65話 意志の力
最初に顔が、次に胴体が、腕が足が全身が。広がる熱に襲われ悲鳴を上げそうになる。
なるほど。これは呪いだ。炎の熱で痛みを与え、炎のように広がり、炎のように壊す。炎の形をした呪い。彼女のトラウマの具現化と思えば、よほどのつらい思い出なのだと分かる。
加えて恐ろしいことに魔力まで燃やしている。常人では対応できないだろう。
「まあ俺が原因らしいけどな。俺の責任とは思ってないけど」
セイは分解魔法で前方の空気を分解し、構築魔法で固体の酸素の盾を構築する。
直径三メートル程度の円形の盾。セイの全身を覆う程度には大きい盾は代わりに燃え始め、逆にセイに着いた炎は消え始めた。
『視認したものを燃やす』。もしくは『視認したものでなければ燃やせない』。セイが見ていた気が付いたルールだ。
魔法にこの世界の常識的なルールは通用しないが、それでも一定の法則がある。本人が自覚しているか無自覚かを問わずに、だ。
セイは知らないことだが、正確には『視認したものを焼身自殺に巻き込む』というのが正しいルールなのだが、そこまで分からなくとも戦闘に問題はない。
多少の不正解は耐えられる頑丈な肉体なのだから。
「見たものを燃やせる。ならば視界を封じよう」
セイは両手を少し離して合わせ、その間に魔力を練り上げる。同時に周囲に直径三キロの巨大な球体の結界を構築し準備完了。
「【黒暗幕】」
セイを中心として結界は内部を暗闇で塗りつぶす。何も見えない。何も聞こえない。内部の生命体に届く一切の光を奪い去り、視覚と聴覚を閉ざす闇属性の大魔術だ。以前精神が崩壊した人物を見た時に思いつき、暗闇の中で精神を追い詰める副次効果まである。
ジュリアは魔法使いであるが元は一般人。精神が崩壊するまで時間はそう長くはかからないだろう。
しかしうまくはいかなかった。
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ!!!!!!!!!!」
「うっそー」
ジュリアの魔法は心の魔法。発動条件は全てジュリアの精神状態に依存し、外界から届く光など必要ない。
『私は燃えている』。ただそれだけの思い込みで魔術さえ燃やすのだ。
彼女を中心に燃え上る炎は暗闇に伝播する。魔術で起こした暗闇という光がない状態という概念さえ燃やし、直径三キロの結界の内部が一瞬で大火事になってしまった。
その光景は遠くから見れば、太陽が地上に顕現したように見えるだろう。くしくもかつてセイがライランの街を燃やしたように、疑似太陽が岩山の残骸ごとセイを飲み込む。
「ずる過ぎるでしょ。【分解】!」
セイは対抗するように【分解魔法】の魔力を解き放つ。広がる分解の魔力は万物を分解し魔力に還元する。それは魔法で生み出された炎でも同じこと。万物森羅万象を燃やす炎と世界を原初の姿に紐解く分解の魔力が衝突する。
拮抗は一瞬もせず、セイの魔力が飲み込まれた。
「あーもー相性が悪すぎる!これだから魔法使いは厄介なんだよ!」
魔法とは思い込みの力。魔法同士が衝突すれば思いが強いほうが勝つ。
その性質上、理屈で考えるセイは応用力が高いが、単純な出力は悲しみのままに嘆き続けるジュリアの方が上なのだ。
究極的には、雲は綿あめのように食べられるし、この世の全ては私の思い通りになると無意識に思い込んでいる幼稚な子供が最強の魔法を使えるだろう。
「構築せよ、【無限空層】!」
たまらずセイは周囲の空気を分解、再構成し無限の空気の層を創り出す。空気の層は多重構造になっており、一枚焼かれるごとに内側から次の層を外層に、外層が焼かれるとまた一つ内側から次の層を外層に。これをを繰り返すことで呪いの炎を防ぐ。
「一瞬で燃やし尽くすわけじゃない。なら大質量で押しつぶすのが正解かな。【ダンジョン創造】【二層構造】続いて【上層は水の世界へ】」
セイの意思に従い周囲がダンジョン化する。岩山を含めるので一方の長さが五キロ程度の正方形の箱を上下に二つ積み重ねたように世界を切り取り、上層は水で埋め尽くす。埋め尽くせるまであと二分。それまで時間を稼ぐ必要がある。
「【分離:酸素】」
時間稼ぎにセイは空気から酸素を摘出する。厳密に地球の空気と構成要素が同じで、勝手に酸素と呼んでいるものと地球の酸素が同じものかは分からないが、この世界でも燃焼反応には酸素に相当するものが必要なのは実験で突き止めている。
ゆえに、空気から酸素がなくなれば炎は消える。
はずなのだが。
「やっぱ無理か。てかあの女、もしかして呼吸してないのか?……大した執念だな」
炎の勢いは全く衰えない。ダンジョン下層の空気を操作に常人には毒になるというのに、嘆き続ける女は変わらずに悲鳴を上げている。
