106話 騒乱の終わり
「ねえ、どうやって出よう?」
白い灰で埋められた入り口を前に、わたし達は途方に暮れていた。
倒すべきものを倒して、帰ろうとした所でちょっとした問題が発生したのだ。
部屋の入り口はわたし達の逃亡を防ぐ為に、女王型MTTBの操る腐葉土によって埋められてしまっていた。
わたし達が女王型MTTBを倒した事によって、腐葉土は全て白い灰へと変わったが、腐葉土が灰に変わっただけで入り口が塞がれている事には変わりはなかった。
もしかしたら何かしら変化があるのではないかと思い目の前までやって来たが、特別何も変わらず入り口は塞がれたままだった。
「掘る?」
「さすがにそれは……」
わたしが言うと、ショコラが困惑の表情を浮かべる。
「でも掘るしかないんじゃない? ミケはどう思う?」
わたしが訊ねると、ミケは頭を掻いて首を振った。
そして少し考えると、雪之丞に振り向いた。
「ところで、お前どこから来た?」
「あ、そういえば」
わたしもその事に気がついた。
平然といるけど、よく考えたら入り口は塞がっているのだ。
普通に考えたら、部屋の中に入ってこれるはずがない。
だとしたら、他の入り口を使って入ってきたという事に他ならない。
「もしかして、他に出入り口があるの?」
わたしが訊くと、雪之丞は顎をクンと動かすと、ついて来いと無言で示すとスタスタと歩き出した。わたし達も彼の着物の後ろ姿を追いかける。
部屋を壁沿いにしばらく歩くと、雪之丞は立ち止まった。
「ここだ」
「ここ?」
「普通の壁ですけど」
わたし達が、疑心の目で見つめていると、雪之丞は「まあ、見ていろ」と言って壁の石の一つに触れた。すると、石の一つが引っ込んだ。
「隠し通路。こんな所にもあったんだ」
わたしが感心していると、スタスタと雪之丞が先に行ってしまった。
「あ、ちょっと」
「ほら、行くぞ」
ミケがポンとわたしの背中を押す。
「あぅ、転ぶって」
むぅとミケを睨むと、雪之丞を追いかける。
薄暗い階段を上っていくと、再び行き止まりに行き着いた。
再び雪之丞が石の一つを押すと、引き手が現れる。
どうやら、この通路は隠し扉を経由していくルートらしい。
雪之丞が扉を開いて中に入る。
わたしも続いて中に入ると目を見張った。
「ここって……」
ツンと焦げ臭い匂い。部屋一面が真っ黒に変色していた。
扉を開けて繋がっていた部屋は、あの火が出た隠し部屋だった。
凄まじい火だったのだろう。全てが燃えてしまって、もう何も残っていない。
「ルナさん?」
「あ……」
名前を呼ばれて、ビクンと体を震わせる。
「ごめん、ボーとしてた」
「なんだかすごい部屋ですね」
「ここあそこだよ。ほら火が出た部屋があったでしょ」
「ああ」
ショコラはなんとなくといった様子で頷くと
「大丈夫ですか?」
心配そうに覗き込んできた。
わたしは作り笑いと共に「大丈夫」と返すと真っ黒に焦げた部屋を足早に横切る。
すると再び行き止まりに行き着いた。
と言っても、わたしはこれが隠し扉だと分かっているので特別驚く事はない。
雪之丞は石レンガの一つを動かして、隠し扉を開ける。
すると、やっと元の通路に戻ってくることが出来た。
ここからは一本道に階段を上へと上っていけば地上に出る事が出来るだろう。
階段を上り、カタコンベを通過して外に出ると、日は沈みかけて夕暮れが廃墟を照らし、辺りはオレンジ色に包まれていた。
「はぁ、やっと外に出れた」
わたしは、んーと伸びをすると、思いっきり息を吸い込んでから吐き出した。
ずっと狭っ苦しい地下にいたせいで、外の空気がものすごく美味しく感じる。
ミケとショコラも同じようで、久方ぶりの開放感に浸っているようだった。
その中で、一人だけ雪之丞がスタスタと歩いていってしまう。
その事に気がついて、わたしは慌てて、彼の後を追いかけた。
「待って」
わたしが声をかけると、雪之丞は足を止めて振り返った。
「なんで、黙って行っちゃおうとするの?」
「なんでも何も、やるべき事は終わったからな」
雪之丞がさも当然という風に言う。
いや、まあそうかもしれないけど。そんな逃げるように行かなくてもいいのに。
「あの。ありがとう助けてくれて」
「礼を言われるほどの事じゃないがな」
