31話 借金のご利用は計画的にね
「え?」
「え?」
「え?」
地上に居るおよそ十数匹のねずみの頭が困惑の顔のまま宙を飛ぶ。
頭部を失ったねずみ妖精の体がばたばたと倒れると共に、ねずみ達の間で驚愕が一斉に広まった。
そして、それはショコラも同じだった。驚愕に目を見開く。
いつの間に、そこにいたのか狼男のような姿をしたMTTBがすぐ後ろに居たからだ。
「なに!?」
「MTTBだ!?」
「いつのまに!?」
「どうして接近に気づかなかったんや?」
「霧が濃すぎてわからなかったンゴ」
「なんで、こんなに霧が出てんだよ!?」
「俺らがやったんやで」
「マジかよ俺ら最低だな」
「俺ら責任とれよ」
「やだよ」
「やだよ」
「撤退!」
「総員撤退せよ!」
「各員に告ぐ。総員撤退!」
「了解!」
「了解!」
波が引くように、あれだけいたねずみ達がサーと姿を消す。
その鮮やかな逃げ足はまるで統率された軍隊のようだった。
とりあえず、ねずみ達と戦う必要はなくなったが、ショコラにとって脅威は全くといって去ってはいなかった。
いや、むしろねずみ以上の脅威。
「あ……」
禍々しいシルエットが、舌なめずりするようにショコラを見下ろしていた。
鋭い爪を研ぐように、左右の爪を合わせている。
ショコラが、どう転んでも勝てない脅威だった。
ちらりと救いの手を求めるように、視線を揺らすが霧に隠れて何も見えない。
逃げなきゃ。逃げなければいけない。いつだってそうしてきたように。
「うぅ……」
うめき声に、ショコラははっとする。
回復魔法の効果はそれなりに出たらしく、リィリィの首の傷はちゃんと塞がっていた。程なくすれば、きっと意識を取り戻すだろう。
「……」
そこで考える。
今、自分が逃げてしまったら、誰がこの子を守るのだろうかと。今ショコラがこの場を離れれば、間違いなくリィリィはあのMTTBに殺されてしまう。
こんなことを考えたのは初めてだった。
そのことにショコラは少なからず混乱する。
今まで、守られる事はあっても守ったことはなかったから。
「……っ」
戦ったらきっと殺される。でも――逃げるわけにはいかない。
グッと敵を睨みつけると、ショコラはおぼつかない足取りで前に出た。
手に持ったニャルラトフォンを素早く操作する。
可能性があるとしたら、これしかない。
ついさっき契約したばかりの神聖魔法会社。
その会社が提供する魔法の中でショコラでも使うことが出来るもっとも威力の高いものをぶつける。
画面をスライドさせて選択する。
いくつか表示される中で、ショコラの所持金で使えそうなもっとも高威力の魔法は〈ホーリーマシンガン〉という神聖魔法だ。よし、これを選択という所で指が止まる。
待ち時間〈ウェイトタイム〉が五分と説明文に書かれていたからだ。
うそっ。詠唱時間が長すぎるよ。そんなに待ってたら、発動する前に殺されちゃう。
だからといって待ち時間の短縮をオプションで付けてしまうと、予算がオーバーしてしまう。もう少し、もう少しなのに。
『金がないなら借金しろよ』
頭の中に突然、響く声。
その声はアリエルのものだった。
ショコラはかつてアリエル達のパーティに参加していた。その時にアリエルに言われた事を今思い出したのだ。
『そんな借金なんて出来ません』
『出来ないならパーティ抜けな』
『それにショコラの実績じゃ貸してくれる所なんてないですし……』
『まあ、全うな所は無理だろうねぇ』
『え?』
『全うな所が無理なら、闇金から借りればいーじゃん』
『やっ、闇金なんかから借りて、もし返せなかったら……』
『んなの、知らねーよ。出来ないんならパーティ抜けてもらうから』
『……』
バクバクと心臓が、高鳴るのをショコラは感じていた。
後、ちょっとだけ、ちょっとだけお金を借りれば、手が届く。
画面に表示されたローンを組む? というアイコンにふるふると指が伸びる。
ローンを組んで魔法を使うという行動は、本来実力者の使い魔〈サーヴァント〉達が馬鹿高い金額の高位の魔法を使うためにやる事だ。
実力の高い使い魔〈サーヴァント〉は十分な実績と信頼があるので、銀行が低金利でお金を貸してくれる。
しかし、一方でショコラのような弱い使い魔がローンを組んで魔法を使おうとすれば、非合法の金融機関を利用するしか手はない。
お金で強さが買える時代だけど、やっぱり弱い使い魔が背伸びをしてもいい事はないのもまた事実。
無謀な魔法に手を出して、破産した使い魔の顛末の中には身の毛もよだつような話が尽きない。
「……っ!」
ボタンを押す。
