79話 事務仕事
世界征服を開始してから三年が経過した。その間の行軍計画はうまく行っていると言っていいだろう。
セイの個人武勇と特異能力による超高速の侵略行動、現地の優秀な人材の引き抜きと相互監視による管理体制、それまでにあった政府を残すことでクロナミ国の負担の軽減、アーゼラン率いるトト商会との連携による経済面からの攻撃などなどの要因が重なり、たったの三年でトトサワルモ地方四分の三を支配下に置いた。
そんな中でセイが少し前から力を大きく裂いているのは、クロナミ国中央政府、元は第一自治区と命名した場所での全体管理だ。
支配下に置いたと言っても全ての国と人がセイに絶対服従をしているわけではない。それは反乱計画をしているといった話に限らず、服従するつもりはあっても正確な情報が伝達されずに右往左往してしまっている場合も含んでいる。
つまりは目の前にあるのは事務仕事だ。その土地に何があり、その人々は何が出来、その国にどんな価値があるのか。何が問題で何をするのか、纏めて伝達しなければならない。
今まではひたすらに領土を広げたが、ハイディ神聖国もベルゼラード帝国も目を届かせなければならない範囲が狭くなった分より強固になった。すぐには終わらないと考え、割り振るリソースを頭脳労働に大きく注ぐことにした。
具体的には、セイは分割体を二千体用意した。
戦闘能力のない個体たちだが、一般人と同程度の情報処理能力を備えているため十分だ。
これほどの数を揃えた理由は二つある。
一つは単純に人手不足だ。セイが首長を務めるクロナミ国は元々奴隷や貧民、難民がほとんど。ごく少数だけ元官僚が混ざっているが、ほとんどが農民や炭鉱夫といった第一次産業者であり、事務仕事が出来るものはほぼいない。
侵略先で貴族や官僚の見習いや引退した人を勧誘して連れて居てはいるが、それでも世界の四分の三の国々の隅々まで統治するには圧倒的に数が足りないのだ。
そのためセイが頭部と腕だけの分割体を量産してなんとか回している。
もう一つの理由は、単純にセイの社会人としての経験の無さからくる不安だ。
セイがこの世界に転生したのは十七歳の時。現代日本にいた頃はコンビニのバイトくらいしかしたことが無く、もちろん社会人としての経験は少ない……いや、皆無と断言していいだろう。
この世界に転生してからも同じようなものだ。世界征服を考え始めたころから勉強しているが、基本的には魔境で魔物を相手に戦い、素材の買取りや依頼の受注は冒険者ギルドでやってもらっていたので、今必要な事務能力など全く経験が無い。
それゆえに無理をして限界まで数を揃えたのだ。これなら大丈夫だと言えるほどに。
しかし結果を言えば、破綻した。
それは事務仕事というものが難しかっただとか、セイに適性が皆無だったとかいう話ではない。
もっと単純な話で、だれも契約書を残していなかったのである。
「どいつもこいつも口頭で済ませやがって……っ!なんでフォーマット作りからやらないといけないんだよ!」
クロナミ国中央政府にある執務室で、セイは悲鳴を上げながら【念写】で複数の書式の契約書や報告書を作り、引き抜いた部下たちと相談しながら暫定的な基盤となる書類を決めていた。
「国なんだよな!?政府があるんだよな!?街一つと多くてもその周辺の村くらいといっても……ちゃんと人が暮らして統治してるんだよな!?なんで情報を残さないんだよ!?機密でもないだろ!?」
「しかしセイ様、貴族でも文字を読めない人がほとんどですので、そういうものですよ」
「ちくしょう!!!!なんで今まで国の形を維持できていたんだよ!!!!!」
「ハイディ教の神官たちが代筆業や契約の立ち合いをしてくれていたからですね」
「潰しちゃった……」
