73話 名を挙げた部下たち
ハイディ教の強者を多数生み出しているライド国は個の武勇に秀でているものを多数抱えているため長年にわたって独立を保っている。それは事実だ。
しかし同程度、もしくはそれ以上に武勇に秀でたものはライド国以外にも存在し、長い時間の中では敵対する勢力に味方されたことも多数ある。常により強い立場を保てていたわけではない。
それでもライド国が独立を保てているのは、周囲の地形も関係している。ライド国を囲う山と見間違えそうなほど大きな丘が天然の城塞となっているのだ。
「通達。あと少しで暴竜たちがあの道を通過する。全員、念のためもう一度、杖銃の手入れを済ませておけ」
そのうちの一つに騎士たちが潜んでいた。
若い騎士が声を震わせて問いかける。
「ザ、ザイール隊長、暴竜が他の道に向かった可能性は無いのですか?」
「無い。逃げるラフィット殿を追ってこの丘に入ったと報告があった。暴竜は非常に目立つ。見間違えることは無いだろう」
「なるほど。で、では単独ですか?もしくは連れている部下は、無名の奴だったり……」
「残念ながら四名は連れている様だ。【赤龍】、【大河】、【緑長】、【怪鳥】。全員化け物だ」
「ひゃはははは!腕がなりやすが、やっぱ個々に名を挙げ始めた部下たちが厄介ですね。単独なら各個撃破してやるのに」
「だからこそこうして少しでも分断しているのだ。現在はいつも通り五人で行動している。ここからさらに出来れば一人づつに、最低でも二人に切り離す」
「ひぃぃ……まるで災害級の魔物を複数相手にしているようだ」
「そのくらいの心構えでいろ。あいつらを人間だと思っていると足元をすくわれるぞ。……来た、距離は八百、十五秒、おしゃべりは終わりだ」
騎士たちは表情を引き締め、無言で杖銃を構える。量産化された『夜神の外套』ならぬ『夕暮れのローブ』を身に着けた彼らを見つけられるのは上級冒険者でもなければ不可能だ。
【照準】の魔術陣を展開して精密に杖を向け、杖に込められた【念動】を改良した【射出】の術式を発動一歩手前で待機させる。
杖銃、それは数年前に【流れ星】の二つ名で知られる無限光のメンバーが開発し、ハイディ教の神官戦士たちの間に広まっている新兵器だ。
魔術の発動媒体である杖を改良して、杖そのものに【照準】と【射出】の術式を組み込み、魔力を込めるだけで目標を殺害できる。
本来は使いこなせてもランク2の狼くらいにしか通用しない、素手の方がましと散々な評価の武器だったが、近年のさらなる改良により威力が極めて向上したためライド国の騎士達も使い始めている。
最も、威力が極めて上昇した反動の負荷を使用者に押し付けることで成立してる危険な状態だが、神敵を殺せるならば些細なことだ。
(来た!)
肉眼で監視していた一キロ先の道を、五人の人影が通る。先頭を走るのは、貴族の将軍が着る様な仕立ての良い立派で真っ赤な鎧兜とひらめくマント、まさしく暴竜。
後ろに続く四つの人影も報告通りだ。
(ここから打って到達まで一秒、狙撃ポイントまであと四‥‥‥三……二‥‥‥)
「今だ」
静かに合図を出す。さらに加速した体感時間が一秒をさらに短くする。百倍にも感じる時間の中で弾丸が空気の壁に穴を開けるように突き進む。
弾丸はかつてラキア国から輸入した暗黒石を加工して作り出している。周囲の物質の均衡を崩す暗黒石の性質をそのままに作り出しているため、まともに触れればランク6の魔物でも肉を抉る。悪名高い暴竜とてただでは済まない。悪くても大けが、良ければこの一発で死ぬ。
仕留めた。ザイールは確信をもって弾丸を眼で追う。弾丸は確かに暴竜の頭部に吸い込まれ――——反対側にすり抜けた。
「は?」
「かかったぞ!あっちの茂みだ!」
想定外の光景に脳が動きを止める。停止した思考は肉体に影響を及ぼし、全身が石像のように固まる。
しかしさすがはライド国の騎士。視線の先で人影が歪んで消えたのを見て状況を理解する。
