22話 ショコラとアリエル
「あ、ちょっとクエスト参加の猫ですね?」
「え、あ、はい」
わたし達が広場に入ると、耳の長い猫の女の人が声を掛けてきた。緑を基調とした服と色素の薄い金色の髪。全体的に不思議な雰囲気がある。
「ネコエルフだ」
「ねこえるふ?」
わたしが聞き返すと、ミケが小声で説明してくれる。
「この森に住んでる猫達だよ。彼女たちがこのクエストの発注主だな」
「へー」
わたしがまじまじと見つめていると、ネコエルフはにっこりと微笑みを湛えながら「どうぞ、こちらへ」とテントの一つへとわたし達を誘導する。
「こちらで受付を済ましてください」
テントでは、やはり同じような格好のネコエルフがラップトップ型の電子端末を操作しながら受付をやっていた。
「受注の確認を致しますので、クエスト画面の御提示をお願いします」
言われた通りに、ニャルラトフォンにクエストの画面を表示させ、それをネコエルフの女性に提示する。
彼女はニャルラトフォンと、自分の手元の端末と、わたし達の顔を交互に見ると、カタカタとキーボードを叩く。
「はい、確かに。本クエストを受注してくださった家猫同盟さまですね。しばらくしたら説明がありますので、向こうで適当にお待ちください」
そう言うと、受付の女性は向こうの使い魔たちがたむろしている方を示す。わたし達は言われた通りに、その集団に合流する。
「うわぁ、結構多いね」
「さすがに、屈強そうな猫達ばかりですね」
わたしがキョロキョロとあたりを見回しながら言うと、ショコラが尻込みしたような声音で追随する。
ショコラの言う通り、広場にいる猫達はいかにも歴戦の戦士といった感じの者が多かった。
体の大きな剣士や、怪しい目つきの魔法使い。みな独特の雰囲気を漂わせている。そんなパーティが十数組ほど集まっていた。
「えへへ、俄然わくわくしてきたね」
「うぅ、ショコラは不安になってきました」
「ま、大丈夫だって」
わたしは不安そうなショコラの肩をポンと叩く。もちろん根拠はない。
「俺とルナで守りながら戦うから心配しなくていい。ショコラは回復に専念してくれればいいから」
ミケの言葉に、わたしも頷く。
「そういうこと、だから安心して」
「はい、そうですよね」
頷くと、ショコラは手に持った孫の手をぎゅっと握り締める。まだ、ちょっと緊張しているみたい。まあ、無理もないのかもしれない。
まともに戦った事もあまりないらしいからね。
一方のわたしはというと、この場に流れている穏やかな雰囲気の中に紛れている高揚的な空気にショコラとは違う意味で胸がドキドキしていた。
「――――っ!?」
その時、突然ビクッと体が反応する。
あたりを見回すが、特別変わったことは無い。
「?」
気のせい? 誰かに見られているような気がしたのに。
むぅと目を凝らすが、やはり何も見つからない。おかしいな。今のは確かに殺気だったと思うんだけど、それらしいものは周りには見当たらない。こちらに注意を払っている猫もいない。
「やっぱ、気のせいか」
釈然としないが、気分が舞い上がっているせいで過敏になっていただけかも知れない。
もしくは、飼い主さまの猫アレルギー原因となっている魔物の気配でも感じ取ったのか……。
いやいや、落ち着けわたし。と逸りそうになる気持ちを落ち着かせるように深呼吸していると、
「あっれー、ショコラじゃん」
女性の声で声を掛けられた。わたしにではなく、ショコラに。
「もしかして、このクエストに参加するつもりでは?」
「マジでっ!? クソ雑魚ナメクジのショコラが?」
「でも、〈らしい〉ですよ」
「うっそー、マジ、超ウケるんだけどー」
目の前には、少女の二人組みがニタニタとした笑みを浮かべながら立っていた。
一人は長身にピンク色の髪を靡かせ、派手な化粧をしている。服装もシャツに超短いミニスカート、背中にはぶっとい抜き身の大剣を差している。
