71話 二つの邪魔な勢力
世界征服を開始してから二年が経過した。トトサワルモ地方の西半分を征服したセイは休むことなく東側にも足を踏み入れた。
そして征服の勢いは一気に落ちた。トトサワルモ地方の中央を陣取っているハイディ神聖国、北東にある森の聖領ユグドラシルを陣取るヒナルラ公国、南東からセイと同じように世界征服に乗り出したベルゼラード帝国。この三つが覇を競い合っているからだ。
ヒナルラ公国とはセイが個人的に繋がっている上に征服するつもりがないと知っているから無視してもいいが、残りの二つの国が邪魔だ。
一つ目はハイディ神聖国。神々の長を気取る光と法の神ハイディを奉じ、ハイディの加護を受ける自分たちが世界の秩序を守るのだと思い上がった神官たち。世界中の法の保証、ひいては国家樹立の承認権を長らく持ち続けたことで絶大な権力を持ち、軍事力においてもトトサワルモ地方で一番強い。兵士の平均値は普通だが、多数の英雄を抱えており、単独で戦線をかき回す個の数で最も勝っている。
加えて宗教という名の思想で繋がっているため、既に征服したセイの領土からも反乱分子が生まれる可能性も高い。まっすぐ戦ってくれないという意味で厄介だ。
二つ目のベルゼラード帝国も残虐性でセイのクロナミ国より勝っている。ステータスを比較すると常識の範囲内で高い程度の兵士たちだが、虐殺を好む大将軍のせいで危険性が何段階も上がっている。
一人でも村に入り込むと血の宴を開催し、食い散らかした後で残飯から物資と生き残りを奴隷として連れていく山賊のような兵士たち。征服した後の統治など考えていない愚行だが、それゆえに限界まで搾り取った富を全て軍事力に注ぎ込むことで手が付けられないほど強力になっている。
英雄の数こそ少ないものの、大将軍とその側近たちは上級冒険者さえ凌駕し少数で相手国を蹂躙している。戦って勝つか負けるかというよりも、ベルゼラード帝国に征服された土地は奪っても復興に時間がかかる、という意味で邪魔すぎる。
セイが東側に足を踏み入れてからはこの両国から先兵が次々と襲い掛かって来るため足止めされることが増えている。
しかし遅くなっても足が止まることは無い。進み続けて次の国に到達した。
「もうすぐライド国に入る。そろそろ奇襲もあるだろう。気を引き締めろよ」
「セイ様、そうはいってもセイ様が下さった未来予知のマジックアイテムのお陰で察知できますし、心配しすぎですよ」
「俺のマジックアイテムも絶対じゃない。道具に頼り切るようなら取り上げるぞ」
「そんなー」
セイ達が今いるのはトトサワルモ地方の中央から北にある山岳地帯だ。トトサワルモ地方の南東がベルゼラード帝国の領土であることを考えれば一番攻め込みやすい。
その中で比較的切り立った山間。土属性魔術で削った空間にいた。
「今日はもう日も沈んだし、ここをキャンプ地にしよう」
「分かりました。おーいお前ら!今日は終わりだ!」
ポケットから取り出したお城に全員入り、食堂で夕食の準備を始めた。
今日は取れたての白雪豚の三枚おろし。三分の二が脂身で非常にカロリーが高く、行軍中には非常にありがたい料理だ。
場所はバルコニー。夜間であるが星明りが世界を照らし、影が地形を形作る様は非常に趣がある。城自体に気配遮断の効果があるため見つかる心配もない。軍事行動という命の危険がある仕事は無意識のうちにストレスがかかってしまうため極力贅沢なものを使っている。
意識がたるむようでは不味いが、いざという時に十全のパフォーマンスを発揮するためにはストレスを無くしたほうがいいのだ。
「しかしセイ様、本当にこれでいいんですかね」
「なにがだ?」
「いや、何がって……これから攻めるライド国といえばハイディ教の聖地ですよ。神罰とか……」
「知ったことじゃないさ。神の恵は神のみが与えられるもの。人と神官、国と教会は横並びなのさ。自分たちだけが神の威光をその背に受けていると思い上がっている豚どもなぞ切り捨ててしまえばいい」
