68話 昔取った杵柄で国を叩く
今となっては昔の話だが、この世界に転生してから一年と少ししたころ。窓の外から聞こえてくる兵士たちが鍛錬に励む音をBGNにしながら、部屋の中では男女が向かい合っていた。
それはラキア国の砦に勤めていた時の話。セイとルヴェアが向かい合って囲碁や将棋に似ているゲームをしていた。
縦に十六。横に十六のマスで作られた陣地の中で、黒と白の石を順番に置いていく。
「このゲームをしていると、戦力で負けている戦いは勝てないって分かるな」
「でしょう?」
セイが黒い石を打つ。石は兵士。セイ側の兵士は隊列を作り、ルヴェア側の兵士を追い詰める。
対するルヴェアは、通常よりも大きい正方形四マスの石を打つ。
負けじとセイは通常よりも大きい長方形三マスの石を横向きに打つ。
セイは脇に置いてある自分のカウンターを回す。三つ回して十八。陣地の占有数であり、数値が二百を超えても勝ちだ。
十の倍数のターンになったのでルヴェアはカードを一枚めくる。絵は先端に火が灯った杖。
意味は火の魔術の攻撃。
十六面ダイスを二つと八面ダイスを二つふる。
十一、八、一、三。
縦に十一マス目、横に八マス目、上に、三マス。
ルヴェアから見て奥へ十一マス目、右側に八マス目、そこからセイの方に、三マスの攻撃。
先ほどセイが横に三マスの石を置いた場所だ。攻撃はちょうど真ん中を通り、三マスの石は両端の一マスずつが残った。
一旦持ち上げ、袋から石を取り出し、改めて二つ置く。
セイはカウンターを一つ減らす。
「兵士が分断されたな。これでは弱い」
「増援を入れて戦線を維持しますか?それとも戦線を放棄して別の場所で戦いますか?」
「うーん、どうするか……」
順番が進み次はルヴェア。一つ置くと、いつの間にか離れていた石が繋がって横五マスの陣形になっていた。
俯瞰してみると少し後ろには三マス繋がった隊がある。合流されると不味い。分断して強化されるのを防ぐべきか?それとも自陣を強化するべきか?
強化にしよう。
十個の石を袋に詰める。十人の隊を表す大きな石になった。一つであるならば中身がいくつであってもいいルールだ。次はこれを置いて凌ごう。
ただし、一度置いたら撤退できないのが難点だ。
戦っていると再び十ターンが経過。セイがカードをめくる。
カードは土の杖。攻撃魔術。
サイコロの目は三、十五、五、四。
縦に三マス目、横に十五マス目、右上に、正方形の四マス。
セイから見て奥へ三マス目、右側に十五マス目、そこからルヴェアの右斜め奥に向けて、正方形四マスの攻撃。
丁度四マスの石がある場所に掠っている。
三マスは空ぶった。そして四マスの石には……何もなし。四マスの石は戦闘力が一の兵士が四人集まっているのではなく、戦闘力が四の兵士。強すぎて効果がない。
セイの目は魔術兵が放った攻撃を強い兵士が盾術で防ぐ光景を幻視した。
「隊長は私に奇策を打ってくれと無茶振りできますが、無理ですから。まともな軍師は奇策なんて打ちません」
「そうなの?」
「そうです。戦う前から戦力で勝り、情報戦で勝り、兵站で勝る。戦う前から間違いなく勝てる状況を作り出してこその軍師。奇策など戦場で追い詰められた敗北者が破れかぶれな行動に出て、天運に恵まれただけですよ」
ルヴェアの兵士がセイの本陣に到達する。
盤を横線で四つに分けた時の真ん中二つを抜けると、石は駒になる。
セイ側の指揮官を守るのは騎士、剣士、魔術師、盾兵。
お互いの手前二つは本陣なので石を直接置けずに将棋のように攻め込まなければならない。
ルヴェアは本陣の手前に石を詰めていく。
実際の戦場なら、本陣に奇襲をかける一歩手前といったところか。俯瞰してみているため丸見えだが。これはゲームなのでそれはそういうものだ
「ふふふ。隊長、この局面ならどうします?」
その言葉に盤面を改めてみる。
詰み一歩手前だ。
「ふむ……」
すこし悩む。難しい盤面だ。
セイの習得しているスキル【高速思考】と【並列思考】は常人の思考をコンピューターの様に跳ね上がるが、根本的な性能はそのまま。
偏差値の低い学生百人に偏差値が高い学校の問題集を見せても簡単に解けるわけではないように、セイは必死に盤面を読み解こうとするがなかなか解けない。
「これは軍略を学ぶ盤上遊戯ですが、実際の戦争で使うために学んでいます。隊長が実際の戦争でこういう場面になったらどうしますか?」
「それなら簡単だな」
セイは石を無視して人に見立てた二本指の手を配置した。
指をトコトコと歩かせる。順番も無視して、障害も無視して。
ていやっ、と、セイはルヴェアの指揮官の石を指ではじく。
とうっ、と、ルヴェアの石が入った入れ物を突いてぶちまける。
ちらり、とセイはルヴェアを見る。
じとり、とルヴェアはセイを見返す。
数秒見つめ合い、セイは視線を逸らし、念動でそそくさと散らばった石を元通りの場所に戻す。
「隊長なら実際はこういうことが出来るでしょうけど………………はぁ、隊長、どうしてまだ十九の小娘である私が、こんな最前線の砦に勤めていると思いますか?」
「お前が優秀だからじゃないのか?なんとか学校の首席って言っていたし」
