閑話 14 偉大な子供
賭博国家ギャラルホルンの一角に宗教施設が集まった教区と呼ばれるエリアが存在している。その中でも光と法の神ハイディを奉じるハイディ教の神殿や教会が集まっている場所の隅っこにヴィクティが管理している小さな教会と孤児院がある。
セイはそこに居候していた。
「セイにーちゃんまた水の動物やってやって!」
「ふわーっと空を飛ぶやつも!」
「よーし。まかせろー」
この一か月でセイもよく馴染んだものだ。
子供たちの望み通りに水で出来た動物を生きているように動かし、【飛行】……【念動】の魔術で空中を飛んでいるように動かしたりして遊びに付き合っていた。
セイの主観的には遊びだが、魔術の技としては極めて高度だ。二十人の子供たち一人一人に一匹ずつの動物を付け、三十人の子供たちを浮かせる。つまりは五十個の魔術を同時に発動しているということでありこれほど魔力操作の腕が立つ魔術師はそう多くない。
このセイは分割体だが分割されて下がるのは能力値だけであり、魔力の操作能力は下がっていないのだ。
「ヴィクティ、洗濯物はこれでいいか?」
「ヴィクティ、今日の食材を買ってきたがあっているか?」
「ヴィクティ、ダンジョンで稼いできたが献金はどこに入れればいい?賽銭箱とかある?」
「ヴィクティ、知らない二人が近づいて来ているが追い払うか?知り合いか?」
「ちょっと待ってください!同じ顔が一斉に喋ると頭がおかしくなりそうなんですけど!」
「ではちょっと髪型と顔立ちを弄って……」
そして家事をするなら能力値は一般人並みで良いため理論上は何人でも増やせる。今はギャラルホルンに来たセイの分割体をさらに分割に五人に増えて家事を手伝っていた。
この教会は既に死んだ先代の院長が自腹で建てたものであり、死んだ時に取り壊すはずがヴィクティが無理を言って継いだらしい。そのためハイディ教のギャラルホルン支部とのつながりが薄く、運営費も人手も足りていない。
セイが手伝っていなければいつ潰れてもおかしくない。というかセイが手伝うまでが無理をして維持していららしい。ギャンブルに逃げたくなるもの分かるというものだ。
「って、知らない二人‥‥‥?あー、たぶん知っている人ですね。赤い髪のお姉さんと弟さんなら、よく私を心配して訪ねて来てくれる人たちです。冒険者の姉弟で、今はダンジョンに行っているはずですが……」
「あってる。不安そうな顔だし、ヴィクティを心配して早めに切り上げたとかじゃないか?」
他の体で会話しながらセイの分割体の一人が表に行き門を開ける。
「ヴィクティさん!無事か!?借金の型に連れていかれそうになったって聞いたぞ!」
「そしたら冒険者の男に連れていかれたて住み着かれたって!変なことされてませんか!?」
「ミュラちゃん、ラタンドス君。お帰りなさい。私なら大丈夫だから、その武器を降ろしてね。セイさんは私と孤児院を助けてくれたの」
「ヴィクティの嫌がることはしていない」
咄嗟に構えた武器を降ろす。
目の前にいる二人は、弟の方は腕白な少年だ。年は十二くらいだろうか。この街では十歳から冒険者に成れるとはいえ腕も多少は足りそうだ。姉の方は十八くらいで勇ましそうな顔をしている。
両者ともに美しい顔と赤い髪が特徴だが、怒りに満ちた形相が全てを覆い隠している。
「……」
「どうした怖い顔をして」
ヴィクティが諭したことで落ち着いたようだが、少年の方はセイを睨みつけている。
「…………いや、何でもない。セイさん、だったな。ヴィクティさんを助けてくれて、感謝する」
「まだ顔が怖いぞ?どこかで会ったか?」
「……同じ名前で嫌いなやつがいるんだ。あんたみたいないいやつじゃない。失礼だった。すまない」
「そうか。よろしく。俺はセイだ」
「ラタンドスだ」
腕白そうな少年は、落ち着いてみると年齢よりも大人びているように見える。
いや、だが一瞬心が荒れているように見えたのも事実。なにかトラウマがあるのだろうか。
