101話 レインズダイアリー②
MTTB養殖プラント
ついに私にも出資者が現れた。
アドルフ=ネコラー氏は私の身の安全と、研究施設を提供してくれると約束してくれた。
これでやっと落ち着いて研究する事が出来る。
見返りとして高級マタタビの横流しを依頼される。
気は進まないが、まあ仕方ない。
やはり最後にすがるべきは、神より金という事だ。
飲酒
最近飲酒量が増えてきた。
元々、酒は強い方だったが、最近の飲酒量は自分でも異常ではないかと思い始めてきた。
ストレスが溜まっているのだろう。
研究は順調に進んでいる。
しかし、ネコラー氏からの要求はエスカレートするばかりだ。
今は女王が生んだMTTBを発芽体まで育てて潰しているが、より高品質なものをと言われてしまった。
これ以上大きく育てれば制御魔法が効かなくなるかもしれない。
少なく見積もっても女王はAAA級の力がある。
そこから生み出される子はA級程度のはずだ。
市場取引されている高級マタタビと呼ばれるものはA級以上のMTTBから取れるものらしい。
一応の用件は満たしているはずだが、天然ものに比べると養殖ものは風味に大きく劣ると、酷評されてしまった。量も足りないという。風味ってなんだよ。
やはり発芽体の状態では苗床形成が十分ではないのだろうか。
しかし、さすがに女王に自由に子を作らせるわけにはいかないだろう。
それは危険過ぎる。
MTTBは生態が不確かな存在なのだ。不用意にコントロールの手を緩めてはいけない。
生態研究の為に種が取れないかとも思ったが、やはり取ることは出来なかった。
MTTBは樹木の魔物〈トレント〉と定義されているが、種子形成はしないという現在の学説を改めて確認したに過ぎず、特にこれと言って新しい発見はない。
強いていうなら、苗床に女王型から取った枝を挿し木をするとMTTBの生える場所を指定できるくらいか。
いや、これは自分で言うのもなんだが、結構すごい発見じゃないか。
MTTBの養殖が一般化した暁には重要な知恵になる事間違いなしである。
「かの魔物はトレントではあるが、種子形成も種子繁殖もしないので爆発的に繁殖する心配はない」と言った直後に、MTTBの種が発見されて、「あなたは種子形成も種子繁殖もしないと言ったのに、現実に種は存在するというのは、酷い矛盾ですね」と記者に突かれて、「あの種は黄昏が運んできたんだよ」などと、苦し紛れに話をはぐらかしたMTTB学者どもよりも私の方がよほど凄いのではないだろうか。
ちなみにその学者のはぐらかしから、黄昏が運ぶ種子(による何か)という意味で、あの魔物がMTTB〈Material of The Twilight Beens〉と正式に呼ばれるなったのは余談である。
その為、現在ではMTTBは種子形成をしないが、種子繁殖はするというわけのわからない学説になってしまっている。
もし、種子形成の事実を確かめることが出来れば大きな発見になり、私の名声も上がろうというものなのだが。
ああ、そんな事を考えている場合ではなかった。
もっと風味のよいマタタビになるようにMTTBを育てねばならない。さらに生産量も増やさなければならない。くそ、段々研究の方向性がぶれてきてないか?
とにかく、このままでは支援を打ち切られてしまう。
制御の限界とにらみ合いながら、MTTBを限界まで大きくしてみるしかない。
より、生産性を上げるために女王の方も発育を進めてみるしかないか。
もし、これらが制御できなくなったら……?
考えるだけでも恐ろしい。
今日も酒に手が伸びる。
もっと買い足しておかねばと思い、ふと考える。
そういえば、最後に買い物をしたのはいつだったか。
ここ一週間培養室の外に出た記憶がない。
ああ、酒が美味しい。
これさえあれば私は生きていける。
なぜ……。
なぜ……いつから、私の体は乗っ取られていたのか……。
わからない。わからない。
完璧だったはずだ。私の研究は。
どうして、こうなった……。
思わば、MTTBの共鳴反応のようなものを観測したあの時からか……?
何か……強大なMTTBがこの街に……?
それで変異を?
わからない。わからない。
ああ、彼女があんなに大きくなって、わたしは――……』
日記はここで終わっている。
わたしはノートを閉じると、うーんと首を捻る。
これもやっぱり意味が分かるものではなかった。
最後、この猫はどうなってしまったんだろう。
多くの部分はわたしにはちんぷんかんぷんだったが、最後のミミズが這ったかのような文字は、わたしの胸に不安の種を芽吹かせるのに十分な説得力があった。
わたしがノートを本棚に戻そうとすると、目の前に小さな女の子が浮いている事に気がついてぎょっとした。
「きゃっ、だ、誰?」
「わたし~? わたし鬼火ちゃん」
チロチロと袖の燃えている浴衣を着た小さな女の子が、宙に浮いてわたしを気だるそうに見つめながら、ニコっと笑みを作った。
妖精?
鬼火ちゃんと名乗った妖精らしき女の子は、ふぅと吐息を漏らすと、
「セーフティかかったから、何かと思ったら猫がいたのね~。ねぇ、もうあがっていー?」
「あがる?」
「ねーいーいー」
鬼火ちゃんが甘えるような声で訊ねてくる。
「???」
意味が分からないんですけど。
「んー、まあ、いいんじゃない」
わたしがそう言うと、鬼火ちゃんは「おお」と唇を尖らせると、
「芸術は~ばくはつだ~」
ばっと両手をあげたかと思うと、部屋中を飛びまわって大量の火の子を撒き散らし始めた。
「え、ちょっと」
「燃えろ~、燃えろ~。全部燃えちゃえ、じゃすてぃすふぁいあー。きゃはは!」
少女の甲高い声が響く。
わたしが困惑しながら、やっと気を取り直した時には、部屋の中の燃えるもの全てに火がつき辺り一体は火の海になっていた。
本棚や机、そこに納められた本や、机の上にお店を広げている紙束の数々。彼女が振りまいた火の粉はとりあえず燃えそうなものを手当たり次第に燃やして行く。
当然、手に持っていたノートにも火の粉がふりかかり火がついた。
「わっ!」
わたしは慌ててノートを手放す。ノートは瞬く間に火に飲まれて灰となってしまった。
「な、なんなの……?」
火の海と化した室内を呆然と眺めていた。
「ルナ!」
その時、わたしに声が掛かる。
「あ、ミケ……」
声のした方を見ると、真剣な顔をしたミケがわたしの手を掴んだ。
「何、ぼさっとしてんだ。燃え死にたいのかっ。早く部屋を出ろ」
「う、うん」
ミケに手を引かれながら、部屋の入り口へと向かう、その途中。
「あ……」
入り口脇の壁に立て掛けられている狂猫の死体が目に入った。そして彼の死体の上に置かれているダガーワームも。すでに彼らの体には火がつき、燃え始めていた。
「狂猫……死んでるのか」
わたしの視線の動きに気がついたのか、ミケも狂猫を一瞥する。
「エータの言っていた魔王軍の斥候はコイツの事だったんだな」
ミケは独り言のように呟くと、
「ほら、早く行くぞ」
そう言って、わたしを急かす。
「うん……」
わたしは頷くと、睫を長くする。
ちょっとの間だったけど、虫だけど、一緒に冒険して情が移ってしまったのだろう。
ざわざわと心が粟立つのを感じた。
拾うかどうか迷い、逡巡する。しかし、すぐに思いなおして首を振った。
きっと彼らはあそこに居たいはずだから。
わたしは心の中でバイバイとダガーワームに声を掛けると、燃え上がる部屋を後にした。




