109話 使い魔の地味なルール
「ちょっと、何勝手に言ってるんですか。ショコラは試着するだけだって……」
ショコラが抗議の声を上げるが、それはチグリスの嬉しそうな声によってかき消された。
「ほんと! 嬉しいっ。じゃあ、私ギターラで『猫踏んじゃった』弾くわねっ」
「なんで猫踏んじゃったなの……」
「あ、あの……」
ショコラは何か言いたそうな顔をしていたが、ニコニコとしたチグリスの笑顔を前にモゴモゴと口を動かすだけで言う事が出来ないようだった。
わたしはショコラの耳元に口を寄せると、
「まあ、いいじゃない。あんなにチグリスも喜んでくれてるんだし」
小さな声で囁く。同じように、ショコラもわたしの耳元に口を寄せると小さな声で囁く。
「そりゃ、チグリスさんは喜びますよ。あんな官能的な格好でショコラ達が踊るなんて言ったら喜ぶに決まってるじゃないですか」
え、そこまで断言しちゃうんだ……。ショコラの中でチグリスの評価ってどうなってるんだろうと、疑問に思った瞬間である。
「で、でも。まあ、喜んでくれてるわけだし」
「飛んで火に入る夏の虫願望でもあるんですか……」
「飛んで火に入る夏の虫、二人で入れば怖くないって言うし?」
「言いませんっ。っていうか、だからですよね……」
ヒソヒソと話し合っていると、チグリスがわたし達の手を取った。
「まさかそこまで考えてくれてるとは思わなかったわ。二人共ありがとう!」
キラキラとした瞳で、チグリスが見つめてくる。
「ほら、もう後戻り出来ないって。ね、やろ」
「うぅ……しょうがないんですね……」
わたしが言うと、ショコラがうな垂れながら頷いた。
「って、それはいいんだけど」
わたしはチグリスに手を離してもらうと、服の山を掘り始める。
なんだか話が横道に逸れてしまっていたけど、こんなにお店を広げた本来の目的を思い出したからだ。
積まれた服を一枚一枚どかしながら、チグリスに渡す品物を探す。
「あ、これ。ショコラに入れられたやつだ」
丸められたハンバーガーの包み紙を摘み上げると、思い出し笑いをしながらどかすと、さらに深く掘る。
すると、奥から紙袋が出てきた。
あの時に買った、ペーパーナプキンとリボンと針金が入っている紙袋だ。
わたしはその紙袋を取り出すと、チグリスに手渡した。
「ありがとう」
「でも、これで何を作るつもりなの?」
受け取った紙袋の中身を確認しているチグリスに声を掛ける。
「ペーパーナプキンフラワーリーフを作るのよ」
中身を確認し終わったチグリスが紙袋の入り口を再び閉じながら言った。
「ああ、やっぱりペパナプリーフだったんですね」
ショコラが納得したような声音で言う。
「やっぱり、ショコラの言った通りでしたね」
ちょっと誇らしそうな顔でショコラが言うのに、チグリスは「そうなの」と頷くと、再びわたしに視線を戻すと微かに思考を走らせるように、目線を上に向けてから口を開いた。
「それでお代の事なんだけど、実は使い魔同士って直接の金銭の譲渡が出来ないの」
「あ、そうなんだ」
あまり深く考えた事なかったけど、確かにわたし達の持ってるお金ってニャルラトフォンの中に入ってるコネを使ってるだけで実体がないから、実際にコネを渡したり貰ったりという事を考えると、どうしたらいいのかよくわからない。
ニャルラトフォン自体にはそういう機能はそういえば見当たらない。
「なんでだろ?」
「それは私に訊かれても、そういうルールだとしか。ニャルラトフォンでの決済が始まる前に使い魔の財布として使われていた『にゃおんウォレット』の時代からそうだったから。もちろん紙幣を使えば出来るだろうけど、使い魔が紙幣を手にする機会は滅多にないし、所持が確定した時点で紙幣も霧散して自動的にチャージされてしまうから、それも難しいと思うの。とにかく詳しい理由は知らないけど、この世界では使い魔同士の金銭譲渡はタブーになっているのよね」
チグリスが曖昧に説明するのに、ショコラが付け加える。
