36話 アリエルの実力
「あんた、先に帰ったんじゃなかったの?」
確かにわたし達よりも先に行ったはずだ。なのにどうして森の方から出てくるのか。
「いや、道に迷っちゃって」
「は?」
「そういう事らしいです」
目を逸らすアリエルに、ザクロがカラカラと笑い声を上げた。
つまり先に帰ろうとしたけど、道に迷ってしまって今まで樹海の中を彷徨っていたと。そういう事らしい。
「だから、一緒に行こうって言ったのに」
「うっさい」
わたしが言うのに、アリエルが湿り気のある視線を返す。
「おい、あんた」
筋肉質の巨漢の男がアリエルに声を掛ける。
「あんた、二位のパーティの猫だろ? あんたも不満じゃねぇのかい?」
「別に」
「おいおい、こんな奴らが三百体以上も倒したと思うのかよ」
男がわたし達の事を指さす。わたしはむぅとした顔を返す。
「でも、そう言ってるんだから、そうなんだろーよ」
「だから、それが信じられねぇって言ってるんだけどな」
「ふっ」
「何がおかしいんだ?」
不意に笑ったアリエルに、男は怪訝な顔を向ける。
「図体の割に、ちっちぇえ男だな。小さいのはちんこだけで十分なはずだろ?」
「は?」
「え?」
わたしは思わず、ショコラと顔を見合わせる。それから赤面。
「なっ、なんでてめぇが俺のちんこの大きさ知ってんだよ!」
「知るわけねぇだろうがっ。マジめんどくせーからさっさとかかってこいよ」
アリエルはニヤリと口元を歪めると、くいくいと人差し指で、引き寄せるような動作をする。
「なっ!?」
「どうせ口で言っても、わかんねーだろーが。この無駄筋肉の祖チン野郎」
もういろいろ酷い。でも、悪いと思っても笑ってしまう。
「てめぇ、許さねぇぞ! ちんこを馬鹿にするのは百歩譲って許すとしても、筋肉を馬鹿にする奴は絶対に許さねぇ!!!」
男は鬼のような形相で丸太並に太い腕を大きく振りかぶると、そのままアリエルに向けて一気に振り下ろした。
あぶない。
完全にクリーンヒットコースだ。あんなアリエルの体よりも太い腕でまともに殴られたら、ただではすまない。すまないはずだった。
「この程度かよ。やっぱり無駄な筋肉だったな」
男が殴りかかる直前の姿勢で固まっている。
いや、そうではない。
それ以上拳が進まないのだ。
男の拳を、アリエルの細腕が受け止めていた。
「なっ、なんだとぉ……!」
男に驚愕の表情が浮かぶ。当然だろう。
自分の腕の十分の一くらいしかない腕に易々と受け止められてしまっているのだから。
男は押し込もうと、更に力を込めるが拳はビクともしない。筋肉が痙攣するように、腕が微かに震えるだけだ。
「うわ、すごっ」
思わず、わたしは前のめりになる。
でっかい剣を振り回してるから、きっとパワーファイター系なんだろうなとは思ってたけど、こんなに怪力だったなんて、びっくり。
「これで全力か? なら、もういいよな」
「てめぇ、てめぇあああああああ!!!!」
まるで、赤い布で煽られた闘牛だ。
目の前に突きつけられたありえない光景と、筋肉に対する絶対の自信が無残にも打ち砕かれたショックからなのか、我を失っている。
言葉になっていない言葉を叫びながら、男は頭上で手を組み槌のようなものを作ると、それをそのままアリエルに向けて叩き落した。
「マジうぜぇ――――」
しかし、次の瞬間男の体は宙を舞っていた。
「がっ……」
男の槌のような両腕が振り下ろされるよりも早く、アリエルの身長以上もある超長い大剣の腹が、男の体を捉えていた。
力任せなその一撃は、男の体を宙高く打ち上げた。
峰打ちだからといって、その威力は馬鹿に出来ない。
男の意識をもぎ取るに十分な衝撃だった。
ドサリと落ちた男は完全にのびていた。
アリエルは男を一瞥すると、周囲を見た。
「あんた達も、下らないこと言ってんじゃねーよ!」
アリエルが怒鳴り声を上げる。
それまで呆気に取られていた周りの者達も、その声ではっと我にかえる。
そして、再びざわざわとざわめき始めた。
アリエルの突然の登場によって、一時は驚愕によって静まり返っていた場が俄かにうるさくなり始める。
「ちっ……」
アリエルが舌打ちをした。
非難の先頭に立っていた男がアリエルによって、のされてしまった為に若干のトーンダウンはしているものの、不満が口々に聞こえてくる。
「って言われてもなぁ――」
「ああ、やっぱり――」
「三百体はちょっと――」
「だって誰も見てないんだぜ――」
どうやら、不満の源流は数にあるらしい。そして、彼らの中では、もはやネコエルフは証人足り得ないのだ。
そういえばと思い出す。
森の奥に入ったばかりの頃にしたリィリィとの雑談の一つ。
このグレートキャットフォレストの大規模MTTB討伐クエストは過去何回も行われているもので、当然過去データも蓄積されている。
そのデータによると、このクエストの一パーティにおける平均討伐数はおよそ三十体なのだとリィリィは話してくれた。
それは、早く沢山討伐しなきゃと、気を急がせるわたしの心を宥めるためにリィリィが言ってくれたもので、内容自体に大した意味はないと思っていたから、すっかり忘れてたけど。当然ここにいる猫達もそれを知っている者も多いだろう。
だから平均三十体の所に、その十倍の三百体討伐したと言われれば、不正を疑ってしまうのもしょうがないのかも知れない。
でもなぁ。
それ言ったら、アリエル達の百二十体も相当平均からは逸脱してると思うんだけど、それを言わないのはやっぱりわたし達が家猫だからバイアス掛かってるのかな。
ならたとえ、わたし達が何を言っても彼らの疑念が晴れる事はないんじゃないだろうか。
なんか、めんどくさくなってきた。
「もう、全員ぶっ倒しちゃえばよくね?」
わたしは猫村正の唾をキンと弾く。
困ったときの肉体言語。
ここにいる全員を叩き伏せてしまえば、さすがに文句を言えないでしょ。死人に口なしって言うし。
あ、もちろん峰打ちにするつもりだけど。
「ちょっルナさん。ミケさん、どうしましょう?!」
「俺は知らん」
「ええ……」
慌てふためきながらショコラがミケに助けを求めるが、ミケは関心がない事を示すように体を明後日の方向に向けた。
「ひと暴れするってんなら、私も付き合うよ」
「ほんとっ、ありがとう」
大剣を肩に乗せながらやれやれといった風に言うアリエルの申し出に、わたしはぱっと表情を明るくする。
「じゃあ、勝負しよ?」
「勝負?」
「そっ、どっちが多く倒せるか」
「あんたってさぁ……、まあ、いいや」
アリエルはガシガシと頭を掻くと、
「さっきの勝負じゃ、負けたからリベンジといきますか」
大剣を地面に振り下ろす。剣の重さで地面が抉れ、土ぼこりが舞った。
そこに来て、周りの猫達もわたし達の態度の変化に気づいたようだった。
相変わらずひそひそ声が聞こえてくるが、その中にピリリとしたものが混ざり始めている。
「わたし達の撃破数が嘘だと思うなら、かかってきなさい! 相手になるわ」
そう言って、わたしが刀を抜いて相手に掲げた時だった。
「待ってくれ!」
一人の男の声が、響き渡った。
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