60話 分割する肉体
セイがシティコアで集落を作ってから一年、様々なことがあった。
家と畑はあるものの他に働く場所がに集落ないので増築と改造し、並行して魔境であるためやってくる冒険者を捌き、近くの街からは盗賊団の根城として誤認されたため兵士を無傷で捕らえて返す。
集落は獣人に任せて、救護騎士団に頼んで奴隷商人と繋がりを持ち、何処か連れて行かれてしまった残りの獣人の捜索及び救出などなど激動の半年だった。
ある程度集落が軌道に乗ってからはセイは一人で近くの街へ行き遊んでいると難民や貧民が目に入り、せっかく集落を作ったからとまた別の集落を作り全員に家と職を与えて悦に浸っていた。
そんなこんなで奴隷にされた獣人たちを助けてから一年が経ったある日、セイの作った第三集落にある炭鉱で騒ぎがあった。
かつん、かつんとツルハシで岩を叩く音が洞窟に響く。マジックアイテムではない炎を使った原始的なライトで暗い洞窟を照らし、淀んだ空気の中鉱脈を探している。
炭鉱夫。地球でそうであるに、炭鉱は危険に満ちている。現代の地球であればマシだが、この世界では奴隷にしか基本的にはやらせない程度には危険だ。
毒性のガス、崩落、不意に現れる魔物などなど危険に溢れている。まっとうな人間は炭鉱でなど働かない。
青年はツルハシを休め、腰に下げた水筒を手に取る。金属で作られた水筒は極めて頑丈。保温性に優れついでも冷たい水が飲める。
「ふぅ」
喉を冷やした青年は水筒を腰に戻し、作業に戻る。まだノルマが終わっていない。
その油断が命取りだった。
うっかり金属製の水筒を取りこぼしてしまい。床に落ちる。落下地点には、青年が見通していただけで鉱脈が剥き出していた。
金属同士の接触。火花が散り、充満していたガスに引火する。
爆発。洞窟内が崩落。青年は生き埋めとなり、雇い主は仕事環境を改善することなく犯罪奴隷を雇う。
この世界ではよくある風景だ。
「だー!また失敗した!」
しかし青年、セイは普通ではないので崩落した洞窟を吹っ飛ばして脱出した。
「あーあ。お前たちが直に手伝ってくれたら早く覚えられると思うんだけどなー」
「無茶言わないでくださいよ。大将と違って俺たちは普通の人間なんですから」
「そうそう。俺たちは炭鉱で働いて長いですけど、それは適切に道具を使えるということであって、炭鉱が崩落しても平然としている大将とは違うんです」
気分が乗らず下山してきたセイを厳つい顔をした炭鉱夫たちが差し入れと共に迎え入れる。その顔はセイに救われた恩義による好意と、また馬鹿やってんなという呆れが張り付いていた。
「大将、何度も言うようですが、一応は領主に当たる大将がツルハシを振るうとかしなくていい……というかしない方がいいと思いますよ?」
「ですぜですぜ。そもそもの話、大将は魔術で探査も採掘も出来るならツルハシは要らないでしょう」
「そうだな、必要ない。しかし知識だけでなく経験も含めて身につけておくことで何かしらの役に立つ可能性がある。ならば身につけたいんだよ。
よし、今度は浅い場所で教えてくれ」
反省した様子もなく、セイは言葉を返す。
炭鉱夫たちは呆れた様子でセイのために準備をする。
第三集落、住民からは超人の遊び場と呼ばれる街の一幕だった。
そして全く同じ時間、全く別の場所にもセイも姿があった。
「ひゃっはー!死にたくないものは今すぐ跪け!」
「頭を下げない奴はぶっ殺す!」
「あと十秒な!死ねぇ!」
第四集落、通称盗賊団地の盗賊たちが遠征し、ある村を略奪している。
「盗賊だ!迎え打つぞ!」
「誰一人として村に入れるな!女子供は逃がせ!」
迎え撃つのは村の兵士たち。この村は魔境に近い辺境にあり最寄りの街まで早馬でも三日はかかる。そのため盗賊を相手にそれだけの時間を稼げるか、返り討ちに出来るだけの実力者を揃えているのだ。
平時は魔境から溢れてくる魔物を相手に経験値を稼いでいるため実力もある。
「ぐっ、なかなか強いぞ!」
「村には家族がいるんだ!盗賊なんかに負けるものか!」
盗賊と兵士の戦いは拮抗している。数で勝る盗賊が飛び道具を使いながら攻め、兵士たちは実力で勝っているうえ全身を鉄の鎧で覆うことで傷を負うこと無いが、数が少ないため反撃に講じることが出来ない。
ここにもう一人加わることで戦況が一変する。
「ひゃっはー」
「「ぎゃあああああ!!!!」」
他の盗賊の様に粗末だが、不自然に小奇麗な山賊の様な衣装を纏った青年が横から兵士たちを棍棒で打ち付けると、一人は吹き飛ばされ、もう一人を巻き込んで家屋に激突する。
肉を裂く攻撃ではないため血はあまり出ていないが、その衝撃に死んでいてもおかしくない。甘く考えてもこの場の戦いからは脱落だろう。
「なんだあの!?……盗賊?は!」
「気を付けろ!ふざけた格好をしているが、かなりの実力者だぞ!兄貴を呼ぶんだ!」
「……やっぱりコスプレっぽいかな。汚いのは嫌いだから清潔にしたけど、そのせいで盗賊っぽさが消えたのか?
