69話 新兵器竜の息吹
セイが世界征服を開始してから半年が経過し、クロナミ国の領土は異常な速さで拡大を続け、トトサワルモ地方を縦に四分割した左から二番目あたりを丸ごと征服していた。
今回攻め込むのはゴーラム国。トトサワルモ地方最北に位置し、魔晶石が採掘できる巨山を背後にする強国だ。
建国から五百年。魔物からとれる瘴気混じりの魔石とは違う、この世界の純粋な魔力を高純度に含む魔晶石を使った聖属性の結界で魔物を退けて来たゴーラム国のこの世界で有数の安全な国だ。そのためトトサワルモ地方中から財産を預かる金庫番のような役割に収まることで影響力を保持してきた。
魔物の脅威も敵国の脅威もないこの国の人々は、常に笑顔を浮かべるほど心に余裕を持っているという。
しかし今日は大臣たちが死にそうな国で会議をしていた。
「【暴竜】が隣国を攻め落としてから既に三日!すぐそばまで来ていてもおかしくないのだぞ!」
「だからといって正気の発言ではない!明日には密偵が新しい情報を持ってくるのだ、諦めるには早すぎる!」
「たっ、大変です!【羅刹剣】と【子守歌の妖精】が姿を消しました!世話役に「俺たちは逃げる」と伝言を頼んだそうです!」
「こちらも緊急報告!南の国境沿いに【暴竜】が率いる軍を発見しました!負傷兵を抱えており、到達まで推定二日!」
「東の国境には八大災禍の一人、【山賊王】が現れました!【暴竜】と衝突!半日前です!」
答えのない議論。届けられる悲報。逃げる戦力。
頭の良い大臣ほど、同じ結論をたどり着いていた。
「やはり、降伏するしかないのか……」
降伏。敵に首を垂れ命乞いをする。本来はあってはならないものだ。敗者の末路など普通に考えて悲惨なもの。男は殺され、女子供は奴隷に。先祖代々受け継いだ宝は奪われ土地は焼かれこの世から失われ二度と取り返すことは出来ない。そんなことになるくらいなら全員が死に絶えるまで戦うべきだろう。
しかし、どのような状況でも交渉の余地はある。
どれだけ軍事力で負けていても、戦えば死傷者が出るものだ。物資も時間も消耗してしまう。相手も避けたいだろう。
ゆえにこそ降伏すれば、少なくとも無体な真似はされないかもしれない。相手国にとっても我が国は価値のある国、大規模な防御結界を運用するノウハウがある我らは処刑される者も少なくなるはず。
そんな最悪から最悪よりはまだましな未来に軌道修正しようとする方針に変えようとしていた。
「降伏など馬鹿げている!まだ戦ってすらいないのだぞ!」
「だが……暴竜は戦場での武勇は聞くが、統治者としての悪い話は聞かない。例外かもしれない」
「それは情報不足からくる楽観的な憶測だ!私たちは暴竜がなぜ世界征服を始めたのかすら分からないのだぞ!?」
「その通りだ!一方的に手紙を送りつけてきただけで話し合いもなしに攻め込んでくる奴は信用できない!」
しかし交戦派の大臣たちの主張には降伏派も内心で同意する。
最大の問題はセイの目的が分からないことだ。
原始的な場合、戦争の理由は食糧問題だろう。宗教的な諍いかもしれない。領土的野心かもしれない。文明が進めば上下関係を維持するために政治的な理由で攻め込むこともある。王女を奪うための軍を動かす例だってある。
しかし、推測は出来ても断定は出来ない。ゴーラム国の大臣たちはセイの侵略理由を把握していない。いや、と言うよりも攻め込まれた国の全てが把握していなかった。
ある日突然、宣戦布告という名の降伏勧告をされ、拒絶した国は一夜にして滅ぼされる。クロナミ国は……いや、暴竜はこれを繰り返している。
進攻のスピードが速すぎて情報収集もろくに出来やしない。国内はおろか国と国を繋ぐ道も整備が拙いため早馬を飛ばしても暴竜の進軍の方が速い。闘気が使える伝令兵でも居ない限りは不可能だ。
それでも半年もあれば多少の情報は集まったのだが、断言できるほどではなかった。
ある日突然超人的な武力の持ち主が世界征服に乗り出し、連戦連勝を重ねる。歴史を紐解けばそれなりに前例があるが、個々で事情が違いすぎて参考にならない。
それでも、国を預かる者として答えを出さないわけにはいかない。自分たちの選択が国の存亡と左右するのだ。放棄することは出来ない。
