104話 メイプルナイト
飛び込んでくるミニチュアサイズのイカのような形をしたMTTBを切り落とすと、部屋の中心に居座る女王型と呼ばれるMTTBへと突っ込む。
巨大な甲冑によって二回り以上も大きくなったにも関わらず、女王型MTTBはその場に根を張ったままで、こちらに向かってくる気配はない。
時折、挑発するように巨大な土くれの剣を振り回すが、積極的に攻めてはこない。あくまでもわたし達の方から近づいて来いという事なのだろう。
代わりに、周囲に沢山沸いて出た子牛ぐらいの大きさの小さなのイカのような形をしたMTTBをけしかけてくる。
わたしは、纏わりつきながらマルチレンジでビームを撃ってくるソレらを、ひらひらとかわすと一瞬で切り伏せた。
ミニサイズのイカは、街で暴れていたMTTBの幼体のようなものなのか、サイズの通り、街にいたMTTBに比べるとその力は大きく劣る。
はっきり言って、敵にもならない。
こんな雑魚に構っているのは時間の無駄。
「先に行って、潰してくるね」
そう言い残すと、どんどんと先行して、わたしは率先して雑魚の数を減らしていく。
そして、最後の一匹という所で。
「あっ」
突然、足元の腐葉土が液状化してわたしの足を掴んだ。
バランスを崩して転ぶ。
「いたた……」
わたしは何とか、転んだまま剣を振って隙を狙って襲い掛かってこようとする小型のイカに刀を振り回して切り落とすと、なんとか土を振り払おうとするが、スライム状になった腐葉土は、振り払われる所かひたひたと登ってくる。
足首を這いよる生ぬるい感触が気持ち悪い。
もしかして、もしかしなくても、部屋に敷き詰められた腐葉土全部あいつが操れるって事? だとしたら、やばいかも。腐葉土は部屋中にびっしりと埋め尽くされているから、この上を通らずに近づく事は出来ない。
「ああもう、駄目だって」
粘菌のような腐葉土と格闘していると、足に纏わりついた腐葉土が一瞬にして凍り付いてパラパラと剥がれた。
「っ!?」
「ったく、慎重にって言っただろ」
見上げると、追いついてきたミケとショコラが見下ろしていた。
ニャルラトフォンを手に持ったミケが眉を寄せる。
「さっきも言ったように、ここはもう敵の胎内のにいるようなもんなんだからな」
わたしは立ち上がると、パンパンとスカートの埃を叩く。
「わかってるわよ。相手の能力を見せるためにワザと捕まってあげたの。ほら、虎穴に入らずんば虎子を得ずって言うでしょ」
「絶対に嘘だろ」
嘘です。ごめんなさい。
「とりあえず、アイスブーツの魔法をかけたから、これでとりあえず足を取られる事は防げる」
足元を見ると、わたしの周りだけ土が凍って霜がついている。
ミケとショコラの足元も同様だった。
試しに自分の靴に触れてみると、
「うわっ、冷たっ」
あまりの冷たさに、とっさに手を引っ込める。長く触れていたら凍傷になってしまうくらいに靴の表面が冷たくなっていた。
「前に足場を沼にする敵と戦った事があるんだ。アイスブーツは自分の足元だけ凍らして、水の上とかを渡る為の便利魔法の一種だが、こういう敵に対しても応用が効く」
なるほど、確かに足元の腐葉土が液状化してしまっても、足の回りは凍っているから普通に立っていられる事が出来る。
「へー、ミケって何気にすごいよね」
わたしが感心したように言うと、
「俺が考えたんじゃないけどな」
「?」
何か言ったような、小さな声だったので聞き取る事が出来なかった。
「まあいいや、問題も解決した事だし、突っ込むわよ」
はやって行こうとすると、ミケに襟を掴まれた。
「あぅ、何よ……」
不満げに振り向くと、ミケがニヤリと口元に笑みを浮かべると、
「まあ、待てよ。相手が動かないっていうなら、遠距離から攻撃してればいいんだよ」
そう言うと、ミケはニャルラトフォンを操作する。
片手を突き出して画面を押すと、濃い紫色の粒子が突き出した手の先端に集まっていく。
「デスペネトレイト」