いわゆるギャルって奴だ。
もう一人はショートカットに浴衣を着ている。口ぶりからすると、ショコラの知り合いらしいけど。ショコラは怯えた表情からして、多分いい知り合いじゃないと思う。
「知り合い?」
ショコラに訊ねると、少し時間を置いてから、
「前にパーティに入れてもらった事があって、アリエルとザクロです」
ショコラは搾り出すような声で言った。ちなみに、ギャルの方がアリエルで、浴衣の方がザクロである。
アリエルはひとしきり笑った後、さえざえとした顔を作りショコラを見る。
「で? あんたさぁ、本当にこのクエストに参加するつもりなの?」
「わ、悪いですか?」
「悪いよ」
アリエルの冷え切った声に、ショコラがビクッと体を震わせる。
「あんたみたいな弱いのにウロチョロされると目障りなんだよね。分かったら消えてくれない?」
「し、ショコラは……」
「家猫のあんたをパーティに入れてやった恩を忘れて口答えするわけ?」
「……」
ショコラが言葉に詰まり、黙り込む。
「分かったら帰った方がいいらしいですよ」
ザクロが追い討ちをかけるように言った。
「ちょっと!」
黙って聞いてればなんなんだこいつらは、どうやらショコラの元パーティメンバーのようだが、それにしたって言ってる事がひど過ぎる。
わたしが口を挟むと「あ?」という態度で、アリエルの顔がこちらに向く。そこで、初めてわたし達の存在に気がついたのか、困惑が顔に浮かんだ。
「は? 何、あんた?」
格好はギャルだが、中身はレディース組織の総長のようだ。
「わたしはルナよ」
「名前なんて聞いてないんだけど、てかマジ何?」
「ショコラは、今はわたし達の仲間なの。わたし達家猫同盟のね。だから馬鹿にしたら許さないわよ?」
「家猫同盟~?」
アリエルが眉を寄せる。
「そう、わたし達のパーティ名」
「もしかして、あなた達全員家猫らしいですか?」
「家猫ですが、何か?」
ザクロの問いに、わたしはにっこりと微笑み返す。そんなわたしにアリエルは「はっ」と噴出すように大きく息を吐いた。
「うわー、家猫とかないわー。マジないわー。家猫ってあれでしょ。ニートでしょ?」
「は? ニートちゃうわ!」
はっ、思わず関西弁で突っ込んでしまった。こいつは全然分かってない。
家猫にはご主人様に癒しを提供するという立派な仕事があるのだ。
疲れてきた時には、擦り寄ってみたり、お腹を撫でてもらったり、お顔をなめなめしたり、時には一緒にお風呂に入ったり、話し相手になったり、一緒に寝たりと結構忙しいのだ。そこらへんの水商売の女より忙しいっつーの。
ね、そうだよね。ショコラ?
同意を求めるように、ショコラを見る。
「ニートでごめんなさい」
「ええっ!?」
まさかのショコラの裏切り。え、家猫って結構忙しくない? いや、たしかに一日十四時間くらい寝てるけども。
「なるほど、わかったわ」
わたしがわたわたしていると、アリエルが口角を上げる。
「つまりあれでしょ? 雑魚同士傷を舐めあってんでしょ?」
「傷を舐めあう、秘密の傷を舐めあう。きゃっ、エロらしからぬ発言です~」
なんか、ザクロが浴衣の袖を振り振りさせて悶えている。え、何言ってんのこの猫。
わたし達は呆然と彼女を見つめていたが、アリエルが居住まいを正すように、人差し指で自分の額を押さえた後、
「えっと……、ともかく雑魚は帰れって事よ」
「え、ああ、うん。って冗談じゃないわよ!」
本当にそうだ。思わず場の空気に流されそうになってしまったが、これは看過できない。
ショコラの名誉の為にも、わたしの名誉の為にも、ついでにさっきからこのやり取りを死んだ魚のような目をして眺めているミケの名誉の為にも。
わたしはここで引き下がるわけには行かない!