するとボンという効果音と共に、ライフルを持ったキューピットが出現した。
ホーリーライフル。ショコラが発動させた魔法の名前だった。
ホーリーマシンガンよりも、一ランク下の神聖魔法。
「きゅぴきゅぴ?(呼んだかい、壌ちゃん?)」
ライフルを持ったキューピットは、奇声を上げながら敵のMTTBに向かっていく。
「きゅっぴぃぃぃぃぃぃ!!(ヒャッハーッ、てめぇのケツに鉛弾ぶち込んでやるぜぇぇぇ!!)」
そして、手に持ったライフル銃をMTTBに向けてぶっ放す。
ドンという音と共に、ライフル銃から発射された光弾が着弾する。
顔の周りに、もくもくと煙が上がっている。
祈るような気持ちでショコラはその様子を見つめていたが、やがて目を伏した。
「きゅぴ……(ちっ、シケてるぜ……)」
MTTBの爪が振り下ろされ、キューピットは縦に引き裂かれ魔力の粒子となって霧散した。
まるで岩に針を刺すようなものだった。
ショコラの瞳からぽろぽろと大粒の涙が零れる。
それはきっと、己の無力感から溢れたものだったのだろう。
「あ……」
ドスという音と共に、MTTBの爪がショコラのお腹を貫いた。掲げるように突き立てられた爪は、ショコラの体を浮かびあがらせ、背中から突き抜けた先端は鮮血で真っ赤に染まっていた。
まず来たのは焼けるような痛み、次第に意識に霞がかかったように遠くなる。自分は死ぬのだと、おぼろげな意識の中でぼんやりとショコラは考えていた。
人狼型のMTTBはゴミを払うように、爪に刺さっているショコラの体を無造作に投げ捨てると、今度は木にもたれ掛るように眠っているリィリィの方へと方向を変えた。
「……くっ」
横たわりながら、その様子を目の端に捉えたショコラはぎゅっと奥歯を噛む。
まだ、何か出来る事は……。
目くらましでもいいから魔法の一つでも。そう思い、ショコラは薄れ行く意識の中で、ニャルラトフォンを手元にもってきて操作をする。
大量の出血により視界はぼやけ手元も覚束ない。
それ故に手元が狂い、普段開くことの無い迷惑メールのフォルダを開いてしまった。
ああもう、なにやってるの。
自分で自分を叱責する。ページを閉じようと、ボタンに手を伸ばした時、一通の未読メールが目に入る。
それは、ニャイチンゲール社からのものだった。
ニャイチンゲール社といえば、行きのバスの中でショコラがそれまでのニャンニャンメディック社から乗り換えた回復魔法の会社の名前である。
つまり、今使っているショコラの魔法はニャイチンゲール社から提供されている。日付を見ると、このメールが来たのは今日らしい。
なんで、そんな重要な会社からのメールが迷惑フォルダに……?
ぼんやりとした頭でそう思ったとき、ふと思い出した。
そういえば、この会社。一時期勧誘のメールがすごくて邪魔だったから、迷惑メールのフォルダに全部行くように設定していたんだった。設定変えとくの忘れてた。
ショコラは慌てて、その未読メールを開くと中身を読む。そして、そこに書かれていた内容を目にして目を見開いた。
「最上最高位の回復魔法の……試供品?」
そこに書かれていた内容は契約をした特典として、最上最高位の回復魔法ウルトラスーパーライトヒールが待ち時間なしの即時発動で一回使わせてもらえるというものだった。
魔法自体もメールに添付されている。
ウルトラスーパーライトヒールといえば、治癒師〈ヒーラー〉達の間でちょっと話題になったこともある魔法で、その理由は主に値段。
なんと一回の使用に百五十万もかかる。中位で五万高位でも十五万くらいが相場だった回復魔法としては桁違いの価格である。
最高位を越える最高位を目標に作られたそれは全ての傷を癒し、全状態異常を解除し、しかも効果範囲は味方全体(未指定の場合はパーティ全体)に及ぶという正に魔法のような回復魔法だったのだが、そのあまりの価格の高さから、誰がこんなの使うんだよ。
作った会社はアホなのか? とネットで袋叩きにあい、最上最高位(笑)などと蔑まされ、存在は忘れ去られていた。
そんな経緯のある魔法なのだが、どうやら試供品としてタダで配っているらしい。
ほんと、オンラインアイテムって価格の付け方がよくわからない。
「でも……」
今は、ありがたいと思う。
お願い。
祈るような気持ちで、ショコラが起動のボタンを押すと、辺り一体がぱぁっと光で包まれた。そして、その光が収まった時。
ドンッと重たい音と共に、リィリィへと向かっていたMTTBの体が吹き飛んだ。
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