ミケが口にした瞬間、一本の濃い紫色の光線が手の平から撃ちだされ、一直線に女王型MTTBへと向かっていく。
しかし、女王の甲冑にたどり着く前に腐葉土からいくつもの壁がまるでシェルターのようにせり上がり濃い紫色の光線を減退させてしまう。
結果として甲冑まで辿りついた頃には、線香花火くらいの光になってしまっていた。もちろん、甲冑には傷一つついていない。
「ねぇショコラ。今の効いたと思う?」
ショコラに訊いてみる。ショコラは「えっ」という顔をすると、
「えっと、効いて……ない、と思いますけど」
言葉を選ぶように、詰まりながらショコラが答えた。
「だってさ。ほらショコラもなんだ口だけかよ、三毛猫なんて所詮色が多いだけね。って言ってるよ」
「え、ショコラはそんな事言ってない……」
ぎょっとするショコラを尻目に、わたしはミケを見る。
「やっぱりそんな虫のいい話はないって事ね。わたしが前衛で戦うから、二人は距離をあの辺まで取って援護して」
わたしは一個目の障壁の手前を示して、そう言った。
「だから、一人で突っ走るなって……」
「違うって。ちゃんと考えてるから。むしろ、全員で戦う方が危険だと思うの」
わたしはミケの魔法を防ぐために、敵が出した障壁に順々に猫村正の切っ先を向けると、
「ほら、本体に近づくにつれて障壁が大きくなっていってる。あれって、本体に近ければ近いほど、より足元の腐葉土をコントロールできるって事だと思うの。ここなら足を取られるくらいだけど、あそこまで近づいたら何があるがわからないし。その時フォローする猫が必要でしょ」
「一人で大丈夫か?」
「うん」
わたしはミケににっこりと笑いかけると、二人に先行して一つ目の障壁の先へと足を踏み入れる。
足元はアイスブーツの効果がある為に凍土となっているが、その回りがざわざわと蠢き始める。
「始まった……」
思った通り近づけば近づくほど、より支配力のようなものが増す。腐葉土の動きはそれまでとは比べ物にならない程に、激しいものとなり足元を不安定にさせていた。
ズズズという擦りあうような音。
まるで大きな波のように、わたしを飲み込もうと腐葉土がせり上がってくる。
わたしは飛び跳ねると、波に乗るようにせり上がった腐葉土の頂点に着地する。
土とはいえかなり液状化しているので、普通なら立つのは無理だったろうが、アイスブーツにより足元が凍る今の状態なら何も問題はない。
わたしを飲み込まんと波打つ不安定な地面を蹴ると、一気にスピードを上げた。
掴み飲み込もうとする腐葉土の手を掻い潜りながら、二つ目の障壁、そして三つ目の障壁の先へと次々に越えていく。
五つ目を越えると、はっきりと色鮮やかな甲冑に包まれた巨体をはっきりと見上げられるくらいになった。
女王型は巨大な剣を振り上げると、地面に突き刺す。
すると、突き刺した巨剣からわたしに向けて放射上に伸びるように、無数の剣の切っ先が地面から突き出すようにして向かってきた。
「……っ」
わたしはそれから逃れるように前に飛ぶ。
そして最後の障壁の側面に足をひっかけると、さらに高く飛んで壁の上に乗る。
一番近い障壁だけあって、高さも厚みもかなりのものだ。
女王型の兜部分が丁度、目の前にある。
同じ目線の高さ。
足場にしていた障壁がボロボロと崩れ始める。
わたしは、覆われた奥にあるであろう女性の顔を睨みつけると、猫村正を大上段に構えて飛ぶと、その兜の頂点から振り下ろすように切りつけた。
「はぁ!」
腐葉土で出来た鎧に猫村正の刃は特に抵抗もなく入った。
まるで結婚式のケーキ入刀みたいに。
よし、斬れる。
わたしは確信すると、刀を持つ手にグッと力を込める。、
そのまま一気に下腹部まで切り裂くと、腐葉土の鎧を蹴って少し距離を取った。
本来なら地面に着くまで両断したかったけど、そうすると、まるで剣山のように地面を埋め尽くしている剣の切っ先に串刺しになってしまうのでしょうがない。
「よっと」