「家猫は雑魚だから、帰れって言うの?」
「よくわかってんじゃん」
「家猫は雑魚なんかじゃないわ。それを証明してあげる」
「へえ、どうやって?」
わたしはアリエルに、人差し指を突きつける。
「勝負しましょ。どっちがより多くMTTBを狩る事が出来るか。こっちが勝ったら、もうショコラの事、家猫の事を馬鹿にしないって約束して」
「ふぅん、別にいいけど。私達が勝ったら何してくれんの?」
アリエルの言葉に、わたしは猫村正を腰からはずしアリエルに向かって掲げる。
「この、猫村正をあんたにあげる」
「ちょっ、ルナさん」
「ショコラは黙ってて!」
ショコラが割って入ってくるのを、静止する。
「さあ、どうするの?」
わたしの問いかけに、アリエルは目を細めた。
「刀ねぇ、そんな貧弱な武器貰ってもマジしょうがないけど、まあ、売るくらいは出来るか……。いいよ、じゃあその条件で勝負してやるよ」
「言ったわね。絶対約束守ってもらうんだからね! 後で知りませんとか言ったら、針千本飲ましてから達磨にして河川敷に流すわよ」
「河川敷には流せないだろ、常識的に考えて……」
「うっさい!」
ミケの呟きに、ピシャリと言論封殺の札を貼る。
「とにかく、約束忘れないでよねっ」
「ま、勝てたらね。まず、ありえないと思うけど」
アリエルは不敵に笑う。そして、体を反転させた。
「ま、せいぜい頑張れば? あんまり差がつき過ぎると、マジで弱いものイジメみたいになっちゃうからさ。ほら、ザクロもいつまでも悶えてないで行くよ」
「え、終わったらしいですか?」
「このクエスト終わったら剣一本くれるらしーよ」
「そうらしいですね」
そんな事を話しながら、意気揚々とアリエルとザクロが去っていく。
すでに勝った気でいるようだ。勝った気になっている相手を見ていると、負けた気になるので見るだけ損だ。さっさと視線を外そう。
「すみません。ショコラのせいでルナさんの大事な刀が……」
申し訳なさそうに、ショコラがわたしを見つめている。
「あ、いいんだって。啖呵切ったのはわたしだし、それにこれはショコラだけの問題じゃないんだから」
「でも……」
「大丈夫、大丈夫。勝てばいいんだから。ね、簡単でしょ」
「そんな能天気な――」
わたしがウィンクしながら、人差し指を立てる姿を見てショコラはミケに助けを求めた。
「ミケさん、いいんですか」
ショコラに言い寄られたミケは「ああ」と気の無い返事を返すと、
「負けなければ問題ない。そんな事より、そろそろクエストの説明が始まるみたいだぞ。俺たち以外の組はもう行っちまった」
「うそっ、じゃあわたし達も急がなきゃ」
「あー、お前が遊んでるから」
「わたしのせいなの?!」
確かにミケの言ったように、あたりにいた猫達の姿が消えていた。みんな説明会会場の方へ行ってしまったのだ。
どうやら、説明は森の入り口の方で行うらしい。
なら、わたし達も遅れるわけにはいかない。わたしは慌てて猫村正を腰に差しなおすと、森の入り口の方へと歩き出す。
「あの……」
「ほら、ショコラ早くしないと置いてっちゃうよ」
わたしは一人、足を止めているショコラを振り返ると、手を振って呼び寄せる。
「あ、はい!」
ショコラは返事をすると、ぱたぱたと足早にこっちに来る。ショコラが追いつくのを待ってからまた歩を進める。
「ショコラ、この猫たちについていけるかな……」
「ん、何か言った?」
「いえ、なんでもないですっ」
ショコラは何か言ったような気がして聞き返すが、ショコラはブンブンと手を振るばかりだった。
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