「それはズル出来ないようにですよ」
「ズル?」
わたしが首を傾げていると、ミケがショコラの言葉を補足するように言った。
「使い魔の所持金とニャルハラに対する貢献度がリンクしているからだよ。元世界への帰還に金が必要なのも、所持金で貢献度を測っているからだ。大体、使い魔間の金銭譲渡が可能なら、ルナが今ここでショコラに金を渡すだけでショコラは帰れてるはずだろ」
「あ……」
全然、思いつかなかったけど確かにそうだ。
わたしは思わずショコラを見る。
「あの……、そんな目で見ないでください。仮に出来たとしてもショコラはルナさんにお金を集るような事はしないですから」
「あ、ううん。そんな事思ってないわ」
どちらかというと自分の気持ちの問題というか。出来なくてよかったと、ほっとしてしまっている自分がいる事に、ちょっと自己嫌悪してしまっただけ。
わたしはショコラの事応援してたはずなのに……。
「ショコラごめん……」
「え、なんで謝るんですか」
「あ、いや。なんでもないのっ」
「?」
わたしがフルフルと首を振るのに、ショコラが不思議そうに首を捻っていた。
「ほぅほぅ、そういう事なのね。そもそも帰ろうとした事なんてないから、帰還にお金が必要だなんて初めて知ったわ。それなら、金銭譲渡が出来ない理由もなんとなく納得できるかもしれないわね。それは兎も角としてなんだけど――」
チグリスは居住まいを正すと、
「この埋め合わせはするから」
そう言って、わたしを拝むように手を合わせると、片目を瞑る。
「いや、別にそこまで気にしなくても。チグリスには色々とお世話になってるし」
「ううん、それじゃ私が納得出来ないわ。ほら、何か食べたいものとか。リクエストに答えるわ」
「食べたいものかぁ……」
ちょっと考える。
「もしかして私?」
「それはないからっ」
チグリスが言うのに、わたしは慌てて否定する。というか、このやり取り今日他のどこかでもやったような気がするのは気のせいか。
わたしがうーんと考えていると、ユーフラテスがわたし達のテーブルまで来て遠慮がちに声を掛けてきた。
「あの、なんかミケさん宛てに郵便が届いてるんですけど」
「俺宛に?」
ミケが怪訝な表情を浮かべながら、入り口へと行くと程なくして大きなダンボールを手に戻ってきた。
そして、わたしの足元にドサッと置く。
「なんだったの?」
「すき焼きセットだって」
「っ!?」
わたしは慌てて、段ボール箱の蓋を開けると中身を確認する。
「これって雪之丞の?」
「ああ、まさか速達で送ってくるとは意外とマメな奴だったみたいだな」
「今日の晩御飯きたー!」
段ボールの中には、牛肉、ねぎ、春菊、えのきだけ、豆腐、しらたき、卵、牛脂、それにすき焼きのタレといったすき焼きの材料が入っていた。
「チグリス」
わたしは箱の中を覗き込みながら、チグリスを手招きする。
「あら、これどうしたの?」
箱を覗き込んだチグリスが中身を見て驚きの表情を作る。
「ちょっとね。今日知り合った猫に送ってもらう約束をしてたの」
「またどうして?」
「いや話すと色々長くなるんだけど……」
「じゃあ、いいわ」
チグリスがばっさりと言う。食い入るような目で箱の中身を見つめている。どうやら彼女の興味は完全にすき焼きセットの方に移っているようだった。
「うわぁ、すごい本格的……」
感心しているチグリスの顔をわたしは覗き込む。
「ねぇ、チグリス。すき焼きって作れる?」
「すき焼きね。うーん、多分作れると思うけど……」
「ほんとっ。じゃあお願い。わたしすき焼きが食べたいな」
わたしが目をキラキラさせて見つめると、チグリスはちょっと考えた後に、
「わかったわ。じゃあ、ルナちゃん材料をキッチンまで運んでもらえるかしら?」
「うん」
「あ、ショコラも行きます」
わたし達は頷くと、すき焼きの材料の入ったダンボールを閉じると持ち上げる。
そして、奥のキッチンへと向かうチグリスの後を追ってわたしもキッチンの中に入っていった。




