77話 四獣部隊
セイが活動している場所から離れてトトサワルモ地方の南東、ベルゼラード帝国領の山の中に小さな広場があった。
広場には小屋のように密閉されているわけでもないのに血の臭いが充満している。それも戦場に漂うものとはどこかが違う。まるで肉の袋からにじみ出たようだ。
地面には木製の尖った杭の様なもの。素手で触れば怪我をするだろう金属の紐。直角に曲がったスプーン。ハンドルを回せば口が開いて行くからくりなどなど、全てに使用した跡がある。使われたのは蔦で宙づりにされた三人の小さな獣人たちだろうか。
「——シィ!」
「甘い!」
獣人たちの目の前で、目が見えなくなる前でも見えなかっただろうほどの高速で拳と剣が交わる。勢いは止まり、鍔迫り合いのようだ。
「はぁぁぁぁああああああ!!!!!!」
「うおっ!?予想以上の剛力!」
片方がもう片方を突き飛ばす。損傷は軽微。怒りを込めた自慢の拳でも負傷させられないことに苛立ちを覚えてしまう。いつも冷静に、とは自分が言っていたはずだが。
「ははっ!やっぱ獣人は同族思いで素晴らしいねぇ!ほれほれ、こっちに来なくていいのかい?まだ視力が戻せるかもれないぞ?」
「貴様!」
「マリ姉、落ち着いて。殴るよ」
「——ぐっ……す、すまない。リンクス。でも殴る前に言ってほしかった……」
姿を現した二人目の獣人に男は警戒心を増す。褐色の肌。赤黒い目。クロナミ国国王こと【混沌神】のセイから祝福を授かりセイを支える戦士の証。
「ルス姉、マリ姉と協力して子供たちを助けてあげてね。ミューちゃんは私と殺しに行くよ」
「分かった」
「おっけえ」
「楽勝だよ!あんなふざけた奴!」
「ミューちゃん、油断しちゃダメ。あの男はへらへらしてるけど私の【童心察知】に反応してないから演技だよ」
「……おっとっと、四匹とも釣れちまったのか、いやーもてる男はつらいねえ。貴重な獣人奴隷を三人も潰した甲斐があったってもんだ」
ふさけた男こと、ベルゼラード帝国の大将軍【虐殺将軍】チューベットの側近の一人、【毛刈り妖怪】ギガーラは剣を構え直す。もう獣人の奴隷を虐めても挑発にならないだろうと判断して。
対峙するのは犬系獣人種のリンクス、虎系獣人種のマリベル、鳥系獣人種のルスリリ、熊系獣人種のミュルミュル。セイの抱える超少数精鋭の遊撃部隊、四獣。報告通りだ。
「だがちょうどいい。お前らの首を持ち帰れば陛下も俺を新しい将軍にしてくれるだろう。俺の出世の糧になってもらうぞ」
ギガーラに歓喜と嗜虐の笑みが宿る。目の前にいるのはベルゼラード帝国の世界征服を阻むクロナミ国を支える三本の柱の一つ、四獣。征服した国々を占領する軍隊を壊滅させ国を解放し、クロナミ国の傘下に加えている非常に厄介な獣人たち。
こいつらのせいでベルゼラード帝国の世界征服は全く進んでいない。トトサワルモ地方の南東を征服したところまでは良かったが、後ろから領土を掠めとってくるせいでこれ以上拡大できないのだ。
しかもベルゼラード帝国は征服した国々に圧政を敷いているため、解放してくれる四獣たちは英雄視され民衆に気力を与え、解放軍まで出来てしまった。
無論ベルゼラード帝国側も静観していたわけではないが、四獣たちが強いだけでなく四人という超少数精鋭なせいで発見報告が少なく、常に後手に回っていた。
しかし賢いギガーラは一計を案じ、獣人奴隷を使っておびき寄せたのだ。馬鹿なことにまんまと策にハマってくれた。
四獣たちは罠にはまっているとも気が付かず、自分に殺意をぶつけている。報告通りなら手こずるが、死ぬことは無いだろう。元A級冒険者にして現ベルゼラード帝国チューベット騎士団所属の、このギガーラ様ならば。
(あとは結界が起動するまで時間を稼げば、俺の――)
そこまで考えて、目の前の光景が何故か流れた。
まるで首を刎ねられたように。
「冥途の土産に教えてあげるけど。四獣は私たち四人じゃない。私と四人の計五人の部隊だよ」
その言葉は、最後まで聞き取れなかった。
「簡単だったね」
「うん。ありがとうゼララちゃん」
後方の茂みから姿を現したのは兎系獣人種のゼララ。四獣の一人だ。
他の獣人とは違い、彼女は銃を持っていた。
獣人とは己の身体能力を誇り徒手空拳で戦うことを誇りにするが、兎系獣人種という獣人種にしては身体能力が低い血筋のため、彼女はセイに与えられたスナイパーライフルを愛用し、他の肉弾戦特化の四人が注意をひきつけている間に狙撃する暗殺者だ。
他の面子と違いセイに助けられてから戦士になったために一番の若手だったリンクスよりもさらに後輩にあたる。
