108話 市民と使い魔の関係
アパルトマンの扉を開けると、不安そうに一つのテーブルに身を寄せ合うナイル、ユーフラテス、そしてチグリスの姿が目に入った。
「あ……」
チグリスは手元の細々とした飾りを作る手を止めると、立ち上がるとパタパタとした足取りで駆け寄ってくると、わたしとショコラの手を取って安堵したように吐息をついた。
「よかった三人とも無事だったのね」
「うん、まあなんとかね」
「チグリスさんの方は大丈夫でしたか?」
ショコラが訊ねると、チグリスは「ええ」と頷き、
「私達はすぐに避難所に避難したから。夕方になってMTTBの出現も収まってきたっていう話を聞いたから丁度戻ってきた所なのよ。幸いこっちの方はあまり被害が出なかったみたいだから」
「そっか、ならタイミングばっちりだったんだね」
もうちょっと早く帰ってきていたら、アパルトマンはもぬけの空のところだった。
「でも、無事でよかったわ。避難所でヤマネコさんに会ってね。ルナちゃん達が解決する為に戦ってるって聞いて心配していたの。大丈夫、無理しなかった?」
そう言うと、ペタペタとチグリスがわたしの体を触る。ちょっとくすぐったい。
「大丈夫だってショコラの回復魔法もあったし、ミケも居たしね」
わたしが振り返って二人を交互に見ると言った。
ショコラが照れて俯き、ミケが「なんでついでっぽく言ったし」と不満そうな顔をする。
「っていうかヤマネコさんっ。クエスト終わったって言いに行った方がいいのかな?」
「それは、明日でいいんじゃないですか。今日はもう遅いですし」
わたしが慌てた様子で言うと、ショコラが口元に手を当てて言う。
「でも、早く行かないと報奨金貰い損ねちゃうかもしれないじゃん」
「お前、ヤマネコさんにネコババされると思ってるのか?」
「猫だけにですか」
「別に、そういうわけじゃないけど」
ミケとショコラが呆れたような顔を向けてくるのに、わたしは罰が悪そうな顔を作る。
チグリスはそんなわたし達のやり取りを見て、柔らかく目を細めた。
「使い魔〈サーヴァント〉の王道を行っていて、ちょっと羨ましいな。私達も本当は戦うべきだったんだろうけど……」
そこまで言うと、チグリスの表情が沈む。
「どうしたの?」
「ううん。ちょっと避難所で言われたの」
チグリスが言葉を濁そうとするのを強引に引き出すと、どうやら、避難所の方で逃げてきた市民と使い魔〈サーヴァント〉の間で一悶着あったらしい。
簡単に言うと、使い魔なのだから避難所にいないで戦えと言われたというものだった。
「……」
ショコラが顔を曇らせる。
ミケが呆れたように言った。
「それは酷い目にあったな。使い魔〈サーヴァント〉にも敵を選択する自由はある。そもそもA級とかB級とか敵に等級が設定されているのも、選ぶ目安にする為だしな」
「でも、彼らの気持ちも分かるから。市民にとっては使い魔は強い猫ってイメージだから、街がこんなになっているのに、一緒に避難してきた事に不満があったんだと思うの。使い魔の内情を知っている市民なんてほとんど居ないでしょうし」
「もしかして、避難所から帰ってきたのって」
「うん。逃げてきちゃった」
チグリスがチロっと舌出すと力なく微笑む。
「チグリス……」
わたしはじっと彼女を見つめると、
「なんか、よくわからないけど。気にすることないよ。結局の所、戦いたい猫が戦えばいいんだし。でしょ?」
わたしがグッと両手を握り締めて言うと、チグリスはキョトンとしてからくすっと噴出した。
「ルナちゃんは思考が単純でいいわね」
「それって馬鹿にしてる?」
わたしが上目でジトると、
「ううん、してないしてない。そうよね、気にしたってしょうがないよね」
チグリスは瞼を閉じると首を振った。
なんだか重たい空気になってしまった。
なんとなく、気まずい。
「あ、そうだ。チグリスに頼まれたもの買ってきたよ。えっとね」
わたしは思い出したように言うと、ニャルラトフォンを取り出し倉庫魔法を発動させようとすると、チグリスが手を前に出して制止した。
「それは中で受け取るわ。いつまでも入り口で立ち話っていうのもあれだし」
「あ、うん」
確かにチグリスの言う通りだった。
頷くと、促されるままに中へと入る。
わたし達は思い思いに椅子を選んで着席する。
全員がテーブルに着くと、ナイルが気を利かせてアイスティーを出してくれた。
わたしはストローに口を付けながら、ニャルラトフォンの画面を操作すると、魔法の倉庫を開ける。
ぽちぽちとボタンを押すと、空中に出現した次元の裂け目からポンポンと次々に物が吐き出されてきた。
途端テーブルの上が物で埋まってしまう。
「あ、あれ?」
セーラー服やらメイド服やら、その他エトセトラなコスプレ衣装がてんこ盛りになる。どうやら、今日買ったものが全部出てきてしまったようだ。
な、なんで?
「ルナちゃん……もしかして、全放出のボタンを押しちゃったんじゃない?」
チグリスが苦笑しながら、わたしの手元を覗き込むと「ほら」と指を指した。
その指の先には、放出と書かれたボタンがあった。
「え? 取り出す時って、ここ押すんじゃなかったっけ?」
「違うわ。アイコンを長押ししてリストを表示した後に指を取り出したいものの所まで、指をスライドさせて離すのよ」
「そ、そうだっけ?」
「押しただけじゃ、次元の裂け目が出現するだけだからね。その状態の時に画面に現れる放出のボタンを押すと中身を全部吐き出しちゃうの」
「罠じゃん……」
「この魔法って便利なんだけど、ちょっとUI〈ユーザーインターフェース〉が分かりにくいのよね」
わたしが呆然としていると、チグリスがクスクスと笑った。
「っていうか……」
ミケが積まれた衣装の一つ摘み上げると、呆れた様子でわたしを見た。
「お前、なんでこんなもん、大量に買ってるんだよ?」
「ミケ」
おもむろに声を掛けてきたミケに、わたしは目を泳がせる。
「そ、それは。匠……じゃなかった。店員さんが半額にしてくれるっていうからつい……」
取り繕うように言うと、ミケは「ほぅ」と目を細める。
「まあ、お前の金だから。どう使おうがいいけど。これとかほんとに着るのか?」
「あ、それはっ」
ミケが持ち上げた服を見て、思わず顔を赤くする。
布面積が明らかに狭い踊り子の服だった。
買った時はテンションが高くて気にならなかったけど、改めて言われると確かにちょっと恥ずかしい。
「それは、そのぉ、えっと……。パーティ盛り上げる為にその服を着て踊り子をしようかと思って……、ショコラと一緒にっ」
「えっ」
わたしが言うと、ショコラがぎょっとした目でわたしを見る。




