107話 どこかの一室、誰かの会話
ネコソギシティにあるどこかの建物の一室。
豪華な調度品に囲まれたその部屋には、四人の男達が対峙していた。いや、正確には、一人の男を三人の男達が問い詰める形で迫っていた。
その部屋の主である皮の張られた立派なソファーに座る男は、アドルフ=ネコラーと呼ばれる男。
丁度、ネコソギシティの次期市長選に立候補しているスコティッシュフォールドである。
対立候補であるノルウェージャンフォレストキャットのスターニャンと苛烈な選挙選を繰り広げていた彼は今、目の前に現れた三人の男を前に、冷や汗を流し体の震えを隠せずにいた。
ネコラーは忌々しげに、中心に立つ着流しを着崩した男を睨みつけると、
「なぜ貴様がここにいるムサシ」
搾り出すような声で言った。ムサシと呼ばれた着流しを着た男は、ニヤリと口元を歪める。
「なんで俺が来たのか、わかってんだろ? なぁ、おっさん」
「さあ、わからんなぁ」
「おいおい、しらばっくれるんじゃねぇよ。アドルフ=ネコラーさんよ。うちの協力なしに今の立場はなかったのに、この裏切りはないんじゃねぇか。いくらオヤジの友達だったからって島荒らされて見過ごせるわけねぇよな? 死んだオヤジも墓場で泣いてるぜ」
「いやはや全く何を言っているのかね。青臭い小僧が、ちょっと祭り上げられたくらいで調子に乗りおって」
「小僧じゃなくてよ。ちゃんと魔王さまって呼べよ。おっさん」
「ああ、時間の無駄のようだ。わたしは市長選挙の準備で忙しいのでね。お暇させてもらうよ」
「あんたはもう市長になれねぇよ。外の騒ぎを知らねぇのか?」
「ああ。もちろん知っているよ。なぜか大量発生したMTTBが街で暴れているんだろう?まあ、私には関係のない話だ」
ネコラーが立ち上がろうとすると、ムサシのやや後ろに立つ黒いスーツを着込んだ二人の男のうち、頭を角刈りにしたがガタイの大きい方の猫が背中に背負った大剣を引き抜くと、そのままネコラーへと突きつける。
「う……」
大剣を突きつけられたネコラーは大人しくソファーに腰を戻す以外にない。
男の持つ大剣は独特の鈍い光を放つ。
かつて伝説のネコガオドラゴンと呼ばれたニャルゴンを屠った事から、ニャルゴンスレイヤーの名を持つ武器である。
「まあ待てよ、ヴィクセン。まだ殺るには早えぇ」
「はっ」
ヴィクセンと呼ばれたガタイのよい大柄な猫は、短く返事を返すと大剣を引っ込める。
ムサシはそれを確認すると、もう一人の小柄なスーツを着た猫に視線を向けた。
「おい、エータ」
「なんですか、ムサシさん」
エータと呼ばれたまるで少年のような雰囲気を持つ小柄の男は、にこにこと微笑を浮かべている。
「こいつに説明してやんな。罪状って奴をよ」
「わかりました」
エータは頷くと、ツカツカと前に出てネコラーに顔を近づける。
「ブラックマーケットに高級マタタビであるMTTBロマネコンティオの粗悪品が大量に出回っていて困ってるんですよ。知ってますよね。MTTBのドロップアイテムです。MTTBのドロップアイテムは公には取引禁止になっています。違反したらかなりの罰を受ける行為ですよ。だって、そうですよね。MTTBを根絶する為に使い魔に戦わせているのに、MTTBから貴重なドロップアイテムが手に入ると知れ渡ったら数が減らないように討伐調整をする使い魔〈サーヴァント〉が現れてるかも知れないし、もしかしたらドロップアイテム目当てに養殖なんて始める猫なんてのもいるかもしれない――」
エータが感情の籠もっていない瞳でネコラーの目を覗き込むと、ネコラーが息を飲む。
エータはにっこりと笑みを作ると、
「しかし、MTTBが落とす高級マタタビの需要は富裕層を中心に大きいものがありますから
、僕達が仲介してブラックマーケットで取引できるようにしているわけです。僕らは仲介料を貰う変わりに、憲兵団と裏取引をし、利益の一部を渡したり数量調整をしたりして憲兵団との衝突が起こらないように手を回しているわけですね。そして、さらに品質保証もしています」
エータはそこまで言うと、はぁとため息をつく。
「ところが、最近ブラックマーケットに僕らを通していない高級マタタビが大量に流れてくるという事態が起こりまして。しかも、見た目こそ高級マタタビと変わりませんが、中身は本物には遠く及ばない粗悪品だったんです。これってよくない事だと思いません?」
「……」
「一体誰の仕業なのかなぁって僕らちょっと調べまして、そしたらMTTB養殖プラントの噂が耳に入ってきた。どうやら、ネコソギシティの地下にMTTBの養殖施設なるものがあるという噂です。そこで、高級マタタビを量産して闇市場に流していたそうですよ? ネコラーさん知ってました?」
冷や汗を浮かべるネコラーにエータはくすりと笑みを浮かべると、
「もちろん知ってますよね。だって、作ったのはネコラーさんでしょう?」
「わ、私は関係ない」
ネコラーが絞り出すように言うと、再びヴィクセンの大剣が喉下に突きつけられる。
「ぐっ……」
「ですよね?」
エータが念を押すと、ネコラーが眉間に皺を寄せる。
「僕らも長々とあなたと話したいわけじゃないんですよ。言いたくないなら、それでも構いません。話は後でじっくりと体に聞かせてもらいますから」
「っ!? お前達、私をどうするつもりだ!」
「どうするって、ねぇ、ムサシさん? どうします?」
エータが無邪気な顔をして話しを振ると、ムサシは腰に差した剣を引き抜き大きく振るった。その剣圧で部屋の調度品という調度品が砕け散り、部屋の中は一瞬でボロボロになった。
「神剣レヴァンニャン……使いこなせるのか」
苦々しい口調で、ネコラーはムサシの持つ剣を見つめる。
「そうだ。俺がオヤジから引き継いだ。どうだ、名実ともに俺が魔王だってわかっただろ」
ムサシはガンと床の大理石に、レヴァンニャンを突き立てる。
「代償を払ってもらうぜ。おっさん」
「金か。い、いくら欲しいのかね」
ネコラーの言葉に、ムサシは鼻を鳴らす。
「金なんていらねぇ。落とし前はきっちり仁義で返してもらうぜ。おい、ヴィクセン、エータ。話は終わりだ。さっさと拉致れ」
「はっ、仰せのままに」
「はーい、わかりましたぁ」
ムサシに指示されて、ヴィクセンとエータの二人がネコラーの両肩を押さえた。
「ま、まてお前達! 今、私がこの街がいなくなるという事がどういう事かわかっているのかね?! それがどういう意味を持つか――」
「知らねぇよ。おい、連れてけ」
「ぐっ、貴様ら……」
「歩け」
「ほら、早く行きましょうね」
ヴィクセンとエータに両肩をがっちりと押さえつけられて、無理やり連行されていく。部屋から出て行くネコラーの後ろ姿に、ムサシはニヤリと犬歯を見せると、
「猫耳詰めるくらいじゃ許さねぇ。地獄の釜でたっぷりいい悪夢〈ゆめ〉見させてやるよ」
床に刺さったレヴァンニャンを引き抜くと、肩に乗せてその後に続いた。




