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ダンジョンコアの闘争  作者: ライブイ
4章 染みわたる意志
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64話 燃える岩山

 セイがかつて住んでいたラキア国から見て北東の岩山、その中腹には都市国家セルロックがある。


 人口は十万人。岩山には人の住める場所がほとんどなく、地上の争いから逃げて来た人々が住み着いたのが始まりという力強い伝説を持つ。ごつごつとした岩山は人の住めない危険地帯だが同時に天然の要塞であり、三年前に起こった魔物の大氾濫の影響も軽微で乗り越えた強国だ。

 五百年の歴史を持ち、その土地に旨味の少ないがゆえに戦争にも巻き込まれず、魔物もたまに飛行できる魔物が迷い込む程度。

 総じて言えば、貧しいが平和な国、といったところだろう。


 そんなセルロックに、一人の女性がやってきた。


「おい、あれはなんだ?」

「……人に見える。が、それはおかしいな」

「ああ。こんな岩山の奥地に、あんな街娘そのものな恰好の女がやってこれるか?……それに、酔っている、のか?」


 酔っ払いがやってきた。


 目の前の現実を言葉にすれば、それだけだ。

 しかし門番たちは不信感を募らせる。ここセルロックがある場所は岩山の中腹。魔物こそ出ないものの、長い山道を登ってこなければならない。隊商が来るのはまだ先だ。ゆえに隊商の構成員が先んじてやってきたということは無い。

 いや、それよりも酔っていることが問題だ。野生動物やランク1やランク2程度の魔物は出るのだ。そんな危険な道程を酔ったまま踏破できるはずがない。


 ……一応、可能性は否定できない。あの女性がすごい武力を持った旅人か冒険者で、酔っている程度では普通の危険生物を物ともしない達人であるという、まずありえない可能性も否定はできない。


 いずれにせよ、自分たちは門番。招かれざる客は追い返し、正当な客は迎え入れる。それだけだ。

 そう締めくくったと思えば、次の瞬間、酔っ払いの女性が倒れた。


「なんだなんだ。どっかからの攻撃か?」

「どう見ても酔いが回って倒れただけだろ。あ、本当に寝てる。てかこの女かなり酒くせぇな!!……仕方がない。何者か分からないが、牢屋に運んでおくか」

「おい、いいのか?こいつ何も身元を示すものが無いぞ。怪しすぎる」

「いいだろうこのくらい。瘴気石も反応がないってことは、魔族や魔物が化けているわけでもないんだ。怪しいのはその通りだが、お前もこいつの戦闘力が一般人並みってわかるだろ?いざとなれば俺が捕らえるよ」

「まあ、たしかに武術系スキルも習得してなさそうだし……いいか!」


 門番たちは女性を牢屋に連れていく。牢屋は街の外れにある衛兵の詰め所に併設されており、この国には外国という概念が薄く他の行き場所がないためか、酔って暴れた愚か者の反省場所になっている。

 そんな牢屋の一角に女性は運び込まれた。


 牢屋、といえば陰鬱とした重い空気と不衛生なイメージがあるが、この牢屋はそんなことは無い。安い宿くらいだ。


「う~~っひっく!あろ?だへだほいつ?」

「お前たちには関係ないから黙って寝てろ。明日の朝には嫁さんが怒りに来るんだろ」

「う~ひっく……」


 女性を運んできた門番たちは先に入っていた囚人たちを叱りつつ、持ち場に帰っていく。牢屋には穏やかな静寂が広がる。


 残された酔っぱらいの女性。

 特徴はない。ただの街娘。ただの酔っぱらい。どこにでもいるただの一般人。

 なにもおかしなところはない。何も危なそうなところはない。


 しかし、ばちっ、と何かが破裂する音が響いた。


 発火現象。ぱちぱちと音が響く。

 まだ誰も気が付かない。囚人は酔っているがゆえに。看守はいつも何もないという油断から。


「う”う”う”……あ”あ”あ”……ごー、しゅ……」


 女性はうめき声をあげる。恋人の名前を呼ぶ。

 もういない、目の前で焼け死んだ恋人の名を。


 ほんの三年前、かつてセイが住んでいたラキア国がチヨウ国という国との間で戦争が起こった。

 戦いは苛烈を極めた。優れた武具を揃え優れた兵を揃え優れた傭兵まで揃えたラキア国と、多くの同盟国からの援軍と優秀な軍略家が力を合わせて対抗したチヨウ国。戦場ではA級冒険者やスレイの様な超人が暴れ狂い、戦場の跡地は死の大地に変わった。