「もうお昼だよ。二人も一緒に食べよう」
「感謝する」
「ヴィクティちゃん、ありがとう」
「ラタンドス、その前に血の付いた武具はちゃんと外して、体も洗うように」
セイに指摘されてラタンドスは水場へ向かう。
以前は水桶だけがあった場所には、立派な浴槽が出来ていた。
「あれ?浴槽なんてあったっけ?」
「それは俺が作った奴だ。土と水と火の属性の魔術で作れる」
「すごいな」
「あとで教えてあげよう。覚えておくとダンジョンや魔境でも体を清潔にためてて便利だぞ」
「……感謝する。いつかお礼もしよう」
「いらないよ。お前も子供なら大人の世話になっておきなさい」
「俺はもう十二歳だ。成人年齢には達していないが、稼ぎもある以上は大人として扱え」
「はいはい。大人に大人っぽいことをさせるのも子供の親切だよ。おとなしく世話されなさい」
セイとラタンドスは駄弁りながら装備を洗った。食堂に向かうと既に支度も終わっていた。
「うまい!」
「ラタちゃん、もっとよく噛んでから飲み込みなさい……それにしても本当に美味しいね。この味って火炎海亀のお肉だよね?どこからこんな高いものを持ってきたの?」
「セイさんがトト商会の知り合いから買ってきて、料理してくれたんだよ。すごいよね」
「うむむむむ……セイさん、王都の貴族街で料理人でもしてた経験とかあるのかな」
「大したものだ。今までの人生で一番うまいかもしれない」
「嬉しいな。褒めても肉をもう一枚しか挙げられないぞ」
「いただこう!」
気を良しくたラタンドスは上機嫌になって口を滑らせる。
「へえ、ふたりはチヨウ国の生まれなのか」
「ああ!いつかS級冒険者になって、チヨウ国を再興させるんだ!」
「いい考えだな。支部の判断で上げられるA級までと違って、S級は本部でしか昇格させる権限がない。もし成れれば世界中の信用を得られるに等しい。亡国の復活も夢では無くないだろうな」
「あと……」
「まだ夢があるのか?」
「ああ……殺したい奴がいるんだ。俺から全てを奪ったあいつを!」
酒が入ったためかラタンドスの感情の波が激しい。子供の体だとアルコールが回りやすいのだったか。
その眼には夢を語る少年の輝きではなく、重く悲しい過去を憎む憎悪の炎が燃え盛っていた。よっぽど殺したい相手なのだろう。
「平和に暮らしていた俺たちの故国を滅ぼし、俺の全てを奪ったあいつ……【暴竜】のセイ!!!あいつだけは……いつか必ず――」
「え、殺したい奴って俺なの?」
一瞬、時が止まった。
約一秒。ラタンドスは衝動のまま、手元のナイフを握り、セイの首を――。
「————ガッ……ッ!」
「うーん、戦争の責任を将軍の一人でしかなかった俺に求められても困るんだが……お前の気持ちは理解できないでもない。殺し合いがしたいなら応じよう」
ラタンドスは血走った目でセイを睨む。
しかし何の意味もない。目に見えない腕がラタンドスの首を握り、そのまま持ち上げると足が床を離れ宙に浮く。
その力は圧倒的だ。
「……望む……と、こ…………ガッ……ァ……!」
外から見ればセイが視線を少し細めだけだ。しかしそれだけでラタンドスの首は目に見えて圧迫される。
首の真ん中がミシミシと圧迫される。圧力が内部を破壊する。人体の急所の一つが不可逆の変形が起こる。
「止めください!」
「それを言う相手はこの子だ」
「うっ……ラタンドス!刃物を離して!」
ミュラが焦ったように声を掛けると、ラタンドスのからナイフが落ちる。セイの目には死にかけて力が抜けただけに見えたが、そこを追求する意味はないだろう。
不可視の力が消えるとラタンドスは床に落下する。気を失ったようだ。
「早く治癒院に連れてかないと!」
「俺がやるよ。【深癒】」
「えっ」
セイが手をかざすと傷がいえる。
指先から緑色の魔力の糸が伸びてラタンドスの首に入り込む。外からは見えないが、負傷した患部に高密度の回復魔術を掛けたことで急速に不可逆のはずの負傷が治り、呼吸も安定した。