ああ、お前たちは早馬を追え。そっちのやつらは村人を捕まえろ。残りは俺の援護な」
「「「うす!お頭!!」」」
駆けつけた小奇麗な盗賊の青年、セイは粗末っぽい見た目の高性能な棍棒を構え、兵士たちに襲い掛かる。
「家族を殺させるものか!【剛飛斬】!!」
「おっと!……やっぱランク4相当の体じゃきついな。でもその代わり、楽しい!!」
兄貴と呼ばれた兵士が斧で放つ飛ぶ斬撃を棍棒でなんとか受け止めながら、円を描くように立ち位置を変え、地面に罅を入れるほどの強さで踏み込み、棍棒を投げる。
「【破砕剛投】!」
【投擲】スキルの武技で放たれた重さ二百キロの棍棒は凄まじい速さで兵士に迫る。
受ければ戦闘不能は避けられないほど強力な一撃に蹴落とされながら、何とか避けようとする。
(しまっ――後ろには村長の家が――)
その一瞬手前、位置取りから考えて、後方には戦えない村人たちが避難している村長宅があることに気が付いてしまう。
受ければ死ぬ。避ければ家族が死ぬ。その一瞬の緊張は、それなりの実力があれど名も無き村を守る兵士長程度には致命的だった。
咄嗟に盾にした斧は一瞬で粉砕され、兄貴と呼ばれた兵士長の腹部に激突する。
後方の家屋をいくらか巻き込んで気絶。村長宅まで攻撃が届かなかったのは兵士長の最後の踏ん張りのお陰だろうか。
「全員聴け!俺たちのお頭が兵士長を倒したぞ!」
「これが最後の警告だ!死にたくない奴は降伏しろ!抵抗すれば殺すぞ!」
村で一番強い兵士長が敗北。戦闘の勝敗に個人の武勇が極めて大きな比重を占めるこの世界では、この事実は盗賊の頭に勝つ方法がない事を意味する。
村中に悲壮感が漂い。絶望が満ちる。
一人、また一人と地べたに頭をこすりつけ、村長が降伏を告げる。
「けっ!手間かけさせやがって」
「だがよぉ、この村中々蓄えがあるぞ」
「こっちは死んだ奴もいない、今回は大儲けだな」
「お頭、略奪は初めてだそうですが、どうでしたか?楽しかったですか?」
「普通かな」
「……そ、そうですかい」
「ああいや、楽しかったよ。そこそこは」
盗賊たちが略奪した物品や奴隷にした村人を検分している中、お頭、つまりセイはそれなりに満足そうに、もしくは期待したほどではなかったなとそれなりに不満そうな顔をしていた。
「お前たちが略奪の楽しさを語り合っていたから俺も混ざってみたけど、まあそれなりだった。うーん……やはり本来の体じゃないからか?いやしかし、命を懸けていなくても格闘技の試合やスポーツは楽しいし、ハンデありでやるボードゲームも楽しい。となるとやはりハンデが足りなかったのか、それとも俺の趣味に略奪が合わないのか……」
「うーん。俺たちはお頭と違って頭が良くないんで分かりませんけど、お宝に魅力を感じなかったんじゃないですかい?俺たちは元は農村生まれなのでこの村のお宝や美女でも満足しますけど、お頭はお金持ちだからこの程度じゃ貧乏くさくて奪おうと思える魅力がない、みたいな」
「それだ!お前は頭がいいな。あとで報酬をやる」
「まじですか!?ありがとうございます!」
「ああ、楽しみにしておけ。
それはそれとして、今度は国を落とすよ」
セイは「楽しい事」が好きで。「楽しい事」は大抵の場合「みんなが楽しいと思う事」をなぞればいい。自分の心に従うことも大切だが、多くの人が楽しいと思うことは自分も楽しいと思う事が多いのだから。