あれは、光属性魔術の幻覚だ。
「ぎゃ!」
「——ぁ」
自分たちは罠にはめたのではない。逆にはめられたのだ。そう気が付いた一瞬後に、部下の一人の頭部がはじけ飛び、もう一人は腕を失った。
「ぼさっとするな!防げ!」
「はっ、はい!全ては神から――」
「遅い!!【瞬爪】!!」
「【貫抜嘴】!!」
「手柄いっただきぃ!」
魔術兵が隊長の指示に従い【大土壁】を発動しようとするも、それより遥かに早くたどり着いた三つの影が、人間を殺すには過剰な攻撃を大量に放った。
鋭利な爪が、鋭いくちばしが、破城槌のように大きな舌が、地形ごと騎士たちの肉体を破壊した。
人影たちは宙を舞う土に混ざった肉片を意に介さず、残りの騎士も殺しにかかる。
「ひぃ、ひぃぃぃぃ!!!!!」
たまらず騎士は逃走する。恐らくは恐怖が限界を超えたのだろう。
「待ちやがれ!逃がさ――ぐぇ!」
「待つのはお前だ。いつでも五人一組、セイ様の命令だぞ。追放されたいのか」
「とっとっと、そうだったそうだった」
先走りそうになった一人を追いついて来たもう一人が捕まえる。
騎士たちの顔が恐怖と絶望に染まる。遠くから狙い、一方的に殺す。そのはずだったのに一気に死がやってきてしまった。
「お前たちは暴竜……の部下たちか。本人は、いないようだな」
「ああ!セイ様はお前たちの浅知恵なんてお見通しだからな!!」
「今回の策は『追獣』って言うんだろ。獣を先に行かせて、後ろから仕留めるってやつ」
「ハイディ教の神官戦士が良くやると聞いている。弓矢ではなく、その杖銃とやらを使うのは半信半疑だったが」
隊長は膨大な冷や汗をかき、息をのむ。作戦で負けたのはいい。たまにあることだ。自分たちは死ぬだろう。死ぬことくらいは覚悟している。
「お前たちは、魔族なのか……となると暴竜も……」
問題は、自分たちの相手が人間ではなかったことだ。
「失礼な奴だな。人間ってのは種族や力じゃなくて心の在り方?らしいぜ」
「俺は魔族でいいよ。元より種族なんて気にしてない」
「セイ様は魔族なんだっけ?どっちだっけ」
「いいから早く殺すぞ。一人でも多く殺すことがセイ様への援護になる」
全員が人でありながら、人ならざる者の特徴も備えていた。
龍のような赤い鱗と爪、手足と胴体は水で出来た巨人、蛇のように細長い胴体、巨大な鳥の様な翼と嘴と手足。
どう見ても人間ではない。過去に討伐した魔族のようだ。
彼らはセイの部下だが、その中でも魔物との融合を受け入れた者たちだ。
「俺たちは弱い。戦う力が無い。あなたに恩を返すためなら、魔物との融合も耐えられる」。そう言って受け入れ、融合した者たち。
それでもまだ弱かったので追加して、合計で三体の魔物をその身に受け入れた屈強な兵士たちだ。
「……あれ?隊長はどこに行った?」
ふと【赤龍】が声を上げると、ぽーんと後ろから首が飛んできた。
セイの部下の五人目、彼らの隊長のものだ。
「ひひっ、ひぃぃぃぃ、な、なななんんでででで、僕ばっかりこんな危ない目に合わなきゃいけないんだよううううううう。
はっ!うっ、動くな!動くとこいつを殺すぞ!」
もう死んでるだろ。それもお前が殺したんだろ。そうツッコミを入れる余裕もない。
胴体を引きずってきたのは先ほど逃げた騎士。明らかに錯乱しており、目の焦点が合っていない。
騎士とは少なくとも建前上は正義を誇り秩序を守る者だと認識してたため、四人とも驚いてしまう。
一瞬の空白に騎士は勝機を見出す。
「ロイ!こいつらはハイディの敵だ!今のうちの殺さないと大変なことになるぞ!」
「ひっ!ハイディの敵!?こっ、殺さなきゃああああ!!!!」
ロイ。ロイ・ランド。ランド国国王の第一子にして、生まれながらに狂気に囚われている王子。
乱暴者で手が付けられず「遠距離武器を持たせれば少しは落ち着くだろう」とこの狙撃部隊に押し付けれていたが、今ではその狂暴性が何より頼もしい。
