20話 血雨
夜の裏通り。
酒に酔い赤い顔の数十人の集団が、うだうだと管を巻きながら歩いている。
「クソッ、なんなんや、あの女絶対許さへんっ」
その集団の先頭を歩く男は吐き捨てるように言うと、苛立たしそうに地面を蹴る。
それは、先ほどの酒場でルナと言い合いをした関西弁の男だ。
男はひどく酔っているらしく顔を紅潮させ、足元も覚束ない。
「兄貴、ちょっと飲みすぎじゃ」
「五月蝿いんじゃ、ボケェ!」
舎弟の男が宥めようと背中を擦る手を払いのけると、宙空を睨みつける。そこに見えているのは、あの家猫どもの顔だ。
あのクソ生意気なメスガキ共の顔を必ず絶望で染めてやろう。そして、女として生まれてきた事を後悔させてやるのだ。
「クッ、ククク」
男の口元に、暗い哄笑が浮かぶ。
そして、あわよくばあの青臭い勇者共にもヤキを入れてやろう。
決して不可能ではない。男のパーティはネコソギシティ周辺を活動の拠点としているパーティの中でも、かなり規模が大きい方に入る。
そして、その功績から一目置いている者も多いはずだ。個の実力では敵わずとも全員で連携を取れば、決して奴らにも負けることはない自信があった。
だからこそ、公衆の面前で恥をかかせ面子をつぶしたあの女どもを許すことは出来ない。明日になったら、居場所をつきとめ全員で一斉に襲う。
カタは一瞬でつくだろう。そして、泣き喚き助けを請う姿を肴に酒を飲む。
もちろん助けるつもりなどない。
じわじわと精神を壊し、犯し、心を壊してから首をはねる。その時、女どもは心底自分に感謝するだろう。
殺してくれてありがとう、と。
完璧じゃないか、我が作戦は。
男は上機嫌になると、男の後ろをついてきている数十人の男たちを振り返ると声を上げた。
「おい、お前ら。もう一軒行くで!」
男の声に「ウェーイ」という声が返ってくる。至極扱いやすい奴らである。金と酒と女さえ与えておけば言う事をきく。
男は満足げに頷いた時、肩にドンという衝撃が走った。
「あん?」
見れば、前から歩いてきた男の肩がぶつかったらしい。しかもぶつかってきた男は何食わぬ顔で通り過ぎようとしている。
「おいあんさん。ちょい待てや」
鋭い声を背中に飛ばすと、その男がピタリと足を止める。
「ぶつかっといて、ごめんなさいの一言も無しかいな」
ゆっくりと振り返った男の目には何一つ感情が入っていない。
なんやこいつ?
男は不審に思ったが、それ以上に馬鹿にされたという感情が勝った。
「おい、兄ちゃんよ。ぶつかったら謝るんが筋やろ。怪我したないなら、謝れやボケが! 侍の格好なんてしおって、今時流行らんでそういうんは」
その男は着物に袴、そして腰には日本刀を差している。白い髪からおそらく白猫だろうと思われる侍はユラリと霊のような動作で向き直ると、ぼそぼそとした声で呟く。
「――たいんだが」
「あ?」
「一つ訊きたいんだが、女を知らないか? 長い黒髪の黒猫で日本刀を持っている女だ」
「女ぁ? 長い黒髪で日本刀って。もしかして、あいつか?」
「知ってるのか?」
侍然とした男の目に一瞬光が宿ったように見えた。理由はわからないが、この男もあの女を捜しているらしい。しかし、男には関係の無いことだった。それよりも重要な事がある。
「知らんわ。仮に知ってたとして、なんでお前に教えなあかんねん。それよりもや、さっさと謝れ! 謝罪しろ! 土下座や。土下座せんかいボケェ!」
「……」
男は完全に無視を決め込んでおり、怒鳴り声だけが空しく裏路地に響く。
「なるほどな。よーくわかったわ。おい、お前ら!」