彼女は焼死するほどの全身やけどを負った時に魔法を発現したという。ならば彼女の主観では今も火災の中におり、彼女の精神世界に清浄な空気が無いため呼吸などしていないのだろう。
この世界に転生してから様々なの生き物や現象を見て来たが、これはその中でも最上位に位置するほどファンタジーだ。魔術や武術の修行を積んだわけでもないのに世界のルールを書き換え、自分のルールを押し付ける。
まさに生きる災厄。制御も出来ていないし、おそらく放っておけば世界が滅びるまで彼女は泣きつづけるだろう。
迷惑が過ぎる。
「つまらん。戦いですらなく、こんなのはただの消火活動だ。さっさと終わらせる。【開け】【加重】」
上層の床が抜ける。貯めに貯めたまるで海の様な圧倒的な水量が落下する。それは雨というより滝という言葉の方が相応しいだろう。【加重】の魔術で重力を増した水は速度を上げ、一滴一滴がレーザーの様に大地を穿つ。
その威力は凄まじいの一言だ。既に生物として神話の域に到達し、技量は大魔術師であるセイが大規模な儀式場を作り上げ溜めを必要とするほどの術。下層をダンジョン化で異界化していなければ被害は拡大し、直径で約三十キロを押し流し、直下に居る生物はランク13の魔物であろうと即死するだろう。
「いやああああああああああ!!!!!!!!!!!」
しかし相手は魔法使い。既存の常識が通用しない相手だ。そもそも彼女はセイを認識しているのかすら定かではない。人間を認識すると全てを失った時を思い出してしまう彼女は、今自分がどこにいて何をしているのかも分かっていないだろう。
ただ、彼女は焼死を振りまく。
天から地上を襲う大水と、地上を焼く嘆きの炎が衝突する。
本質は呪いであろうか、炎の形をして炎の性質を持っている以上は炎と同じように鎮火する。膨大な水は悲しみを受け入れるように熱を吸収しては消えてゆく。
圧倒的大質量により燃やされる以上の速さで炎を押しつぶし、ついにジュリアを圧殺する。
「ゴーシュ……ゴーシュ……やめて、いなくならないで……」
しかし、ジュリアは復活する。精神が崩壊している彼女は自分の死すら理解できず、魔法使いにとって理解できないことは存在しない。ゆえに、彼女は永遠に復活する。
それは聖者の奇跡とはとても言えない。地上にへばりつく怨念のようだ。
「記憶を見せてもらうぞ【記憶転写】」
しかし、炎が一時的に消えたのは事実。セイは【転移】の魔術で背後に立ち、頭に手を添え、ジュリアの記憶を記憶領域の一つに写し取る。
「だれ……だれなの……ゴーシュ……ゴーシュはどこに……」
「『僕だよ、ジュリア。もうこんなことは止めるんだ』」
「ゴーシュ!?ゴーシュなの!?」
セイは【超速思考】と【群列思考】を使い、写し取ったジュリアの記憶から瞬時にジュリアの恋人の人格を再現しジュリアが望む言葉を吐き出す。もちろん顔を肉体を弄って彼女の記憶の通りに見た目も再現する。
「『ジュリア、僕は君に謝らないといけない。ずっと君に寂しい思いをさせてごめん。これからはずっと一緒だよ』」
「本当……?本当に、本物のゴーシュなの……?」
「『ああもちろんだ。ほら、見てごらん。ここはライラン。火災なんて君の記憶違いだ。この通り、昨日までと何ら変わりないじゃないか』」
「ええ……本当だわ……」
魔術による幻覚。
そして、セイのユニークスキル【変心誘発】。二心の悪神ギガライアを吸収して獲得したこのスキルは心変わりを強制的に起こさせるという強力無比な能力。
精度に応じて魔力を消費するが、何らかの神を奉じる敬虔な信者を自覚させずに全く別の神を奉じていたという記憶と人格に塗り替えるほどの力を持つ。
ましてや、過去の悲しい記憶を嘆く者。すなわち『あんなつらい過去は実は嘘であってほしい』と願う者の記憶と人格を塗り替えるなど、今のセイには赤子の手をひねるように簡単だ。
「『ジュリア、愛しているよ……』」
「ええ、ゴーシュ。私もよ……」
「【強制転生・六道】」
甘い言葉に惑わされたジュリアは、自分に何が起こったのかを自覚すること無く光に包まれ、現世から消滅した。
「あーーーーーーーーーーーーくっそ疲れた!」
セイはようやく終わったと安堵を息を吐き、地面に倒れこむ。
セイが最後に使ったのは、かつて死者の王にも使った強制的に転生させる魔術だ。本来はアンデット専用の魔術だが、魔法使いという意思の力で生きているため肉の体を持たない、言ってしまえば精霊に近い生き物にも有効なのだ。
結果から見ればセイには傷一つ無い。多少のやけども既に完治し、魔力も呼吸をしていればすぐに戻るだろう。
久々の難敵。血肉湧き踊る熱い戦い……ではなかったでの、セイの顔はしかめっ面だ。
「こんなのを押し付けやがって。ララの妹を殺したくはないが……水の大精霊を捕獲した後で、一発ガツンと言いに行くか」