わたしは放物線を描きながらフワリと地面から突き出している剣先の一つに器用に着地する。
刺さらないように曲芸氏のように、バランスを取りながら先端に立った。
そして、与えたダメージを確認する為に、相手の巨体を見上げて眉を顰めた。
「もう、再生してる?」
腐葉土の鎧には大きく傷をつけたはずだが、その痕跡すらも残っていなかったのだ。
確かに傷をつけたはず、なのに影も形もないという事は、わたしが着地して見上げるまでの一瞬の間に治ってしまったという事だ。
正直、強度は大した事がないけど、その再生能力はかなりのものがある。
「んー」
ちょっと困ったかも……。
女王型が振り下ろした大剣がわたしに向かって振り下ろされる。
わたしは振り下ろされた大剣に猫村正を突き刺すと、ひらりと体を捻って大剣の背に乗る。大剣の振り下ろされた場所の剣先は吹き飛ばされクレーターが出来ていた。
わたしは大剣の背を駆け上がると、再び女王型の頭上から斬り下ろす。
そして再び甲冑の中ごろまで斬りつけると、蹴って放物線上に離れる。
今度は剣山の剣先ではなく、先ほどクレーターになったところに着地した。
「やっぱり……」
腐葉土の甲冑につけた傷が瞬く間に塞がっていく。
鎧自体はケーキみたいに斬る事は容易いけど、瞬時に再生するせいで肝心の鎧の中身に斬りつける事が出来ない。そういう意味ではかなり優秀な鎧と言わざるを得なかった。
確か、女王型の本体はあの鎧の姿よりも二回り以上も小さかったはず。
という事は、あの腐葉土で出来た紅葉の鎧と本体の間にはかなりの空洞がある事になる。
実際、二回斬りつけたが、本体を捉えたという感触はなかった。猫村正の刃渡りでは根元から斬り付けたとして、刃が本体までは届かないだろう。
どうしよう……。
ちょっと、攻略方が思いつかないな。
そんな事を考えていると、周囲の剣山が引っ込んだ。
おそらく意味がないと判断したのだろう。実際見た目の凶悪さほどの効果はないし。
代わりに再び足元の腐葉土が液状化し、わたしを飲み込もうと蠢き始める。
掴みかかろうとするかのように、泥をかけてくる地面を掻い潜りながら、もっと刃渡りを長くする事が出来ればなぁと、わたしは考えていた。
例えばあの勇者、コジローが死鯨相手に使っていた光剣のような……。
あれは、実際の剣よりも何倍も刃が肥大化していた。
わたしもあんな事が出来れば、中身ごと鎧をぶった切る事が出来るのに。
そこまで考えて、首を振る。
あれは多分彼の持っている剣の効果だ。技術でどうこうなるものじゃないし……。
ん……。
そこまで考えて、ふと頭の中で電灯が点るかのような感触があった。
あ、出来るかも……。
予感は次第に確信に変わる。
わたしはキッと、敵を見ると攻撃の機会を伺う。
そして、それは来た。
大きな腐葉土の波が、わたしを飲み込もうと迫る。
わたしはその波の上に乗ると、波の勢いを逆にバネにして大きく飛んだ。
「……!」
空中のわたしを狙って大剣が振り下ろされる。
わたしは体を捻りかわすと、大剣の腹を蹴ってさらに飛び上がる。
「ここっ!」
手に持った猫村正に意識を集中させる。
わたしは女王型の兜に狙いを定めると、再び三度目の正直とばかりに猫村正を振り下ろした。
「三重・連〈つらなり〉!」
猫村正の切っ先から、さらに三つの斬撃が連なるように伸び刀身を長くする。
これで猫村正の四倍の長さ。
この長さなら、鎧の上からでも中身ごと斬れる。
兜から甲冑にかけてまで縦に一気に猫村正を振りぬいた。
「A――――――」
MTTBの声が部屋中に反響する。
それと共に、苦悶するように土くれの甲冑を着込んだ騎士が身悶える。
効いてる。間違いなく中の本体も斬った。
「まだまだっ!」
着地すると、息つく間もなく再び刃を返すと、女王型へと斬りかかった。
この好機を逃すわけにはいかない。
ここで止めと刺すという意気込みを以って、わたしは連なりの技術を用いて刃を長くした猫村正を何度もMTTBへと斬りこませた。