男がさっと手を翳すと、白髪の男を取り囲むように数十人の男たちが動く。密度の濃い殺気が裏路地に充満する。
「楽しい楽しいお勉強タイムや。フクロにしたれ」
男たちは剣や斧といった各々の武器を手に持ち、敵に向ける。
「やれや!」
号令を発すると、男たちが一斉に襲い掛かった。
おおおおおっ。という激しい怒号が周囲を支配する。時折、金属同士がぶつかり合う甲高い音も聞こえてくる。中ではあの男はぐちゃぐちゃのミンチになっているだろう。
全く逆らわなければ、こんな目に遭わずにすんだであろうに愚かな奴である。
「兄貴ぃ!」
さあ、泣け。叫べ。男は中の様子を妄想し、唇の端を跳ね上げる。
「兄貴ぃ!」
「あん?」
なんや、折角いい気分だったのに。その声で現実に戻されてしまった。
「なんやねん。うるさいで」
「あ、あれ……」
「あれ?」
指を指した方を見る。そして目を見張る。今ごろ、男たちに蹂躙されミンチに……なってはいなかった。
「な、なっ……」
煌く発光が、次々と男たちの体を解体していく。それは男の剣だった。尋常ならざる速さの剣が、周囲の男たちを次々に切り刻む。
血しぶきが血の雨となり足元に血溜まりを作っていく。その血溜まりを跳ね上げながら、口元に哄笑を浮かべ解体作業を続ける悪魔が目の前に居た。
ほんの数分も経たないうちに、あたりは血の海となり原型のない肉塊が転がるのみの地獄と化していた。
多数の死体から流れ出た血が、手を伸ばすように石畳をつたい男の方へと伸びてくる。
「う、うわああああああああああ!」
「あ、おい、待てや」
しかし、次の瞬間首が飛んでいた。
男の顔に血しぶきが掛かる。
馬鹿な、先ほどまで向こうに居たはず。
なぜ反対側に逃げた男の首が飛ぶ?
なぜ男がこちら側にいる?
まさか、一瞬の内に移動したのか。
男が元々立っていた場所を見れば、魚が水面から跳ね上がった時の水しぶきに似た血しぶきが残っていた。
それは、男が跳躍し、反対側へ移動したことを示していた。
なるほど、一瞬で移動したように見えたのはジャンプしたかららしい。
だが、問題はそこじゃない。
問題は見えなかったことだ。いずれにしても速過ぎる。
「な、なんなんや。なんなんや。お前えええええええ!!」
舎弟の首を跳ねた男は、残った胴体を無造作に突き飛ばすと、ユラリとした動作でゆっくりとこちらに歩いてくる。
「はっ、はっ!」
なんなんだ、なんなんだアレは。本当にあれは、猫なのか。荒い息をつきながら後ずさる。
「うわっ」
しかし、何かに引っ掛かって尻餅をついてしまった。
「あ、あああ……」
男はそれを見る。それは、男のパーティメンバーであり、部下であり、さっきまで一緒に酒を飲み交わしていた仲間であり、ただの肉塊。
「うっ、うわわあああああああああ!!」
手についたぬるぬるとした感覚に、男は絶叫する。
「もう一度訊く。女の居場所を知ってるか?」
「お、おんな」
ここは考えどころだ。ここで返答を間違わなければ見逃してもらえるかも知れない。いや、そうに違いない。違いない!
「女なら、英雄猫の店の酒場におった。本当や!」
「そうか」
「そう、そうなんや。ほら言ったで。頼む、見逃してくれや」
「そこはもう見た」
「なっ」
男の顔に絶望が張り付く。
「鮮血に舞え――――」
最初は手首から先が無くなった。次に足。次に胴が無くなった。グラリと視界が傾き地面へと落ちる。
生ぬるい赤い液体に浸かりながら、最後に男の赤い視界が捉えたのは、血に酔い、狂気に満ちた男の瞳だった。
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