29話 霧の中の幻闘
「――っ!?」
なんか知らないけど、ヤバイ!
体中に怖気が走る。考えてる余裕はなかった。体の反応に任せてピンボールのようにとにかくその場から自分の肉体を弾き飛ばす。
「くっ」
しかし初動の遅さがあだとなった。
なんとか黒いモヤモヤから体そのものを逃がす事に成功はしたものの、右腕だけは逃がしきれなかったらしい。
黒いモヤが右腕に纏わりついている。
そして、そのモヤモヤはやがて吸い込まれるようにわたしの右腕の中に入っていった。
「――――つぅッ!」
突然、耐え難いほどの激痛がわたしの右腕を襲った。
まるで骨をぐちゃぐちゃに骨が砕けたみたいに腕全体がだらんと垂れ下がる。まったく力が入らない。
「はぁ――」
悲鳴をあげるかのような右腕の激痛に、わたしは肺の中の空気を一気に吐き出して、なんとか我慢する。
痛い、痛い、痛い――。思わず涙で出るくらいに痛い。
「はぁはぁ……」
駄目だ。こういう時こそ冷静にならなきゃ。わたしはそっと左手で力の入らなくなった右腕に触れる。
軽く触れただけでも針で刺すような激痛が走る。
わたしはそれに歯を食いしばり耐えると、とりあえず腕を揉んでみる。それから、腕を軽く動かしてみる。
別に怪我をしているわけじゃなかった。腫れてすらもいない。いたって健全そのものだ。もちろん骨折なんてしているわけもない。
これは、わたしの右腕が大怪我をしたと誤信号を送っているだけなんだ。
いわゆる幻肢痛〈ファントムペイン〉と呼ばれる類のもの。理由は分からないけど、原因は分かる。
あのどす黒い靄が入ったせいだ。
痛くない、痛くない、痛くない――。
必死に気のせいと自分に言い聞かせるが、痛みは引く所か、さらに強くなる。
「くっ」
先ほどと同じ真空波が飛んでくる。わたしは転がるようにしてそれをかわす。
頭を切ったのか、血が垂れてきて目にかかった。それを拭うとわたしは改めて敵の姿をみた。
MTTBは爪をまるでブレードのように伸ばしている。そして、それを振ることで真空波を発生させているのだ。
見た目は至って普通のMTTBウェアウルフ。容姿に特別な所はまったくない。
しかし、その中身はまったくの別ものと言わざるを得なかった。
MTTBが手をかざすと、再びあの黒い靄がわたしの周囲に出現する。
もう捕まるわけにはいかない。
黒い靄が満ちる前に、すぐにその場を離れる。
不意打ちでなければ問題なく回避できた。あの攻撃を過度に恐れる必要は無い。
相手ももはや黒い靄が当たる事はないと気がついたのだろう。
ブレード状の爪を振り回し、真空波を発生させながら距離を詰めてくる。
どうやら、斬り合いでカタをつけるつもりらしい。
「上等じゃないっ」
わたしは動かなくなった右手から、左手で無理やり刀をもぎ取ると、飛んでくる衝撃波を払った。
ガィンという鈍い音と共に、衝撃に体が弾かれる。
「っ?!」
先ほど、いとも容易く霧散させていたはずの真空波が今はガードするのが精一杯だった。
あれ、ちょっとまずいかも。
体勢を崩しながら、わたしは目をぱちくりさせる。
利き手じゃない方の手で剣を振るうのが、こんなに難しい事だとは思ってもいなかった。
剣筋はうまく立てられないし、いつもより重く感じられる。剣速は普段の半分以下、斬撃の鋭さに至っては比べるべくもない。
ヒュンと風を切ると音と共に、体勢を崩した隙を見逃さず敵MTTBがブレード状に伸ばした爪を、わたしの懐に潜り込ませてくる。
わたしは体を捻ると、ギリギリその突きを交わす。その際、爪がわき腹をかすったらしく鮮血が花を咲かせるようにパッと散った。
「……っ」
倒れそうになる体を足で踏ん張り辛うじて支えると、わたしは猫村正を振りかぶりそのまま、MTTBに向けて落とす。
攻めなければ、という意識が生み出した無意識の動きだった。たとえ半分以下の力しか出せないとしても、攻めに転じないとこのまま嬲り殺しにされちゃう。
金属同士がぶつかり合う鈍い音が霧で包まれた森の中に、断続的に響き渡る。
わたしの剣と相手の剣は辛うじて拮抗を保っていた。しかし、それは本当に辛うじてだ。
わたしの剣は振るう度に、相手によって受け止められてしまうが、片やわたしはといえば完全に相手の剣を受け止められてはおらず、受け止める度に微かに体勢を崩してしまっている。
外見は拮抗しているように見えても、中身には雲泥の差がある。
左手でもまだ剣速にはわたしの方が若干分がある為、今は手数の差でなんとかなっているが、それも疲労が溜まってきたらどうなるか分からない。
このまま剣の打ち合いを続けていれば、どちらが勝つかは明らかだった。
唯一勝機があるとするなら、もう一度あの時のように複数の斬撃を繰り出すことが出来れば……。
でも、出来るだろうか?
あの時の感覚は今はない。
すっかり忘れてしまっている。
閃きはあくまできっかけであり出来るという事実の提示に過ぎない。閃いたからってポンポン出来るようになるわけでもないらしい。
ほら、スポーツなんかでも、一人が今まで出来なかった技を出来るようになると、いきなり雨後の筍みたいに出来る人がポンポン現れたりするけど、そこに努力がなかったかといえばそうじゃないわけで。きっと閃きってのはあんな感じなんだと思う。
でも、今は悠長に練習している暇なんてない。
なんとかして、あの時の感覚を思い出さなきゃ。
敵の剣を受け止めながら、必死に考える。
暗闇の中で気まぐれなチェシャ猫のしっぽを掴むように、手を伸ばす。
そして確かに掴んだ。
ペルシャ猫のしっぽみたいな、ふかふかした閃きの光の一端を。
振り上げられたMTTBのブレードが今まさに、わたしの頭蓋に振り下ろされようとしていた。
それを受け止めようと切り上げる、わたしの刃が微かにぶれる。
ガィンガィンと不自然な二回の衝撃が振り下ろされようとしていたMTTBのブレードを弾いた。
一撃目は微かにブレードを打ち上げただけだった。
しかし、その直後に訪れたもう一回の斬撃により、相手のブレードは大きく後ろに持っていかれることになった。
二重の剣戟により、敵MTTBの体勢は大きく崩れ、胴ががら空きになる。
やった出せた――。
意図して技を出せた事に、思わず舞い上がりそうになるが。すぐに、気を引き締める。
長い剣のぶつけ合いの中で、やっと訪れたわずかな隙。
この勝機を逃さず、この一撃でこいつを殺す。
わたしは殺気を込めなおすと、がら空きの胴に向かって刀を振り下ろした。
「っ!?」
その時だった。
フラッシュしたように、眩〈まばゆ〉い光が辺りを包む。
突然、視界がホワイトアウトした。
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