情緒不安定。補佐官の一人が冷静に言葉を返してくれる傍で、悲鳴を上げたかと思えば急に泣きそうになる。
この世界は地球で言えば中世のヨーロッパと同程度の文明水準であり、識字率が低い。今まで気にしたことが無かったが、これは貴族、つまりは社会を回す側も同じであり、ひいては書類や契約書を使うものが少ないことを意味する。
セイは知らなかったことだが、神官や聖職者は聖典を読み他者に伝えるために文字を学ぶ。そのため宗教勢力は権力者間の契約を結ぶ際の立会人になることが多かった。
加えて言えばこの際に各国の機密文書をすべて把握できる立場にあるため、絶大な権力を握れる理由の一つにもなっているのだ。
セイが暴れまわったせいでハイディ教という勢力が衰退してしまい、もはや過去の話だが。
「そんなに必要なんですかね、契約書って」
「いる。二者以上の間で意思表示が合致したと証明するためにも絶対に必要だ。個人間なら言った言わないが生じても縁を切ればいいし対処できるけど、国家間で起これば全部ぶっ壊すことになる。お互いの権利と義務を明文化しておくことが統治……いや、共同体を運営するうえで必要なんだ」
加えて現代日本から転生して来たセイにとっては想定外なことに、この世界の国も政治もセイが認識しているものとは全然違った。
具体的には公私混同が極めて多かった。
いや、これも正確ではない。正確には公私の区別をつけている者がほとんどいなかったのだ。
人々は生まれた家を継ぎ、そうでなくとも家の周辺の職務に就く。職場と私生活の人間関係が同じ。生まれてから一度も街から……いや、村から出ない者たちにとっては公私混同が多いのではない。そもそも公私に区別などないのだ。
そのため当事者間が納得していればそれでよく、文字記録に残すことなどあまりない。国家間レベルでようやくだ。
セイの主観的に言えば田舎の農村の繋がりに近い。
活動方針は当主間で決めて、後は各々が勝手にやる。少数でしか繋がっていないから連絡も報告も口頭で十分であり、齟齬が生じでも上位者の意思が正解になる。常に当主が正しく、当主同士でも徒弟制度のような力関係があり、上位の者が正しく、他家の当主との力関係が拮抗すれば、当主同士の話し合いで妥協点を探り合う。
そう考えると、貴族家というのは特殊な家ではなく、家という形式なだけで一族経営の会社と見ることも出来るかもしれない。
セイは切れた。
「だがもう今まで通りにはさせない。国家間の契約は勿論だが、領土内の状況と一緒に人間同士の情勢も必ずきっちりと報告させろ」
「反発が予想されますが……分かりました。それで、根本的に文字が読める者が少ない問題はどうします?」
「神官たちを雇用しよう。ハイディ教徒に限らないが俺に抵抗しなかった奴らは生かしてあるよな。いったんあいつらを補佐官にする。並行して文字を学ばせよう」
セイは全支配領土に結論を伝達した。
案の定反発が起きた。
「セイ様、クロナミ国の支配地域で一番力のあるハイディ教勢力から返答があったのですが……王族同士の契約はハイディ教の神官の立ち合いのもと古代人族語、古代エルフ語、古代ドワーフ後で記し、一部づつハイディ神聖国に保管する伝統がある、とのことです」
「クソ面倒な伝統を残しやがってよぉ……!これは情報を正確に伝達する手段だからよし!伝統は年に一回、それも祭事の時だけ。これが最終勧告だ」
「しかしそれでは反乱が!」
「叩き潰す!俺が王だ!歯向かうようなら首を挿げ替えると伝えろ!」
官僚が出ていき、次の官僚が部屋に入ってくる。
「報告書があがってきました」
「ご苦労。……だいぶ杜撰だな。てかどう考えても空白を埋めただけで数字が間違ってる」
「やり直させますか?」
「いや………………一回目ならこんなもんだろ。たぶんすぐには良くならない。
