30話 ショコラの困惑
「はっ、はっ」
荒い息をつきながらショコラは走っていた。
突然、あらぬ方向に向かって駆け出したルナを追いかけてミケも走っていってしまったので、残されたショコラとリィリィも追いかけざるを得なくなったのだ。
しかし、全力疾走の二人のスピードは凄まじいものがあり、残された二人の速度では、先行する二人の背中はすぐに見えなくなってしまう。
「はっ、はっ」
すでに、完全に息が上がっている。
まったく自分の体力の無さが嫌になる。
とにかく、追いつかなきゃ。その一心で足を動かす。
ショコラは二人が消えていった方向に向けて全力で追いかけていた。
「妙アルね」
「な、何がですか?」
ショコラの後ろをぴったりとついてきていたリィリィがポツリと呟くのが耳に入り、ショコラは走りながら後ろを振り返る。
すると、リィリィは腑に落ちないという風な顔をしながら周囲を見やると、
「樹海に霧が出る事はない事はないアルけど、こんなに濃い霧は異常ネ」
そう言う、リィリィの言葉にショコラははっとなって周囲を見た。
走るのに夢中になっていて気づかなかったが、森には深い霧が立ちこめ始めていた。
遠景が白く霞んでいるのはもちろんの事。
ちょっと手前ですらうっすらと白い帳が掛かったようで、見づらくなっていた。
「理由はなんなんでしょう?」
「不明ネ。でも警戒するアル」
「そうですね」
リィリィの言葉に頷く。
理由は分からないが、何か異常な事がこの森で起こっているのは間違いない。
といっても、警戒って具体的にどうしたらいいんだろう?
わからない。とりあえず出来る事といったら、木に衝突しないように走る事くらい。
その程度の有視界行動にも支障が出るほどに、霧は濃くなっていた。
しばらく進んだ所で、ガィンという金属同士がぶつかり合う音が聞こえてくる。
誰かが戦っている?
ガィンという金属音が聞こえる間隔は次第に短くなる。それは行われている戦闘が激しさを増している事を示していた。
「こっちです」
音を頼りに、その場所に向かうとショコラはその奇妙な光景に息を呑む。
そこは何か強大な力で森が切り開かれたように、切り株が並ぶちょっとした広場になっていた。
まず目に入ったのは中心付近に倒れる二人の猫影、アリエルとザクロの二人だった。生きているんだろうか。それとも――。
目の前の恐ろしい光景に、鼓動が早くなっていくのを感じる。
遠目から見ただけじゃ霧が濃いこともあってよくわからない。しかし、確かめようと近づくこともまた出来ない。
キィンと一際甲高く、音が響く。
「なんで……」
まさに異常としかいいようがない光景だった。
ショコラの目の前で、ルナとミケが本気の殺し合いをしていた。
お互い激しく動き回りながら、剣を打ち付け合っている。
そして、それがショコラがアリエルとザクロの元に近づくことが出来ない理由でもあった。
もし、アリエルとザクロの元に行こうとして、彼女たちの戦闘空間に足を一歩でも踏み入れてしまったら、自分はきっと殺されてしまう。
そう、易々と想像させてしまうくらいに、彼女たちの殺気は激しいものだった。
一体、何が起こっているのだろう。
「喧嘩アルか?」
「んなわけないじゃないですかっ!」
はっ、思わず声が大きくなってしまった。
仮に喧嘩だとして、喧嘩するほど仲がいいとは言うけど、これは明らかにやりすぎだ。
「あれ、こんな所に猫がいるよ」
「猫だ、猫だ」
気がつくと足元に小さな人型が十数人居て、ショコラ達を見上げていた。
それ以外にも、木の上からも気配があった。
「ねずみっ」
思わずショコラは後ずさる。某有名アニメに出てくるねずみのキャラクターのような大きな耳をつけた妖精達に囲まれていた。
「こいつ、猫のクセに鼠にビビッてるよ」
「うわっ、だっせぇの」
「猫のクセにねー」
キャハハハハ。と彼らの笑い声が響く。
「やれやれ、何かと思ったら。薄汚いドブネズミどもが、迷いこんだアルか。ここは神聖な森アルよ。ドブネズミには不釣合いアル。痛い思いをしたくなったら、さっさと立ち去るアル」
そう言うと、リィリィは低い声で語りかけるように何かを喋り始めた。
「凪の庭を遊び回りし風の子よ、
風繰り遊びを致しましょう、
風糸編んで作りしは鎌鼬の鏃の疾風の……や――――」
ドサリと話している途中で、リィリィが倒れた。
「リィリィさん!」
ショコラが慌てて、体を支えると首にぱっくりと傷が出来ていた。ドクドクと血が溢れて出てくる。
ショコラは急いで回復魔法のアプリを起動させると手を当てた。完全に治すは無理でも、止血くらいは出来るはず。
「口の利き方には気をつけなよ?」
「殺すよ?」
「うちら鼠の中でもエリート戦士よ?」
「窮鼠猫を噛むって諺知らないの?」
「呪文の詠唱なんてさせるわけないじゃん」
「声が出なきゃ魔法も使えないでしょ」
「次は頚動脈を噛み千切るよ?」
ニヤニヤと、某米国の有名アニメのねずみのキャラクターみたいな耳をつけた彼らは邪悪な笑みを浮かべている。
「あ……」
恐怖で足がすくんでしまって動くことが出来なかった。
それが悔しくて、情けなかった。
いくら、数が多いからって所詮相手はねずみ。相手の言葉を借りるわけじゃないけど、猫なのにねずみ相手にビビッてしまって動けないなんて。
「ねぇ、こいつ。幻術効いてなくね?」
「効いてないね」
「ほら、蜃気楼の幻術は化かす対象より弱い相手には効かないから」
「そうだっけ?」
「そうだよ」
「欠陥品じゃねーか。誰だよ、この魔法唱えたやつ」
「俺じゃねーよ」
「俺でもねー」
「つーか、これ貰いもんだし」
「そうだっけ?」
「あー、そうかも」
そうだ。そうだ。とねずみの妖精たちが一斉に頷く。
なにか幻術がどうとか話しているけど、あそこでルナとミケの二人が戦いあっているのがこの霧のせいだとしたら、もしかして原因はこのねずみ達?
「あの、この霧はあなた達の仕業なんですか?」
ショコラが恐る恐る訊ねると、ねずみ妖精たちの視線が一斉にショコラに集まる。
「そうだよ?」
「だったら、どうするの?」
「戦う?」
「ユー、戦っちゃう?」
「待て待て、猫〈サーヴァント〉とガチバトルはさすがにまずい」
「は? まずくねーよ」
「蜃気楼の幻術は化かす対象より弱い相手には効果ないんだぜ?」
「そうだっけ?」
「そうだよ」
「つまり何よ?」
「こいつB級未満のクソ雑魚って事」
「マジ? もしかして俺ら勝てんじゃん?」
「だから、そう言ったし」
「乱暴しちゃう?」
「エロ同人みたいに?」
「じゃあ、内臓引きずりだして喘がせようよ」
「いいね」
「いいね」
わいわいと、好き勝手な事を言いながら盛り上がるねずみ達に、ショコラは恐怖をかみ殺して、ぐっと孫の手を握る手に力を込めた。
もう、やるしかないんだ。
大丈夫、相手は所詮ねずみ。
勝てる。多分……。勝てるよね?
勝てるでしょ。勝てるに違いないんだから。
ぎゅっと口を噤み、自分に言い聞かせるようにショコラは頭の中で繰り返し唱えていた。
しかし、ねずみ達と戦う必要はなくなったとショコラはすぐに気づかされる事になる。
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