気のない返事を雪之丞が返す。
「それだけか? なら俺はもう行くが」
「あ……」
わたしは少し言葉に詰まってから訊ねる。
「ねぇ、なんで、手伝ってくれたの?」
「質問に答える気はないと言ったはずだ」
「それは、そうだけど……」
わたしが不満そうな顔をしていると、雪之丞はふっと息を吐いた。
「強いて言うなら、家猫のよしみでござるよ」
「家猫のよしみって、雪之丞って家猫だったのっ?!」
わたしがびっくりして言うのに、それに答える事なく軽く手を振ると雪之丞はスタスタと袴を靡かせて去って行ってしまった。
「あ、ちょっと。って行っちゃった……」
わたしが後姿を見送っていると、ミケとショコラが隣にやってくる。
「結局、なんだったんだよ。アイツは」
「家猫のよしみで手伝ってくれたんだって」
「家猫のよしみ? 家猫だったのかあいつ」
「そうだって」
わたしが言うと、ミケは口元に手を当てながら、
「白猫の侍の姿をした家猫か……」
「何か思い当たる節があるの?」
「いや、ちょっと昔に聞いた話にこんなのがあってな。家猫が弾圧されていた時代に、侍の姿をした白猫の家猫が魔王と名乗って世の中に反逆した。その侍の考えに賛同したはみ出し者の使い魔達が集まって、魔王を中心とした魔王軍という集まりが出来たんだ。そして、魔王軍は家猫弾圧を率先して助長させていた当時の最大規模のパーティに戦いを挑んだ。その戦いは最終的に使い魔全体を二分する戦いに発展してな。ニャルハラ史上最大の使い魔同士の抗争という事で、後に〈使い魔戦争〉という名前で呼ばれる事になった」
「どっちが勝ったの?」
「魔王軍側だよ。だからそれ以降、家猫への表立っての弾圧は出来なくなり、風当たりも段々と弱くなっていったらしい」
「それが雪之丞なの?」
「いや、ちょっと思い出しただけだ。大体それは何百年も昔の話だぞ。その猫も戦いが終わった後、すぐに消息不明になったって話だし、どこかで死んだって言われてる」
「なんだ」
わたしがちょっとがっかりしていると、ミケが笑って言った。
「どうやら、あいつ魔王軍と繋がりがあるみたいだし真似してるだけだろ。コスプレってやつだな」
「コスプレかぁ……」
「その侍が創設者みたいなもんだからな。だからか意外と魔王軍には和装が多かったよ」
そう言えば。
「ミケってそこに居た事もあるんだよね?」
確かエータという猫と話している時にそんな事を言っていたような。
「昔な。ま、大した事じゃないし、お前が興味を持つような組織でもない」
そう言うと、わたしの頭の上にポンと手を置いてクシャクシャと髪を撫でる。
「気になる」
「言っただろ。極力関わらない方がいいってな」
じーと見つめるが、目を逸らされてしまった。これ以上は言わないという意思表示だ。
「ルナさん」
わたし達のやり取りを見守っていたショコラが遠慮がちに声を掛けてくる。
「ショコラ達もそろそろ帰りませんか? アパルトマンの方がどうなっているか気になるんです」
ショコラの言葉を聞いて、わたしははっとする。
これだけ街が滅茶苦茶だと、中心部から外れているとはいえ、アパルトマンの方にも被害が出ているかもしれないし、チグリス達がどうしているのかも気になる。無事だとは思うけど。
「そうだね。わたし達も戻ろうか」
「はい」
「大分時間が掛かっちゃったけど、チグリスに頼まれたお使いの品も渡さなきゃだし」
「そういえば、そんな事もありましたね。色々ありすぎてショコラちょっと忘れちゃってました」
「大丈夫、わたしも今思い出したとこだから」
ショコラが罰が悪そうに笑うのに、わたしも誘われる。
わたし達は頷き合うと、帰路に着いた。
やはり被害の大きかった中心部に比べると、かなり僻地であるアパルトマンの周辺はほぼ無事だった。ただ、ほとんどの猫が非難してしまっているのか、道には猫の姿はほぼなく閑散としている。
これはもしかしたらチグリス達も避難してしまって居ないかも知れないな。と思いながらアパルトマンの扉の前まで来ると、ぼんやりと扉のガラスから室内の明かりが漏れているのが見えた。
「どうやら、居るみたいですね」
「うん」
ショコラが言うのに、わたしは頷くと扉に手をかけて開いた。