村を襲って満足できないなら、国を略奪すれば満足するかもしれない。やってみよう。
盗賊たちが略奪した物品や奴隷を馬車に積み込むのを眺めながら、セイは次の目標を決めた。
そしてまたまた全く同じ時間、違う場所にセイの姿があった。
場所はセイが最初に作った集落。火山にある、今では第一集落と呼ばれる場所だ。
「……誰かがこっちに近づいているな」
セイは第一集落に作った元自宅兼仕事場、現セイを祭る神殿の様な何かの一室で虚空を見つめて呟いた。
「兵士たちを向かわせますか?」
「いや、それなりに強いから俺がやる。たぶん八大災禍の新入りだな」
「……十五人もセイ様に殺されておいて、懲りない馬鹿どもですね。あのような思いあがった組織、やはり潰してはいかがでしょうか」
「いやいや、俺も所属してるから組織だから。どうせ見込み違いだった馬鹿の処理を俺に回して来ただけだよ。気にすることじゃない」
ここ最近秘書の様な仕事をさせている狐系獣人種の少女、タイミを無視しながらセイは自分の腕を切り落とす。
「え?」
「ん?……ああ、そういや人前で作るのは初めてか」
セイは種族はダンジョンコアであり、全身が魔力で出来た一種の精霊に近い。全身を魔力で出来ているため心臓や脳を破壊されても死なないが、その代わり魔力がなくなると肉体を保てず消滅し、部位欠損すると魔力の最大値が減少し、取り戻さないと元に戻らない一長一短な生き物である。
セイは今まで部位欠損のデメリットにばかり注目し、肉体の頑強さを上げたり体内の魔力密度を操作し切り落とされても損害を最小限に抑えたりといった工夫をしていた。
しかし集落を作っているうちに自分が複数人いればいいのにという望みを強く持ったことをきっかけに新しい術を開発した。
「魔力を一万込めた腕を切り落とされれば、普通の人は『切り落とされた腕』と『腕を失った人間』が出来る。しかし魔力で出来た俺は全身が等価値であるため、『総魔力が一万の本体』と『総魔力が一万減った本体』が出来る」
「「つまり、体の密度を操って腕を再生するように、腕の密度を操って『最大魔力一万のもう一つの本体』を作れるわけだ」」
腕の断面がぐにゃぐにゃと蠢き、生え、セイとうり二つの人間の形になった。
「分裂じゃなくて分割だから魔力や能力値の最大値は減り続けるけど、俺は十分に強いから、多少の分割はデメリットが無いに等しい」
「もう一回ジョブチェンジできるほどの経験値を稼ぐのは厳しいからな。兵士の数を増やせないなら兵士一人一人の質を上げるように、俺もあらゆる分野の技術を伸ばすことにしたんだ」
「全ての体を一人で動かすのはかなり頭を使うから、【超速思考】や【群列思考】の特訓にもなる。いいことづくめだ」
「じゃあこのランク10相当のこの体で、A級冒険者級らしい新人の八大災禍を殺してくるか……タイミ?どうした?」
新しい体の感覚を掴もうと体を動かしていると、タイミが何か言いたそうに顔を赤らめていることに気が付いた。
「……あの、その、何かお召し物を着ては……」
「「あ、すまん」」
セイの分割はあくまで肉体のみ。加えてある程度は可変であるため純粋な人間であったころとは羞恥心も危機感も覚えるポイントが変わったため、服も装備も用意してなかった。
適当に装備を見繕い、ランク10相当の戦闘型セイ:魔術師型は新人の八大災禍を返り討ちしに出撃した。