「リンクス―、この虐められてた子たちはどうするー?」
「もう長くないと思うけど、助ける?それとも救う?」
「助けるなら核命血を分けてあげるしかない。隊長なんだからリンクスが決めるんだよ」
「そうだね……んー……可哀そうだけど私たちじゃ助けられないし……かといって核命血まで使う程の理由はない…………けどやっぱ可哀そうだし……ゼララちゃん、助言を頂戴。何か助ける利点ってある?」
「ないと思うよ。でも、もうすぐ補給部隊と合流出来るし、手持ちの核命血で延命して、近場の街に預けるくらいはセイ様もすると思う」
「たしかに。じゃあそれでいこう」
結論を出したリンクスたちは死に体の奴隷の獣人たちを回収する。セイの配下としての意識が強い彼女たちはただ獣人と言うだけでは同胞とは思わないが、純粋に優しい性格なのだ。
「ねー聞こえてたんだけど酷くない?私もこの部隊の一員なんだけどー」
聞こえてきた声に、全員が顔を顰める。
声の主は、この部隊の六人目だ。一応は。
「……移動しよっか。ミューちゃんは一人、マリ姉は二人背負って。ルス姉は空から偵察。私は先頭、ゼララちゃんは後方でお願い」
「ねー私はどこにいればいいー?それに周りにいたさっきの人のお仲間はこの通り殺しておいたから誉めてくれてもいいんだよー?」
「…………自己判断でお任せします」
「ちぇーまたそれかー。りょーかーい」
急に空気がギスギスしだしたのも気にせず、その女性はマイペースにふらふらしている。
すぐそこで傷だからの獣人の子供たちにも、死体になった騎士団の男にも、首だけにした増援とやらも気に留めずに。
リンクスたちは半ば憎悪も籠った目を向けないように粛々と移動の準備をする。
それだけ嫌いなのだ。彼女が、セイが突然連れて来たサキュバスの女性、スイーピーが。
彼女について知っていることはほとんどない。世界征服に乗り出すほんの少し前にセイが連れてきて、リンクスの部隊に増援として入った。初対面の時からリンクスたちは彼女を嫌いになったので、二年たった今でも交流もほとんどない。もはや意地だ。
リンクスたちは自分の力に誇りを持っている。セイに与えられた肉体と鍛えた技に、特大の誇りを持っている。この力でセイの栄光の一助となれると知りより一層修行にも身が入った。
そこに追加で人員が送られてくるのも、己の力の足りなさが悔しいが理解できることだ。
しかし、その増員がへらへらした普通の女性にしか見えなかったのだから話は別だ。
淫魔系魔人族、通称サキュバスのスイーピー。実年齢は知らないが見た目は母性的で二十代半ば、服装はサキュバスらしく露出が多く扇情的。黒髪黒目に黒い角は典型的なサキュバスだ。
『セイ君、この子たちを守ってあげればいいの?』
第一声で、全員が彼女を嫌いになった。
獣人は強さを尊び、強いものを上位者として敬う種族だ。しかし、これはあくまで仲間同士の話。例えば魔物が攻めてきて敗北しても、魔物を上位者とは認識しない。同胞であるという前提の下、序列をつける物差しが強さなのだ。
ゆえに気難しく本心から笑うことが無く性格が面倒で一人で勝手に物事を決め本当に苦しい悩み事は明かさず周囲を笑顔にしておきながら満足したら勝手にどこかに行ってしまうセイが大親友の様に親し気にしていて、初対面でこっちを弱者扱いしてきたスイーピーが大嫌いだ。
仕方のないことではある。リンクスたちはまだ二十代になったばかりで、職務に忠実だが自制心はまだ育ち切っていないのだ。
「先に行ってるわねー」
「……」
しかし、嫌いではあるが、強さを認めていないわけではない。
彼女のことはほとんど知らない。どんな過去を生きたのか、どんな考えでセイの命令に従っているのか、全く分からない。普段は寄って来るのにこっちから少しだけ歩み寄ろうとしたら何も答えなくなる相手にしたくない人柄なうえに、気が付いたらいなくなり、気が付いたらそこにいる様な神出鬼没な人なのだ。
ただ一つ、本当に全力のセイと互角の戦いを繰り広げた、SS級冒険者とでもいうべき世界最強の一人であることだけは、よおく知っている。
「リンちゃんたちも行こうよ。この森は八大災禍の一人、長老ちゃんの支配領域になりつつあるから、このままだとリンちゃんたちは死んじゃうよ」
「……みんな、早く移動しよう」
己の弱さに悔しくなるが、彼女がこの隊にいる限り、私たちは死なないだろう。その事実に不快感と、言葉にしないが感謝の気持ちを抱きながら、彼女たちは次のポイントに向かって行った。