はっはっはと笑い飛ばす。
セイもまだ若いなりに冠婚葬祭などを担う宗教勢力に理解はあるが、ハイディ教にこだわりはない。こうべを垂れないならば滅ぼし、セイが信仰している術と時の神コククロのコククロ教を代表にすればいい。
「それより確認だ。ライド国についての資料には目を通しているな?噂ではなく正確な情報を言え」
「ええと……ハイディ教の聖地ですよね?」
「あとは、たしか神聖戦士を最も輩出している国だったかな」
「正確には、ハイディ教の神官戦士の六割を輩出してると聞いています」
「国民全員が信仰心に篤いけど、信仰に篤すぎて原始的な暮らしをしてるんじゃなかったでしたっけ。全員同じ時間に起きて寝て、全員同じ服を着てるって」
「だいたいあってるよ。全員が原始的な暮らし。つまりは強敵だ」
セイの言葉に兵士たちは顔を引き締める。分かってはいたことだが、改めて口にされると恐ろしいものだ。
この世界には魔力と闘気だけでなくステータスシステムまであるため、個人の武力は鍛えれば鍛えたほど上がっていく。鍛えた体はマグマの海に落ちても傷一つつかず、鉄の扉を素手で捻じり壊す。達人が剣を持てば山を切り裂き、熟練の職人が鍛えた鎧は雲の高さにまで投げ飛ばされても壊れず、一流の錬金術師が作った指輪は身に着けるだけで能力値を向上させる。文明の利器を個々人の修練で凌駕出来る様はまさに神秘的だ。
ライド国はまさに個々人の質の高さによって存続している国だ。軍事国家ではなく個々人がずば抜けた修行を潜り抜けた質による強さ。
噂によると伝統的な製法で作られた武具は神の祝福を授かり身に着けるだけで勝利を手にすることができ、ハイディの祝福を受けた土地で暮らしているためこの土地で生まれたものはハイディの敷いた運命のレールを走る権利を持ち、特別な訓練を受けているために国民たちは一般人でさえD級冒険者並みの実力者だという。
文明水準は中世を通り越して古代らしいが、国民全員が同じ神の元で団結し幸福に暮らしているという。
そういった噂を真に受けるのは危険だが、文明の利器に頼ることなく個人で絶大な武力を手にすることが出来るというのはセイも部下たちも深く実感していることだ。
「ま、それでも勝つのは俺たちだけどな」
「当然ですよ」
「セイ様の伝説の一部になれることは、俺の子孫たちにも伝えていくつもりです」
「じゃあ生きて相手を見つけないとな」
次の瞬間、謎のビームがセイたちを跡形もなく消し去った。
「…….なっ、なにが」
「えっえっえっ?」
「攻撃!?……どこに逃げればいいんだ!?」
いいや、消え去ってなどいない。今の光景は自動で発動したピアス型の未来視のマジックアイテムが見せてくれた未来。
兵士の質とは個人のステータスだけでなく身に着けている装備品でも左右される。兵士の質を上げるために全員分の限定的な未来視のマジックアイテムをセイとセレーネが共同で開発・製造したのだ。
時間属性と生命属性を合わせたこのマジックアイテムは「十秒後に死ぬ」時に自動で発動してくれる便利な道具だ。これのおかげで部下たちは流れ矢で死ぬことがなくなった。
しかし今回は分からない。普段はどの方向からなんの攻撃が来るのか視覚で教えてくれるが、今回は真っ白だ。
「ど、どこからだっ!?」
「くそっ!とにかく結界を作るんだ!」
「セイ様!どうかご指示を!」
部下たちが混乱しているのを無視してセイは更に詳細を見る。未来視の視認する効果を取り除き、自分の体の状況にのみ焦点を当てることで精度を飛躍的に上昇させる。
自分の体がどの方向から壊れるか。どの程度の速さで壊れるか。攻撃の減衰はどの程度か。そこから計算して方角を探る。距離を見る。
(壊れるのは右肩から左肩、前方から後方へ、やや上方から下方。俺の体が破壊されるまでの時間でどの程度威力が減衰するか。俺の体が跡形もなく壊れる以上どの程度の闘気が込められたのかもあたりが付く……角度87度、距離50キロだな)
……。
……50キロ?