「さて、あんたは俺を殺したくないのか?殺したいなら応じよう」
「……五年もすれば、他の事に目が移ります。今はこの子の幸せの方が大切なんですよ」
「良い心だ。大切にしなさい。ああ、その子を寝かせるなら二階の寝室を使ってくれ。一階の寝室は子供たちが昼寝に使っているから」
ミュラは困惑したように視線を彷徨わせたが、一度お辞儀をした後ラタンドスを連れて食堂を出ていった。
セイは食事に戻る。我関せずを貫いたヴィクティに全部食べられるのは避けたい。
「そういえば、あんたは驚かないんだな」
「賭博場では【暴竜】のいろんな評判を聞きますからね。あの子たちの肩だけを持つことはありませんよ」
「そうか……………………ところでずっと気になっていたんだけど、ヴィクティって賭け事が好きだな。もしかして借金を作ったのは先代だけど、膨らませたのってヴィクティだったりしない?」
「どうしてわかったんですか!?」
「やっぱりかー……」
セイは呆れた。
「また稽古をつけてほしいのか?」
「……」
ラタンドスとミュラと知り合ってから一か月後。孤児院の子供たちに武術と魔術を教えている中庭にラタンドスがやってきた。
たびたび会っていたが、残念なことに口をきいてくれない。怖がらせてしまったのだろうか。
「話を聞きに来た」
「お、喋れたんだな」
「なっ!ふー!ふー!ふー……ふぅ……」
セイの挑発の様な揶揄いにラタンドスは顔を憤怒に染めるが、深呼吸をして平静を保とうとしている。子供のはずだが、子供としての本能よりも大切ななにかがあるのだろう。
「あんたが、魔物を氾濫させたんだろ。そうだな」
「違う。魔物が溢れた原因はチヨウ国の悪魔使い達が死者の王にちょっかいをかけたからだ。溢れた魔物はラキア国に仕向けるつもりだったようだし、事件ではなく、チヨウ国首脳部の作戦の失敗の結果が引き起こした事故と言うべきだな」
「そんなわけがない!全部お前のせいだ!モーティマもコンラッドもそう言っていた!」
ラタンドスは悲鳴のようにセイを糾弾する。そこに根拠がなく、その無礼は大きな後ろ盾もなくなった自分を死に追いやるものだと何となく理解していながらも。
「お前が国を滅ぼしたに違いない」。それは誹謗中傷に近い……というより、そのままだろう。名誉と信頼が非常に大きな役割を持つこの世界で誹謗中傷で名誉を棄損すればすなわち命を懸けた決闘を挑まれることすらある危険な刃だ。もしセイが怒りのままに殴りかかっても、ラタンドス本人すら当然の反応だと思う程に。
しかしそんなセイはそんな行動をしないと理解した上で攻撃しているなら、甘えていると言っても過言ではないだろう。ラタンドスに自覚がなく、セイは許容しているために自覚できないが。
「俺の言葉は俺の知っている情報の範囲で真実だ。そしてそれはお前の持っている情報よりも広く、信憑性も大きいと自負している」
「……納得できない。でも、あんたの事より、大切なのは、故国の復活の方、だ」
自分自身に言い聞かせるように言葉を吐き出す。それは誓いの言葉か。もしくは呪いの言葉か。
どちらにせよ、無理をしているようにしか見えない。
「子供は子供らしくしていればいいのに」
「それでは駄目だ!俺は大人だ!早くS級冒険者になって!一人で国を元通りにするんだ!」
「そうか……そうか。ひょい」
「うわっ!?」
セイは嬉しくなって、肩車する。
「何するんだ!」
「いやあ、お前が可愛くってな。バイトの先輩たちもこんな気持ちで俺を見ていたのかな」
「はぁ!?いったいに何を言っている!狂ったのか!?」
「俺は正気だよ。お前って十二歳だっけか。懐かしいなぁ。俺もお前くらいの歳は同じようなことを考えていたものだよ」
「ぎょわー!」
セイはお手玉でもするようにラタンドスと上空に投げ飛ばし、受け止め、また投げる。
ラタンドス、吐くんじゃないかな。
「一人で全部やるのがカッコよくて、人を頼るのはダサくて。なにより、頑張ればなんでもできるし、出来ないのは俺の努力が足りないからだと思ってた。そうだろ?」
