112話 猫の一番かわいい写真の撮りかた
早速、チグリスにペパナプフラワーの作り方を教えてもらう事にした。
チグリスが手本の為に作る様子を横目で見ながら、わたしも追いかけるように見よう見真似で作っていく。
「まずは、ペーパーナプキンを五枚程度重ねて、それを蛇腹に折っていくの」
わたしは言われた通りに、テーブルに広げられていた淡いピンク色の薄いペーパーナプキンを五枚くらい手に取ると、それを重ね揃えてから丁寧に蛇腹に折っていく。
「終わったら、中心を針金で留めて」
「針金で留める……」
蛇腹折りを繰り返し細長い形になったペーパーナプキンの丁度中心に針金を巻きつけると固定する。
「出来たよ」
「じゃあ、今度は端っこを丸く切るの」
「ほいほい」
チグリスがやったのを真似しながら、細長い形状のナプキンの両端を鋏で丸く切った。
「後は、一枚一枚花びらっぽくなるように剥がしていくだけ」
「こんな感じ?」
「うん、そんな感じ」
扇状に広がった両端の重なったペーパーナプキンを一枚一枚剥がしていく。すると、剥がされたペーパーナプキンがふわふわと花びらのように膨らんだ。
「後は適当に形を整えたら出来上がり。ね、簡単でしょう?」
すべて剥がし終えて形を整えると、見事にペーパーナプキンで出来た花が咲いた。
チグリスが作ったものに比べると、まだちょっと不恰好だけど、とりあえずは一応花の形にはなっている。
「確かに、難しくはないわね。作り方もわかったことだし、じゃんじゃん作るわよ」
「ふふ、よろしくね」
わたしが意気込むと、チグリスが微笑を浮かべた。
というわけで、作り方も分かりわたし達は黙々と、まるで灰を撒くようにテーブルの上に紙の花を咲かせていった。
「ねぇ、チグリス」
「え、なぁに?」
「これ、ちょっと髪につけてみてもいい?」
しばらくそうして作業をしていたが、わたしは出来上がったばかりのチグリスの髪の色と同じ栗色の花を両手に乗せてチグリスに声を掛けた。
「髪に? どうして?」
チグリスが不思議そうに、その花を見つめながら首を傾げる。
わたしは手に持った栗色の花を擦りながら、
「実はこの花、チグリスの髪に似合うかなって思って作ったの。ほら、ずっと同じ作業の繰り返しだと飽きるでしょ。だから、テーマを設けて作ってたの」
「ふぅん、そういう事ならいいけど」
「ほんと、じゃあ」
立ち上がると、わたしは作ったペパナプフラワーをチグリスに着ける為に彼女の柔らかいウェーブのかかった栗毛に触れた。
一本一本が細くて、綿飴のようにふわふわしている。
「うわっ、チグリスの髪ってすごい柔らかい」
見てるだけでも思ったけど、触るとよりそれがわかる。
わたしが手のひらでチグリスの髪の毛を弄びながら言うと、チグリスがくすぐったそうにしながら言った。
「私ってチンチラの血が入っているみたいなの。どうも祖母がチンチラだったらしいわ。昔、母が自慢気に野良猫仲間に話しているのを聞いた事があるから」
「チンチラって富豪がよく撫でてるやつだよね」
「そのイメージはどうかと思うけど、そうね」
「いいなぁ、わたしの髪はパパがアビシニアンだからなのかわからないけど、毛質固めだから
、チグリスみたいに柔らかいウェーブ掛かった髪って憧れるなぁ」
「言うほどいいものじゃないわよ。長毛種なんて。手入れは大変だし、雨の日なんて本当に爆発しちゃって大変なんだから。ルナちゃんみたいにストレートな艶髪の方がむしろ羨ましいわ」
「まぁ、確かに手入れは楽だけど」
毛繕いとか面倒くさいから、あんまりやんなかったけどなんとかなってたし。そもそも、飼い主さまがよくブラッシングしてくれるからそれで事足りてたって事もあるけどね。
「あ、ついたよ」
そうこう話している内に、ペパナプフラワーをチグリスの髪に着ける事が出来た。
「うん、よく似合ってる」
チグリスの栗色の髪に、栗色の花がよく馴染んでいる。同系色だから派手さはないけど、調和が取れていて我ながらよく出来ていると思うのだ。
「そうかしら? でも自分じゃ見えないわね」
「ちょっと、待って」
わたしはパジャマのポケットからニャルラトフォンを取り出すと、カメラを起動させてパシャリと一枚撮る。
それをチグリスに見せる。
「……えっと」
それを見たチグリスがちょっと複雑な顔をした。
「え、どうかした。似合ってなかった?」
「いや、そうじゃないのだけど」
何が言いたいんだろうと思って、チグリスに向けていたニャルラトフォンの画面を改めてマジマジとよく見る。
チグリスも体を乗り出すと、画面を指差して言った。
「ほら、目瞑ってる」
「あ……」
見ると、画面に映っているチグリスはばっちりと目を瞑っていた。
「い、いや。まぁ、でも花が似合ってるかどうかが分かればいいわけだし?」
目を瞑ってても問題ないのでは?