「抗戦するとして、我が国の戦力で対抗できるのか?暴竜はB級冒険者。我が国の騎士団長と互角のはずだが、今までの国でもB級程度ならいたのに敗北していることを考えると、冒険者ギルドの等級を偽造していると考えるべきだろうか」
「誇りに賭けて必ずや勝利してみせまずが……伝え聞く話を鵜吞みにするなら、私は生き延びれても私以外の街と人は死ぬでしょう」
「やはり降伏しかない。他の八大災禍に侵略されるよりはるかにましなのではないか?」
「そっ、そうだそうだ!【猫手】と【巨大母戦】は略奪と殺戮で有名だが、【暴竜】の統治下では平和が保たれているらしいじゃないか!ならば戦争が始まる前に協定を結んだ方がいい!」
セイが世界征服に乗り出した一方、他の八大災禍の暴れはじめた。いや、もともと暴れていたから八大災禍に勧誘されたので、元に戻ったというのが正しい表現だろう。
救護騎士団の様に宗教勢力だけを襲う者もいれば、武の道を極めるために強者と戦い騎士団長や上級冒険者を辻試合で殺してしまう者もいる。盗賊の様に窃盗だけならまだ被害は小規模だが、個人の武力を高めたことで軍隊からすら略奪するものまでいる。セイを含めて指名手配されていない者はいない。
しかし、危険人物の集まりである八大災禍の中でも暴竜に降伏するのが一番マシだと考えているものは多い。
セイの統治は何もない。何も変わらない。ただ国王を屈服させ、城の頂上に旗を立て、己の領土にする。それだけだ。重税を取っているという話も聞かない。
権力者からすれば権威が消滅しているも同然だが、民の目線で物事を考えるセイにとってはあまり迷惑はかけないようにしていた。元王族もそのまま元国を治めさてているし、税の徴収も民ではなく貴族や王族の財布から取っているため民からの不満もほとんどない。
いや、圧倒的な武力の征服者が居座っていることで治安が良くなったとすら言えるかもしれない。
国を作ったのはセイだけなので被害規模はどの八大災禍よりもセイが圧倒的に大きいが、同時に敗北した時の損害はセイが最も小さい。少なくとも、娯楽で殺されることも財産を奪われることもない。
「戦争が始まってから降伏するのと、戦争が始まる前に配下になるのでは待遇も違うはずだ。降参しよう」
大臣たちの意見は固まった。そうと決まれば少しでも早く早馬を走らせよう。いや、能力値が高く闘気も使える騎士団長にもっていかせよう。そんな話に進んだ直後、会議室のドアが蹴り破られた。
「なにを弱気なことを言っている!それでも我が国の重鎮か!」
入ってきた青年に大臣たちこっそりと顔を顰める。誰か分からないからではない。逆によおく知っているからだ。
「恐れながら、御身が即位した五年前から、軍事は我らに任せ口出ししないという話だったはずですが。陛下」
「馬鹿なことを抜かすな!国の一大事であると言うのに、なをも研究室にこもっているほど腑抜けてはおらぬ!
ははははは!さっきから聞いていれば馬鹿なことを!我が国が誇る鉱山から採掘した超高純度の魔晶石!これを使って作る防御結界装置こそ国の要!竜だろうと悪魔だろうと追い返した結界が破られることなど無い!」
若き国王は自信に満ちた笑みを浮かべて高笑いをする。五百年にわたり国土を守り続けている結界に絶対の信頼があるのだろう。
大臣たちは苦々しく顔を伏せる。研究者としては信頼できる。しかし先王が崩御した五年前から一切の執務を放棄し研究室に閉じこもっているこの愚王を信頼していないのだ。
「みんなっ、空を見ろ!」
「あれはまさか、宣戦布告の……」
「遅かったか……」
そんな彼らの未来に影を落とす様に空に何かが現れた。
天を覆う黒い烏。セイの使い魔にして、宣戦布告の知らせを運んでくる吉兆の証。
国のどこに居ても分かる大きさの鳥はしばらくすると小さくなり、一枚の手紙となって国王の下に落ちていった。
「時間切れだな。降伏しないなら攻め込もう」
「セイ様、殺したくないって言ってたのはいいんですかい?」
「どっちでもいいんだよ。先の事を考えるなら生かしておいた方がいいけど、抵抗するなら新兵器の実験に使うだけだ」
降伏勧告の返事が来る前に占領した鉱山で、セイはよっこらせと立ち上がり、頭の中に図面を開く。