弾かれたようにそちらに振り返る。丘の上に、強化された視力でも砂粒のようにしか見えない人のような影が槍のようなものを振りかぶっているように見えた。
槍は放たれた。その線で、世界が歪んだ。
距離50キロ、幅300メートル。絶大な闘気を込められた槍は、地上を走る流れ星のよう。一条の輝きは触れたもの一切を焼けた鉄に落ちた水滴の様に蒸発させる。
回避は間に合わない。防御も同様。その輝きは分割体に過ぎないセイにすら走馬灯を幻視させる。
(これを使えばこの体は気軽に分割できなくなるが、仕方がない。三重連星起動、【重結合】)
【分解魔法】と【構築魔法】を使いこなすセイの本質的な力は世界の最小単位の操作にある。何度分解されても構築する再生能力によって致命傷さえ無意味に貶める。
しかしその逆に、己の肉体を自分にも分解できないほどにまで強く結びつけることで、肉体そのものの頑強さを高めることが出来る。
セイの肉体が一回り小さくなる。密度を高めた結果だ。しかしそれに見合わないほどに強化される。ここまで強化すれば、全力モードに比べれば綿あめのように脆いこの肉体でも一撃くらいはもつだろう。
バルコニーから飛び出して破壊の流星に向かい合う。使うのはセイが使える技の中で最も強力な技。
恐れることは無い。この程度の破壊など、くらえば一撃で死ぬ程度。
足で虚空を踏みつける。衝撃は世界を揺らし、揺り戻しが世界をさらに大きく揺らす。津波を乗りこなす様に、右足に全ての力が収束する。世界の許容量を超えるほどの魔力が漆黒に輝き、蹴り抜く。
「【背面返し】」
極伝。セイが使える技で最も強力な一撃。
破壊の流星を、世界を裏側から叩いたかのような漆黒の脚撃が塗りつぶす。衝撃でバン、と音が鳴り、敏い動物だけでなく植物すらも擬態を解いて足を生やして一目散に走りだす。どこに逃げればいいのかも分からないままに。
やがて世界に崩落が追い付く。天地を揺るがす重く低い轟音と共に、衝突点からセイが蹴り飛ばした側に七十キロ先までの山々が消滅した。
「す、すげぇ……」
「セイ様!足が!」
「問題ない。それよりお前ら全員無事か?無事だな。じゃあ追撃するぞ」
「今の相手をですかい!?」
撃退には成功したが、当然、セイも無事ではない。
極伝を放った右足は腰まで綺麗に消滅した。骨盤を中心にひびが入り、力の大半は体の修復に割かなければならない。【重結合】までしたというのにこのざまとは我ながらお笑いざまだ。
しかし死傷者はいないから良しとしよう。
「闘気は生命力そのもの。身に纏えば能力値を大幅に向上させ、放出すれば絶大な破壊力を発揮するが、それは文字通り命を削る技。放出すれば本体は大幅に弱体化するんだ」
「つまり今がチャンスってわけですね」
「そういうこと。お前ら、五人の隊列は乱すなよ。今のはおそらくA級冒険者の【抜山槍】のラフィット。概算だが今ので半分程度の実力しか出せなくなっているはずだ。お前らでも倒せる。戦術とはいかにして囲んでボコスかだ。行くぞ!」
「ふっふっふっふっふ、あっさりつられるとは、暴竜とやらも存外馬鹿なものだ。別動隊が拠点を襲ってくるとは考えていないのか」
「隊長!罠を発見しました!」
「さすがは私の自慢の部下だ。まだ拠点にたどり着いていないと言うのに、周囲に鳴子でも……たしかに罠があるな」
主力が出払ったのを見てセイ達の拠点を襲撃にしたライド国の聖堂騎士たちは、十に届かない年齢の女の子が喜びそうなメルヘンなお城を前に困惑していた。