「むっ……」
「いやあ、思えば俺も幼稚だった。努力すれば何でもできる、なんて。子供っぽいことこの上ない。時間も体も熱意も有限だってのにな」
無限の時間と無限の体力と無限のやる気があれば、何でもできる。それは出来ないに等しい。
ふふふとセイは笑う。思えば、初めて誰かに話す本音かもしれない。
「けれど俺はこの世界に来て、予想以上に一人で生きていけるようになった。もし今この瞬間魔王が復活して人類が滅亡しても、多分俺だけは生き残る。
それに気がついたら、一人で生きるのが寂しくなった。一人で生きていけないときは一人で生きていきたかったのに、一人で生きていけるようになったら一人で生きていきたくなくなったんだ」
「……よく、分からない」
「難しかったか?ならまだそれでいいよ。自分が子供だと自覚し、大人っぽく振舞うことで人は大人になっていくからな。
それじゃあ稽古の時間だ。今日は剣と魔術の重点を置くぞ。明日は知識な」
「なあ」
「ん?」
「あんた、なんで俺を殺さないんだ?」
「は?」
「俺は、あんたを殺そうとしただろ。なのに、なんで俺の面倒を見てくれるんだ」
「殺そうと?……………………あー、初めて会った時のあれか。いいよあんなの。あんなんじゃ俺は死なないし、子供がぬいぐるみを投げつけてくるくらいで怒る大人がどこにいる」
「い、いいって……それに!……そう!お前、国をいくつも滅ぼしてるじゃないか!俺たちの国だけじゃなくて、今も【暴竜】は八大災禍として世界中で侵略戦争をしていると聞くぞ!」
「それは事実だけど、んー、どれも関係ないだろ」
ラタンドスと意味が分からないものを見るかのような眼を向けてくる。けれど、セイにとっては本当に、今ここでラタンドスの面倒を見ることと関係がない事だ。
「国を滅ぼしたことは仕事だし、必要だからやっていることだ。そして、それらは人を助ける行動に干渉しない。
まず助ける。理由があるから助けない、だ」
なんの後ろめたさも無く言い切るセイに、ラタンドスは気圧されたかのように一歩下がる。
けれど、それ以上は下がらず、二歩前に出た。
「すまなかった」
「おう」
「今までの全てを謝罪する。だから……正式に、俺を鍛えてほしい。既に国土の隅々まで魔物が住み着いている以上、チヨウ国を再興させるには、並大抵の力じゃ足りない。俺を生かしてくれた偉大な父と、生き延びたみんなのためにも、俺は大きな力が欲しい」
「いいぞ。元よりそのつもり、子供はわがままを言うものだ。お前の夢が良いものである限り、俺はお前を鍛えよう」
「……そうだ、セイさん‥‥‥いや、セイ先生。最後に一つだけ聞いておきたい」
「なんだ?」
「ラキア国はあんたの故郷のはずだ。故郷がなくなったことは悲しくないのか」
「……みんな簡単に死にすぎだと思うけど、悲しくはないよ。人は死ぬものだ。誰であれ、俺であれ」
けれど、と、セイは続ける。これを言うのも初めてだったかな。
「ラキアにいた頃、うまいパン屋があったんだよな。死んじゃったから、もう食べられないけど。そういうのは寂しいね」
「……そうか。先生もそう感じることはあるのか」
「納得したか?」
「した。もう聞きたいことはない。稽古、よろしく頼む」
「よし!任せな!お前を十年でA級にまで押し上げよう」
「炎の勇者が残した聖句に曰く、戦いとは心と体と技のバランスを揃えてこそ最大の力を発揮できると!だが心の鍛え方など俺には分からん!
ゆえに、体と技を極限にまで鍛えろ!心の強さは勝手についてくるものだ!俺はそうした!」
「はい!」
「よし!では常に【タフネス】と【ヒーリング】を掛ける!精神が擦り切れるまで戦い、お前の限界を見せてもらうぞ!」
「望むところです!」
魔術で空間を広げた中庭で、セイとラタンドスがぶつかり合う。
そんな二人を、一緒に遊びたそうに見ている孤児たちを抑えるミュラとヴィクティは嬉しそうに見守っていた。