この世界はゲームの世界ではない。殺せば死ぬし、死ねば死ぬ。
死ねば死ぬのだから、相手よりも圧倒的に優位な装備を揃えるのも当然だろう。
優れた武器、優れた兵士、優れた戦略。
そして、優れた新兵器。
「【変身】」
【影収納】から取り出した龍の鱗を頬に着けると、鱗を起点に肉体がめきめきと作り変えられる。皮膚の下で古い肉が分解され、新しい繊維が構築される。
セイのオリジナルの魔術【変身】。かつては先頭に不要な臓器を一時的に消滅させる魔術だったが、改良を重ね、今回は素材を加えることで独自の効果を発揮した。
「何度見てもキモ……カッコいいですね」
「気を遣わなくていいぞ」
頭部と胴体、四肢。尻尾に尻尾が生えて変身が収まると、セイの肉体は四分の三が龍になっていた。その姿は二足歩行の龍。意図的に作ったというより、邪悪な魔術師の生物実験の失敗作と言われた方が多くの人は納得するだろう。
しかし、これは明確に意図して作った姿だ。
この世界はゲームではない。ゲームならば全てのプライヤーが同じくらいの武器を使い、同じくらいの耐久性能で、同じくらいの足の速さで、同じくらいの準備期間で戦争をする。
しかしこの世界はゲームの世界ではないので、セイは独自に新兵器を開発しようとしている。今回はそのデータ収集だ。
「すぅぅぅぅ………………」
セイが遭遇した中で最も強力な生物、大陸龍の息吹を模した兵器を作る。そのために、セイは自分の体で再現する。
「———————————」
息を吸う。ひたすら吸う。変身しても身長は変わっていないので当然肺の大きさも変わっていないはずだが、異常な耐久性の肺に周囲一帯の空気を薄くするほどの吸う。
息を吸って吐き出す。ただそれだけが必殺になる。それが竜という生き物だ。
しかし兵器とはただ再現するだけではない。それだけなら竜の魔物を連れて来ればいい。人は生物を参考に兵器のアイデアを出し、改良することで性能を高めるのだ。
口の中に火属性の魔石を放り込む。ランクは10。砕けば熱が発生し、燃え盛る。
「うわわ!」
「セイ様から距離を取れ!余熱に巻き込まれるぞ!」
セイの口内より爆炎が漏れ出す。制御してなお噴き出る爆炎はまるで本物の火龍の息吹を思わせた。
前方にリングが出現。杖銃に使われる【照準】の魔術だ。拡散するものに指向性を持たせる。
少し空を仰ぎ、一気に放出。セイの口から透明な炎の破壊光線が放たれる。
リングを通過した破壊の線は余熱で大地を燃やしながら突き進む。
結界に衝突。天地を揺らす衝撃音と共にビームを弾き、街以外に被害を出しながらも街を守り切っている。
大臣たちに勝利の二文字が浮かぶ。絶望的な魔術だが、やはり我が国の結界は最強なのだと確信する。
それから十秒、二十秒と経過し、誰かが疑問に思う。このビームはいつまで続くのだろうか。
(勝ったな)
セイは勝利を確信する。このビームは無理をすれば三分は持つ。
セイの領土拡大にはいろいろな理由がある。
そして自覚していないが、ダンジョンコアとしての本能でもある。領土の拡大こそダンジョンコアの本能。およそ全てのダンジョンコアは階層の深さで本能を満たすが、外の世界を知っているセイは横にダンジョンを拡張している。
ダンジョンを拡張することで得られるメリットの一つは大地の魔力を吸収だ。大地を走る龍脈と、暮らしている人々が漏らしている余剰魔力。この二つを蓄えることが出来る。
この肉体はB級冒険者程度の性能しかない。しかし性能はそのままでも搭載する燃料の質と量を上げれば出来ることの質は上がるのだ。
セイが何か変えることもなくビームを放つこと一分。結界は微動だにしない。
しかし、結界を展開する装置がミシミシと嫌な音をたてはじめた。
二分経過。大臣たちが悲鳴を上げる。
更にもう三十秒経過すると、装置が耐久限界を超え爆発する。
遮るものが無くなったビームは国を縦に貫き、そのまま反対側まで貫通した。
ビームは消滅したが余熱が街中に着火し火災がそこらかしこで発生した。
チャンスだ。
「よしお前ら、このまま制圧だ。いつも通り戦うのは一日だけ。制圧できなかったら俺の魔物で囲むから無理はしないように。じゃ、いくよ」
セイの掛け声を合図に、兵士たちは流れ込んでいった。