「駄目に決まってるじゃない。写真として論外過ぎるわ」
「あ、じゃあこうしたら?」
わたしは写真の加工ツールを起動させると、目線の所に一本黒い棒を入れる。
これなら、目を瞑ってても問題なし。わたしって賢いっ。
「これじゃ犯罪者じゃない」
「うっ……」
チグリスは、はぁとため息をつくと、
「ルナちゃんって、もしかして写真撮るの下手なの?」
「それは……、撮られる事はあっても撮る事なんて滅多にないし……」
なのでうまいも下手もないと思う。ついこの間まで猫にカメラな状態だったわけだし。
わたしが目を逸らしていると、チグリスがふむふむと口元に手を当てて頷くと、
「わかったわ。私がルナちゃんに可愛い猫の写真の撮り方を教えてあげるっ」
「え、いや、別に……」
「ううん、一般教養として可愛い猫の写真の撮り方くらい知っておくべきだもの。安心して、やさしく教えてあげるから」
「あの……」
「じゃあ、早速始めましょうか」
「う、うん」
なんか勢いに押されて頷いてしまった。
「じゃあ、まずはルナちゃんの頭にも花をつけましょう」
そう言うと、チグリスがテーブルの上からクリーム色のペーパーナプキンで作られた花を手に取る。
「ルナちゃんの髪は黒よりの紫だから、補色は白よりの黄色という事になるわね。補色というのは正反対の色の事。同系色で纏めるのもいいけど、補色にはお互いの色をより際立たせる効果があるの。だから今回はクリーム色の花をつけるわね」
そう言うと、チグリスはクリーム色の花をわたしの頭に乗せた。
「あぅ……」
「ちょっと、耳をピョコピョコ動かさないで、着けられないわ」
「だって……」
わたしは上目をチグリスに向ける。
「なんか、チグリスの手つきやらしいんだもん」
っていうか、髪につけるだけなのにさっきから猫耳の方をちょいちょい触ってるのはなんなのだろう。
「やらしいって思う方がやらしいの。ほら我慢して」
「うん……」
言われた通りに我慢するが、それからもチグリスはさっさと着ければいいのに耳に触れたり髪を擦ったりしていた。
「はぅっ?!」
ふぅっと猫耳に息を吹きかけられて、思わずビクンと体を震わせる。それから、チグリスをむぅと睨み付けた。
「わざとやってるでしょ?」
「あら、ばれた?」
チグリスがクスクスと笑う。
いやもう、割りと最初から気づいてたけども。
「ルナちゃんって頭が弱いのね」
「それは、馬鹿って事ですか?」
「ううん、そうじゃなくて――」
言いながら、チグリスがわたしの頭をなでなでする。
「はぅ……」
わたしは顔を赤らめると、ほぅっと脱力してしまう。
「ほらっ」
楽しそうにチグリスが言うのに、わたしは目を細めてみると、
「べっ、別に、普通でしょ」
猫ならみんな頭撫でられるのは好きだと思うけど。
「えー、そうかしら?」
チグリスはにやにやと目を細める。
「ほら、ついたわ」
そうこう話している内に、わたしの頭に花をつけ終わったらしい。そう言うと、チグリスは手を離した。
チグリスはポケットから自分のニャルラトフォンを取り出すと、
「じゃあ、撮るわね」
そう言って、カメラを起動させる。
「まず、気をつける事はフラッシュは焚かない事。猫の目は採光能力が高いから、強い光を浴びせるとびっくりしてしまうし、目が光ってしまったり、時には病気になったりしてしまうから。それからカメラは猫の目線の高さに合わせるの」
そう言うと、チグリスはわたしの前に携帯電話のカメラを持ってきた。
「へー、そうなんだ」
っていうか、可愛い猫の写真ってもしかしてリアル猫の話してない?