「よっしゃああ!じゃあ次は俺が第七部隊の隊長だぁ!」
「抜け駆けするなお前から殺すぞ!」
「じゃあ最初にあの騎士を殺した奴を推薦ってことでいいな!」
(俺は他の騎士たちを殺して確実にセイ様に媚びを売っておくか)
ライド国の正面を守る丘で、狂人と怪物たちが衝突した。
「兄さん!?ロットン兄さん!?なぜそこに!?」
「知り合いか?」
「‥‥‥妻の弟だ。会うのは久々だが」
また別の丘で、セイの部下とライド国の騎士が衝突していた。
こちらは魔物との融合を拒否したため、正真正銘人間だ。右手に剣を、左手に盾を装備した非常に一般的で騎士の様な出で立ちの兵士たち。ここだけは普通の戦場の様だ。
「久しぶりだな。元気だった――」
「なぜだ!?なぜ護国の騎士と呼ばれた兄さんが、そんなところにいるんだ!姉さんはどうしたんだ!?」
「————、妻は元気だったよ」
悲鳴を上げるように糾弾しているのはライド国の聖殿騎士、ランディだ。まだ三十程度という実年齢に反して見た目は若々しく、戦場に来たせいで汚れているが、綺麗に手入れされている美しい武具からは几帳面さを感じさせる。
しかし今は見る影もなく、表情に混乱と絶望が差している。
それも当然だろう。隣国では護国の騎士と名高く、二十年前に姉が嫁入りしてからは個人的にも付き合いがある相手なのだ。会うのは五年ぶりだが、姉を通じて頻繁に文通していたため今でも同じ神を信奉し、同じ目標に向かって努力する同胞と認識していた。
国が暴竜に攻め落とされたと聞いたときは狂いそうになり、今回の防衛戦は暴竜への復讐も兼ねているつもりだった。
そのはずだったのに、一気に四十歳くらいにまで老けた姿で、暴竜の手先として現れたのだ、驚かないほうがおかしい。
「兄さん、あなたにいったい何が……」
「妻は死んだ。だが、向こうでの暮らしで妻以外にも大切な人たちが出来たんだ。そして、セイ様の部下になるのが、一番稼げて、地位を築いて、みんなに楽をさせてやれる。……ま、やってるのは侵略戦争だ。悪く思ってくれて構わないよ」
ロットンが握る剣の柄から一つ、体の内から四つの魔力光が漏れ出す。光は共鳴し空間を震わせ、使い手の魔力量を瞬間的に増大させる。
連星。加工した魔石や魔晶石共鳴させ、魔力量を数倍に引き上げるセレーネが開発した新技術。魔物との融合と違って倫理的にも受け入れやすいため魔物と融合していないセイの部下はほぼ全員がこの手術を受けている。
一つで一重連星、二つで二重連星、セイでも今の体では三つの三重連星が限界だ。しかし彼は奇跡的なバランスで五重連星を実現させ、瞬間的に二十五倍にまで魔力を引き上げている。
「【経絡脈過剰循環】【白刃斬】」
「っ!!ハイディよ、ご照覧あれ!【追放令】【聖罰】!!」
透き通った純白の刃と、周囲を汚染する絵の具の様な白色の槍撃が正面から衝突する。一瞬の拮抗、力はほぼ互角、しかし武器の優劣が勝敗を分けた。
剣が欠け、余波で後方に吹き飛ばされる。地面に水平に飛ばされ、一つ向こうの丘にクレーターを作り上げた。
「はー、はー、はー……兄さん、くそっ……おのれ暴竜!」
「セイ様は俺の上司だ、悪く言われると、見過ごせなくなる」
「っ!?」
当然だが、この場に居るのは二人だけではない。兄の変わり果てた姿に絶望するあまり目に入らなくなっていた他の暴竜の部下が襲い掛かる。
拳が、斧が、槍が、魔術が。容易く人を殺せる力が濁流のように襲い掛かる。
「なめるな!俺は必ず、暴竜を殺すんだ!」
しかしランディも【ハイディの加護】を受けた英雄にして、【迫撃】のランディと呼ばれ【槍術】をレベル9まで極めた槍使いの一人。巧みな槍捌きは数の不利を覆す。
……はずなのだが、
「拙い」
「なっ、がはっ」
ランディよりもさらに巧みな槍裁きが、槍を跳ね上げた。
続く動きで胴体を突く。死ななかったのは防具の性能が良かったからだろう。