「そうです。しかしそれだけではありません。私より上がだいたい死んでいるからです」
事実だ。この間の戦争でラキア国の軍事力は大きく低下している。副戦場はセイが一人で先走ってそのまま壊滅させたから生き残りが多いが、主戦場はスレイが半分くらいは味方もろとも切ってしまったので生き残りが少ない。
冒険者の等級で言えば、D級冒険者以下は沢山生き残っているが、C級冒険者以上はほとんどいなくなったというところか。
「そんなに主戦場の方は酷かったのか?」
「ええ。まあ減った分チヨウ国側の人材も減らせたようなのですけど。上の方は速く人材を補給できた方が勝つって思っているみたいですね」
「ふーん……。内地から若いのでも連れてきて現場で育成、あたりか」
「ですです。そいつらを使って育てるのが私の仕事になりそうで嫌ですねぇ……」
嫌そうな声色をしているが、同時に少しだけ頬が緩んでいる。
凡百な兵士を使いこなしてこその軍師の華。そういう意味では楽しみでもあるのだろう。
「おそらく三年もすれば私は他の場所に移動します。なので隊長は、それまでに軍師としても私と同程度には指揮能力を高めてもらいます」
「お前が俺を支えてくれればいいのにな」
「出来ることなら私もそうしたいものです。しかし今は人手不足なので無理でしょうね。きっと私が隊長の部下でなくなった後、きっと隊長と隊長の部下を助けるでしょう」
「……頑張って覚えるよ」
よろしい。そう言って盤面を反対にして、詰みから逆転する方法を語り始めた。
「あいつがいなくなってからずっと後に役立つとは。……なんでも覚えておくものだな」
「陛下?どうしました?」
「なんでもないよ。それよりお前が報告に来たってことは終わったの?」
「はい!制圧完了!国王が降伏しました!」
「おっけー」
場所はトランライク……ではない。
そのさらに三つ先の国。正確にはその少し手前にある山岳地帯だ。
進行を開始してから半月。既に都市国家を三つ陥落させていた。
「がはっ……貴様……自分を囮にしたのか……」
「あまり騒ぐな。降伏した以上お前も俺の傘下だからな。死なせるわけにはいかない」
瀕死の重傷で転がっているのはこの国で一番強い騎士団の隊長とその側近。一人一人の実力はC級冒険者に匹敵し、それが六人も居るのだからランク6のドラゴンが襲ってきても返り討ちに出来るだろう。
しかし今ではセイが分泌した毒霧を多量に吸ってしまいその能力は半分も出せなくなっている。死ぬのも時間の問題だろう。
死なれては困るので助けるが。
毒消しの体液を臭腺から吸わせて中和してから、動けなくして城まで運ぶ。
「暴れるなよ。おとなしくしていれば手荒なことはしない」
「……四肢を落としておいて、何を言っているんだお前は」
「ちゃんとつなげるから安心しろってば」
場所は変わり王城の玉座の間。セイは玉座に座りふんぞり返っている。
セイの主観的には国と言っても街一つとその周辺であり、地球で言えば国より県や藩と言いたくなる。
しかしこの世界で国と言うなら国だ。通信手段も交通手段も乏しく、大抵の人間は生涯を街から出ないで過ごすため街一つが国というのは大げさではない。
相手との上下関係をはっきりさせるためにも偉そうにしなくては。
「国を奪い、玉座を奪い、民を奪い……仕舞には、わっ、わしらをどうするつもりなんじゃ……っ!」
「まだセイ様が悦に浸っておられるだろう黙れ殺すぞ」
「ひぃぃぃっ……」
弱弱しくセイに問いかける老人は、この国の国王。いや、元国王だ。セイが騎士団を派手に引き付けている間に山を強引に回り込んで王城に攻め込んだセイの部下に捕縛され、あっさりと降伏してくれた。
戦士ならともかく政治家が勝てない戦いに挑むのはあり得ないので、彼の選択をセイは嫌悪してない。
「こら、デーケ。あまり老人をいじめるな。見ているこっちが辛くなる」
「はっ!申し訳ありません」
素直でよろしい。
しかしこのやり取りは三回目なのでいい加減に覚えてほしい。
いや、もしかして相手を意図的に威圧する常套手段なのだろうか。味方の心は読まないようにしているので分からない。
後で聞いてみよう。
「さてお前たち、宣言通りこの国はクロナミ国初代国王であるこの俺、セイが占領した。今後は全ての権限の最上位に俺を置く。抵抗すれば処刑する」
「ははっ!し、しかしご無礼を承知で申し上げますが、どうか、私の家族の身の安全だけはどうか……!」
「安心しろ、基本的には今まで通りでいい。不当に危害を加えるつもりもない。しかし全ての情報を寄越せ。献上する物資や金はそれから決める。こいつらは監視だ。俺だと思って命令を聞け。後ほど魔力徴収する工事員がくる。それまでは待て」
そういうと文官の格好をしたセイの部下が二人前に出る。
妙に居心地が悪そうだ。
「あとは、そこのお前と、お前は俺について来い。次の国の監視させるから。行くぞお前ら」
「はっ!」
えっ?、という元国王か元大臣だかの言葉を無視してセイは誘拐……ではなく徴兵した。
一番の目的は全ての国家を繋ぐこと。部下への報酬は確保するが、統治は誰でもいいのだ。
セイは部下と共に次の国に向けて飛び立った。