人間の姿をしてる今のわたし達には、あまり関係ないんじゃ。
可愛い猫の写真の撮り方を習っても、ヤマネコさんを撮る時くらいしか役に立たないんじゃ。
そう思ったがノリノリのチグリスの前では言い出せない。
「カメラが準備できたら、とにかく猫をリラックスさせてあげるといいわ」
「え、ちょっと、チグリス!?」
そう言うと、チグリスが突然ギュッと抱きついてきた。
すごいふかふか。
「リラックスさせるには、猫の気持ちのいい所を触ってあげるといいわね。例えば、ルナちゃんなら、耳の付け根とか」
息が掛かるくらい耳元でそう言うと、チグリスはわたしの頭に手を乗せて髪の毛をくしゃくしゃと触ったり、猫耳を摘んだりする。
「あ、そこ……」
やばい、気持ちいい。
なんだか、甘えたいスイッチが入りそう。
「後は、首回りなんて鉄板よね」
そう言うと、今度は首の辺りを羽毛のように軽いタッチで撫でてくる。
ああ、そこも気持ちいい。力加減が絶妙過ぎ。
この女、猫の扱いを熟知してやがる。
「どう? リラックスできたかしら?」
チグリスは体を離すと、わたしに訊ねた。
「はぁはぁ。なんかリラックスっていうか、むしろドキドキしてきたような気がするんだけど」
「そう、じゃあ、もう一回ギュッとする?」
「あ、いや、もう落ち着いてきたから」
「うふふ、これを業界用語でリラックスって言うのよ。とっても、いい顔になってきたわ」
「そ、そう?」
なんか違うような気がするんだけど。
「じゃあリラックスした所で、パジャマのボタンをいくつか外してはだけさせてみましょうか」
「え、でも……」
「ルナちゃん、お願いっ。これも可愛い猫の写真を撮る為に必要な事なのっ」
「本当に?」
「本当よ。とっても重要な事なの。この一手間でプロの仕上がりになるんだから」
「わかった。ちょっとだけだよ」
これも可愛い猫の写真を撮る為に必要な事なんだよね。
自分に言い聞かせると、パジャマのボタンの上の方をいくつか外していく。
「うんうん、そのくらいが見えそうで見えない丁度いい塩梅ね」
チグリスは満足げに頷くと、
「じゃあ、今度は床に四つんばいになって」
「え、なんで?」
「だって、これは可愛い猫の写真を撮る勉強だもの。猫は四足でしょう?」
「そっ、そっか」
確かに猫の撮影の勉強をするなら四足にならないと、確かに筋は通っているような気がする。
「えっと、四つんばいになればいいの?」
「ええ」
「うーん……」
なんか乗せられてる気がするんだけど。
そう思いながら、床に四つんばいになる。
「これでいいの?」
「うーん、もうちょっと体を反らせて。ルナちゃん雌豹のポーズって知っているかしら?」
「雌豹のポーズ?」
「さすがに、知らないか」
首を傾げるわたしに、チグリスは「こーして、あーして」と呟きながら、わたしにポーズを付けていく。
そうして、四つんばいに体を反らして見上げるようなポーズが完成した。
「これでいいの?」
「うん、とっても可愛いわ。後は表情ね。ご飯を前に待てをされたけど、なかなかよしと言ってもらえずに飼い主を恨めしそうに見る犬のような表情でカメラを見るの」
どんな表情なのそれ。
「こんな感じ?」
「そうそう、じゃあ写真を撮るわね」
そう言うと、チグリスはニャルラトフォンのカメラを向けるとパシャリと写真を撮った。
そうして、わたし達は席に戻ると、チグリスが撮った写真を鑑賞する。
「ほら、すごいよく撮れているわ」
そこにはうるうるした目で、四つんばいに見上げるようなわたしの姿が映っていた。
これって、いい写真なのかなぁ。
「ねぇ、チグリス。ちょっとこれってエッチ過ぎるような……」
「そんな事ないわ。これを業界用語では可愛いって言うのよ」
「ほんとなの、それ……」
「本当よ。うん、可愛い可愛い」
「そ、そうかな」
そう言われると、なんかそんな気がしてきたかも。
えへへと照れ笑いをしながら、わたしはチグリスが頭につけてくれた花を擦る。
「じゃあ、とりあえずこの画像は保存してっと」
チグリスは自分のニャルラトフォンの画面を数回叩くと、
「今度はルナちゃんが実践する番ね」
机の上に置いてあった、わたしのニャルラトフォンを手に取るとわたしに握らせた。
「え?」
「え? じゃないでしょう。習った事は自分で実践してやっと身につくんだから」
「あ、そっか、じゃあハイチーズ」
わたしがカメラを構えると、チグリスが「待って」と待ったをかける。
「ちゃんと最初からやらなきゃ、駄目」
「最初からって?」
わたしがキョトンとしてると、おもむろにチグリスが羽織っていた羽織もののボタンを外すとストンと床に脱ぎ落とした。
キャミソール型のネグリジェの姿になると、肩紐を片方外して肩口をはだけだせると、頬を桃色に染めながらわたしを上目遣いで見てくる。
あ、最初からってそういう――。
わたしが彼女の意図するところに気づいてどぎまぎしていると、
「うふふ、ルナちゃんがどうやって私をリラックスさせてくれるのか楽しみ」
そう言うと、チグリスは楽しそうに目を細めた。