 そんな主戦場とは別の場所で起こったもう一つの戦場。そこでセイは活躍した。

 活躍した。つまりはたくさん殺した。

 その「たくさん」の一つに、ライランという都があった。


 チヨウ国を支える副都の一つライラン。水の都ライラン。信仰の都ライラン。

 そして、一夜にして半数が焼け死んだ都、ライラン。


「ジュリア。やっぱり、君だけでも逃げてほしいんだ。この街も、もしかしたら戦場になるかもしれない」

「もうっ!ゴーシュったら心配性なんだから。大丈夫よ。兵士のみんなが守ってくれているもの」


 幸せな暮らし。幸せな思い出。

 ジュリアという娘は裕福な鍛冶屋の元に生まれ、腕力には乏しいが誰よりも優しい恋人ができ、結婚して、子供の予定もあった。親類や友人にも良い人に恵まれ、直接槌を振るったわけではないが、私たちが作った武器を振るう兵士たちが悪者を倒してくれると信じていた。

 この幸せな暮らしが続くと、疑っていてなかった。


「おいっ!なんだあれ!」

「太陽が、二つ……?」


 その日、西の方が赤く染まった。


 視線を向けると、壁の上に一人の兵士が立っていた。頭上に大火球を浮かべ、街を睥睨する謎の兵士。

 嫌な予感を覚える暇すらなかった。明確な『死』に思考が止まった。


 音は無かった。ただ、空から太陽が落ちて来たかと思えば、西の方が熱くなり、恋人のゴーシュが視界いっぱいに広がった。恐らく、庇ってくれたのだろう。

 痛いとすら思えない静寂が世界を包み、気が付いたときには、全身に重度のやけどを負い、恋人は焼け死んでいた。


「あ”あ”っ”!!……あ”あ”あ”っ”っ”!!!!!」


 ぱちぱちという小さな音がばちばちという大きな音に変わる。

 看守たちはおかしいと気が付き牢屋に入ってくるが、遅い。


 次の瞬間、看守が発火した。


「ぎゃあ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!!!」

「なにっ!?」


 人体が発火した。それだけにとどまらず、今度は壁が、すなわちレンガが燃えた。理解できない光景に看守たちは慌てふためく。怪しいものを探し、運び込まれた女性に槍を突きつける。

 しかし、今度は槍が溶けるように燃えた。


「ううううううううううう!!!!!」


 女性、ジュリアが呻き声を上げる。酔いが覚めてしまう。正気に戻ってしまう。

 酔いは彼女の心の防衛本能。正気に戻れば現実を直視してしまうが故に。現実を直視できないが故に。


 酔いがさめてしまえば、死にたくなるほど苦しいから。


「ああああ!!!!!!!」


 ジュリアが正気に戻ってしまった瞬間、焔は街を包む。


 燃える。燃える。石が燃える。レンガが燃える。燃焼する。燃焼する。燃焼する。土が燃える。燃焼する。地面が燃える。燃焼する。水が燃える。空気が燃える。鉄が燃える。人が燃える。

 厳密には違うが、この世界には物理法則が存在する。魔力や神が実在しても、地球で生まれ育ったセイが魔力や神が実在するが、だいたい地球と同じと判断する程度には似たような法則が適応されている世界だ。

 

 そんなこの世界でも異常な光景だ。燃えるはずがないものが燃えているのだから。


「いたい……いたい……みんな、どこにいるの……」


 ついにはジュリアという女性自身すら発火する。炎が燃え盛り、天井を突き破る。


 悲鳴が響く。牢屋が燃える。周囲の家ごと丸ごと燃える。悲鳴を聞いて兵士たちが駆け付ける。

 しかし、兵士も燃えて悲鳴を上げる、人が悲鳴を上げる。冒険者が騎士が傭兵が。


「なになになに!?なんなの一体!」

「知るか!とにかく水だ!ありったけの水を持ってこい!」


 異常な光景だ。兵士たちが火の勢いを止めようと水の魔術を使うが、炎は止まらない。どころか、さらに勢いを増した。

 異常な光景だ。水は炎を勢いに負けたのではない。水を燃料にして、さらに燃えたのだ。


 当然だ。この炎は炎であって炎ではない。

 記憶の具現化。燃え盛る故郷というトラウマの具現。大切なものをすべて奪った炎という、炎の形をした呪いだ。


「くそっ!一体なんなんだ!」

「よく分からんがあの火だるま女が怪しい!ぶっ殺すぞ!」


 駆けつけた騎士たちが槍を投げつける。

 槍はこの岩山で取れる特殊な岩石を素材にした鉄より硬い岩槍、放つ武技は【投擲術】レベル6で使えるようになる【螺旋穿】。重くて硬いものを速く投げると速いだけ威力が大きくなるという単純にして絶対の法則に従い、その槍は女性の頭部を破壊した。


