかった! 助けに行ったら殺されるそう思って――。やがて、仲間の声も聞こえなくなった。それでも、俺は動くことが出来なかった! その時、空から女神様が降りてきたんだ」
そう言うと、男はわたしを指差した。
「え、わたし?」
きょとんと、自分で自分を指差す。
「おい、あいつ自分の事女神とか呼ばせてるぞ」
「頭が弱そうだと思ったが、やはり――」
「女神っておまっ(笑)」
そんな事を話す。周りの猫のひそひそ声が聞こえてくる。
なんか知らないけど、あらぬ誤解が広まってる。
っていうか別にわたし頭弱くないし。
女神なんて呼ばせてもいないし。もう、最低。
後ろで、ミケがクスクスと笑っているのが手に取るように分かるし。
というか、あんたら長々と聞いてそれしか感想ないわけ。
さすが歴戦の戦士たちだけあって、ありふれた悲劇には耐性が高いらしい。
ちょっとかわいそうだと思ったわたしの方が変みたいじゃん。
みんなショコラみたいに真剣に聞いてあげるべきなのでは。って野良猫に言ってもしょうがないか。
「ここからが重要なんだ!」
男が言うと、全員がシンと静まり返る。
なんだかんだで、みんな聞く気はあるらしい。
「それで俺は見たんだ! 彼女たちの戦いを。彼女たちは俺が出来なかった事をしてくれた。助けてくれた。明らかな敵の罠に飛び込んで、仲間を解放してくれた。数百体のMTTBに囲まれながら、それを全部倒したんだ。仲間の仇をとってくれたんだ。俺が見たんだから間違いない! 彼女たちの実力は本物だ。彼女たちを賞賛してやってくれ、頼む!」
猫達が顔を見合わせている。
「頼む!」
男は膝を地面につけ、額を地面にこすり付けた。
男は頼む、頼む。となんども繰り返しながら、土下座の姿勢で何度も額を地面にこすり付けていた。
「なっ――」
思わず言葉を飲み込んでしまう。なんで見ず知らずのわたし達のために、そこまで……。
わたしは男の元に駈けよると、顔を覗き込むように座り込んだ。
「あの、もういいですから。もう十分ですから!」
しかし、わたしの言葉が聞こえていないのか。
男は、壊れたビデオテープのように、頼む、頼むと叫びながら、土下座を繰り返した。
どうしよう。止まらない……。
わたしがおろおろと気を動転させている時だった。
パチパチ、パチパチ。
手を叩く音がした。
最初はまばらに、しかし次第に木霊するように広がり、最後には会場全体がその音で包まれていた。
顔を上げると、会場にいる猫達が全員拍手していた。
男も顔を上げその景色をみていた。
そこには先程まで茶化すような雰囲気はなく。みんなとても真剣な顔付きで手を叩いている。
一体、どういう事……。
「ほら、立って」
わたしは男を立たせると、目を瞬かせる事しか出来なかった。
「そいつの頼みが、受け入れられたんだよ」
背中からアリエルの声がして、わたしが振り返る。
「そいつの話をみんな信じたんだ」
「どうして……、さっきまでは真面目に聞いてるとは思えなかったのに」
「みんな素直じゃないんだよ。マジ猫っけがある奴ばっかだから。ほら、試しに手でも振ってみな」
アリエルに促されて、手を振ってみる。すると、一際拍手が大きくなった。
心臓の鼓動が大きく跳ねる。
本当に、わたし達認めてもらえたって事?
「いや、まだだぜ!」
野太い男の声。
あ、さっきアリエルにのされた猫〈ひと〉だ。
筋肉に覆われた巨漢が、ゆっくりと体を起こしていた。
「俺は認めてねぇぞ。お前が本当に三百体狩り出来るってんなら。俺と戦って、俺を倒してみろ」
男が拳で胸板を叩くと、いっそう拍手が大きくなり、「おおお!」という歓声と、ヒューという口笛が混ざるようになった。
明らかに拍手の意味合いが、戦いを鼓舞するものへと変わっていた。
「やれー」とか「ぶっ殺せー」とか色々聞こえてくる。
ほんと猫の目のようとは、まさにこの事。
「ルナー、やっちゃえ。ぶちのめすアルー!」
マイクを通して、リィリィの声が響く。ステージを見ると、リィリィがマイクを握り締めながら、拳をこちらに突き出していた。
わたしはステージに向けて手を振ると、男に向き直る。
やっぱり最後はこういう事になるわけね。
面白いじゃない!