「これほどの腕前、何者————、いや、貴方はまさかポルケッタ国の――」
「お前たちは知らないだろうが、セイ様は攻め落とした国の優秀な兵士は自分の部下に加えている」
「今では八割ほどが途中参加だ。おかしいよな。いったいどんな軍隊なんだか」
「復讐に首を狙われると思っていないのかとも考えたが、どうやら理解した上らしい。豪胆なことだよな」
「兄さん!?なぜ生きている!?」
ランディの部下を回り込んで殺戮したロットンが姿を現す。ランディとの鍔迫り合いに負けた吹き飛ばされたとは思えないほどピンピンしている。
「おかしなことを聞くんだな。戦いで最も重要なのは継戦能力だと教えたはずだが」
「だとしてもさっきの衝撃はこんなに早く復帰できるほど浅いはずが……っ」
「敵に教える義理は無い。兵士として、そして兄として最後の問いかけだ。降伏しろ。お前が死ぬことはあいつも望まないはずだ」
「ぐっ……断る!兄さん……いや、ロットン!お前こそ、神敵に味方する今のあなたを見て姉さんがどう思うか分からないのか!」
「残念だ」
一人になっても抵抗する騎士と、同格の相手が五人。語るまでもなく勝敗が決まり、生き残った者たちは進軍を続けた。
「結構強いな。さすがはハイディ教で一番の戦士たちだ」
「……降伏は、たぶんしないでしょうね。さっきの冒険者たちを寝返らせることは出来ないでしょうか」
「出来ないだろうな。冒険者はロマンを求める自由業という触れ込みだが、実際は魔物専門の狩人として食い扶持にしているだけだ。ほぼすべての冒険者は生まれた街から離れない。当然、愛国心だって湧くさ」
「セイ様、ご報告があります。その前にお風呂と食事を準備しておきました」
「ありがとう」
夜が明けて拠点にセイたちは拠点に帰還した。出迎えてくれたリーメールに感謝を告げつつ、城の中に不自然に人が集まっているのに気が付いた。
「負傷者?」
「はい。怪我人は既に治療していますが、呪いに掛かった者が一人」
「じゃあ先にそっちだな」
不満そうなリーメールを置いて医務室に向かうと、確かに呪われている人がいた。
どう見ても妊娠している。
「う”う”う”う”……セイ様ぁ……」
「暴れるな、今見てやる……ふむ、豊穣の奇跡を流用した強制受胎の疑似神罰だな。以前襲った神殿の資料に会った」
「俺、男ですけど……」
「だからこそだ。初めの部分だけでも成功すれば臓器を圧迫できる。……ふむ、魔力圏をぶち抜くのではなく、すり抜けている。すごいな、噂の聖女か?」
「セイ様、は、はやく……」
「すまんすまん。今切開するから動くなよ」
指先に闘気の刃物を纏い、切る。兵士は斬られたことにも気が付かず肉が割れ、素早く突っ込んで素手で疑似生命を取り出す。
疑似生命はアメーバやミトコンドリアのような姿をしており、握り殺した。
「これで大丈夫だろう。だが精神に効いたはずだ、安静にしてろ」
「ありがとうございます……」
「セイ様、ご報告が。昨夜で五人死にました」
「そうか……遺族に慶弔金と物資を送っておけ。死んだのは隊長か?なら誰を次の隊長にするかは少し待て、明日の朝までに考えておく」
「伝えておきます」
セイは自室に戻り一休みする。肉体を休ませ、即興で取り込んだ土を四つの脳に作り変えて思考する。
今までの国も強者はいたが、ライド国はその中でも一番強い。兵士の質が高いのもそうだが、ライド国出身の戦士がトトサワルモ地方中に散っているため本国の危機に駆けつける危険性も十分にある。
一刻も早く落とさなくてはならない。しかし急ぎすぎて失敗してもいけない。ベルゼラード帝国がハイディ神聖国に攻め込んでいるらしいが、攻め切ることは出来ないだろうからあてに出来ない。
さて、どうするか。
「愛国心と信仰心に篤く、教義にも忠実。降伏は絶対にないだろう。
よし、正攻法は諦める。全員魔族にして洗脳するか」