ステータスシステムとシティコアを利用した範囲内の経済指数を数値化する鑑定の亜種魔術、経済鑑定をセレーネが開発中だ。しばらくは待とう」
約半年が経過し、ある程度情勢が落ち着き、セイもお茶を楽しむ余裕が出て来た。
「セイ様大変です!反乱が起こりました!」
「またか」
余裕、終了。
「どこ?」
「火口国家ニアサダンです。セイ様の強引な改革を糾弾し独立を宣言しました」
「厄介だな……目的はタイミが作っている世界連合の議席だろう。周辺国家で包囲網を作れ、あと水資源のある国の動向に目を光らせろ。そっちも反乱側に着くようなら俺が出て、無限に飲み水が取れるダンジョン【水島】を枯渇させる。将軍はカピタに任せろ」
「あの男でいいんですか?」
「ああ。ニアサダンは強い兵士が多いから誰であれ守り切れない可能性がある。なら失敗した時に素直に報告してくれるやつがいい」
セイの指示を聞き終わると補佐官が退室し、セイは途中まで飲んでいたお茶に手を伸ばす。
陰赫茶という名前で心身を落ち着かせる効能がある。興奮しやすいセイにはありがたい品だ。アーゼランと協力して全世界に普及させる計画もある。
賑やかなのも好きだが一人で過ごす時間も好きだ。休憩がてら椅子を傾ける。
別の補佐官が入ってきた。
「セイ様!また反乱が起こりました!」
「さっき聞いた。ニアサダンでしょ?」
「いいえ、アキリシア王国です!兵士たちが武装蜂起しクロナミ国の官僚を拘束したと!」
「同時に反乱か、久々だな。……あれ、半年前にも反乱が起こった国じゃなかった?」
「はい。あの時の国王の弟が今回の首謀者です。ちなみに武装蜂起の名目に兄を殺された復讐もあるようです。やはり一族ごと皆殺しにすべきでしたね」
「首謀者だけ処刑するんじゃ足りなかったか…………」
セイは悔いるように目を伏せる。
基本的にあまり戦場以外では人死にを出したくないからと甘い対応をしたのが間違いだったのかもしれない。
「まあいいか。隣国ピースポーポに相手をさせろ。あの国の王は議席を欲しがっているし、ちらつかせれば素直に聞くだろ。念のため反対側の国にも連絡しておけ」
「ピースポーポですか。あの国は弱兵で有名ですが、よろしいのですか?」
「ああ。今回はセレーネの開発した魔導書を百冊支給する。いい実験場になるだろう」
セイの指示を聞き終っても補佐官が退室せず、納得のいかなそうな顔を浮かべていた。
「どうした?」
「その……てっきりセイ様が軍を率いるのかと思いまして。私の祖国を滅ぼした時のように」
「雑魚狩りの気分じゃないからな。それに、俺は俺で時間が無い」
「……」
「組織の大きさを問わず誰であれ未解決の問題を抱えている。この問題を解決するために相手は何を欲しているのか、何を手伝ってほしいのかを見極めるのが交渉のカギだよ。わざわざ俺が前線まで行く必要はない」
「……勉強になります」
「欲しければ参考書を支給しよう。ああ、それとも欲しいのは俺との決闘権か?お前は良く働いているし、特例で与えてもいい」
「…………いいえ。失礼しました。疑問に思っただけで、セイ様を恨んでいるわけではないのです。あの掃き溜めから連れ出してくれた時から、私の忠誠はセイ様にあります」
「そうなのか?ありがとう。でも俺に寄りかかるのは止めておけ。俺はろくでもない奴だ。
そうだ、いい男を紹介しようか?最近お見合いの調整を頼まれることが増えているからセッティングには自信があるぞ」
「結構です」
怒らせたらしい。十九ならこの世界だととっくに結婚していて当たり前のはずだが、セイのスカウトに応じてやってきた女性たちは事情が違うのだろうか。
乱暴に退室するサンドラを見送ると、また別の補佐官がドアをノックした。
まだまだ机から離れられそうにない。