「いいよ。やろっか」
わたしがにっこりと微笑みかけると、男はニヤリと口角を上げ、
「ふふふ、後悔すんなよ。おい、アレ持って来い!」
男が言うと、男の仲間と思われる、やっぱりマッチョな男たちが三人がかりで、巨大な金棒を持ってきた。
いわゆる鉄の棒にとげとげがいっぱいついている鬼とかが持っているあれである。
男は満足気に頷くと、仲間たちから金棒を受け取りブンと一回大きく振り回した。
風圧によって土煙が巻き上げられる。
「おい、もう一本だ」
男が要求すると、仲間たちが更にもう一本金棒を持ってきて男に手渡した。
「さっきは油断したが、あれで俺の実力を測った気でいるなら間違いだぜ。この金棒は重さにして一トンもある。しかも、それが二本。さらに見ろ!」
男はおもむろに金棒を宙へと放り投げた。
そして、それが落ちてくる前にもう片方の手に握られている金棒を今度は宙へと放り投げ、空いた手で落ちてきた金棒をキャッチする。
男が行っているのはいわゆるジャグリングと呼ばれる曲芸だった。
「ふふふ、びっくりしたようだな。一トンもある金棒、それを二本も自在に操る俺を見て驚いているようだな。だが見ろ。お前達、もう一本もってこい!」
さらに、男の仲間たちがもう一本金棒を持ってくる。
男は器用にそれを受け取ると、宙へと放り投げた。
三本の金棒が男の手の中で器用に宙を舞う。
「重さ一トンもある金棒。しかもそれが三本。重さ一トンもある金棒三本による金棒ジャグリングだ! お前の筋肉でこれが出来るか?」
「無理」
「だろうな。降参するなら今のうちだぜ」
男が金棒でジャグリングをしながら、ニヤリと唇を歪ませる。
「御託はいいから、さっさと始めましょ。曲芸ならサーカスで見るわ」
「っ! てめぇ」
男は額に皺を寄せると、
「なら、望みどおりバトル開始だぜ!」
宙に舞っていた三本の金棒のうちの一つを、掴むや否やブンとわたしに放り投げてきた。
「わっ!」
わたしは飛んできた金棒をすんでの所で、身を屈めて回避する。
頭の上をブンブンを円を描くように飛ぶ金棒が通り過ぎていった。
わたしは男に抗議の目を向ける。
「今の、不意打ち!」
「知るか、殺し合いにルールなんてねぇよ。さっさと剣を構えないとミンチだぜ」
「くっ」
男が両手に金棒を構えながら、ドスドスと重たい足音を響かせながら突っ込んでくる。
バンザイをするように、両手を大きく振りかぶり、体勢の整っていないわたし目掛けて二本の金棒を振り下ろした。
どごぉんという雷が落ちたかのような轟音。立ち上がる砂煙。
捉えた――と男は確信の笑みを浮かべた。
「なっ――」
しかし砂煙が晴れたその場所には、大きくクレーターが一つ出来ているだけで、何も居なかった。
「どこへ行っ――」
男が周囲を見回そうと、首を動かそうとした瞬間。
ドスッ――
首裏を貫いた衝撃に、男の意識は刈り取られた。
地面に着地すると、わたしは膝を折り倒れる巨漢を横目にしながら、ふぅと息を吐く。
危なかった。相手の不意打ちで体勢を崩していたから、まともな回避もままならなかった。
もし、相手の体格がもう少し小さくて、股の下をトンネルできなかったら、きっと金棒を喰らってしまっていただろう。
そしたら「おうおう、ねーちゃん。金属のお味はどうよ。え、よくわからない。なら、血のソースもぶっかけてやるぜおらぁ」と煽られてしまう所だった。あぶないあぶない。
相手の股を潜ったわたしは、即座に猫村正を抜き放ち。ジャンプして相手の首元に、刀の峰の部分を打ちつけたのだ。
刃の方で殴ったら、首が落ちちゃうからね。
額の汗を拭っていると、辺りが歓声に包まれている事に気づいた。
わたし達の戦いを、そして、わたしの勝利を称えてくれているのだ。
わたしが空を貫くように、剣を掲げると。わーと一際歓声が大きくなった。
ちょっうれしくなって、調子にのって頭上の剣をブンブン振った。
ヒューという口笛や、歓声が大きくなる。
やばい、テンション上がる。
あ、でも、中には「よっ、女神」みたいに言っている猫もいて、そこは苦笑いを返すしかなかったんだけどね。
お読みいただき、ありがとうございます!
もし『面白い』『続きが気になる』 『応援したい』と思っていただけたらぜひ【評価】と【ブックマーク】をお願いします。
「広告」↓にあります【☆☆☆☆☆】を押していただけると評価ボイントが入ります。
ご評価をいただけると、とても励みになりますので、よろしくお願いします。