「やったか!?」


 当然即死だ。謎の能力を持っていようとも、その肉体は一般人並み。槍は女性の背後にあった家々を貫いてようやく止まった。


 しかし、炎が揺らめいたと思えば、ジュリアの肉体は再生した。いや、炎が肉体という物質に変化した、というのが正しいだろう。


「やめて……やめてよ……みんなを、つれていかないで……」


「ぎゃあ”あ”あ”あ”!!!!!」

「なんなんだよこいつは!魔力も闘気も通じねぇ!」


 兵士が燃える。炎が肉でさらに燃え、岩石の槍に着火しさらに燃え、魔力を喰らってさらに燃える。

 魔力が燃える。光が燃える。闇が燃える。影が燃える。金銀財宝が燃える。

 森羅万象が燃える。燃える尽きるまで燃える。理を燃やす。世界を燃やす。浸食する異界常識。


 すなわち魔法。この現象全て、ジュリアの使う魔法の効果だ。


 この世界にはステータスシステムがある。ステータスには能力値とスキルが存在し、能力値はその存在の生命力や力を示し、スキルはその存在の習得している技能を示す。

 しかし、重要なのはステータスとは「その存在の情報を分かりやすく表示したもの」であることだ。


 つまりは基本的に、その存在が習得したのが先にあり、情報が後に来る。

 例えば魔術師のジョブに就いたから魔術系スキルを習得するのではない。魔術系スキルを習得したから魔術が使えるのではない。魔術を習得したからステータスに魔術系スキルが表示され、魔術系スキルを習得したから転職時に魔術師のジョブに就けるのだ。


 スキルは常時発動しているパッシブスキルと能動的に発動できるアクティブスキルに分類され、例外的に、この世界の法則で分類できない異常な能力をユニークスキルに分類されてる。

 どういった理屈か分からないが、何故かゴブリンに攻撃するとき理以上の攻撃力になるならばユニークスキルの欄に【ゴブリンスレイヤー】や【小鬼殺し】と表示され、どういった理屈か分からないが、何故か能力値の伸び幅が大きいならばユニークスキルの欄に【成長時能力値増強】や【成長時能力値増大】と表示され、どういった理屈か分からないが、何故か神の加護を与えられていると【○○の加護】と表示される。

 地球における超能力の様な例外的な能力をステータスシステムの落とし込んだものをユニークスキルという、というのが正しいのだろう。


 そして、そんなユニークスキルに落とし込み切れない異常な力を魔法と呼ぶ。

 魔法とは思い込みで発動するため、【分解魔法】を使えるセイや【崩壊魔法】を使った死の王のようにある程度魔法を体系化して使用していた者たちの方が例外的だ。神が人間に授けた魔術と違い、魔法は一つ一つがオンリーワン。独自の法則で発動し独自の効果を発揮する。


 言い換えれば、自力で使いこなせるようにならなければ、制御できない力ともいえる。


「国王様!お逃げ下さい!この国は滅びます!」

「止せ。逃げ場など無い。見よ。周囲を囲む岩山まで燃えておる」

「————お力になれず、申し訳ありません」

「よいよい。お前たちの責任ではない。あのような化け物など、誰にも止められん。これも天命なのだろう」


「あああああああああ!!!いたい!いたい!いたい!!!みんな!みんな帰ってきてよぉおおおお!!!」


 その叫びは断末魔に近い。狂気の悲鳴を上げながら投擲された槍を何本も体に差しながら、彼女は何も刺さっていないように、ゆっくりと歩き出す。

 その様はまるで亡者だ。どこに向かうでもない。もうどこにもいない誰かを探し歩く死体。

 肉体が壊れても痛みを感じず、死ぬこともない。

 正気を失い怪我も死も知覚できないせいで、怪我も痛みも死もない。焼かれているという思い込みのせいで永遠に燃え続け、みんなを連れていかれたという思い込みのせいで命を奪い続ける。


 死ぬことも出来ない、森羅万象を燃やす、この世界の法則さえ独自の法則で塗りつぶし力。

 その名を【焼死魔法】。死に続ける、しかして死にきれない魔法だ。





「でっかい炎だな。さすがは世界のバグたる魔法使い。思い込みを現実にする力で、ここまで酷いことになるとは思わなかった」


 燃える燃料となったために消え去った岩山のはるか上空から、セイは一夜にして出来たクレーターと、その中心にいる女性を見下ろしていた。


 リリからの指示という時点で嫌な予感がしていたが、あの女性と手を組むのは限りなく不可能と言っていいだろう。無理だ。


「あれ、気づかれた?」


 クレーターの中心にいる女性が、直線距離で二キロは上空にいるセイを正確にとらえた。

 見られた。そう気が付いた瞬間。セイは発火した。

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